Melty Kiss < 前 編 > |
「これは……なんのジョークだ?」 久しぶりにゆっくり過ごせると、はた目には分からずとも彼なりには充分ウキウキした気分でクリスマスパーティ会場にやってきたスコールは、それを見た瞬間、呆然と呟いていた。 今日はクリスマス・イブ。 バラムガーデン恒例のパーティが催されることになっている会場の真正面に、スコールを唸らせたモノが鎮座していた。 もっとも、恒例とは言っても、ここ数年パーティが満足に開かれたことはない。プロの戦闘集団であるSeeDを懐に抱えるガーデンは、要請されそれを許諾すれば時期は関係なく任務が最優先される。そして、戦争や内紛といった趣きのない血生臭いいざこざは、年の瀬やクリスマスなど一切関係なく起こる。いや、むしろその年のうちに決着をつけようとでもいう軍部関係者たちの思惑なのか、出動要請が増えることはあっても減ることはめったにない。それも大掛かりな作戦が多いものだから、ガーデン自体が出向いていくことも少なくなかったのである。ともなれば、パーティどころではない。時間をかけて準備してきた担当者たちは、毎年のように砂を噛む思いを味あわされていた。 それが、今年に限ってこれほど盛大なパーティを催すことができたのは、一重に「伝説のSeeD」「我らが偉大な指揮官」と称される ―― 本人はことさら嫌がっていたが ―― スコール・レオンハートのおかげだったのである。クリスマスパーティ準備委員たちが、無駄にならずに済んだ巨大なパーティボードに、急遽感謝を込めてスコールの名を入れて称えたとしても、賛同こそすれ不満を唱える者などいるはずもなかった。 『バラムガーデン・クリスマスパーティ 〜 我らがスコールに感謝を込めて 〜』 余りにも恥かしいそのボードから、音がするほど強く顔を逸らし、スコールは早々にその場から立ち去ろうとした。 しかし、時既に遅く。 パーティ開始からしばらく経っていたため、盛り上がりも最高潮に達し始めている会場のあちらこちらから、スコールを見つけたガーデン生徒やSeeDたちが大はしゃぎしながら寄ってきて、あっという間に彼を取り囲み、彼はすぐに身動きできなくなってしまった。 こういう仰々しいことを一番苦手とするスコールは、次々に掛けられる賞賛や礼の言葉に閉口しながら、助けを求めて忙しなく視線をさまよわせる。 と……。 「ほらほら〜。せっかくのパーティなんだから、スコールにだって楽しんでもらわなくっちゃ。ね〜?」 柔らかい口調で、でも、きっぱりとスコールを解放するよう要求している声がかかる。 スコールは珍しくもあからさまにホッとした顔になる。 「アーヴァイン…」 その安堵の呼びかけに呼応するごとく、小さな群集と化した一団から頭一つ飛び出した、あいも変わらずのテンガロンハットがクイと一方向へと皆を促した。 「あ、ホラ。あっちでお待ちかねのゲームが始まるみたいだよ〜。急がないと誰かに先をこされちゃうんじゃない?」 アーヴァインが指し示した会場中央では、パーティイベントのゲームでも始まるのか、確かに人々が期待に満ちた顔をして集まり始めていた。 ハッと気づいて我先に走り出す者、名残惜しげに最後まで彼に語りかける者、それぞれではあったが、次第に周りの人だかりが薄れていって、やっとスコールは自由の身となった。 「ありがとう、アーヴァイン。助かった」 「ん? ああ、いいっていいって。大変だね〜、スコール。いつものことだけど」 見方によっては嫌味ともとれるアーヴァインの能天気さに、お礼を言っていたことも忘れ、スコールは再び苦い顏になる。けれど、はぁっとため息をついて、 「しかし、なんだってみんなこんなに祭り好きなんだ…」 自分がこのパーティの功労者であるのに、この物言いにアーヴァインが思わず笑う。 「あはは。だって、仕方ないでしょ。何年かぶりの、みんなが待ちに待ったクリスマスパーティだからね〜」 それに、とアーヴァインがチラリと意味ありげにスコールの視線を誘う。その視線の先、ゲームが開始されたのか、多いに賑やいでいる中央の人の波の中、溌剌としたセルフィの姿があった。 「今年は絶対にパーティ開くんだって、セフィが準備委員の代表を買って出てたからね〜」 「ああ。……それで、か」 数年ぶりということもあったが、今回のパーティは今までに類を見ないほどの盛大さである。