ティーダは自分が今いる浜辺をあらためて眺めてみた。 あの懐かしいビサイドの浜辺に酷似している。 日差しの強い、明るい南国の海辺。
「つうことは、緯度的には同じような場所ってことだよな」
ティーダは自分に言い聞かせるようにしゃべりながら、今度は浜辺の奥の方に目をやる。 砂地にはさすがに生えている植物は少ないものの、島の奥の方にいくにつれ、そこはあたかもジャングルのようだった。 様々な木々が生い茂り、ティーダの見たことのない植物も多い。 人の手の入った気配がまったくない。自然の楽園だ。 ティーダはため息をつきながら、自分が随分と空腹だったのを自覚する。
「何か、探しといた方が良さそうっすねー」
自然と独り言が多くなっているのを自覚しながら、浜辺沿いを少し探索してみることにしたティーダは、砂浜を越えて背の低い木々の中に分け入っていった。
『知らない場所で歩き回ると、迷って取り返しのつかないことになる』
遠い記憶の中。
誰が言ったんだっけ。 親父か? いや、親父はそんなことわざわざ言う奴じゃなかった。
『迷いたきゃ、迷えや』
そう言って、ほんとに迷子になって泣き出した俺を 平然とどっからか迎えにきて、人のことバカにしたように笑うんだ。
クソ親父!
だけど、いつも泣いている俺を探し出して迎えに来るのは、 母さんじゃなくて、・・親父だった・・・。
・・・・・。
ほんっと、あんたって不器用だったんだな。親父。
足元をさえぎるシダ類らしきものを器用に蹴り払いながら、ティーダは食用になりそうなものを探す。 それはさほど苦労せずにすぐ見つかった。 そこらじゅうに群生している潅木に薄赤い色をした木の実がたわわに実っていた。 少しだけ齧ってみると、甘酸っぱい味が口中に広がる。 これなら十分食べられそうだ。
「あ、と。それと水か・・」
常に木々の間から浜辺が見えることを確認しつつ少し奥にはいってみることにした。 だいたい目星はつけてあった。 さっきいた浜辺からほど遠くない場所に、その島の奥から流れてきているらしい小さな川とも呼べないほどの流れを見つけてあった。 ただ、あまり海辺に近すぎると飲み水には向かない。 しばらく歩いていると、踏みしめるシダともコケともつかぬ植物たちが柔らかく沈み始めた。 チョロチョロと水音がしている。 小さな水の流れを見つけて、今度は浜辺を背にしてジャングルの奥に向かう。 ほどなく、僅かだが水が湧き出している泉らしきものを見つけた。 ティーダは知らず知らずのうちに乾ききっていた喉を潤すために、すぐさま泉の中に顔を突っ込む。 喉の渇きが癒され、ほーっと一息つくとやっとゆっくりあたりを見渡す余裕が出てきた。 そして、この場所を明確に標してくれる目印を見つけた。 一際みごとな大木が目の前にあったのだ。 これを目印にすれば、渇きに苦しむことはないはずだ。 だが、逆に湿りきったこの場所では横になって寝るのには不向きのようだ。 しっかりと場所を記憶に留めてから、ティーダは先ほどの浜辺に戻ることにした。 今度は水の流れに沿ってまっすぐ浜辺へと歩いていった。 来る時には気付かなかったあたりの様子に眼を配りながら、あることにティーダは気付く。
「?! ここって、幻光虫が、いない?」
もう一度よく見回すと、まったくいない訳ではないようだ。 今まで見てきた数とは比べようもないが、かすかに幻光虫のいる気配はする。
そうだよな。 だから、ここがスピラだって確信できたんだし・・。
ただ、その絶対数が極端に少ないらしい・・・。 ということは、その天寿を全うすべく群生している植物たちは別として、動物の類自体が少ないということ、か・・・。
行く手を阻んでいた木や草々がまばらになり、眼前に浜辺が見えてきた。 やはりだいぶ緊張していたのだろう。 遮るもののない砂浜とその向こうに果てしなく広がる海原を見て、一挙に脱力感が襲ってきた。 もう夕刻らしく、すべてが赤銅色に染まり始めていた。 もう独り言をいう気力もなく、ティーダは砂浜とジャングルの狭間に腰をおろすと、集めてきた木の実を機械的に口にする。
味も何も感じない。 抑えても抑えても、湧き上がってくる寂寥感。 初めてスピラに来た時と同じ。
あの時もこんな感じだったっけ。 おまけに今と違って、何も知らされずいきなり連れてこられた。 そうだ。 いつもそうだ。 何も言わずに・・・。
そうだったか・・?
親父がいなくなり、かあさんが死んで。 ほんとは俺は一人っきりのはずだったんだ。 でも、違った。 いつのまにか、そばにいてくれた。 親父と違って、口数は少なかったけどな。 でも、親父と同じようにいつもは突き放しているくせに 肝心の時には、いてくれた。 寂しくて寂しくてどうしようもない時。 俺が落ち込んでる時。 母さんの・・・死んだ日。
10年もの間、その存在と時を。 全部、俺のために。
知ってたか? 俺、親父やかあさんと一緒にいた時間より あんたといた時間の方が長いんだぜ?
ティーダは立て膝にした両足の上に両腕を組んで乗せ、さらにその上に自分の頭を置いて、もう薄暗くなっている海を見つめる。
そうか。
あれは、あんただ。 俺にいろんなことを教えてくれたのは。 一人ででも生きていけるように。 いつか自分がいなくなっても大丈夫なように。 だって、あんたは知ってたんだもんな。 自分が俺の前からいなくなる日がくることを。 それがいつなのか、あんた、自分でもわからなかったんだろ? きっとものすごく不安だったよな。 なのに、そんなの全然素振りも見せないでさ。 自分が、死人だってこと、も。 いやだったんだろ? 若い頃のあんたって、かなり潔癖だったみたいだもんな。 自分の存在自体、ほんとは許せなかったんだろ?
「それもこれも、みんな、俺のため、か」 自分の声が、か細く震えているのにティーダは気付く。
そして親父やユウナの親父さんのため・・。 なんで・・・。
もっと、いろいろ話しとけば良かったな。 あんたと。 10年も一緒にいたのに、大事なことは何も話してなかった気がする。
大事なこと。
話してはくれなくても、ちゃんと教えてくれてたんだよな。
でも、俺、ちゃんと言ってないよ。 親父には言えたのに。 あんたには・・・。 あの時、俺も似たような状態だったし・・。
だけど俺は、帰ってこれた。
でも。
もう、あんたは戻ってこない・・・。
「もう、会えないんだよ、な」
頭を乗せていた腕がいつのまにかぬれている。 ティーダはさらに俯いて、腕の中に顔を伏せた。 自分の他には誰もいないけれど、今は満天に輝いている星にさえ自分の泣き顔を見られたくなかった。
「・・っっ。・・アーロン・・」
泣き虫の自分は、きらいだ。
だけど、だけど、今だけは・。
ゆっくりと腕をほどいて、立ち上がったティーダは星空に向かって大声で吼えた。
「アーーーローーン!!! バカやろー!」
暗い海の上を遠く果てまで届けるかのような、悲痛な叫びだった。
海は悠久のさざなみの中に、その声を包み込んでいった。
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