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〜 FF NOVEL <FFVII> 〜
by テオ


夢路の果てに

【FFVII Inter ED After】 後 編







 宿を出て、村唯一の広場を横目に見ながら、屋敷へと歩いて行った。
 子供たちが広場で遊んでいる。村人たちが楽しそうに語らう声も、のどかな風景の一部として、オレの耳に届いてくる。
 けれど……。

 全部、偽物だ。

―― 少なくとも、俺とティファにとっては……

 今では解体同然の神羅の影響もなく、与えられた任務が既に日常となり、人々は平和に暮らしている。今更それを壊そうなどとは、塵一欠けらほども思っちゃいない。
 だが、昔のニブルを知る者にとっては、それは辛いばかりの光景だった。

 俺は眼を逸らし、前方に待ち構える古びた屋敷を睨んだ。
 門扉に手をかけ、訪れる者もなくすっかり錆付いた格子を音を響かせて開いた。

―― くそっ!

 足が震えている。
 気持ちは急いているのに、思うように身体が前へと進んでいかない。
 いよいよ、朽ちかけた扉の前まで来た途端に止まる、俺の足。

―― しっかりしろっ! そんなんでザックスを探そうなんて聞いて呆れる!

 そうだ、ザックスのために。
 ……自分に奇麗事を言っててもしょうがない。俺は、俺のためにザックスを探してるんだ。
 この先には、俺たちにとって最も忌むべき場所が控えている。こんなところで立ち止まっている場合じゃない。
 俺はギリッと歯を食いしばり、不気味に軋んだ音をたてて扉を開けた。


 中は変わらず薄暗かった。しかし、エントランスはそれでもまだ明るい方なんだろう。眼が慣れてくるにつれて、部屋のあちこちに以前俺たちが戦った痕跡が残っているのが確認できた。
 割れた窓、抉られた壁、崩れ落ちた階段、異様な色に染まった床。
 近づかないようにと命令されていたのか、それとも薄気味悪くて誰も近づこうとさえ思わなかったのか。元々廃屋だったそこは、今では完全に全てから打ち捨てられた世界だった。

 そんな感慨に浸る暇も必要もなく、俺は例の地下室へと続く、隠し階段のある方へと向かう。
 狭い通路のその下に、延々と下っている螺旋階段。
 我知らず苦い唾液が溢れてきて、それを無理矢理飲み下す。
―― 行くぞ。ここに……ザックスがいるかもしれないんだ!
 心の内で己を奮い立たせて、俺は長い螺旋を降りていった。



 降りきった地下通路は、ほとんど真の闇に近かった。
 神羅が健在だった頃は、ところどころに灯りが燈っていた。だが、今は管理する者もいないのだから、当然と言えば当然だろう。
 しかし、俺ははっきりと周りの様子を見ることができる。
 もう今では自覚していることだが、魔晄に侵されたこの青い瞳は僅かな光でも増幅して物を見ることができるらしい。誰にも言ったことはないが……。
 ヴィンセントだけは知ってたかもしれないけどな。
 彼も、種類は違うとはいえ人体改造されてしまった一人だから。
 あの、狂った宝条によって。

 ひんやりとした湿気が澱んだ空気と交わり、ねっとりと肌に絡みついてきて気持ち悪い。


 ふと。


 奥の部屋を目指して通路を歩いていた俺は、ある違和感を覚えた。
―― ……なんだ?
 暗い通路の脇、崩れた壁の向こうから微かに足元に冷気が漂ってきている。
「ここは……」
 そこは、ヴィンセントが眠らされていた、あの部屋だった。

 俺はあたりに注意を払いながら、部屋とも言えないほどの小さな空間へと入った。
 中央にはあの時と同じように、今は蓋の開いている棺桶がある。
 最初は、そこから冷気が流れてきているのだと、俺は考えていた。
 だが……どうやら違うらしい。
 足元に纏わる冷気は、棺桶よりももっと奥、壁の方から流れてきている。
「…………」
 不覚だった、としか言いようがない。
 ヴィンセントとの出会いが衝撃的だったから、まさか、この奥にも部屋が隠されているなんて、思いもしなかった。
 俺は壁際に近寄り、手探りでじっくりと調べ始めた。
「…やはり、な」
 あたりの暗さも手伝って、ほとんど気づく者などいないだろう。

 壁一面全部が塗り固められていることなど。

 元は一つの部屋だったのかもしれない。それを故意に奥の部屋と分離させるために、壁を作った。
 そんな感じだった。
 急ごしらえだったらしく、かえってその荒さが岩肌が見えている横の壁との違和感をなくしていた。それと疑って見るのでなければ、おそらく気づくことは不可能だと言えるほど。