それもセルフィという、お祭り騒ぎではその手腕を如何なく発揮する存在あってのモノダネと言えるだろう。 これには、確かにスコールも納得するしかない。 今回、これほどまでにスコールが骨を折ったのも、実はセルフィに涙ながらの必死さで頼みこまれたという経緯もあったのだから。 クリスマスまで一月をきった初冬のある日。 「さあっ! 次の当選者は誰かな〜?」 マイクを通したセルフィの嬉々とした声が、会場内に響き渡る。 ゲームだか何かの抽選でもやってるのか、そんな掛け声一つにガーデン生たちの楽しそうなどよめきが沸きあがっていった。 意識せず、スコールの顏に柔和な笑みが浮かぶ。 と、そこへからかうような掠れた口笛が聞えた。 「ひゅ〜♪ 指揮官様のそんな顔を拝めるなんてなー」 スコールがムッと振りかえると、ゼルが高く掲げた両手を頭の後ろで組み、大仰に驚いた風な顔で近づいてきた。 「ゼルか」 「ゼルか、はないだろー、ゼルか、は。俺だって、今回のことでは功労者よっ!」 ふざけながらも不貞腐れた口調に、スコールが苦笑する。 「そうだな」 「まあ、スコールも随分いろんな顔するようになったよな」 苦笑いが深まるスコール。 ふと、楽しそうに二人のやりとりを見ていたアーヴァインが、キョロキョロとあたりを見渡した。 「あれ? そういえば、もう一人の隠れた功労者は〜?」 すると、ゼルがクイと右手の親指を立てて、会場の一角を指す。 「あ・そ・こ。本当はあいつが一番の功労者なんだけどなぁ。可哀相にお姉さま方にこき使われてるぜ」 三人が顏を向けた会場の片隅では、ニーダがシュウとキスティスに、なにやらまくし立てられている様子だった。冷や汗をかいてアタフタしている様が、ここからでも見て取れる。 「まったくだ」 スコールもほんの少し眉根を寄せて、済まなそうな表情になる。 「だったら、助けに行ってあげれば〜?」 と、アーヴァインが口にした途端、二人は滅相もないとばかりにそっぽを向く。 何が原因なのかは分からないが、憤懣やるかたなし、といった風情の彼女たちの傍に寄ることは、まったくの自殺行為以外の何物でもない。 任務を受けるにあたって、スコールは学園長に一つだけ条件を申し出た。早急に任務を解決させるため、前例のないことではなかったが、副官としてゼルも同行させて欲しいと。ガーデンの建て前もあったが、ガーデン生たちの心情もよく理解していたシド学園長は、「今回だけですよ」と言いながらも快諾してくれた。 女傑二人に何か用事を言い付かったのか、慌しくニーダが会場を後にする。 それを気の毒そうに三人で見送っていると、朗々と響き渡るマイクの声でアーヴァインにお呼びがかかった。 「アーヴァイーン、どこいるの〜? さっさと来て手伝ってよー」 「うっ! 呼ばれちゃったよ〜。実はこの後、きぐるみ着ろって言われてるんだよね〜。う〜、嫌だなぁ。僕の美的感覚に反するし〜」 アーヴァインの愚痴に、だがしかし、きっぱりさっぱり反応が返ってこない。 「……しょうがない、行ってくる…」 バイバイとゼルに手を振られて、見るからに肩を落して「すぐに着替えてやる〜」とぼやきながら、アーヴァインが一番混雑している只中へとトボトボ向かう。 「また、後でね〜」 振り向かずにヒラヒラと振られる、ため息代わりの左手が既に疲れを滲ませていた。その様子が可笑しくて、スコールが知らずと失笑を洩らす。 「あいつも大変だな」 今度はちっとも同情のカケラも見せず、顔を見合わせ笑いながら残る二人。 一息つくと、ゼルがそわそわとスコールを促した。 「なあ、せっかくなんだからいっぱい食わなきゃ損だぜ!」 「わかったわかった」 以前と比べ随分と馴染んできた笑みを浮かべ、スコールも同意する。多分に苦笑いと言った方がいい表情ではあったが。 移動しながら、スコールは気になっていたことをゼルに訊いてみることにした。 「ゼル、リノアはどこで何をしているか、知ってるか?」 つい先日一緒に帰還した二人だったが、スコールはやはりその立場上、大量の事後処理の書類に追われ、当日の今日までパーティどころではなかった。反してゼルは副官だったから、スコールの手伝い程度の作業しかなく、もっぱら人手不足のパーティ会場の準備を手伝っていたらしい。 