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〜 FF NOVEL <ALL-FF> 〜
by テオ



イヴの夜空はあの人と

<オムニバス・ラブストーリーズ>


(3)







◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ FF\ ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




タッタッタッタッ・・・・・


女の子が駆けてくる。

息を切らしながら、足を縺れさせそうになりながら、それでも瞳だけはキラキラと輝いて。
あの人の待つ、あの場所へ。
早く、早く、見つかって連れ戻されないうちに。

約束の場所が見えてきた。
けれど、そこにいるはずの人の姿が見当たらない。
何故?
約束の時間はとうに過ぎているはず。
私より遅れるなんて、彼に限って絶対ないのに・・・。

はぁはぁと荒い息もそのままに約束の石碑の前に佇んだまま、少女はキョロキョロとあたりを見回す。
次第に不安になってきた。
やっとの思いで抜け出して来たのに、このままだと会えないまま・・・。
心細さに、その華にも例えられるかんばせを曇らせたその時、

バサッ

目の前が花でいっぱいになった。

「!?」

花の垣根の向こうに捜し求めた笑顔があった。

「遅いぞ、ダガー」

ジタンはそう言うと言葉とは裏腹にニッと笑い、ガーネットの眼前に突き出していた花束を彼女に受け渡す。
渡されるまま受け取ったガーネットは、一瞬、泣き笑いの表情になる。

『私がガーネットよりダガーって呼ばれる方が好きだって言ったのをちゃんと・・・』

今の今まで、抑えて、抑えて、我慢して、我慢して。そんな想いが一度に溢れ出し、受け取ったばかりの花束を足元に落としながらガーネットはジタンの胸に飛び込んでいった。

「ジタン!ジタン!」

勢いよく飛び込んできたガーネットを、少しよろめきながらもしっかりとジタンは受け止める。


半泣き状態でジタンの名前を呼んでいたガーネットも、ジタンの胸の中で少しずつに落ち着きを取り戻してくると、ゆっくりとジタンの胸に自分の頬を押し当てて、夢見るように囁く。

「会いたかった・・・」

優しく壊れ物を擁くように抱いていた片手をガーネットの柔らかい髪に移しながら、ジタンもそっとガーネットの耳元に告げる。

「オレも・・」

一国の女王がイヴの日によく抜け出せたな、などと無粋なことをジタンが口にするはずもなく、心地よい静かな時が、久方ぶりの逢瀬に浸る恋人たちのあいだに流れていった。

トクン、トクン

ジタンの確かな生きている証が、ガーネットの頬に伝わる。
その音が、その温もりが、嬉しくて、切なくて・・・。

ジタンの胸の鼓動をうっとりと聞いていると、そっと、小さな頤に添えられたジタンの手にわずかに意思が与えられ、その手の赴くままガーネットは小さな顔を上向ける。
目の前に近づく優しい瞳。だが、それもすぐに見えなくなってしまう。

すべてが夕陽の朱いさざなみに満たされる中、二人の一つの影が石碑に長い影を落としていた。



ガサッ


この場に不釣合いな大きな音がして、二人はハッと顔を上げる。

案の定、二人の視線の先にはお邪魔虫なのは百も承知のこの国きっての剣豪であり、またガーネットの護衛役でもある女剣士。意志の力で凍らせたその表情は読み取りがたく、ジタンが苦手とする数少ない女性である。

「ガーネット様。お戻り下さい」

無駄口は叩かず、必要最低限の言葉だけを伝える。ベアトリクスもこの幸薄い美しい女王の僅かな幸せの時を、決して邪魔したい訳ではない。だが、彼女の任務はガーネットを守り、女王たらしめんことなのである。わざとゆっくり探し出し、一時でも二人の時間を長らえることくらいしか彼女にはできなかった。
それももう限界。城の広間ではシド大公を始めとする来賓たちを招いての晩餐会が、今まさに開かれようとしていたのだ。しかもガーネットは主催者なのだ。主催者が欠席や遅刻をするなどもってのほかだった。

ガーネットの諦めたかのような、小さいため息ひとつ。

「わかりました。行きます」

ジタンから離れたがらない自分の身体を必死の思いで引き離し、ガーネットは女王の顔に戻っていく。ふいに失われた胸の温もりを、思わず手を伸ばし捕まえようとしたジタンだったが、グッと手を握り締めてこらえた。ガーネットの負担にだけはなりたくない。その思いだけで、なんとか踏みとどまったジタンだった。

ベアトリクスに伴われ帰りかけたガーネットが、つと足を止め振り返った。

「ジタン。・・会えて、嬉しかった・・」

そう言いながらフワリと笑ったガーネットの、瞳の奥に光った想いをジタンはしっかりと受け取った。
それまでおぼつかなかった足元をぐっと踏みしめ、

「ダガー!今夜はイヴだ。みんなで楽しもうな!」

いつもの不敵な笑みに加え、グイと差し出したこぶしの合図。
そこに何かを感じ取り、今度はガーネットは心の底から微笑んだ。

「うんっ!」





晩餐会もそろそろお開きの時間が近づいていた。

豪華な料理もあらかた片付けられ、来賓たちもそれぞれ会話やダンスに興じていた。が、主催者たるガーネットの回りはいつも人が取り巻き、ガーネットは息を抜く間もなかった。ただ、親とも慕うシド大公夫妻が常に傍についていてくれたおかげで、面白くもなんともない会話にいつまでも煩わされずにすんでいた。今では公女となったエーコの存在も随分とガーネットを助けてくれていた。

