村に入るとすぐに、ティーダは村の雰囲気がおかしいことに気が付いた。
『何かあったのか?』
村中がざわついていた。僧兵たちがあちらこちらへと走り、伝令を飛ばしている。村人たちは一様に不安げな顔で話し込んでいた。そして、村人ではない老若男女入り混ざった大勢の人々。 もちろん、この時点ではティーダは「ユウナ参り」なるものが定着していることなどまったく知らない。その人々が「ユウナ参り」のためにわざわざビサイド村を訪れているということも。 当然、ティーダは疑問に思って近くの僧兵に聞いてみた。
「なあ、あの人たち、何なんだ?」
しかし、僧兵はむっつりと押し黙ったまままったく聞こえぬ素振りだ。
「あー、そうですか… ちぇっ」
何度もシカトされて、ティーダもいいかげん焦れてきていた。だが、今は何をどうすることも出来ない。しかたなく促されるままに、ビサイド寺院へと足を進めていった。 その途中、村人たちの近くを通りがかった時、小声の会話が耳に飛び込んできた。
「本当なのか? ユウナ様がいなくなったって……」 「ああ、そうらしい。これからこの村はどうしたら……」
「!?!」
ユウナがいない?!
どうしてっ?
驚きながら、ティーダが改めてあたりを見渡してみると、確かに村人は困りきったような表情をしているが、見慣れない人々はほとんどが失望を露わにしていた。しかも、僧兵に伴われ、縄までかけられて歩いているティーダのことなど意にも介さないほどの動揺ぶりだった。
『そうか、この人たちはユウナに会いにきたのか』
かつて皆とともに旅をしていた時、『シン』を倒した召喚士たちは大召喚士と呼ばれ、尊敬と畏敬を込めてその名を称えられていた。その上、ユウナは<永遠のナギ節>をもたらしたのだから、スピラの人々から受ける賞賛は他の大召喚士たちの比ではないだろう。まるで生き神のように奉られていても不思議はない。そこまではいくらスピラの事情に疎いティーダと言えども容易に想像がついた。しかし、ティーダが消滅して復活するまで、いったいどのくらいの時間が経ってしまったのかが分からない。すぐにでも村人を捕まえて確認したい思いに駆られるティーダだったが、両脇をがっちりと僧兵に抑えられていて、それもままならなかった。
悶々としながらもビサイド寺院の中に入ろうとした刹那、聞き覚えのある声が掛けられた。
「おい! ティーダ? ティーダじゃないか!」
えっ、と声の方を振り向くと、そこには懐かしい顔があった。
「ガッタ!」
右往左往する人々を押しのけて近づいてくるガッタ。だが、ティーダに近づく寸前に僧兵によって行く手を遮られてしまった。僧兵と揉めながらも、ガッタが半ば怒ったようにティーダに聞いてくる。
「おまえ、いったい今までどこ行ってたんだ? それよりユウナ様、どこ行ったんだよっ!」
「なっ?!」
その言葉によって、ティーダは初めて気がつかせられたのだった。 ユウナがいなくなったらしいことは、分かった。その理由は分からないが、つい最近のことなのだろう。そして、どうもそれがティーダのせいだと思われているらしい、と。
『どこにだって? オレの方が聞きたいくらいだっ』
自分が今までいたところも、ユウナの行方も。
次々と沸いてくる疑問や苛立ちを解消する手立てもなく、ガッタが僧兵の一人に阻まれている隙に、ティーダはもう一人に小突かれるようにして寺院の中に連れ入れられた。
寺院の中は一転して静寂に支配されていた。外の喧騒が嘘のように人気がない。ティーダは僧官の部屋へと連れていかれ、強引に座らせられる。目の前には、一見して位の高そうな僧侶が鎮座していた。その両側にも数名、僧侶たちがいる。じっくりと観察する間もなく、尋問らしきものが開始された。
「おまえはユウナ様のガードの一人だな?」
不貞腐れて、口を開こうとしないティーダを僧兵が槍を突きつけて答えを促す。
「てっ! ……ああ、そーだよ」
そっぽを向いたままティーダが答えると、たたみかけるように質問がふってきた。
「ユウナ様はどこだ?」 「ユウナ様をどうしたのだ?」 「何故、ユウナ様はおられないのだ?」
「!!」
彼らの余りにも威圧的な態度に、ティーダも怒りが爆発した。
「知らないっつうのっ! オレだって、ついさっきここに戻って来たばかりなんだ!」
ティーダの反抗的な態度に色めきたつ僧侶たちを片手で制して、一番位の高そうな正面の僧侶が細めた目で窺うように聞いてきた。
「そう言えば、おまえはしばらくユウナ様のお側にいなかったらしいな。どこに行っていたのだ?」
「………」
答えられるわけがない。
オレは実は'夢'で、『シン』の消滅とともに消えてた、だなんて。 そんなこと、誰も信じやしないだろう。 ユウナたち以外は。 オレだって、自分のことじゃなきゃ信じられなかったさ。
黙り込んでしまったティーダのことをどう思ったのか、僧侶は鼻で笑って言い放った。
「ふん。まあいい。続きはベベルへ行ってから、ゆっくりと問いただすことにしよう」
「えっ?」
ベベルだって?
「待てよっ!オレ、ユウナを探さなくっちゃ………」
「連れて行け!」
ティーダの抗議の声は完全に無視された。 ベベルにユウナは、いない。それは僧侶たちの態度からも明らかだった。
だったら、そんな所に行ってるどころじゃないってのに…。
なんでかはわかんないけど、どうやらこいつらはユウナを迎えに来たらしい。 んで、村に着いた時には既にユウナたちはいなかった。 それを全部オレが原因だと決め付けて、自分たちの失態をごまかすつもりか。
冗談じゃない!
だが、ティーダがそのことに気がついた時には既に、行動を起こすには遅過ぎた。逃げ出せないようにとすぐに眠りの魔法をかけられてしまい、その間に身体を拘束していた縄が鋼の鎖に代えられ、足枷までも加わっていたのだった。
翌朝、早くに僧侶たちはビサイド村を発っていった。村人や参拝の人々に何の説明もせず、不安と不満を残したまま。ティーダはその一行の中に、半ば隠されるようにして歩いていた。枷と魔法によって朦朧としている頭と身体では、逃げられるような隙はまったく無いに等しい。
ベベルとビサイドを直行で繋ぐ、寺院の特別船に引き立てられるように乗船する。一同が乗り込むと船はすぐさま出発した。船底の片隅に、自由に動くことも立ち上がることもできないほどの枷を二重三重にかけられ転がされたティーダは、今更ながらに深く後悔していた。
こんなことなら、もっと早く………
しかし、もう後の祭りだった。
一路ベベルへ向かう船のまわりを、数匹のスピラカモメが悲しげな鳴き声をあげながら飛び回っていた。
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