期待通りに、即座に返事が返ってくる。 「ああ、リノアなら真っ赤で白いフワフワしたのが付いた例の服着て、他の子と一緒にガーデンの入り口で子供たちにお菓子や風船を配ってるよ」 その役、彼女が自分から希望したんだってさ、と訊きもしないことまでご丁寧に説明してくれた。 会場までの道すがら、ゼルの説明通りの格好をした女生徒たちをスコールも何人か見かけていた。確かにリノアが好みそうな服だな、と至極納得のスコールだった。 年に一度の盛大なパーティであると同時に、その名を取ったバラムの街の人々も一緒にこのパーティを楽しむことが通例となっている。日頃の感謝を込めて、ガーデン生たちが心ばかりのプレゼントを配り、パーティ会場へもその日だけは町の人々も漏れなく招待されていたのである。 ゼルにとってはどんな宝石よりも貴重で豪華な、料理や果物が所狭しと並べられたテーブルの前に移動すると、待ちきれなかったとばかりに次から次へと手が伸び、見る見る綺麗に盛り付けられていた大皿が空になっていく。その圧倒される食欲に、スコールはただただ呆れて眺めているだけだった。 「よくそんなにいっぺんに食べられるもんだな」 「ほへ? あに言っへんは、フホーフお早くはべほお」 「ゼル……。ちゃんと飲みこんでから話せよ」 口いっぱいに頬張ったゼルの姿がおかしくて、クックッと拳を口元にあててスコールが笑う。 「あ! イーバが、ほぼってひは。……う゛っ!」 休むことなく食べ続けていたゼルが、息急ききって会場内へと戻ってきたニーダを見つけて、それをスコールに知らせようとした時、お約束というか、詰めこみ過ぎた肉の塊を喉を詰まらせた。さも苦しそうに目を瞬き両手をバタつかせて助けを求めている。言わんこっちゃないと、大きなため息とともに、スコールは目の前のテーブルの上に置かれた色とりどりのグラスの中から、透明な水の入ったグラスを差し出す。それを奪い取るようにして、必死でゴクゴクと飲み干すゼル。 「ふぁ〜〜。死ぬかと思った。サンキュー、スコール。あ、そうだ!」 スコールへの礼もそこそこに、ゼルはニーダへと大きく手を振って呼びかけていた。 「おおーーい! ニーダー!」 「……。忙しい奴だ…」 スコールのぼやきもゼルには聞えちゃいない。 一方、ゼルの大声を耳にしたニーダは、今まさにシュウとキスティスに再び絞られている真っ最中で、地獄に仏といった顏で縋るような目を向けてくる。的確にその意図を汲んで、更にゼルが呼びかけてやっていた。 「ちょっとこっちに来てくれよー!」 ご機嫌を伺うようにチラっと女性二人を見やるニーダ。仕方ないわね、と大げさに両手両肩を上げて、シュウとキスティスが頷いていた。いくらか気持ちが落ち着いてきているのか、先ほどよりは柔和な雰囲気に変わってきている。だからこそ、ゼルもニーダに声を掛けるタイミングを得たのだが。 ペコペコと数回彼女たちに頭を下げてから、涙を流さんばかりの面持ちでニーダが駆け寄ってくる。 「よっぽど絞り上げられてたんだな、あいつ…」 深く同情する二人。 いよいよ作戦も終わろうかという、その日。『作戦終了』の宣言とともに、延長要請もされることが決まっていた。結局、そのことを前もって打診されていても、それを断ることができなかったスコールである。表向きは……。 「ご苦労さん。かなりこき使われてたな、ニーダ」 二人の傍に来て、やっと安息の地を得たりといった表情のニーダをゼルがねぎらう。 手元にあった水の入ったグラスを自分の分と二つ手に取り、その一方を差し出しながら、スコールもそれに倣う。 「今回は本当にニーダには世話になったな。ところで、いったい何をもめてたんだ?」 報われない自分の功績を、唯一認め礼を言ってくれる二人の存在に、ニーダは「いや〜」としまりなく相好を崩しながら、スコールの渡してくれた水を一気に飲み干し乾いていた喉を潤してから言い募る。 「聞いてくれよっ、実はさ、この後講演会やることになってるんだけど……」 「講演会? 誰の? 主催は?」 耳慣れない単語に、思わずニーダの言葉を遮ってスコールが尋ねていた。 するとニーダは、今まで意気込んでいたのはどこへやら、途端に口ごもり始めた。 「………、…その……、トゥリープ様、だよ…」 瞬間、口に含んでいた水を盛大に噴き出し、ゴホゴホとむせる二人。 