夢路の果てに 【FFVII Inter ED After】 前 編 |
「クラウド。そこの角材取って渡してくれ」 「うん? ……これのことか?」 ふいに、熱中していた作業を中断させられて、俺は少々不機嫌気味にあたりを見回してから言った。 「そう、それだ」 おねだりモードの滲んだ声音に、俺の機嫌は更に悪くなる。 「俺だって忙しいんだ、自分で取りにこい」 「おいおい、この格好見て言ってくれよ。屋根の上からそこまで降りるのにどれだけ大変だと思う?」 どうやら、あっちも後に引く気はないらしい。これ以上押し問答していてもラチはあかないだろう。「ふぅ、仕方ない」とため息をつきつつ、俺は重い腰をあげて角材を取りに行った。 「………。よっ、と…。ほら、しっかり掴めよっ!」 屋根の上に登ってトンテンとトンカチをふるっていたあいつに、俺のすぐ脇にあった修理に必要らしい細目の角材の端を掴んで、下から屋根へと持ち上げて渡す。そんなに長い角材じゃないから、あいつは今にも屋根からずり落ちそうになりながら、伸ばせるだけ腕を伸ばしている。「わっ、たっ」と変な声を洩らしながら何度か腕を空振りしさせた後、やっとあいつが角材の端を掴むことができて、見た目にはなんてことのない受け渡しが終了した。が、あいつはさすがに冷や汗ものだったらしい。 「ひぇ、落ちるかと思った」 「だから横着せずに、ちゃんと自分で取りにくれば良かったんだ」 「まあいいじゃないか、落ちずに済んだんだから。あー、良かった良かった。さあ、続きを早くやっちまおうぜ、クラウド」 それ見たことかといった俺の嫌味もなんのその、もう早くも鼻歌なんぞ歌いながら、あいつは元の作業に戻っている。 半壊と言っていいほどの、この家の屋根の上に足場はほとんどない。そんな場所で、よくぞ片足ひっかけただけのあんな格好で角材を受け取れたもんだと、半分感心半分呆れながら、俺も目先の作業に戻っていった。 作業が思ったよりはかどっていない。少し急がなければ。 なんといっても、これからここが俺たちの拠点になるんだからな。 そう、おまえが……いや、俺たち二人が、いつか夢見ていた「なんでも屋」の……。 ここは、ミッドガルの郊外に見つけた、打ち捨てられた廃屋だ。こんな辺鄙なところになんでこんな一軒家が、とも見つけた当初は思ったものだが、ここはちょうどカームとミッドガルの中間地点にあたるから、おそらく旅人を当てこんだ商売かなにかをやってたんだろう。住む者もいなくなってかなりの時間が経っているらしい、もう家とは呼べないほどに崩れかけた建物は、俺たちにとってはこの上なく都合が良かった。 持ち主はいない。(……んだろう、たぶん) ミッドガルからそれほど遠くない。(やっぱり一番のお得意さんになるんだろうしな) ミッドガルに近すぎない。(……こ、これは、まあ、いろいろと…) 交通に関して、立地条件が最適。(海も近い、都市も近い、平原も近い) なにより、当分の間、俺たちの一番の交通手段になるであろう野生チョコボを捕獲できる場所に近いのがありがたかった。そのうちには、もちろん飼い慣らして専用チョコボも養うつもりだが、今はまだ自分たちの世話さえおぼつかないからな・・・。 「おいっ、クラウド! なにボケ〜っとしてるんだ? そっちはもうできたのか?」 作業の手が止まっているのを目ざとく見つけられて、俺は慌てて取り繕う。 「い、いや、まだだ。その……ちょっと考えごとをしてて……」 ………全然、取り繕えてないじゃないか。 「ほっほぉ〜。…さては、例の彼女、ティファちゃん、だっけ? のことを考えてたな?」 思いっきりからかい口調のあいつは、いいおもちゃを見つけたとばかりに無茶苦茶楽しそうに俺をつついてくる。 「ばっ、バカな。今はそんなこと考えていたんじゃない!」 「ふぅ〜ん、今は、ね。……じゃあ、いつもは考えてるんだな」 墓穴を掘るとは、こういうことだ。なんで俺は、いつもこいつにからかうネタを提供してしまうんだか・・・。我ながら自己嫌悪だ。 「お、俺をからかってばかりいないで、そっちはもう終わったのか?」 「おう、終わったぞ。屋根の修理は完了だ。今夜からはもうお星様に覗かれずに眠れるってもんだ」 くそっ、また、作業の先を越されてしまった。俺は悔しさに猛然と作業の手を早めた。それをさも楽しそうにからかう声を背後に聞きながら。 「そうそう。頑張ってくれよー。せっかく屋根が直っても、ドアや壁が穴だらけじゃ、誰かに覗かれちゃうでしょ?」 こんなド田舎の壊れ家を、誰が覗くって言うんだ! 反論したい気持ちをグッと堪えて、俺は黙々と作業を続けていた。 「終わった」 なんとか壁とドアを補修できた、と思う。応急処置だから、あまり乱暴に扱うとすぐにまた壊れそうだが……。 ふと、まだあいつが屋根の上から降りてきていないのに、今更ながら気がついた。何やってるんだ? さっき作業は終わったって言ってたのに。 怪訝な気持ちで振り返って屋根の上を見上げると、あいつは今では足場もしっかりできている屋根の上に腕組みをして立っていた。 そろそろ暮れ始めた柔らかい陽光を全身に受けて、朱に染まった顏を懐かしげに微笑ませている。そして、俺が不思議そうに見上げているのに気づいて、嬉しげに笑いながら声を掛けてきた。 「クラウドも見てみろよ」 促されて、俺もあいつの視線の先を追ってみる。 見渡す限りの荒野。 以前は草原だったそのあたりは、幾度かの戦闘の跡を色濃く残して、今では無残な荒野と化している。高熱で焼かれた赤茶色の大地は、もう二度と草木が芽吹くことはないだろう。少し足を伸ばせば緑の草原が広がっているだけに、その対比がかえって痛々しい。 だが、見る者の気持ち次第で、同じ景色がこうも違うものなのか。 普段は寂寥とした光景も、今、遥か地平の彼方、僅かに見える海に姿を隠そうとしている太陽から投げかけられる夕陽が、まっすぐに清廉な朱金の光の帯を敷いていて……。 まるで、俺たちの前途を祝福してくれているようにさえ、見える。 地面の上から見ている俺でさえ見惚れるくらいだから、屋根の上から見ればもっと見事なんだろう。 あいつもそれに気づいて、早速、俺を誘ってきた。 「お前もここに来て見ろよ。すごいぞ」 「あ、ああ。…そうだな」 立て掛けてある梯子の所に回ろうとした俺を、屋根の端に寄ってきたあいつが引き上げようと手を伸ばす。おいおい、その体勢じゃちょっと無理なんじゃないか? 「ほら、クラウド」 まだ片付けてない木片や石材やらが散在しているところに落ちたら、大怪我になってしまう。その手を無視して行こうとした俺に、急かすようなあいつの声が降ってきた。 「ほらっ」 思わず見上げた、あいつの顔が朱く染まっていた。引き寄せられるように伸ばした俺の手が、あいつのそれに引っかかる。 途端、あいつはバランスを崩した。 落ちる! 「ザックスっ!」 俺は自分の叫び声で、目が覚めた。 そこは、質素な宿屋のベッドの上だった……。 つづく |
○あとがき○ |