聖ベベル宮。
そう呼ばれなくなってから、かなりの時間が経過している。 全盛を誇った時代は過ぎ去り、再興を謀ろうにも既に人心がほとんど離れてしまっていた。 それでも未だに根強く信仰を続ける老人たちや元権力者たち、幾つかの強力なグループがその存続を支えている。それは、かつての栄光をもう一度という、見果てぬ夢を見つづける哀れな人々でもあったが、旧体制の中心であった僧侶や僧兵たちが頑なに現状を維持しようと努力してきた結果でもあった。 なにより、新体制派と完全に二分したとはいうものの、ベベルの設備・建造物をそのまま本拠地として構えていたのだから、その勢力たるや一つの団体としての力はまだまだ侮れないものがあったのである。
「永遠のナギ節」のもと、新しい時代を築いていくために新たな構成組織を形成し、みんなで協力して行こうとするシェリンダやイサールらの新体制派。旧エボンの中から、人として当然守っていくべき教えのみを抜粋し、新たに研鑚した教えを説いていこうとしている人々がいる。 彼らは「新エボン」と呼ばれている。
「永遠のナギ節」自体がまやかしであり、またいつか『シン』は復活する、と唱える旧体制派。であるから、今までのようにエボンの教えをそのまま守っていくべきだと主張する一団である。 「新エボン」に対して「旧エボン」と呼ばれるも、彼ら自身は「真エボン」であると主張して止まない。
どちらがより正しいことを前提にしているのかは、自明の理ではあった。が、旧体制派はエボンの教えそのものが『シン』より成り立っているのだから、それを否定することはできなかったのだった。 そこで、旧体制派の現指導者たちは考えたのである。ユウナの関係者から『シン』復活に関することを引き出せないか、と。例え、作り事や偽りであっても良いのだ。エボンが存続できるだけの「理(ことわり)」さえあれば・・・。 もちろん、ユウナ自身に参画してもらえればそれに越したことはない。そのためにビサイド村へ再三に渡って使者を派遣してきた。だが、ことごとく断られ、業を煮やした上層部が強硬手段にでようとした途端にユウナたちに姿を消されてしまったのだった。
そして、時を同じくして現われたティーダが捕らえられた。
派遣した使者たちにはかなり強めの指示を出していたため、思わぬ獲物を連れ帰ってくれた。ユウナ一行に先手をうたれ、村を出立されてしまったという失態はその功労で相殺された。くだんの僧侶たちは安堵で胸を撫で下ろしたものだった。
ユウナたちに逃亡されてしまった前例のある’浄罪の路’は今回は使用されなかった。今度こそ逃がさぬようにと四六時中見張りを立てた、頑丈な鉄格子の牢へとティーダは幽閉された。 「旧エボン」にとっては、それこそティーダが最後の切り札となってしまったのだった。
連日のように牢から引き立てられ、逃げ出さないようにとの細心の注意を払われながらの、いわゆる査問が行なわれた。
−『シン』を倒したという映像はどうやって作り出したものか
−1000年のことわりをたやすく破れるはずがない
−アルベド族と共謀して、何を企んでいるのか
−よしんば本当に『シン』を倒したのだとしても、何故アルベドの機械で戦ったのか
−『シン』を倒すのは、純粋に召喚士であらねばならない
−そのために命が落とされようとも、機械を用いて堕落するなかれ
いくらスピラの世情に疎いティーダでも、迂闊なことは言えないということはわかっていた。 査問の間中、ティーダは一時も気を抜けない状態だった。
−−何言ってんだ 『シン』は確かにオレたちが倒したんだ あんたらだって見ただろ
−−だから オレたちだって必死になって倒したんだろ
−−アルベド族は何も企んじゃいない ただ協力してくれただけだ
−−飛空艇がなきゃ 『シン』の中に入れなかったんだ
−−だから そのために召喚士が死んじまうんだろ
−−なに 何言ってんだよ 堕落って何だよ 人の命より大事な物があるわけないだろ
ティーダの声はことごとく無視された。 聞く耳を持っているのは、アルベドに荷担して謀を企んだのだという用意された事柄への同意だけであった。もちろんティーダが同意するはずもなく、すれ違いの押し問答が連日連夜意味もなく続けられるだけだった。 だが、次第にティーダの精神が疲弊してくる。食事や休養は充分与えられているものの、精神的な負担は日増しに強くなっていく。
「ユウナに会いたい」
だんだんと口数が少なくなり、じっと蹲っていることが多くなった。かと思うと、突然、狂ったように見張りの僧兵たちにくってかかる。実際、ティーダの精神状態はほぼ限界にまできていた。
頑丈な鉄格子を必死で揺さぶり、ティーダは繰り返し抗議の声を上げる。
−−なんでオレが逮捕されるんだ?
−−納得いかないっての!
−−なあ 聞こえてるんだろ? −−アイツがあんたのカノジョだったらどう思う?
−−敵の兵器使って どこが悪いんだよ! なあ! −−召喚士を守るには ああするしかなかったんだ!
−−自分ならどうするか 考えろよ!
−−出してくれよーー アイツに会わせてくれっ
しかし、その牢の中のティーダの叫びでさえ、密かにスフィアに写し撮られていた。少しでも旧エボンの手駒として使える言葉があれば即座に利用できるようにと。 万が一を考えられ、そのスフィアは一般に出回っているものとは違う形体のものが使われていた。正式に切り札として使えるものでなければ、このスフィアの出所が旧エボンだと知られる訳にはいかなかったからである。
日の射さぬ暗い牢の中、ティーダはただひたすらユウナのことを想う。
未だ、ユウナはティーダがスピラに戻って来ていることさえ知らないはずだった・・・。
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