飛空艇の中。
「リュック!」
「ユウナ〜ん」
まるで仲のいい姉妹のように手を取り合って再会を喜ぶ二人。 実際、久しぶりだった。このところユウナも「ユウナ参り」の対応に追われていたが、リュックもホーム再建のために忙しい毎日を過ごしていたのだ。会いたいと思ってはいても、いつでも会える状態だとつい疎遠になりがちなのも世の常というもので、二人がまさにそれだった。従姉妹同士でもあるユウナとリュックは、ただ一緒にいるだけで楽しい。お互いの悩みや他愛のないおしゃべりの楽しさは、同じ十代の多感な年頃の少女ならではの気安さがあった。姉妹というのならルールーもそうなのだが、彼女の場合はむしろ母親に近いものを感じてしまうユウナだった。リュックの方も思いは同じのようで、兄しかいないリュックは、ユウナのような姉がいたらと常日頃から熱望していた。当のユウナから「兄弟がいて羨ましいな」と言われても、何が羨ましいのかさっぱり分からないリュックだった。 ひとしきり再会を喜びあった後、リュックは皆を一瞥してから言った。
「じゃ、出発するねー」
ユウナたちが乗り込むとすぐに発進した飛空艇は、一路北へと向かっていた。
女の子たちがはしゃいでいる様子を少し離れた所から微笑ましく眺めていたワッカとルールーだったが、ふとワッカが飛空艇の窓から外を見て不思議そうにルールーに訊ねた。
「なあ、ルー」
「なに」
さもうるさそうに答えるルールー。 ワッカは気にもかけず言葉を続ける。
「オレら飛空艇乗ってから、これからどこへ行くのか、一っ言も話してないよな?」
ルールーはまたも胡散臭げに横目でワッカをチラリと見やる。
「それが?」
その態度の冷ややかさに少したじろぎながらも、
「! だってよぉ、まだ何も決まってねーのに、なんで飛空艇が北へ向かってんだ?」
と聞いてくるワッカに、ルールーはあきれかえったように言い下す。
「・・・・・。あんた、バカ?」
「!!! なんなんだよ? お・オレだけか? 知らないの・・。教えてくれよ、なぁ、ルー!」
ルールーは大げさに肩を上げ下げしながら両手を広げてため息をつく。
「はぁ、しょうがないわね。いい? 今、ここに誰がいないか、よく考えればすぐ解ることよ」
ワッカは思案顔で
「ここにいない、ってぇと・・・、あいつと・・・」
と言い募ったところで、ルールーに思いっきり睨まれる。
「あ、はは、ハ・・。んなワケねーよな・・。ってことは・・・」
ポン、と一つ手を打つワッカ。
「キマリ、か!」
やれやれ、やっと分かったの、とでも言うかのようにルールーが言葉を続ける。
「そう。だから、飛空艇はガガゼトへ向かってるって訳・・・」
はからずも、又もや寺院から追われる形となってしまった今の状況では、寺院側はユウナに繋がる人や物を頼りに必死で探すだろう。さすれば当然、リュックやキマリのところにまで探索の手が伸びてくるのは必至だ。このまま別れてしまったのでは、次に会えるのはいったい何時になるか解らない。それをキマリが良しとするはずもないことを、仲間はよく知っていた。そのため、事前にキマリが今はガガゼトにいることを知らされたリュックは、ユウナたちを乗せた後、直ちにガガゼトに進路を取るように飛空艇を設定してあったのだった。
徒歩であれば何日もかかる距離も、飛空艇だとひとっ飛びだ。だが、直線的に行けば半日もかからないところを、人目を忍ぶ旅のため大きく迂回するコースを取らなければならなかった。だが、ユウナたちは船室で休んでいたため気が付かなかったが、途中からは人目をはばかる様子もなく、飛空艇はいつもの飛行コースをとっていた。そして明くる日の夕刻、ガガゼト山の麓のあたりまで到達していた。
ガガゼトに近づいたという知らせを受けて、再びユウナたちは艦橋に集まってきた。 まず、ルールーが自分の感じた疑問をリュックにぶつける。
「意外と早かったじゃない。かなり迂回してたはずよね?」
するとリュックが得意げに言う。
「へっへー、ちょっとねー」
