イヴの夜空はあの人と <オムニバス・ラブストーリーズ> | ||||||
タッタッタッタッ・・・・・ 女の子が駆けてくる。 大きな紙包みを抱えて、長い艶やかな黒髪をなびかせながら。 ひどく楽しそうな表情で、足取りも軽やかだ。 通りすがりの人々もその様子に思わず笑みが零れるほど。 その中の一人、背の高い金髪の理知的な美女が無駄と知りつつ声を掛ける。 「リノア。廊下は走らないでね」 「は〜い。トゥリープ先生〜」 言われた端から、走るのをやめようともせず、振り向き様ニコッと笑って行ってしまった。 「まったく、しょうがないわね」 一応、教職にある立場として注意はしたものの、その無邪気な姿に苦笑を禁じえない。 「そんなに早く見せたいかしらね」 と言ってしまってから、自分の失言の独り言に笑ってしまうキスティスだった。 「当たり前か。女の子なら。う〜ん、ちょっとうらやましい、かな」 ほうっと自分自身を切り替えるためのため息一つで、元の教師の顔に戻るキスティスであった。 当のリノアは目的のドアの前に到着していた。 ココン、ガチャッ! ノックもそこそこにドアの中に飛び込む。 「見て見て!スコール!」 ベッドの上に横になって本を読んでいたスコールも、最近はリノアのこの行動に慣れて来ていた。 −−−−−又か。今度は何だ。 ゆっくりと身体をベッドの上に起こし、リノアの方を向く。 リノアは息を切らしながら、大きな紙袋を抱えていた。 「どうしたんだ?それ」 当然の疑問を口にするスコールだったが、いつものようにリノアのペースにかき消されてしまった。 「あのね。すぐそこでトゥリープ先生に会ったの。あ、キスティスでいいか。それでね、廊下は走るなって言われたんだけど、どうしてもスコールに早くこれ見せたくて、結局ずっと走ってきちゃった。へへ。でも、ずぅっと走ってきたから息が切れちゃって・・」 −−−−−だから、それは何だと聞いてるんだ 我知らずため息を漏らしていたらしい。 それを見咎めたリノアにスコールは再び詰め寄られる。 「あー、また、心の中で呆れてる。そうでしょ?もう!ちゃんと声に出して言ってくれなきゃ分かんないよ?」 −−−−−やれやれ 本当に半分は呆れながらも、何とかリノアの話の合間に入ろうとするスコール。 「あ、だめ。喉もカラカラなの。そのお茶、もらってもいい?」 −−−−−前もよく喋ってたが、最近は特にひどいな。誰の影響だ? 「ああ」 相変わらず心の中で考えていることの半分も口にしないスコールだったが、今のリノアはとりあえず一息付きたかった。ベッド脇のサイドテーブルの上においてあるスコールの飲みかけのティーカップに手を伸ばす。 が、走ってきたためか指に力がうまく入らずに、カップを落としてしまった。 「あっ!」 持っていた紙袋をさっさと置いておけば良かったものを、つい喋るのに夢中になって持っていたままだったのが災いしてしまった。カップをその紙袋の中に落としてしまったのだ。 「きゃーっ」 リノアは一瞬で真っ青になり、その紙包みを開いた。 その中身は、真っ白なパーティードレス。 カップの中に僅かながら残っていた紅茶がしっかりとそのドレスにシミを作っていた。 「あ、あああ、あー・・・」 かなりのショックだったらしくヘナヘナと座り込んだリノアは、泣くのも通り越して放心状態だった。 「リノア、その・・」 なんと言って声をかけていいのやら、まったく分からずスコールも途方に暮れてしまった。 しばらくの間、二人共、沈黙の状態が続いた。 そして、ぽつり、ぽつり、とリノアが口を開き始めた。 「楽しみに、してたのに。これ着て、スコールとダンス、踊るの。すごく、ステキなドレス、だったから。これなら、きっとスコールにも、綺麗だねって、言ってもらえる、かもしれない、って・・・おも・・て・・」 スコールがふと気が付くと、リノアは声も無く泣いていた。 「別にこれじゃなくても、他にもあるだろ?