「まってぇ〜」 「早くこいよー。おいてっちゃうぞ〜」
パタパタパタ・・・・・・・
窓から差し込む朝の柔らかい陽射しと家の脇を駆け抜けていく子供たちの声で、ユウナは目覚めた。
『ああ、もう朝なんだ』
眩しい朝日を遮るように片腕を上げ、額の上に乗せる。 またゆうべもよく眠れなかった。 瞼が腫れぼったい。
『ゆうべ、また、いっぱい泣いちゃったからなあ』
昼間はやるべきことが多すぎて忘れていられても、夜、寝床の中で一人になるとどうしても考えずにはいられない。 彼のことを。
飛んで来るって言ったのにね。 私、いっぱい指笛吹いたよ。 ルカでも、ビサイドでも。 海が見える場所だったら、いつでも、どこにいても吹いたんだよ。 でも、君は来てくれなかった。
待ってるんだよ。 私。 今でも、待ってる。 信じてるから、君のこと。
でもね。
もう、これ以上、みんなに心配かけられないよ。
また涙が滲みそうになるのを振り切るかのように、ユウナは起き上がり、両手を上げて伸びをする。
「うんんん〜〜」
いつも彼がやってた仕草。 せめてそうやって身近に感じていたい。 ユウナが意識せず身につけてしまった、癖。 それが回りにどういうふうに写っているのか、ユウナにわかるはずもなかった。
すばやく身支度をすませ、いつものようにルールーが用意してくれている簡単な朝食を取ると、ユウナは家を出た。 途端にかかる、いくつもの声。
「おはようございます。ユウナ様」 「おはよう。ユウナちゃん。今日もいいお天気だよ」 「ユウナ様。ご機嫌麗しゅう」 「ユウナちゃん。今日もご苦労様だねぇ」 「ユウナさまー。おはようございまーす」
親しげに声をかけてくるのはビサイドの村人だ。 そして、その他の人々はいわゆる【ユウナ参り】の人々であった。
ユウナが『シン』を倒して以来、一つの現象が定着化しつつあった。 それが【ユウナ参り】である。
スピラの生きた救世主。
それが今のユウナに対して、スピラの人々が抱く大方のイメージである。 今まで誰も成し得なかった『永遠のナギ節』をスピラにもたらしてくれたのだから。 ユウナの父、ブラスカでさえもである。 事実はブラスカの時代から受け継がれてきた様々な思いや出来事が複雑に絡んでいるのだとしても、ユウナと共に戦った仲間以外、真実を知るべくもない。 また、知らせる必要もなかった。 要はスピラに平和が訪れたという事実、それだけがあればいい。 ユウナも他の仲間たちもそれで納得していた。
しかし、予想外のおまけがついてきてしまった。 スピラ中の人々が【ユウナ参り】と称して、ビサイド村を訪れ始めたのだ。 それも無理もないのかもしれない。 今までのスピラは、余りにも希望が無さ過ぎた。 そこに突然、約束された安息の日々。 今まで望んでも得られなかったもの。 それをもたらしてくれたユウナに、スピラ中の人々の感謝と畏敬の念が集中していた。
少しでもあやかりたい、そのお姿を拝し、この幸せをかみしめたい。 そういう人々から、さらには、病気の家人のためにとユウナを訪れる者たちまでいた。 癒しの白魔法が使える召喚士は、数は多くはないもののユウナ一人という訳ではない。 だが、人々はユウナであれば必ず救ってくれるはずと、わざわざ遠い道のりを旅してくるのだ。
自分を頼ってくる人々をユウナが無下にできるはずもなく、今ではビサイド寺院の一室をユウナの謁見室として解放してもらっている。 ユウナの家の周りに詰め掛ける人々の数が、時として群集と呼べるほども膨れ上がってきたからだった。 このままでは村に迷惑をかけてしまうと考えたユウナが、申し訳なく思いながらも寺院の僧侶に相談すると、以外なことにすんなり場所を提供してくれた。
寺院側は寺院側で、それなりの思惑があった。 もやはエボンの崩壊は時間の問題である。 他の寺院は見る見る寂れていく一方だ。 だがビサイド寺院だけはユウナと、そしてその父ブラスカの像があるため、参拝者が退きも切らさなかったのである。 協力を快諾しこそすれ、断ることなどあるはずがなかった。
村人たちもしかりだった。 【ユウナ参り】の参拝者が数多く訪れるため、必然的に村も活気付いていき、ビサイド織物などの特産品が飛ぶように売れるようになったのだ。 参拝者目当ての商売を新たに始める者もいた。
その状態がいいのか悪いのか、ユウナは困惑してはいたが、今は自分に出来ることをやるだけと自身に言い聞かせていたのだった。
「おはようございます。みなさん」
家のドアの前で、ぺこりとお辞儀をし、ユウナは人々に向けて微笑む。
「今日もよろしくお願いします」
自分が既にこの人たちの絶対的存在になりつつあるという事実をまったく自覚していないユウナ。 ユウナのこの驕りを知らない真摯な姿に、人々はなお一層の敬愛を募らせる。
挨拶を終えるとユウナは足早に寺院の方へと歩いていった。
その様子を人々の後ろから見守っていた、ワッカとルールー。
「気が付いた?ワッカ」
ルールーがため息がちにワッカに問い掛ける。
「ああ」
ワッカも腕組みしつつ、眉根を寄せながら頷いている。
「ユウナ、またゆうべ泣いてたわね」
「・・・・・」
他の輩は気付かなくとも自分たちは違う。 ユウナの微笑みに隠された真実の顔を知っているのは私たちだけ。 もはや言葉にする必要も無い、分かり過ぎるほど分かっていること。 重い沈黙が二人の上に広がる。 だが、どうしてやることもできないのが、目を背けようも無い現実。 こちらが気遣えば、さらにユウナは無理をする。
もしかするとワッカやルールーより、ユウナの心を少しでも癒してやれるかもしれないキマリは、今はガガゼト山に帰っていた。 いくら促しても帰ろうとしないキマリに、ユウナ自身が言ったのだ。 真剣な緑碧の双眸で、上目遣いに頼まれれば否と言えるはずもない。
「遠くにいてもキマリはキマリだよ。ガガゼトからでも私を勇気付けてくれる。キマリも頑張ってるんだなって思って、私も頑張るから。お願い、キマリ」
シーモアによって多大な被害を被ったロンゾ族。 情に厚いキマリが気にかけていないはずがなかった。 だが、自分自身に架けた誓約のためにユウナの側を離れようとしなかったのだ。 再三、ユウナに諭され、やっと重い腰をあげたのが、つい数日前のことだった。
「すぐに戻ってくる。キマリはいつもユウナの側にいる」
かつて見せたこともない苦悩の色を隠そうともせず、キマリはガガゼトへと発っていった。
「本っ当に意地っ張りなんだから・・・」
悲しげにつぶやくルールーの言葉に、ワッカも再度頷くしかなかった。
「まったく、な」
自分たちの無力さを嘆いていても仕方ない。 せめてユウナの側にいて、少しでもユウナを支えてやること。 その役目を果たすべく、二人はユウナの後を追っていった。
その日の午後遅く、ビサイド寺院に一人の僧侶が訪れた。
この時から、ユウナの身辺が大きく変わり始める・・・。
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