「来たよ〜っ」
ガタつく扉を壊しかねない勢いで、息をはずませながらリュックがアジトに駆け込んできた。
「おっ、やっと来たか」 「待ってたわ。いよいよね」
待ちきれなかったのが丸分かりの物腰で、リュックと入れ替わりに自分たちの新居でもあるはずのアジトを飛び出していくワッカとルールー。すぐその後にユウナとキマリも続く。入ったばかりの屋内に一人取り残されたリュックは両手を腰にあて、ぷぅっと頬を膨らませて一人ごちる。
「ちょっとぉ〜。アタシには一っ言もないわけぇ〜?」
開かれっぱなしの扉の向こう、ユウナが軽く振り返りリュックをねぎらう。
「あ、ごめんね、リュック。ありがと」
が、そのユウナも足を止めずに先を急いで行ってしまった。
「ま、ここはユウナんに免じて……って、ちょっと待ってよぉ。アタシも行くんだってば」
そして遅ればせながら、リュックもみんなの後を追って駆けていったのだった。
現在ユウナたちが逗留中の村のその奥、村人がめったに訪れることのない浜辺の終点になる崖の波打ち際に、人一人がやっと抜けられるほどの自然にできた小さい風穴がある。おそらく長い年月をかけて波に侵食されできたものだろう。大人が数歩で抜けられる風穴の先はいきなり視界が広けて、そのまま青い大海原へと通じている。しかも風穴の上にそびえる細長く高い崖が自然の目隠しとなり、巨大な飛空艇が着水していても反対側の村からは見咎められることはない。そのためリュックの飛空艇での行き来はいつもここを利用していた。
数日前、リュックが持ってきた変わった形のスフィアによってティーダの無事が確認された。いや、無事とは言い難いが、とにかくこのスピラに戻ってきていることだけは確信できた。それから皆で充分話し合い、最終的にはキマリの提案を取り入れてのティーダ救出作戦が開始されたのだった。
おそらくティーダが幽閉されているのは旧エボンの勢力が最も大きいベベル寺院に他ならないだろう。当然、侵入も、ましてや厳重に監視されているであろうティーダの救出にあたっては大変な困難が予想される。しかしベベルは同時に、旧エボンに対抗するもう一つの勢力・新エボンの拠点でもあった。そして新エボンには、今回のユウナの旅立ちのきっかけとなったスフィアを送ってきたシェリンダがいるのだ。彼女に協力してもらわない手はない。リュックが懸命に集めてきた情報によると、ここしばらく新・旧エボンの対立は硬直状態が続いているらしい。なんとか現状を打破したいという新エボンの急進派の気運が、ぎりぎり限界まできているということだった。
早速、リュックがシドからのルートを使いシェリンダに連絡を取った。即時にもたらされた返事は明解だった。 「ぜひとも協力させてほしい」と。 更には「この機会を利用して、旧エボンを一掃するために決起する」とも。 結局はシェリンダ・イサールの新エボンも、旧エボンに対抗する手立てに行き詰まっていたのだ。 そして、ここが重大な点なのだが、例のスフィアはシェリンダが手に入れ、リュックに手渡されたものだったのだ。
― 風が ―
― 時の流れが ―
― 停滞していた澱みを払い ―
時代がやっと新しい方向へと動き始めているのだと、ユウナは感じずにはいられなかった。
リュックを通しての連絡も数回取り交わされ、ベベル寺院内での下調べはシェリンダらが請け負ってくれた。 現在、ベベル寺院では上層階を新エボンが、中層から下層にかけてを旧エボンが牛耳っていた。調べによると、その下層階へと通ずる自動階段・試練の間へと繋がる途中にティーダが監禁されている場所が隠されているらしい。ユウナたちがベベルへ到着するまでには、なんとかその入り口までは探り出しておくとシェリンダは断言した。 新エボンの中で、自由に旧エボンの勢力下の場所へと出入りできるのはシェリンダだけなのだ。 それは『シン』消滅時に混乱の極みにあったエボンを、必死に治め支え続けていたシェリンダだからこそのことであった。だからこそ、あのスフィアも手に入った。旧エボンの中にも数は少ないがシェリンダのためにこっそりと協力してくれる兵士がいたのである。 むしろ、シェリンダが独裁しようとすれば、もっと早くにエボンは一つにまとまっていたかもしれない。しかし、そういうことを潔しとしないシェリンダは、あくまで話し合いでの解決を求めていた。それも今回のティーダの一件で、シェリンダも決断せざるを得なくなってしまったのだった。