ドレス」 少しも慰めになってないな、と思いつつも言ってみるスコールだったが、案の定、リノアは首を振っていた。 何度も何度も。 そんな状態のリノアを見ていると、スコールまでも胸を締め付けられるような思いに苛まれた。 「よしっ!」 スコールは意を決したように立ち上がると、リノアの前に広げられたドレスを持ち上げた。半ば朦朧としていたリノアも、スコールが何をするつもりなのか分からずボーッと見ている。スコールはドレスのシミのついてしまった場所を確認していた。シミのついてしまった所はドレスの前のちょうど真中あたり。一番目立つ辺りだ。もし、シミを消す時間があったとしてもこんな目立つ場所だと、本当に完全に消してしまわない限り、やはりわかってしまうだろう。そんな完全にシミを消したりしている時間はもうない。だったら、どうする・・・・。 スコールはリノアの方を振り返って見た。おそらくもうパーティーに出ることを諦め始めているのだろう。正気に戻ってはいるが、見るのも可哀想なくらいシュンとしている。 リノアにはいつも笑っていてもらいたい。せっかく辛い宿命を乗り越えてきたんだから。 「リノア。オレに任せてくれないか?パーティーに一緒に出よう」 リノアは一瞬、首を振りかけた。が、スコールの力強い口調と表情に、すぐに頷いていた。 「うん」 それから暫くして、ガーデン主催のイブ・ダンスパーティーが盛大に始まった。 最初は軽いステップのダンスから始まり、徐々にロマンティックなムードの音楽に移っていく。夜が更けゆくようにとのガーデン側の粋な配慮だった。 ダンスが始まってもなかなか姿を見せないリノアとスコールに、仲間たちは不審がっていた。もともとダンスのうまいリノアが、今夜のダンスをものすごく楽しみにしていたのをみんな知っていたからである。プログラムも半分ほど進み、だんだん夜も更けてきた頃、例の二人が姿を見せた。リノアはあのシミの付いたドレスを着ていた。だが、照明もだいぶ落とされてきている時刻でもあり、誰もシミには気が付かない。ドレスにシミが付いてしまったことを知っているのは当の二人だけだったこともある。しかし、何より皆はもっと他のことに気を取られてそれどころではなかった。 「なぁに〜?あれー!」 「ひゅ〜♪スコールもやってくれるねぇ〜」 「あんなん、アリかよぉ」 「あら、まあぁ」 「フン」 みんなの口々の非難もなんのその。 その夜、スコールはリノアの身体をずっと抱きしめて離さなかった。 身体が離れてしまわないようにギュッと抱いたまま、ダンスを踊っていたのだった。 その理由を知っているリノア自身でさえ、そのあまりの密着度にのぼせてしまいそうになるくらいに・・・・。 ダンスパーティーが終わった後、それぞれ三々五々に散っていく中。 リノアとスコールは二人でバルコニーに出てきていた。今夜の二人に近寄ろうとする無粋な輩は皆無だった。 事情はどうあれ、スコールの情熱的としか見えない行動に敬意を表しつつも、なによりスコールに抱かれながら踊っているリノアのこの世のすべての幸福を集めたような溢れんばかりの微笑みを見てしまっては、声をかけられなくとも無理はなかった。 「今夜はありがとう、スコール」 「ん」 今もダンスの時そのままに抱きしめられて、その全身を背後にいるスコールに預けているリノア。 パーティーの余韻からか、お互いになかなか離れられずにいた。 そのまま自分の頭の上にあるスコールの顔を見上げてリノアが、そっと囁く。 「こんなに幸せなことって、なかったよ」 「・・・・。オレもだ・・」 スコールの優しく細めた眼差しが、この上もなく嬉しくて。 リノアの瞳に映るスコールの姿が揺らめいている。 スコールはごく自然に、ゆっくりと頭を落としていった。 二人の静かに重なったシルエットを満天の星空の中、スッと零れ落ちた流れ星だけがそれを見ていた・・・・ |
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