目が覚めるともうあたりはすっかり明るくなっていた。 昨晩、あのままいつの間にか眠っていたらしい。 昨日の今日では、無理からぬことではある。 渇いた柔らかい砂がティーダの身体の疲れをすっかり癒してくれていた。 そのまましばらくぼんやりと海を眺めていたティーダだったが、眠っていた頭がだんだんと覚醒してくるにつれ直面している現実に思い当たった。 まずは、この島がどんなところなのか解らなければ何も始められない。 それが解った上で、この島を抜け出し、ティーダの知っているどこかの大陸へ行くための手段を考えなければ。もしくは、仲間たちに連絡を取る方法を。 今のままでは、そのどれも成す術がない。 とりあえずこの浜辺のまわりだけは、前日探索済みだ。 当座の糧のみであれば、確保もできる。 あとはこの島の残りの部分がどうなっているのか。
「さ〜て、探検してくるっすか〜」
ティーダは立ち上がり身体を伸ばしながら、わざと自分を鼓舞させるために大声をだす。
万が一のために昨日の木の実を採取してから、ティーダは島を探索しに出かけた。 例え時間がかかっても迷ってしまわないように、島の内部ではなく外周を回ってみることにした。
元の場所に戻ってきたのは、もう日が暮れかかった頃だった。 ここは半日と少しほどで一周できるほどの、本当に小さい島だった。 ティーダが泳ぎ着いたこの浜辺は島の南側に当たるらしい。 探索中も常に太陽の位置を確認しながら得た結論だった。 ただティーダにとって幸運だったのは、泳ぎ着いたのがこの浜辺だったということだ。 他の海沿いはほとんどが岩場で、もしこの場所以外に上陸しようとしていたら困難を極めただろう。 島の内部はもはや探索するまでもない。 昨日見つけたあの泉のあたりが、どうもこの島の中心部にあたるらしい。 目印にしていた大木が島のどの位置からでも見えていた。
一日中岩場を飛び回っていたため、ぼろ雑巾のように疲れきった身体をティーダは昨夜と同じ場所に横たえる。 「これからどうしたらいいんすかね〜」
砂の上、組んだ両手を枕にしながらこれからのことを考えるとティーダは絶望感を禁じえない。 昨夜はアーロンのことで頭がいっぱいだった。 スピラに帰って来られた自分。 もう帰ってこないアーロン。 これからはもうアーロンに頼ることはできないのだ。
「みんな、どうしてるのかな」
現実と成り得た自分が、これから関わっていくべき人々。 ワッカとルールーは今ごろビサイドだろう。 村中が大騒ぎなんだろうな。 なにしろ自分たちの村から英雄が出たんだから。 大いに照れまくっているワッカが目に見えるようだ。 ルールーはそれでも冷静に村人の相手をしてるんだろうな。 リュックは、たぶんみんなと別れてシドと飛空艇に乗ってるんだろう。 ホーム再建するって言ってたしな。 キマリはあいかわらず、ユウナの側に・・・。
ユウナ。
君は、今、どうしてる? 他のみんなのことはこうして想像できるのに、ユウナのことだけ思い浮かばない。
ティーダは頭の後ろで組んでいた両手を外し、その手を目の前にかざす。 日が落ち、すっかり暗くなってしまった空には、こぼれ落ちるかと思えるほどの星々。 その星明りをたよりに自分の両手を見つめるティーダ。
あの時、消えかかったこの手で君を抱(いだ)いた。 覚悟はできていたはずなのに、いざその時を迎えると、俺、恐くてさ。 恐くて、悲しかった。 消えてしまうということより、ユウナにもう会えないことが、ユウナにもう触れられない自分が悲しくて。 泣いちゃったんだよなぁ。また。 ほんと、カッコわりーよな。俺。 いっつもそんなとこばっか、ユウナに見せてたような気がすんだよな。 情っけねー。俺って。
だから、せめて最後の瞬間だけは強がってみせたかった・・・。
こんな俺でも、ユウナは信じて待っていてくれているんだろうか・・・。
もし、もしも待っていてくれるのなら、いや、きっと待っていてくれてる。 だから、早く行かなくちゃ。ユウナの元へ。 でも、こんな何にもない所じゃぁ・・・・。
唐突に。
『シヴァ』の言葉が蘇る。
・・・・・・・ ・・・・・・・ 新たなる 夢の世界に 海を作ろう・・・ おまえが泳ぐ 海を作ろう・・・
「!」
ガバッとティーダは上半身を跳ね上げる。
「そっか!」
召喚獣たちが言ってたじゃないか。 新しい海と。 俺は召喚獣たちが作ってくれた新しい海に生まれたんだ。
だから、ここは。
新しい海。新しい島。
「地図にない場所なのか・・」
どうりでまったく見た覚えがないはずだ。 いくらスピラで生まれ育ったわけじゃないっていっても、「シン」との戦いの時、スピラ中をシドの飛空艇で飛び回ったんだ。ただし、それは地図に載っている場所だけだった。当たり前だ。知らない場所をウロウロする程の余裕なんて、あの時はなかったんだから。 この小島自体は、ひょっとしたら以前からあったのかもしれない。ただ、もしそうでも地図にも載らないほどの辺境の地ということだ。 そしてこの気候からすると、おそらくビサイドからそんなに遠くはないはずだ。 ビサイドだって、かなり辺境っぽいしな。
そんなことワッカやルールーが聞いたら頭から湯気を出して怒り出しそうだな、と思い至ったティーダはこの島について以来、はじめての笑みを浮かべる。
解らなかった謎がたった一つだけでも解けたことで、ティーダはだいぶ気持ちが落ち着いてきていた。 再び横になり、今度は片腕を枕にして身体ごと海の方に向ける。
「だけど、問題はどうやってココを出て行けばいいかってことなんだよなぁ」
そして、どの方向に行けばいいのか・・。 宛もなく海に出ていけばどうなるか、想像に難くない。 幻光虫が極端に少ないこのあたりの海では、今までのように無限に海中を泳ぎまわれるという保証はない。 せめて方角だけでも限定できれば、ブリッツで鍛えた体にものをいわせて無茶もできるだろうが・・・。
止めどもなく考えを巡らせていたティーダは、そのまま深い眠りに落ちていった。
次の朝、ティーダがまだ目覚める気配もない明け方近く。 白み始めた東の空に小さな影が舞っていた。
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