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〜 FF NOVEL <FFVIII> 〜
by テオ



Melty Kiss


< 後 編 >

〜 純愛・リノア編 〜





頭を一振り二振りして気合いを入れてから、まだフラつく足を逢いたい人のいるはずの方へと向けるスコールだった。

 少しでも酔いを冷ましたい気持ちもあって、ことさらゆっくりと渡り廊下を歩いていくと、そこここでガーデン生やバラムの街の人々が楽しげに行き交うのが見受けられた。なにもパーティ会場だけではない。このバラムガーデン全体がクリスマスという一大イベントを楽しんでいるかのようだった。
 ガーデン生たちのグループ、街人たちの物見遊山ばりの集団、時にはそれらが入り混じり、なんとも微笑ましい光景だ。
 もちろん中には、恋人同士らしいカップルたちもいる。けれど、この比較的賑やかな往来とも言うべき廊下では、彼らの姿はあまり見かけない。それはそうだろう。恋人たちはもっと静かな、それにふさわしい場所で甘い睦言を語らっているのだろうから。

 このところちっとも顔を合わせられなかった、くるくると表情の変わる華やかな面影が、酔いに熱くなっている脳裏に浮かぶ。
―― 怒ってるかな……
 かなりほったらかしにしていた、という自覚くらいはある。それも、一つの任務が終われば、当然もらえるはずの休暇でさえろくに取れないほど、次々と任務が待っているスコールだったから、仕方ないことではあったのだが。


 リノアが現在唯一の魔女だという事情は、彼女の身辺のあり方を大きく変えた。
 以前、所属していたティンバーのレジスタンスからは、彼女自ら身を引いた。父親であるカーウェイ大佐との確執が今ではかなり好転していたということもあったが、それよりも「魔女」という呼称が一般市民に与える影響を危惧してのことだった。今回の一件にも大きく関わっていたティンバーだったが、何も言わなくてもリノアが自分がしばらく世話になっていた彼らのことを気にかけていたのは知っていた。だからこそ、レジスタンス側にとっても悪い結果は導きたくなくて、スコールは必死だったのだ。
 世界中を危機に陥れた魔女を、いくら中味が人が替わったからといって、彼女自身にそんな意志など毛頭ないと説明されても、そんなに簡単に「はい、そうですか」と受け入れられるものではない。魔女という名称も、魔女戦争があったという事実も、世間一般においてそれらが一つの史実として平温で語られるようになるには、まだまだ時間が必要なのだろう。
 そんなリノアの身柄をシド学園長が引き受けてくれた。イデアの件もあったから、より理解の深いバラムガーデンでなら、彼女を不必要に恐れたり特別視するものもほとんどいない。
 なにより、スコールがいたから……。
 今ではバラムガーデンで職員として働く彼女は、SeeDの総括として飛び回っているスコールが任務を終えてガーデンに帰って来さえすれば、いつでも逢えるはずだった。しかし、彼にその時間がない。以前なら、そんなことはお構いなしにスコールを振りまわしていた彼女も、今では月に一度約束できるかどうかの逢瀬でさえ、度々破られても黙って待っていた。
 魔女になってしまう前の彼女の奔放さをよく知っているだけに、スコールは忙しさを免罪符にしていることを申し訳なく思うと同時に、そんなリノアがいじらしく、愛おしかった。

 赤と青の風船をそれぞれ手に持った子供たちが二人、スコールの傍らを楽しそうに駆け抜けていった。その胸に大事そうに抱えていた銀色の包みは、風船と一緒にもらったお菓子の入ったプレゼントだろうか。余程嬉しかったのか、頬を紅潮させてはしゃいでいる様子が微笑みをさそう。
 スコールは柔らかく瞳を細めて、走り去っていく子供たちを見送っていた。

