MENU / BACK
〜 FF NOVEL <FFX> 〜
by テオ


君に vol.4




すっかり明るくなった白黄色のなだらかな浜辺にティーダは一人横たわっていた。
随分前から目覚めてはいたのだが、起きあがる気力もなくそのまま寝転がっている。
心地よい潮風に吹かれながら、ティーダは強い陽射しにキラキラと輝く波を白濁とした眼で見つめていた。


−−− 海 −−−


ユウナと一緒に見たビサイドの穏やかな海。
初めて異界送りを見た少し悲しいキーリカの海。
華やかで賑やかだったルカの海。
そして二人で朱く染まった幻想的なミヘン街道の海。
以前はあんなに綺麗だと感じていた海も、それを共有できる相手がいないというだけで、こんなにも無意味なものに姿を変える・・。

ティーダがこの島に来てから、つまりスピラに復活してから、既に数日が経っていた。
何度、陽が昇るのを見、幾晩、夜空の星を数えたのか。
その間、思い余って何度もティーダは海に泳ぎだそうとした。
行く宛もないまま。
それでもいい、たとえそのまま息絶えてもいい
このままここでじっとしているくらいなら、とさえ思ってしまうほどの焦りのために。
だが、寸前で思いとどまったのは、ユウナへの思いゆえだった。
せっかく現実になれたのに、ユウナに会えないまま、また消えてしまう訳にはいかない・・・。

数日前、この島がどういう場所にあるのか、わずかだが手がかりを掴んだような気がした。
だが、一夜明けて、今度は尚いっそうの焦燥感に苛まれてしまっていた。
地図にない場所だということが解っても、実際はここがどのあたりなのかということさえ解っていないのだ。


『バカみたいだな。おれ。』


もはやたとえ独り言でも、声を出し自分を奮い立たせようとする気力さえ無くなっていた。

最初のうちは、まだこの島を調べるという目的があった。
しかし、この小さな島はすぐに調べ尽くしてしまった。
なにしろ植物以外の生き物と言えるのは、ティーダだけだったのだから。
そして、現実は変わらずとも身体を動かしてさえいれば気も紛れた。
だが、謎の一つが解けただけで、その時は希望と思えた事さえも、逆にこの眩しすぎる陽光の中ではかえって自分の無力さを思い知らされるだけだった。


    どうやってこの島を出て行けばいいんだろう。

    どこに行けば、いいんだろう。


自分以外動くもののないという、果てしない孤独。
最早、それを止めるのは無駄な努力と諦めざるを得ないほど、広がり続ける寂寥感。
この島も空も海も、静かで美しいがために、与えられる残酷なほどの虚無感。
そして、今まで思ったこともない、自分自身の存在への疑惑。


    ほんとうに待っていてくれているんだろうか。

    あの時、消えてしまったともう諦められているんじゃないか。

    普通は、そうだよな。でも・・。


そんなことはないと、何度、打ち消しても不安が湧き上がってきてしまう。
今はまだ、いいだろう。
みんなきっと暖かく迎えてくれる。
だが、もし、このままここで無為に長い時間が流れてしまったら・・・・


    もしも

    万が一にでも

    そうだったとしたら


    俺がこのスピラに戻ってきたこと自体が、意味のないものになってしまうんじゃないか・・・


極限状態におかれた人間が陥りやすい、否定思考の罠にティーダは完全に囚われていた。
その胸のうちに、おそらく初めて抱いたであろう疑心暗鬼を巣食わせ始めてしまっていた。


    どうせ、俺はもともとスピラの人間じゃないしな

    そうさ

    人間でさえ、なかったんだ

    夢、だったんだもんな、俺

    俺と同じ境遇の奴なんか、もう他にいやしない


『シン』のままでもいい。親父がいてくれたなら。そんなことさえ望んでしまう程に。
ティーダの心は疲れ、次第に病んでいった。



    たとえスピラに戻って来られたって・・・


    俺は・・・


    一人なんだ・・・



心の深い暗闇に落ちていくティーダ。もうそれを止めようとも思わない。

そして、その感情は次第に違うものに変化しつつあった。


    会いたいよ、ユウナ

    会いたくて、寂しくて、このまま押しつぶされてしまいそうなんだ

    悲しいのか、苦しいのか、もう何もわからない・・・



    いったい何が悪かったんだろう

    俺が、悪いのか?

