イタイ恋愛伝達理論 - 後 編 - |
「おはよう」 「おはようございまーす」 朝のガーデンは活気があっていつも賑やかだ。 特に食堂は忙しなさも手伝って、ウルサイほどだった。 その食堂にいつもなら元気良く飛んでくるゼルが浮かない顔で現われた。 「おばちゃん、パン……あ、いいや、今日は…」 「おや、どうしたんだい? 今日は珍しくパンがあるっていうのに」 「いや、なんか今朝から気分悪くってさぁ」 首に手をあて、コキコキと2・3度鳴らし、ため息をつくゼル。 「コーヒーでも貰おうかな……う…」 『コーヒー嫌い!』 「…またかよ…。はぁ〜、いいや、おばちゃん、ミルクくれ、ミルク!」 「へぇ、そりゃまた…。あんたがミルクだけなんて、ほんとにどうしたんだい?」 仏頂面を隠そうともしないゼルに、いかにも意外そうな顔をしながらそれでもテキパキとミルクを注いだカップを手渡してくれる。 「それがさ〜・・・・・。ま、いいじゃん、たまにはさ。サンキューな」 片手をあげて礼を言い、ミルクを手にしたゼルはこの状況を相談できそうな相手を探して目を凝らす。やっと食堂の一角に目指す顔ぶれを見つけ、ほっとした顔で近づいていったゼルだった。 「おはよーっす」 「おはよ〜。ん? どないしたん? ゼル、元気ないなぁ」 その言葉の割りにひときわ明るい声はセルフィだ。 「本当。顔色も悪いわよ?」 「さては、ゆうべカードでも大負けしたのかな〜?」 飲みかけのカップを持った手を止め、眉根を寄せて心配そうな顔をしてくれるキスティスとは対照的に、アーヴァインはいつものごとくお気軽に声をかけてくる。 仲間たちの顔を見て、ゼルはようやく人心地ついたようにどっかりと椅子に腰を降ろす。 「実はさ・・・。あれ? スコールとリノアは?」 一番頼りになりそうな仲間がいないことに今更ながら気が付き、ゼルはキョロキョロとあたりを見渡した。 「そういえば、今朝はまだ二人とも見てないわね」 それを聞いて、ゼルはふぇ〜っと上半身をテーブルに突っ伏した。 「そうそう、それにエルお姉ちゃんは? 昨日、ココに泊まったんやろ?」 セルフィの問いかけには、意外にも当のゼルが頭だけもたげて応えた。 「あ、俺知ってる。風邪ひいたんだってよ。だから今日は一日寝かせてくれって」 「あら、今ガーデンで流行ってる?」 「そら、災難やったなぁ。んだけど、なんでゼルがエルお姉ちゃんのこと知ってんの?」 「昨日、エルお姉ちゃんの泊まってる部屋の前でリノアとぶつかってさ。そん時、リノアが言ってた」 ――・・・そうそう 「え? ゼルとリノアが? ゼルの石頭とぶつかったんじゃ、リノア怪我しなかった〜?」 「(怒)おい! アーヴァイン!」 今はテーブルの上に頭だけ乗せてへたれていたゼルが、ギョロリと不機嫌そうな顔で睨み返す。 「俺の方が吹っ飛んだのっ!」 ――・・・・・(赤) するとアーヴァインが心底意外だという風に大袈裟に両手をあげて驚いた。 「ゼルが? はは、そりゃ・・・、さすがリノアだね〜♪」 『(ムッ) さすがって、何がよっ!』 「たっ、たっ。って〜。くそぉ〜」 「ゼル?」 頭を抱えてキュウと萎んでしまったゼルを皆が心配そうに覗き込む。 そこへ、ゼルが待ち望んでいた人物がやってきた。 「どうしたんだ? みんな」 『スコールっ!』 「スコール!」 リノアの心の声にゼルの期待の声が被る。 スコールを心待ちにしていたのは二人(?)とも同じだった。 スコールが現われた途端、その場の雰囲気がスッと引き締まると同時に、安堵の空気も流れる。 なんといっても一番頼りになる存在なのだ、彼は。 「待ってたんよ、スコール。実はね…」 「あら? リノアは? 一緒じゃないの?」 ゼルの代わりに事情を説明しようとしたセルフィを遮り、キスティスが素直な疑問を口にする。 「ああ、今部屋に寄ってきたんだが、どうもまだ眠ってるらしい。部屋には居るようなんだが、呼んでも返事がない」 「まあ、リノアも?」 「も、って…。ああ、エルオーネのことか。さっきそこでカドワキ先生に聞いたんだが、風邪だって? 今回の風邪はやっかいだな」 スコールの口調にキスティスがチラリと視線を流し、くすりと笑う。 「ま。気取っちゃって」と聞こえてきそうなキスティスの態度にムッとはしたものの、スコールはことさら平静さを装う。そして、あらためて空いた椅子に腰掛けたスコールがセルフィにさっきの話の続きを促すと、セルフィの話にゼル本人がそれに続き、スコールに今朝からのことを説明し始めたのだった。 その間。 リノアは必死で自分自身を抑えていた。 ともすれば、スコールに向かって叫びだしたい、駆け寄りたいという衝動を。 どうやら静かに考えているうちはまだ大丈夫らしいのだが、リノアが叫ぶかのような強い思いを抱くと、ゼルの頭痛がひどくなるらしいということが、リノアにもわかってきたのだった。 この状況を正確に把握して、解決に導いてくれるのはスコールの他にはいない。 そう信じているからこそ、自分で訴えることができない今、せめてリノアのせいでゼルに頭痛を起こさせ説明を妨げるような真似はしたくなかった。 ――お願い、スコール、気付いて… 祈るような想いで、自分の物ではない眼に映るスコールを見つめるリノア。 