 俺は、居たたまれないほどの焦燥感にかられた。
―― この奥に、もしかしたらザックスが…?
 そう思ったら、俺は我を忘れて壁を壊し始めていた。
 ザックスから託された大剣を何度か打ちつけるだけで、既にあちこち崩れ始めていた奥の壁は脆くも壊れ去った。
 ガラガラと音をたてて。
 もうもうと土煙をあげて。

 その土煙が収まってきた、その向こうには……。

 ヴィンセントが眠っていた手前の部屋にある棺桶とは違う、そう、むしろこの地下通路の先にある実験室にあった ―― 俺たちが捕われていた ―― 人一人が入れるほどの大きさのカプセルに近いモノが置かれていた。実験室と違い、横長のカプセルだ。そう、いわゆる、冬眠カプセルみたいな。
 青い液体で満たされたそれを見た途端、臓腑の隅々から吐き気がこみ上げてくる。
「ぐっ…」
 記憶よりも深く身体に染み付いた恐怖が、耐えられないほどの嫌悪感となって俺を翻弄した。



 ……が、その中に……。



「ザックスっ!!!」



 記憶の片隅にある、あの丘で別れた時のソルジャー服そのままの。



 ザックスがいた。

 ザックスがいる。

 ザックスが、今、ここに。

 俺の目の前に。

―― やっと!…やっと、見つけた! ザックス!

 俺は無我夢中でそのカプセルに近寄り、手をかける。

「うっ!」

 喜びも束の間、触れた指先のあまりの冷たさに、俺は思わずカプセルに置いた手を引っ込めた。

「これは……?」


 ザックスの姿を見とめた嬉しさに舞いあがり、それまで気にも止めていなかったが、あの冷気はそのカプセルから流れてきていたのだった。しかも、カプセルの中は淡く青く光る魔晄らしきもので満たされていて、羊水よろしくザックスが浸っているのだ。
「これは……魔晄を冷却して液体化したのか……」
 正確には魔晄は俗に言う液体ではない。成分的には限りなく近いものではあるが。
 それに人為的に手を加え、冷凍用保存液のようなものにした……というのが正解に近い、と思う。
「また、宝条の仕業かっ!」
 俺は、苦々しく、異形の者と成り果て消えていったマッドサイエンティストの名を吐き捨てた。
 一度逃がしてしまった獲物をもう二度と離反させないために、眠らせたまま魔晄浸けにしたのか。
 俺が、死んでしまったと思いこむほどの瀕死の重傷だったザックスなら、きっとなんの抵抗もできず宝条の意のままだっただろう。魔物はもちろん人間でさえ、自分の実験体としか見ていなかった宝条ならば、もしもこのままザックスが廃人となっても、たとえ死んでしまったとしても構わないと考えたのも頷ける。
―― そういう奴だ……
 実験体が死のうが生きようが、自分の研究のためならどうだっていい奴だ。


 歓喜と驚愕の瞬間がやっと通り過ぎ、俺は次にするべき行動へと動いた。
 カプセル脇に示されていた温度表示と思しき数字から、おそらく零度前後に保たれているらしい魔晄が凝縮された液体は、その密度の故か凍ってしまうようなことはなさそうだった。それでなくては、安全に人体保存などできるはずもない。
 今更ながら、その目的の善し悪しは別として、魔晄を利用することに関しての宝条の技術力の高さに感心する。おかげで、こうして俺はザックスを見つけることができたんだからな。
 俺は数字のすぐ横にあった温度調節らしきダイアルを静かに回していった。ゆっくりと時間をかけて。ここで焦ったら元も子もなくなる。
 少しずつ、少しずつ、外気と変わらない温度になるまで……。



 あの頃。
 セフィロスが自分の出生の秘密を知って、暴走を始めた。いや正確には、俺の村を焼失させた後、ニブル山の魔晄炉で俺と相打ちになって、そのまま行方不明になっていたんだったな。
 宝条にとっては、自分の研究の結晶でもあるセフィロスの失踪は、計算が狂ったとしか言えなかっただろう。
 それともそれさえも実験の成果の一つとして、セフィロスの行く末を見守るつもりだったのか。
 そして、行方が知れないセフィロスの代わりとして倒れていた俺たちを実験体とした。……俺の場合は代わりにもなれなかったみたいだが。ザックスのおかげで一度は逃げ出せたが、結局、ザックスは俺をかばい撃たれて、逃げ果せたのは俺だけだった。記憶も意識も定かではない、一歩間違えば廃人同然だった、俺だけ……。
 俺がどこをどう彷徨ったのかもわからないがミッドガルのスラムに辿り着いた頃、ザックスは宝条に再び身柄を拘束されてしまったんだろう。


