ユラリ 二つの影が揺れる。 質素な丸テーブルの上に置かれた、この部屋唯一の明かりの供給源であるランプの光が、ささやかな空気の流れに反応して揺れている。そして、おもむろに近づいてきた一つの逞しい影から吹かれた細く強い風によって、部屋を支配する権利を闇へと譲った。 明かりが消えれば、影も消える。 明るさに慣れていた視界が利かなくなり、代わりに他の感覚が研ぎ澄まされる。 たとえ見えなくても、お互いの居場所がわかる。 表情がわかる。 体温でさえ、分かり合う二人だった。 それは、心が通い合っているから… しかし、真の闇ではなかった。 すぐ脇にある小窓から、星明りが微かに注いでいる。 お互いの息遣い・動悸。 流れる、優しい空気。 すべての感覚が、互いを想い合う気持ちとなって、あたりを満たして溢れてくる。 「ルー…」 ワッカがそっと呟きながら、そこにたたずんでいるはずの存在へと向かう。 パサッ 小さな衣擦れの音がした。 その音の意図する意味をワッカが理解した瞬間、今まで遠慮して雲に隠れていた月が、煌々と小窓から光を送り込む。 「!!」 そこには ・ ・ ・ 彼の女神がいた。 青白き月光を浴びている一糸纏わぬその姿は、彼にはそうとしか言い表せないほどの神々しさだった。 ほんの少しだけ赤らめた顔を、僅かに横へと向けて、月明かりの中に浮かび上がる、そこだけ切り取って永遠に隠しておきたいくらいの美しさ。 惚けたように口を開け、ワッカはしばしその幻想的な様に魅入ってしまう。 焦れた白き裸体から、か細い声が発せられるまで。 「…ワッカ。 ……いつまで…このままにさせとくつもり?」 小さな、震えているのがはっきりと現れている、それでも懸命に強がっている、声音。 ハッと、やっと我に返ったワッカは、慌てて太い腕をあらん限り伸ばして、その中にルールーの身体を抱き込んだ。 「わ・わりぃ。 つい、な。 お前が…あんまり綺麗だったもんだからよ。」 「……バカね…」 腕の中でクスリと笑った吐息が、ワッカの胸をくすぐる。 「ルー」 腕に力を込めて更に強く抱き寄せると、ルールーは為されるがまま、しなやかに胸へともたれ掛かってくる。 自分との間で柔らかくつぶされている、豊かな胸。 もう少しでも力を入れれば折れてしまいそうな、たおやかな腰。 そして… 「ルーの匂いだ…」 目の下の黒髪がサワッとうごめき、ルールーが上向いたのが伝わってきた。 「あんたは……いつも、海の匂いね…」 月明かりを反射して、さながら紫水晶のように煌く瞳に絡め取られて。 ワッカは激しく唇を合わせ、逃げる舌を追う。 次第に応え始めるルールーの様子が、更にワッカの劣情さえも誘う。 こんなに長いこと一緒にいたというのに、初めてのルールーの艶かしくも甘い唇の感触に、ワッカは頭の芯から溶けていきそうだった。 「んっ」 苦しげに息を継ぐルールーを解放したのも束の間、ワッカはそのまま軽々と白い裸身を抱き上げる。 そして、質素だけれどいつもルールーがきちんと整えてくれている、部屋の隅に置いてある寝台へと横たえた。 そのまま自分も衣服を脱ぎ捨てる。 「ルー…」 静かに自分も寝台へと乗り身体を傾けながら、愛しげに全身を視線で舐める。 微かにみじろぐ音がして、ルールーが顔を背けたのが分かった。 片手を顔へ、もう片方を二の腕へと差し伸ばすと、意外にも小さい震えが伝わってきた。 「!! ルー、おまえ、震えてんのか?」 「………」 返事はなかった。 しかし、その間 『ルー…おまえ…… そう。 そうだ。 いつも冷静沈着で、物事を冷ややかな視点から見つめ続けていた彼女。 ただ、あいつとユウナのことにだけは熱かった。 その、大人びた見かけや落ち着き払った言動に、惑わされていた。 ルールーは……。 昔から、心底、一途な奴だったじゃないか…。 ブリッツに明け暮れていた俺と違って、 いつかガードになるためにと黒魔道士への道を選んだ。 せめてスピラを救う召還士の助けになれれば、と言って。 チャップと気持ちが通じ合った途端に、あの馬鹿野郎は行っちまいやがった。 こいつが……今までどんな気持ちで、ずっと時を過ごしてきたと思ってたんだ、俺は。 あれからずっと身につけていた服だって…。 大馬鹿野郎は、俺の方だな・・・』 突然動かなくなってしまったワッカに、ルールーが背けていた顔を怪訝そうにして向ける。 「…ワッカ?」 声にまで滲む震えを、ワッカはしっかりと己の心に刻み付けた。 「ルー。」 「なに?」 自分の決意を伝えようと、薄暗がりの中浮かび上がる、ほの白い顔を見据える。 「幸せに…。 必ず、幸せにしてやっからなっ!」 言葉の後ろに控える、数多くの思いが……ルールーの心の中に沁み込んでくる。 返事の代わりに、じっと見つめていた二つの宝玉が薄く潤んで閉ざされて。 それが、二人の熱い夜の始まりの合図となった。 |