イタイ恋愛伝達理論 - 前 編 - |
朝、目が醒めるとなんだか身体の感じがおかしいことに気がついた。 『?』 ――なんだろ? この違和感。 ――すっごく、変! 「う〜〜ん」 『!?』 自分の意志とは関係なく身体が大きく伸びをした事実よりも、その声に私はギョッとしてしまった。 いつもの自分の声とは似ても似つかぬ低い男の声だったのだ。 『な、何? 何がどうなってるの?』 すっかり頭が混乱してしまった私は、懸命に自分自身を落ち着かせようと努める。 『と、とにかく。これは私の身体じゃない、ことだけは確か、よね』 私があれこれ考えを巡らしていると、この身体はベッドの上に座り込みブルブルと頭を振った。 「あったま、いて〜」 その声に、一瞬思考がストップして私の頭の中が真っ白になってしまう。 すると「ふぅっ」と、すっきりしたかのように身体がベッドを抜け出し歩き出した。 視界が広がり、かなり雑然とした部屋の様子が目に入ってくる。 モノトーンのスクリーン。 部屋の隅に大事そうに飾られたプラモたち。 私でも知ってる有名な格闘家たちの大きな3D映像パネル。 ――ここって確か、ゼルの部屋、だよね 前に一度、この部屋でみんなとカードで遊んだことがある。 ――だとしたら、この身体って当然、ゼル、よ、ね・・・ 『何でぇぇ〜〜〜?!』 そんな私の驚愕にはお構いなく、でも再び「う〜〜」と頭を押さえつつ、ゼルは部屋を突っ切り洗面所へと向かう。 『ちょっちょっちょっと、待ってよっ!』 見えてきたのは、WCの二文字・・・。 『やだ〜っ!!!』 ――やだやだやだやだやだやだ・・・・・ 外界との接触を絶つかのように私は心の目を瞑り、それこそ必死の思いで自分自身の考えに没頭した。 ――えとえと・・。 ――確か、昨日・・・。 ――エルオーネさんのとこに・・・・。 ――・・・・・!!! ――ま、まさか―― ********** ラグナの公的所用があって、昨日、ここバラムガーデンにやって来たエルオーネ。 用はすぐに終わったのだが、せっかく来たのだからと、シドに勧められて一泊していくことになっていた。そこで、ちょうどスコールとささいなことで喧嘩をしてしまっていたリノアは、夕食後スコールの姉でもあるエルオーネに相談しに行ったのだった。 他のみんなに相談しようとしても、「どうせ痴話喧嘩でしょ」とまったく相手にしてくれなかったからである。それに、リノアは前々からエルオーネとゆっくりと話をしたいと思っていたのだが、なかなかそういう機会が巡ってこなかった。 「ついでにスコールの小さい頃のこと、いっぱい聞いちゃおうっと♪」と勢いこんでエルオーネを訪ねたリノアだった。 だが、最初は快く迎えてつつ優しい微笑みとともに話を聞いてくれていたエルオーネだったが、次第にこめかみを押さえながら辛そうな表情になっていったのだった。 「大丈夫? エルオーネさん。 どうかした?」 「え、ええ。さっきから頭が痛くって。なんだか、風邪ひいちゃったみたい」 「ええっ?! そ、そうだったの? ごめんなさいっ! 体調悪いのに、私…」 「ううん、いいの。私もリノアと話がしたかったから」 リノアが心配顔でエルオーネの傍に歩み寄り、彼女の額に手をあてるとそこはかなり熱かった。 「大変っ! 熱もあるみたい。私、カドワキ先生にお薬もらってくるっ!」 慌てて後も見ずに部屋を飛び出していくリノア。 保健室に行き、事情を話して薬をもらうと、すぐにエルオーネの部屋に引き返した。 カドワキ先生曰く。 「あらあら、それは大変だね。今、ガーデン中で誰かが任務先から持ち帰ってしまった新種の風邪が流行っているようだから、この薬でいいと思うよ。これを飲ませたら、暖かくして寝かせてあげなさい。あとは睡眠が一番の薬だよ」 「はいっ」 しかし、急いでいたため、エルオーネの部屋のドアの前で、同じように走ってきたゼルと派手にぶつかってしまったのだった。 「いったぁ〜い!」 「ってぇー」 ドンッと大きな音がしたのだろう。 フラフラと青い顔をしたエルオーネが、部屋から顔を覗かせた。 「な、なに? 今、すごい音が聞こえたんだけど…」 具合の悪いエルオーネに逆に心配させまいと、リノアは痛さを堪えてサッと立ち上がり首を振った。 「あ、んんん。なんでもないの。はい! これ、お薬。これ飲んで早く休んで下さい」 「んあ? ダイジョーブじゃねー…」 「しっ!」 もろにぶつかったため、さも痛そうに頭をさするゼルの不平の言葉を素早く遮り、リノアはエルオーネに薬を手渡した。 「ああ、ありがとう。助かったわ。あら? 後ろにいるのはゼルじゃない?」 エルオーネがリノアの肩越しに覗こうとするのを、慌てて身体で隠し、エルオーネを部屋へと押し戻すリノア。 片手でエルオーネの背中をそっと押しながら、リノアは首だけ振り向き口元にもう片方の手を拝むようにあてて、ウィンクと小さい声でゼルに謝った。 「ごめんね」 自分もあちこち痛かったのだが、ぶつかった時のスピードのせいか吹っ飛んだ角度が悪かったのか、ゼルの方がよりダメージが大きいようだった。 「んだよー。ったく、もう」 リノアにウィンク付きで謝られては、もうゼルは小声でブツクサ呟くしかなかった…。 「ゼル、大丈夫なの? なんか座り込んじゃってたけど…」 「平気平気。なんでもないの。気にしないで、さあ、早くお薬飲んでゆっくり眠って下さい」 しきりに後に残したゼルを気にしながらも、エルオーネは具合の悪さに耐えられず、リノアに促されるまま安静にすることにしたのだった。 ********** ――だから、なの? ――昨日、エルオーネさんが眠る前にあった、あの事のせい? ――風邪のせいで具合悪くて、眠っている間に無意識に《接続》を? ――それにエルオーネさん、薬も飲んじゃってるし… ――目が醒めるまで、このままってこと? その時、リノアは昨日、保健室から出る時にカドワキから言われた言葉を思い出した。 「その薬は、即効性があるからよく効くよ。でも、丸一日ゆっくり寝かせてやってね。静かにしてれば、それくらいは眠れるだろうから。そうしたら、目が覚めた時はすっかりよくなってるはずだからね」 ――だから、私、エルオーネさん寝かせてから部屋を出る時… ――ドアに〔安静中! 夕方までは起こさないで!〕ってプレートを… 自分の身体であれば、サーッと顔が青ざめる思いのリノアだった。 ――ということは、今日一日、私このままゼルの身体から出られないってこと?! ――まさか、エルオーネさんが目覚めても、無意識で《接続》しちゃったから ――気付かないってこと、ないよね? 『そんなこと、ない、よ、ね・・・・』 リノアの思いが伝わってしまったのか、ゼルも辛そうな声をあげていた。 「う〜。気持ち悪ぅー。頭、ガンガンするー」 気がつくと、今は洗面所の所で苦しそうに突っ伏している可哀想なゼルだった。 ――どうしよう…… ――…どうしよう……スコールっ……… ― 後編へ ― |
○あとがき○ |