降るようなKISSを君にあげよう < 前 編 > |
ウィーンというほんの微かな振動音とともに、冷え切っていた部屋が瞬く間に暖かくなっていく。夜間用に明度の落された照明でも、文字を読んだりするのでなければ充分な明るさがある。 ドアが閉じた瞬間から、外界とは完全に遮断されたかのように、お互いの存在しか感じられない。 久しぶりのスコールの部屋だというのに、リノアは部屋の中央までくるとひとりでに足が止まってしまった。 いや、久しぶりだからこそ。 部屋の主の次に、この部屋をよく知っているはずなのに。 ―― だって…、なんだか… よそよそしさを感じてしまうのは何故だろう? きちんと整頓された室内は、いつも見慣れた光景で、以前見た時とまったく変わりはないというのに。 自問自答しながら、リノアにはその答えが解っていた。 そう、きっと。 ―― 私の気持ちが、不安でいっぱいだから… 遠く離れて逢えない時は、逢いたい気持ちが募って、逆に恋しさも大きくなっていった。けれど、いつでも逢えるはずなのに逢えない今は、不安ばかりが先走る。 忙しいのは知ってるけど。 でも、一目だけでも逢おうと思えば逢えるはずなのに。 いつもいつも、私ばかりが逢いにいって、かえって迷惑なんじゃ…? そんな憶測ばかりしている自分自身にも疲れていって。 心が、荒波に揉まれる小船のように漂っているのがわかる。 ―― ……私は、スコールに…… 何気なく視線を戻した先に、リノアが佇んでいた。 部屋の中央で、所在無さげに。 以前なら、スコールの部屋に入った途端、嬉しそうに抱きついてきた。そしてそれを、スコールは困ったような顏をしながら受けとめていた。本音は自分も嬉しかったのだけれど。どうしても素直に表すことが難しくて。 それでも、リノアは笑って受け入れてくれていた。 ―― そうだな…、俺が… いつも、そっけない自分。 なのにいつも、許してくれるリノア。 お互いの気持ちは通じているのだと。 ―― 甘えていたのは、俺の方か 本当の気持ちは、ちゃんと言葉にして言わないと伝わらないんだということを。 それを教えてくれたリノアを、今度はスコールが追い詰めてしまっている。 今、目の前で儚げに立っている、いつも明るく華やかだったリノアが、憂いを帯びたその背中だけで多くのことを語っている。 寂しかった、と。 逢いたかった、と。 ―― だから、今度は俺が! スコールは意を決して、愛しい人へと近づいていく。 「リノア」 ふいに、大きな腕の中に背中から抱え込まれて、ビクっと竦んでしまった。 「…ス…コール?」 後ろを振り向こうとして、ギュウっと力を込められて、それを果たせない。 耳元に、囁かれるスコールの声。 「ごめん。本当に寂しい思いをさせて」 「…………スコール…」 きゅん、と胸が熱く高鳴る。 「ううん。…仕方ないよ。スコール、忙しいんだし…」 搾り出すような、悲しげなリノアの声音が、更にスコールの気持ちを煽る。 「いや、だから、俺が……」 ちゃんと言おうと決めたはずなのに、どうしても言い澱んでしまう。 己の口下手が呪わしくなってくる。 もっとリノアを安心させられるような、気の利いた台詞の一つも喋れない。 クッと下唇を噛んで、スコールはリノアをいきなり抱き上げた。 「えっ? すっスコール?」 4・5歩の距離を一足飛びで横切り、部屋の隅のベッドへと辿りつく。 そっと壊れ物を扱うように、ベッドの上にリノアを横たえて。 びっくりして瞳を大きく見開いたままのリノアの上から、優しく覗きこんで言った。 「俺は、まだ上手く言えないけど……」 そのまま愛しい人に覆い被さるようにして。 最初に、綺麗な額に唇を落とす。 次に、こめかみに。 そして、すうっと閉じられた瞼の上に。 小さく睫毛が震えている、もう片方にも。 形のいい鼻の頭に、両頬に。 それから…。 ……甘い吐息が零れる、くちびるに。 <後編へ続く> |