そのゼル(リノア)の熱い視線を受け止めながら、微動だにせず話を聞いているスコール。 そして、スコールはそれがいつものゼルの眼差しと微妙に違うことに既に気がついていた。 訳の分からない状態にほとほと困りきっているという理由とは違う、絡まるような視線の奥に揺れる悲しげな影の存在に。 ―俺には覚えがあるような、気がする― 「わかった」 一通り話を聞き終わると同時に、スコールが立ち上がる。 『!!!』 えっ! とその場にいた全員があっけに取られる。 「わかった、って。え〜〜? もう原因とか、わかったん?」 「ああ」 「やっぱりスコール、頼りになるねぇ」 「で、何が原因なの?」 そうそう、とゼルも驚きを隠せない様子で頷いている。他の皆も同様だ。 「おそらく、この場にいない二人が原因、だな」 『……ル…』 「二人って、リノアと…エルお姉ちゃん?」 「そうだ」 「あっ! あの、えーっと《接続》だっけ?」 セルフィの言葉にスコールは大きく頷く。 「たぶん、な」 『……スコール…』 ――気づいてくれた…! ――やっぱり、スコール、わかって…… それは、ゼル自身の行動だったのか、それともリノアの願望の発露だったのか・・・。 突然、ゼルが感極まってスコールにガバッと抱きついたのだった。 「スコールっ! ありがと〜〜〜(泣)」『スコール〜っ!!』 抱きつきながら、嬉しさの余りスコールの背中をバシバシと叩くゼル。 「いてっ! やめろ、おい。リ・・・、ゼルっ!」 他の仲間たちは、焦りながら自分からゼルを引き剥がすという、めったに見られないスコールの姿を眺められたのだった。 その後、スコールはまずエルオーネの部屋へ行き、ぐっすりと眠っていたエルオーネを可哀相に思いながらも揺り起こした。説明されると、エルオーネは風邪のために知らずにやったこととはいえ自分のしでかしたことに大いに反省しつつ、すぐに《接続》を解除した。 すると、リノアの部屋で待機していたキスティスとセルフィの目の前で、ベッドの上で完全に意識を失っていたリノアがやっと目を覚ましたのだった。 同時刻、ゼルも頭の中が急にはっきりしたことを一緒にいたアーヴァインに告げていた。 こうして、今回の風邪が引き起こした束の間の騒動は終息したのだった。 体調が万全ではないのだからと引き止められたのだが、「私がなかなか帰らないと拗ねる人がいるから」とエルオーネはその日のうちにエスタへと帰っていった。最後までしきりに二人に迷惑をかけたことを謝りながら。 すべてはたちの悪い風邪のせいだからと、二人とも笑ってエルオーネを見送ったのだった。 そして、その夜。 スコールの部屋の前で、先ほどからグルグルと輪を描くように歩き回っているリノアの姿があった。何度もドアの中に入ろうとしては立ち止まり、ため息をつき、そしてまた、親指の爪を噛みながら俯いて歩き出す。それの繰り返しだった。 あの後、エルオーネの出立や他の風邪っぴきたちの看護などに忙殺されて、リノアはスコールとゆっくり話をしている暇もなかったのだった。 十数回目に立ち止まった時、やっとリノアは意を決してドアロックに手を掛ける。 シュンッ 軽い音を立てて開いたドアは、ロックされていなかった。 一瞬たじろいだものの、開かれたドアに招き入れられるようにリノアは部屋に入っていった。 小さい声で部屋の主の名を呼んでみる。 「…スコール?」 さして広くもない部屋の中、その人は、一番奥のベッドの上に腰掛けリノアを待っていた。 「…っ……」 駆け寄って飛びつきたい衝動と、迷惑を掛けた申し訳なさが、リノアの心の中で交差する。 しかし、グッと堪えて、まずは言わなければならないことを優先させた。 「あのね、…今日は…ありがとう……」 ― ちょっと他人行儀だったかな? ― スコール、怒ってないよね? ― と、声に出さなくてもありありと浮かぶリノアの表情に、くっと微かな笑みを浮かべたスコールが両手を広げて声をかける。 「おかえり、リノア」 その言葉に引き寄せられるかのように、リノアは飛び込んでいく。 愛しい人の腕の中に。 羽のように軽やかに。 その気持ちを、明るい笑顔と言葉に乗せて。 「 ただいま 」 *** スコールの腕の中、リノアは後ろから優しく抱きしめられている。 「ねぇ? スコール」 「うん?」 「どうして、私が来ることわかったの?」 「ああ、そのことか…」 くすりとスコールの笑った息がリノアのうなじに吹きかかる。 ――くすぐったい… 「さっき、ゼルも来たからな」 ――ああ、そうか… 「…そっか、ゼルが。そうだよね。うん。」 ――だから、かぁ スコールの目の下で、リノアの肩がほんの少し落ちていく。 その様子を見て、スコールはリノアの耳元へと顔を寄せて言った。 「だけど、俺は…」 「え?」 小さく囁かれる、愛しくてたまらない低い声。 「最初からリノアを待ってた」 「スコール…」 自分の前に回されたスコールの腕を、リノアはギュッと両手で抱きしめる。 「……うん」 ―― ここが、私の本当の居場所…… その想いに、艶やかに流れるリノアの黒髪へと触れた唇が、熱く応える…… |
○あとがき○ |