話し合いの場につこうともしない輩には、力をもって示すしかないということを。
シェリンダの常に相手を思いやる優しげな風体を思い浮かべるつど、ユウナの気も重くなる。シェリンダにとっても苦渋の選択であったであろうことは容易に想像できた。
『だけど…これだけは、譲れない』
ティーダを探し出し、ティーダと共にこのスピラで生きていくこと。 それだけが、スピラの救世主たるユウナの、唯一の望みなのだから。
最後までシェリンダが渋ってはいたが、シドが集めてくれた武器も新エボンの有志に行き渡っている。 そのシドも今回の作戦には全面的に協力してくれている。 小型艇を駆使しての輸送も今はストップしてしまっているのだ。構造もはっきりと分からないままの模倣製造ではやはり無理があったのだろう。小型艇は次々と機能しなくなり、全機組み立て直しているという。従って現在輸送に使えるのはこの大型飛空艇だけなのだが、この作戦のために使用しなければならないためにシド自身もメンバーに加わっていた。
「早ぇとこ、あいつを助け出してやれや。でねぇとこっちはいつまでたっても商売あがったりだからよ」
照れ隠しが見え見えのシドのその言葉に、ユウナはあらためて深く感謝していた。
『こんなにたくさんの人が協力してくれているんだもん。きっと大丈夫だよね』
なるべく避けたかった戦闘を起こすことにいまだ胸を痛めながらも、もう決心は変わらない。 すべての準備が整った今、新たな決意に身を震わせながら、頼もしい彼女のガードたちと共にユウナは飛空艇に乗り込んだのだった。
決起は明け方。
飛空艇の中で作戦遂行のための最後の確認を行なう。 まず、日が昇ると同時に新エボンの先行部隊が中層階になだれこむ。その混乱に乗じて、ユウナたちが飛空艇からベベルへと降りたつ。第二部隊と共に階下へと移動し、自動階段で二手に分かれるという手筈になっている。先行部隊にはイサールが、第二部隊にはシェリンダがそれぞれ同行するという。新エボンの旗印たるシェリンダは当然周りから止められたのだが、当の本人曰く 「万が一行く手を遮られた時、私の存在が少しでも役にたつかもしれませんから」 と頑として聞き入れなかった。
現状で考えられている共同作戦はそこまでで、後はそれぞれが目的のために動くという、かなり柔軟な作戦内容である。柔軟と言えば聞こえはいいが、結局のところ昔ながらに秘密主義の旧エボンの実際の戦力がどのくらいなのかが明確にはわからなかったために、それ以上の作戦を立てられなかったというのが本当のところだった。
「うっしゃー、やったるで〜」
「張り切りすぎて、失敗しないようにね」
「そうそう」
久々の緊張感がみなぎっている仲間たちを艦橋に残し、ユウナは一人甲板に出ていた。 艦橋から出る時、扉の内側に立ち止まったまま腕を組み静かに目を閉じたキマリに見送られて…。
飛空艇が海面から夜空へと飛翔する。
ユウナの想いを乗せて。
一刻も早く、ティーダの元へと。
降り注ぐかのような星の絨毯を見上げて、ユウナは祈るように固く両手を握り締めていた。
そして、夜が明ける。
朝の初光が届いたと同時に上がる時の声に鳴動するベベル寺院の頭上、朝陽の中から現われた飛空艇が静かに降りていった。
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