そのエーコの姿が先ほどから見えない。どこに行ったのかと夫妻ともども心配していたところに、本人が帰ってきた。今も又、ガーネットの機嫌をとろうとぶくぶくと太った有力貴族の一人がしつこく話し掛けてきていたところだったので、ガーネットはエーコが戻ってきたのを幸いにサッとその場を離れていった。

『ふぅ。ちょっと、疲れたかな』

この夜、初めて一人になったガーネットは目立たないように気をつけながら、バルコニーの方に向かった。
それを見ていたエーコがニマッと笑ったのも気付かずに。

バルコニーに出たガーネットが自然と考えることは一つだけ。

『ジタン。あの合図の意味は何だったの?』

何かをするつもりなのは分かった。けれど、それが何かまでは分からない。もうすぐ、イブも終わってしまう・・。急に心細くなってガーネットは思わず呟いていた。

「ジタン」

「はいよ!呼んだ?」

「!!!」

トンッ!

いきなり、目の前にジタンが降ってきた!

いや、バルコニーの上の張り出し屋根からガーネットの前に飛び降りたのだ。
驚いてその愛らしい眼差しを目いっぱい見開いたままジタンを凝視するガーネットの前で、ジタンは優雅にかつ仰々しくお辞儀をする。

「姫。今宵、一夜、このワタクシとお付き合い願えませんか?」

その芝居がかったおどけた誘いに、ガーネットは今までの疲れも吹き飛ぶ思いだった。
憂いをまとっていた自分が、たったこれだけのことで今は歓喜の渦の中にいる。
迷いはなかった。
うやうやしく差し出された手に、ガーネットもまた芝居を気取って、片手で淡いパールピンクのドレスの裾を摘まみ上げながら、もう片方の白いレースの手袋に飾られた手を乗せる。

「ええ。喜んで」

後のことなど、知らない。
イヴの夜は、無礼講。
一年に一回くらい、自分のしたいようにして何が悪いの。

そう思い切ったガーネットは自分の身体が羽のように軽くなっていくのを感じた。
いや、実際、軽くなっていた。ジタンに抱きかかえられていたのだから。

「ピーーーーッ」

ガーネットを抱えたまま、ジタンは指笛を吹いた。もう何があっても驚かないつもりのガーネットは、次に何がくるのか期待に満ちた目でジタンの目線を追っていた。

「クェ〜〜ッ」

一羽のチョコボが城の庭を走ってきた。

「!!チョコボ? ボビー=コーウェン!!!」

驚かないはずなのに、さらに上をいく驚きとワクワクする楽しさに舞い上がりそうなガーネットだった。

「いくぞ、ダガー」

声をかけた途端、チョコボめがけて飛び降りるジタン。
しっかりとジタンの首にしがみつくガーネット。
狙い違わず、みごとにチョコボの上に飛び乗ったジタンは、タイミングよくガーネットを自分の前に座らせると、そのままガーネットを抱きかかえるようにして手綱を操る。そして、チョコボを走らせながらジタンは振り向きざま、バルコニーに向かって叫んだ。

「ありがとな。エーコ」

『えっ?』

とジタンの肩ごしにガーネットがバルコニーを見上げると、そこにはあきらめ顔でひらひらと手を振るエーコがいた。

『そう、エーコが・・・』

事の顛末を悟ったガーネットも大きくエーコに向かって手を振っていた。

「エーコ。ほんとにありがとう」

二人を乗せたチョコボはそのまま夜の闇に紛れ、城の外へと走り去っていった。

ガーネットのめったに見られない安心しきった嬉しそうな笑顔に、なんだか自分もほんのり幸せな気分に浸りながら、エーコはほうっとため息をついた。

「さあっ、私はこれからが大変なのよねー」

エーコは両手を腰にあて、さながらこれから戦場にでも向かうような形相だ。

『でも、きっとお父様とお母様は味方してくださるし、大丈夫。飛空艇を使わせて下さってから、たぶんそれとなく感づいていらしたみたいだし、ね。』

自分の幸運さもしみじみと感じながら、ガーネットの不在に気付いたのか次第に騒がしくなりつつある広間へと戻っていくエーコだった。
そして、広間へ入る間際、二人が消えた方向を垣間見て、一人、物思うエーコ。

『たまにはみんな忘れて、思いっきりジタンに甘えてね。ダガー』

歳の割りには妙に大人びた公女の、大好きな人たちへのささやかなイヴのプレゼントだった。




チョコボが夜の草原を走る。
ぴったりと寄り添った恋人たちを乗せて。
冷ややかな夜風がほんのり熱い二人の頬をくすぐっていく。
やわらかな月明かりの中、二人の他には誰もいない。チョコボを除いて・・・。
お互いの息がかかるほど、近くに寄せ合った唇がかすかに触れる。

目の前には遥かに続く草の海。
そしてそれらすべてを包み込む月の雫は、星の海。
チカリとひそかに光り流れた星一つ。

チョコボは背中の熱気を冷まさぬようにゆっくりと、流れた星の雫に向かって走っていった。





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