 カプセルは見た目には何の変化もなかったが、表示された数字が次第にあがっていっている。
 管理する者がいなくても正常に作動しているこの環境に、改めて宝条という科学者の凄さを思い知らされる。その行動や理念は決して許せるものではないけれど。


 ジェノヴァ細胞のせいなのか、簡単には死なない身体になっていた俺たち。ニブル山の魔晄炉で見た他の実験体よりはマシだったようだが、記憶が混濁してほとんど廃人寸前になっていた俺とは違い、魔晄浸けにされても正常な意識を保っていたザックスの存在は、宝条にとっては思わぬ副産物だったに違いない。
 そして、手に負えない存在となったセフィロスの代わりに、セフィロスより能力的には劣りはしても充分に使える実験体として……万が一の保険として、ザックスを……保存した。
 ジェノヴァ細胞にも魔晄にも支配されずに、かつ、自分の意志を持たぬ手駒として。

 だが、そんな野望も、当の本人が消滅してしまえば何の意味も持たなくなる。もしかしたら、このことは宝条以外は知らなかったのかもしれない。
 有り得ることだ。
 奴は、この研究に関しては他の何にも優先するほど固執していたみたいだからな。それが先達の科学者・ガスト博士への対抗心から来ていたことなど、知った今でも何の感慨も覚えやしないが。
 だからこそ、最後の切り札として慎重に慎重を重ねてここに隠していたんだろう。
 宝条のいなくなった今、その存在を誰にも知られずに、今まで・・・。


 上昇し続けていた数字が止まった。おそらく、カプセル内部の温度と外気温との差がなくなった、と考えていいと思う。
 心なしか、液体の中にいるザックスの肌が柔らかくなったように見える。たぶん、俺がそう思いたいからそう見えるだけかもしれないけどな。
 逸る気持ちを抑えきれず、俺はカプセルを開けるためのスイッチを探す。だけど、焦ったらだめだ。万が一、とんでもないボタンなんか押してしまったら、取り返しの付かないことになりかねない。
 ボタンやスイッチが複雑に並んだ操作盤の中から、やっと「OPEN」という文字を見分けることができた。
「これか!」
 勢い込んでそのスイッチを押そうとした時。


 俺は思いだした。


―― あれから、いったいどれくらいの時が経ってるんだ……


 少なくとも、1年、それ以上。

 俺とザックスが捕まって魔晄浸けにされていたのは、僅か数ヶ月だった……。

 肉体は、見ただけなら元のままだ。
 それはそうか。魔物化してしまうものなら、今頃ここにはいないだろう。理性とは無縁の魔物になってしまえばこの魔晄保存液は本来の目的から外れてしまう。おそらく、とっくにカプセルを破って逃走していたはずだ。

 だが、こんなに長期間、眠ったまま魔晄に晒され続けて、正常な意識を保てる者など・・・。
 たとえ、強靭な肉体と精神を持ったザックスであろうとも・・・。

 それ以上考えるのを拒絶するように首を強く振り、俺は震える指でスイッチを押す。


 まず、蒼い光彩を放つ魔晄液がカプセルの中から静かに退いていった。それと同時に液中に浮かんでいたザックスの身体が沈んでいき、大型カプセルの底に横たわる。それまで青い水ごしだった彼の姿が、直で姿を現わし始める。
―― ザックス……
 完全に魔晄の気配がなくなって一瞬後、ウィンッという軽い振動音の後にカプセルのロックが外れる音がした。
 再び手をかけて、カプセルを上方へと押し上げてみる。
 途端にカプセル内部に流れ込む外気。

 すると、彼の瞼がピクッと動いた。……気がした。
 次に、ザックスの胸が大きく上下し始めた。永い冬眠状態から目覚め、身体機能が働き始めた証拠だ。身体はまず肺へ新鮮な空気を要求する。
 何度か大きな深呼吸の後、次第に静かな呼吸に戻っていった。

 そうして、俺は恐る恐る声を掛ける。
 期待よりももっと大きな不安を抱いたまま。

「……ザック…ス?」

 ゆっくりと。

 今度こそ、本当にザックスの両の瞳が開かれた。

 俺と同じ、青い瞳。


 しかし……。


 そこには、かつて見られた、あの快活な意志の光は宿っていなかった……。

 焦点のない視線を、無感動に、緩慢に、彷徨わせている。

 ザックスの指が、腕が、そして、唇が……ぎこちなく、動く。




「…ぅ……ぁ……あ…あ…」





 完全な魔晄中毒だった。





「……っ………くっ…そおおぉぉぉぉーーーっ!」




 俺の悲痛な叫びの声が、神羅屋敷の地下いっぱいに反響して伝わっていった。





   つづく



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