 そのまま1階エントランスを抜けて外に出ると、途端にキンと冷えた外気がスコールを包む。先ほど通った通路もパーティ会場に比べれば涼しいと言っていいほどだったが、さすがに建物に囲まれていない門のあたりは、強くはなくても冷たい風にさらされていて寒さもひとしおだ。だが、アルコールによって体温上がってしまっている身体には、むしろ心地いいくらいだった。いっそ清々しいくらいの冷たい空気は、スコールの意識を本来あるべき姿に戻す速度を早めてくれる。
 歩きながら前方に目をこらすと、もうさほど遠くない街灯に照らし出されている門のあたりに、ゆらゆらと風船が2つ3つ揺れているのが見えた。それもたちまち元の持ち主から離れていき、同時にまた子供たちがスコールの方に走ってきて通り過ぎていった。最初に風船のあった場所に近づくと、後ろ姿の赤い帽子が、ふうっと大きくため息に傾く。
「やぁっと終わったぁ」
 今の風船で最後だったのか、リノアの両手は空である。彼女はその空いた両手を口元へと持っていき、大きくはぁっと白い息を吐きかける。彼女が着ているのは、クリスマスにはつきものの赤い服に白い暖かそうなボアが付いてはいても、見栄え重視の女の子仕様の服は足元がいかにも寒そうなミニになっている。
 この寒空の下、ずっとそんな格好のまま風船を配り続けていたのかと、スコールの胸がズキンと痛んだ。
「リ……」
 リノア、と彼が声を掛ける前に、クルリと彼女が振りかえった。
 そのままスコールの姿を見つけて、固まるリノア。
 何故か身動きできなくなったスコールは、その場に立ち尽くしたままリノアを見つめていた。
 すると、街灯の真下、夜の闇の中そこだけ浮きあがるように、リノアの微笑みがほころんでいく。
 嬉しそうに。
 見ている方が幸せな気持ちになるくらい、とても嬉しそうに。
 そして、赤い帽子の先に下がっている白い毛玉をちょこんと揺らしてリノアが小首を傾げた。
「おかえり、スコール」
 愛しくてたまらない、その微笑み。
「ただいま、リノア」
 ただそれだけ言って、スコールは大きく両手を広げた。
 双方から引き寄せられるように歩み寄って、厚い胸に飛び込むリノア。

 いつも約束破ってごめん、とか。
 いつもほおっておいてすまない、とか。
 なかなか逢えなくて寂しかった、とか。

 言いたいことはたくさんあるけれど……。

 今、二人が言葉にできるのは。

「逢いたかった…」

 その、一言がすべて。

 リノアは手が回りきらない大きなスコールの背中を、スコールは両手が一回り半もしてしまうリノアの細い腰を強く抱きしめて。

 ふれあうだけの優しいキス。

 ほんのひととき、お互いの存在を確かめ合うように抱き合った後、ふとスコールが言った。
「リノア、震えてるのか?」
 スコールの腕の中、リノアの身体が小刻みに震えていた。
「そんなに長い間、プレゼントを? 寒かっただろうに…」
「違うの。これは寒いからじゃなくて…」
 スコールの予想に反して彼女は、ううん、と首を振る。
「久しぶりに……スコールに逢えたから……」
 余計な負担をかけたくなくて、そんなウソをついているのだということは分かりきっていたが、そんな嬉しくて堪らないことを言うものだから、スコールは再び熱が沸騰しそうになってしまう。
「それより、スコールの方こそ、なんだかとっても熱いみたい」
 熱でもあるんじゃ、と少し眉根を寄せて心配げな顏になるリノア。
 常に忙しいスコールだから、体調を崩さないかといつもいつも心配で仕方なかったから。
「いや、これは…」
 目線を少しばかりさまよわせ、照れたようにスコールが白状する。
「さっき、ちょっと手違いで強い酒を…」
 キョトンと、リノアが大きな瞳を丸くする。
「スコールが? お酒?」
「いや、だからゼルが…」
 いかにもしどろもどろといった風情のスコールの様子がおかしかったのか。リノアが楽しそうにクスクス笑いだした。
 久しぶりの彼女の笑顔が眩しい。
 最悪だった気分が、今ではすっかり浮上していることにスコールは気づいていた。

「リノア…」
 静かに顏を落していくスコール。
 笑っていたリノアが、すうっと微笑みのまま瞳を閉じた。
 もう一度、くちびるがふれあって。
 今度は激しく情熱的に。
 何度も繰り返されるくちづけに、リノアの甘い吐息がこぼれる。

「……あつい…スコール……とけちゃうよ…」

 冷たかったリノアのくちびるが、スコールの熱でほどかれていく。

「…溶ければ…いいさ……」

 お互いしか見えていない二人に、まるで天がやきもちを焼いたかのように、ちらちらと雪が降り始めていた。

 いや、もしかしたら。

 やっと訪れた二人だけの時間と空間を、他のなにものにも邪魔されないように。
 白い雪で目隠ししてくれようとしていたのかもしれない……。







〜 ☆ 〜 E N D 〜 ☆ 〜






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