飛沫をかけられてしまったニーダが、「汚いなぁ」と悲しそうにぼやきながら、二人のその反応ももっともだと肩を落とす。 「わ、悪りぃ悪りぃ。いや、ビックリした…」 ゼルと同時にスコールも気を取り直し、改めて詫びを入れる。 「すまなかった。それにしても、なんでそういうことになったんだ?」 それから、何故か泣きそうな顔でニーダが説明を始めた。 かねてからファンクラブ会員の多いキスティスの講演会は、実は過去何度も計画だけはされていたのだという。しかし、忙しい彼女のこと、なかなかそんな時間が取れるはずもなく、おまけに彼女自身もそういう会員たちの所作に閉口していたのだった。そこで逃げ口上として言った言葉が「クリスマスパーティでならやってもいい」ということだった。事実、何年も流れているパーティだったから、実行に移される機会は極めて少ない。と、キスティスは踏んでいたらしい。 そこへきて、今回のこの一件である。事後処理に忙殺されるは、講演会はやる羽目になるはで、キスティスは傍に近寄るのも恐ろしい状態だということだった。 そしてシュウである。 そもそも彼女が、講演会のことを冗談交じりに会員たちに入れ知恵したがための顛末だったらしく、当然、親友でもあるキスティスから講演会の主催を請け負うことを強要された。しかも、事後処理では彼女の方がガーデンの実務により多く関わっているために、キスティスの上をいく量であるのに。 眠る間もないほど立ち回り、キレる寸前の彼女たちのストレスの矛先が、直接原因を作ったニーダへと向けられるのは、至極当然と言うより他はなく………。 更にニーダの災難は続く。 「その上さぁ、講演会に使う予定だった211教室が、急に使えなくなったって今日になってから連絡がきたんだ。なんか、セルフィがゲームやイベント関係の控え室に使うからって準備委員長の権限で勝手に変えちゃったらしくてさ。だから、他の教室を抑えなきゃならなくなって……」 「で、さっきまで走り回ってたってわけか……」 「そうなんだよ〜。なんとか抑えられたから良かったようなものの。そのことを知らされた時のキスティスとシュウの剣幕といったら……」 思い出してまったのか、その直後、ニーダは身体の奥から沸き上がるようにブルブルと震えていた。 しばし、スコールとゼルは言うべき言葉を失くしていた。 不用意な態度をとると、今度は自分たちがその不幸を背負いかねない。しかし、スコールは意を決して素直に謝罪する。 「そんなことになってるなんて。知らなかったじゃ、済まされないな。悪かった」 そう言って、ゼルと共に頭を下げるスコールに、ニーダは意外にも不思議そうに尋ね返してきた。 「何でスコールたちが謝るんだ?」 「あ? だってな、ガーデンを動かしてくれって頼んだのは……」 ゼルが焦れったそうに話すのを、きっぱりとした口調で遮るニーダ。 「ガーデンを飛ばしたのは、俺がそうするべきだと納得して判断したからだし、操縦責任者である俺が責任を取るのは当たり前だ。ガーデンに予定外の行動をさせたツケの後始末だってな。そりゃ、思ったよりキツイけど、それも仕方ないって思ってるさ。きっと、シュウ…センパイたちだって一緒だと思うぞ? それより、俺らだって楽しみにしてたパーティやれることになって、ホントお前らには感謝してるんだぜ?」 再び絶句する二人。 ニーダらしいと言うべきか、ニーダだからこそのセリフだと言うべきか。 つとスコールが視線を会場内の方へと巡らすと、中央ではまだマイク片手に大はしゃぎのセルフィと、なにやら動物になってるらしい大きな姿。これはおそらくきぐるみを着たアーヴァインだろう。その向こうには、さっきまで不機嫌そのものだったはずのシュウとキスティスが楽しげに談笑している。他のガーデン生たちも、心ゆくまでこのパーティを楽しんでいるようだ。 「そう、か。そうだな…」 フッと、心の底から溢れてくる温かい思いの笑みを満たしたスコール。 に対して、ゼルは感極まった、といわんばかりに感激の言葉を直接的に撒き散らした。 「ニーダっ! お前っていい奴だなぁ! よしっ、今日は俺が奮発して…。おっと、そうだ、ここはパーティ会場だったな。ほらっ、遠慮しないで食え! ほれっ、どんどん飲んでくれ!」 