そして今度はユウナが当然の疑問を口にする。
「リュック、このままガガゼトに行って大丈夫かな?」
リュックはまったく平気な顔で答える。
「ああ、うん。だいじょーぶだよ。今までも結構飛空艇で物資を運んでるから」
その横で「ああ、それで・・・」とルールーが呟いていた。
今では飛空艇は貴重な物資の輸送手段だった。これまでだと何日もかかっていたところを、ほとんど一瞬で運んでもらえるのだから、これを利用しない手はない。また、アルベド族の方もそうやって資金を得ることが、ホーム再建のための貴重な収入源だった。そこでユウナはもう一つの疑問を訊ねた。
「でも、それじゃ、飛空艇、ずっと使わせてもらう訳にはいかないね」
「う、ん。そうなんだけど、しばらくの間だけだったら、いいってさ、オヤジ」
リュックの説明を要約すると、今のところ飛空艇はこれだけだが、それに満足するシドではない。しかもこの馬鹿でかい飛空艇で全ての輸送を行っていると、燃料などで収支が合わなくなってしまうらしい。既にこの飛空艇を真似て、幾つか小型艇を建造しているのだそうだ。そして、ユウナたちがこの飛空艇を使っている間、テスト飛行を兼ねて、新しい小型飛空艇での輸送を行うつもりらしい。こちらの方はオーバーホールとでも言っておけばどうにでもなる、と。
「でも、あんまり長い間はムリだけどねー」
「じゃ、とりあえずの落ち着き先が決まるまでは、使わせてもらえるんだね」
「うん。そーゆーことっ」
極力ユウナに負担を感じさせないように軽く言ったつもりだったが、
「ほんとにお世話になります。リュックにもシドさんにも」
と案の定、深々とお辞儀をするユウナに、リュックは慌てて両手を目の前で振りながら答える。
「んな、いいって。オヤジもユウナんの一大事に一肌脱げるって、喜んでんだからサ」
思わずクスリと微笑むユウナ。
「ふふ、なんだかシドさんらしい、な」
そうこう話している間に、飛空艇はガガゼト山にあるロンゾ族の村の入り口付近へと着陸していた。この時のために用意してあったロンゾ族からの要請物資を、既に飛空艇の貨物倉庫から運搬ロボットが荷降ろししている。その間に、この場では一番怪しまれないリュックが代表で、事の次第を伝えてキマリを連れてくることになった。
何もすることがない三人がヤキモキしながらしばらく待っていると、リュックがキマリを連れて戻ってきた。それを見たユウナがキマリの元へと駆け寄る。
「キマリ。ごめんね。こんなことになって・・・」
キマリはゆっくりと首を振りながら、さも当然そうに答える。
「ロンゾは大丈夫だ。キマリはユウナと行く」
短いこの言葉の中に、どれほどの想いが込められているのか。長く一緒に旅をした仲間ならではの想いが伝わってくる。これ以上言葉を続けるのはキマリに対して失礼だ、ということも。
「キマリ、このまますぐに行ける?」
ユウナが訊ねると、間髪入れずに答えが返ってくる。
「そのつもりでキマリは来た」
「じゃ、またよろしくね。キマリ」
少しだけ小首を傾け微笑みながら言うユウナに、深く頷くキマリ。そこへ貨物室へ様子を見に行っていたリュックが戻って来た。
「こっちは終わったよー。もういつでも出発できるよ」
「うん。私たちもいいよ」
「んじゃ、とにかくココ早く離れなくちゃね」
チラリとキマリを見やりながら言うリュックに、キマリは微動だにしなかった。リュックの操縦ですぐに飛空艇は飛び立つ。一旦、海の上へと進路を取り、陸地から遠く離れたあたりで飛空艇の速度を落とした。これからのことを話し合うためである。
「で、これからどうする?ユウナ」
ルールーがその場を代表してユウナに訊ねる。そこで初めてユウナが逡巡の表情を見せた。一同はお互い顔を見合わせ、ユウナの次の言葉を待っていた。ユウナはしばし迷っているようだったが、思い切ったように皆に告げ始めた。
「私、その前に行きたい所があります」
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