    ただ、懸命に生きてきただけなのに

    それは、最初から作られたものだった

    夢、のひとつとして

    誰が作ったんだ、こんなもの

    こんな想いをするくらいなら・・・



    ザナルカンドの人たち・・・

    追いやられて、夢を見るしかなかった

    そうするしかないくらいに、追い詰められて・・・

    誰が追い詰めたのか

    そして、誰がその夢を見続けさせたのか

    こんな空しいだけの夢を



    答えは、決まっている

    エボン

    そして、エボンを増長させてきたこの世界・・・

    スピラ・・・



    ユウナ、ごめんな

    君が守りたいと言っていたこの世界

    俺は・・・・・


    芽生えてしまった以上、もう消すことはできないだろう

    この思いを・・・

    でも、君を悲しませたくはない

    ならば、・・・・・・



今まで体験したこともない感情。それがどういうものなのか。
ティーダはそんな自分の変化を自覚するゆとりさえ、なかった。











「?!」


絶望と言う名の闇に閉ざされていた瞳に、あるものが映る。
見るとも無しに見ていた碧玉の海の遥か向こうに、いくつかの小さい白い影が横切っていた。
それは本当に小さい、小さい影だった。
ティーダは弾かれたように飛び起き、海辺へと駆け寄る。

「あれは?スピラカモメ!」

それはスピラカモメが群れをなして飛んでいる姿だった。
スピラカモメは陸地を遠く離れることはない。
この島からは遠すぎて、スピラカモメが拠点や目的地としているとは思えない。

「あの方角に陸地があるんだ!」

声にも自然と喜色が滲む。
時は太陽がちょうど真上に射しかかろうかという頃。
その太陽が昇ってきた方向に、その群れは飛んでいく。

ティーダはこのわずかな希望に自分の命運を賭けてみることを即座に決断した。

    このままここにいても何も変わらない。
    ダメで元々なんだ。
    やってみなくちゃ、なにも始まらない。

ティーダ本来の不屈の闘志を燃やし、南国の暖かい海の中へと入っていく。

    ブリッツでたっぷり鍛えてあるんだ。
    これくらいの距離、泳ぎ切ってやるさ。

ティーダは気合を入れるため、顔をパンッと両手で軽く叩く。

「よしっ!行くっすよ〜!」

そこにはついさっきまでティーダを覆っていた暗い影は微塵もない。
そんなことなんかすっかり忘れ去ったかのように、希望に満ちた明るい顔でティーダは泳ぎ始めた。
暁の出ずる方角を目指して。



ティーダの心の奥底に刺さってしまったほんの小さな棘の傷跡。それが完全には癒えぬままに。







金色(こんじき)から茜色に、ティーダの周りの海がその色模様を変え始めた頃。

無心に泳ぎ続けるティーダの眼前に、騒々しい程の数のスピラカモメが飛び回る陸地の姿が現われていた。




--- next to vol.5 ---



○あとがき○

今回、読みながら「え?」と感じられたかと思います。
実は当初の設定がこのあたりから少し変わってきています。最初はサバイバルな感じでも、結局最後はハッピーエンドというお決まりのパターンだったんですが、最近とある人の影響を受けまして、もっとティーダの(というか人間の?)本質を追求していきたくなってしまったんです。そのせいでおそらく今回のような負の記述など多くなってきます。表面的にはなるべく出さないようにしたいので、主に心理描写の面でです。ただ作者の筆力がそれを描ききれるかが自信のないところなのですが。とにかく書き始めてしまいましたので、なるべくENDマークを付けられるよう頑張りたいと思っております。そういうのでもいいよ、とおっしゃってくださる方、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

上記のような理由のため、前回あとがきでティーダがお休みだと書いたんですが今回まで続けました。
ついでに、このシリーズは壁紙を変えずにいくつもりだったんですが、あまりにも内容にそぐわないので差し替えました。

BACK