自分の懐が痛む訳でもないのだが、ゼルは懸命にニーダにそこらにある料理やら飲み物を振る舞おうとする。彼にとってはそれが一番の歓待の行為であったから。 次々に目の前に料理を差し出され、果ては口の中にまで押し込もうとするゼルに「そんなに食えないぞー」と悲鳴を上げながらも、ニーダは楽しそうに笑っていた。 それを和やかな表情で眺めやっていたスコールの口の中にも、「お前ももっと食え」とゼルがいきなり食べ物らしき塊を突っ込んできた。あまりの勢いと急さに、さすがのスコールも対応しきれず思わず喉に詰まらせる。 「ぐっ…。み、水……」 手にしていたグラスの中は、先ほど噴き出してしまった時にとうに空になっている。 またもや自分の失敗に気づき、ゼルが蒼くなって「ごごごめん、スコールっ」と焦って水を探すが、近くのテーブルの上には色づいたカクテルやワインといったグラスしかなかった。急遽、隣のテーブルから透明な水らしき中味の入ったグラスを持ってきた。その時、年配のガーデン教師が「あ、それは私の……」と慌てているのも目に入らずに。 渡されたと同時に、グイっとグラスを一気に呷るスコール。 詰まっていた物はすぐに喉の奥へと流し込まれたが、その直後、スコールは喉がカッと焼けるような熱さを感じた。 「…はっ…、ぜ、ゼルっ! これ、は何だ?!」 今度はまるで息を逃がすかのように、ゼイハァと咳き込み始めたスコールを見て、ゼルが不可解な顔をする。 「何って…。水だろ?」 「…ちっ…ちが…」 苦しい息の中、即座に否定するスコールの様子に不安になりつつあったゼルの背後から、落ち着いた声がかけられた。 「それはウォッカだよ」 「は? ウォッカぁ?」 普通ならば、氷で薄めて飲んだり少量ずつ味わうはずの高い濃度のアルコールを、一気に飲み干したのだからたまらない。しかもスコールは空きっ腹だった。急激に体温が上がり、頭も身体も朦朧としてきていた。 年配教師の声が言う。 「まあ、あれだけ急に飲めばしばらくは辛いだろうが、量的には大したことはないから少しどこかで休むことだな」 遠くでそんな言葉が聞こえた。視界がグルグルと回っている。ゼルとニーダの心配そうな声も、その言葉の意味までわからなくなりつつある。 それでも、スコールは醜態を見せたくなくて、なによりせっかくのパーティの雰囲気を台無しにしたくなくて、気丈にも平気な振りをする。 「だ、大丈夫だ。先生の言われるとおり、すこし部屋ででも休んでくる……」 そう言って、心配そうに付き添おうとして寄ってきたゼルをやんわりと押し戻す。必死の思いでまっすぐと立ち、ゆっくりと出口の方へと向かうスコール。 途中ふと思いついて、ぼやける視界の中、すぐ近くのゼルらしき姿に向かってスコールは言った。 「イヴだからな。邪魔しないでくれよ」 ゼルはその言葉を聞いた途端、スコールの思惑通り、心配そうな顔からニッと笑い納得した表情になった。そして、彼が了解の意にグッと親指を立てていた姿を、ブラックアウト寸前のスコールはその目で確認することはできなかった。 会場を出るとすぐに、スコールは廊下の壁に半ば崩れるように身をもたせかけた。ふぅっとアルコールによって強制的に熱くなってしまった息を吐く。酒はまったくの初めてという訳ではなかったが、さすがに今回は辛い。そのまま自室に戻って横になるつもりでいたスコールだったが、ひんやりとした廊下の空気に触れて、ほんの少しばかり正気が戻ってきていた。 みんなが楽しんでいるパーティの雰囲気を壊したくなくて、精一杯の虚勢をはった。いつもこんなだから、人一倍疲れるんだということも頭では理解している。 だけど仕方ないじゃないか、とスコールは自分自身に言い聞かせる。性格なんてものは、そうそう簡単に変えられるものではない。それでも、前よりは自分の感情に素直になるよう努力はしているつもりだ。努力はしているつもりだが……それがちゃんとできているかどうかは別問題というもので。 また、零れるように漏れる、ため息ひとつ。 考えることにも疲れてしまった、痺れた脳裏に浮かぶ面影がある。 先ほどの自分の言葉を、熱い息の中で反芻していた。 『イヴだからな。邪魔しないでくれよ』 ―― まったくだ。イヴなんだから… 頭を一振り二振りして気合いを入れてから、まだフラつく足を逢いたい人のいるはずの方へと向けるスコールだった。 |