− Orange Flare −
「アービン〜朝だよ〜。起っきろ〜っ!!」
思いっきり布団の上に乗られ、僕は苦しくて目を開けた。
「朝から元気だね・・・まだ眠いよ・・・おやすみ・・・」
「だ〜め! 部屋の掃除するって約束したよね?」
まだ頭がボヤンとしてる。
「さっさと片付けて遊びに行こっ!」
日頃から部屋はちゃんと片付けてるつもりなんだけど、掃除してあげるってず〜っと言うからお願いしたんだったっけ。 今更“やっぱ、いいよ”なんて言えないよね・・・怒らせると怖いし。
「ねぇ、ここの本の山、捨てちゃっていい?」
シャツを羽織りながら振りかえると、そこにはうっすらとホコリがたまった雑誌や本が置いてあった。 僕が大切な本だってことを伝えると、「大切なものはちゃんと片付けなさい」って怒られてしまった。
セルフィは慣れた手つきで一つ一つ丁寧に本のホコリを掃いながら本棚に納めていく。 任せっきりなのも悪いので僕も洗濯を始める。
「ねぇ〜、アービーン! ちょっと来て〜?」
何かあったのかと戻ってみると、何かを食い入るように見ている。
「どうしたの?」
「これこれ!! 懐かしい物持ってるね〜。」
「あ、それ。ママ先生から借りっぱなしだ・・・。」
小さい頃、孤児院で撮った写真が貼られたアルバム。 僕たちの覚えてない過去を映し出す写真の数々。
「アルバムがあったなんて全然知らなかったな・・・。」
「うん。僕もつい最近まで知らなかったんだよね。」
「あたしさ、この頃のこと、ほとんど記憶ないじゃない。普通はさ、楽しかったことや悲しかったこと、断片的にでも 覚えてるよね。なんか・・・寂しいね。」
なんて声を掛けていいのかわからなくて言葉に詰まる。
「あ、ごめん。変なこと言っちゃったね。」
「小さい頃の思い出話、僕がしてあげるよ。 抜群の記憶力でね。」
ウインクすると、セフィがにっこりと笑う。
「ありがと。」
落ち込んでる顔は、セフィに似合わないもんね。
「ねぇ、このあたしが抱いてるぬいぐるみね、見覚えがあるような気がするんだけど・・・ アービン、なんか覚えてることない?」
「う〜ん・・・ごめん、覚えてないや。」
「さっき言ったことと全然違う〜。もお〜っ。」
「ごめん。 あ、でも、ママ先生なら何か覚えてるかもしれないよ? 確か今、あっちに行ってるんじゃなかったかなぁ・・・」
「そうなの? んじゃ行こうよ!」
「え〜、今から行くの〜?」
「ラグナロクだったらすぐじゃん。早く行こう〜!!」
思い立ったら即行動。 行動力があるのはいいことだけどね〜。 今からって言われても・・・。
結局、セフィに追い立てられ、孤児院までやってきた。 僕ってお願いされると断れないんだよね。
う――ん、と身体を伸ばし、思いっきり空気を吸い込む。
「やーっぱ、いつ来てもいいねぇここ〜。」
「あ〜んなに来るの渋ってたのに・・ゲンキンだね、アービンって。」
「ははははっ・・・」
とりあえず笑ってごまかしておく。
「あ!ママ先生だ。 マ〜マせんせ〜いっ!!」
コスモスが咲き乱れる花畑の中にママ先生を見つけると、セルフィが僕の手を取り駆け出す。
ママ先生の驚いた顔。 急に来たんだもん、びっくりするよね。僕らはここを尋ねてきた理由を話した。
「そう・・・。私もあまり覚えてはいないのだけど・・・セルフィがここに来た時にはもうぬいぐるみを持っていたような気がします。 古い物は地下室に保管してあるから、自由にお探しなさい。」
「はーい!! 行こっ、アービン。」
僕の手をぐいぐい引っ張って建物の中へ入る。
「地下室ってココから入るんだったよね?」
「うん・・・ちょっとどいてて。」
扉を開け、はしごを降ろす。
「僕が先に降りるから、セフィは後からおいで。」
久しぶりに入った地下室は、ひんやりとしていてちょっと寒気がした。
「ここってね、悪いことしたら閉じ込められる部屋でさ、サイファーはしょっちゅう入れられてたんだよ。」
「そうなの? あはは、でもそんな感じがする〜っ!」
しばし思い出話に花が咲く。
「あ、思い出話もいいけど探し物しなくちゃ・・・。」
「僕、あっち探してみるよ。」
「は〜い。」
沢山の木箱の山を一つずつ開けて確認していく。それらのほとんどが、僕らには全然関係のないような物ばかり入っている。
残念・・・。
一番下になっていた鉄でできた頑丈そうな箱。
大事なものはこの中にありそうだな・・・。
やっぱり!小さい頃に描いた絵や遊んでたおもちゃが出てくる。
・・・・懐かしいなあ。
あ・・・!!
古くはなっているけど、オレンジの毛をしたテディベアが出てきた。
「セフィ!! あったよ〜! これでしょ〜?」
「そうそう、このクマちゃんやー! ん〜ごめんね、クマちゃん。」
ギュウッと抱きしめて愛しむように頬擦りをする。
「あれ?なんかお腹のあたりに固いのが入ってる?なんだろ・・・このゴツゴツしたの・・・」
「ん、どれ? ・・・あ、ホントだ〜。お話するぬいぐるみだったのかな?」
「・・・だったのかなあ。」
「でもさ。良かったね、見つかって。」
「うん。ありがと、アービン。クマちゃんからもお礼。“ありがとう”・・・な〜んてね。んふっ。」
「どういたしまして。」
セフィの喜ぶ顔が見られるんだったら、僕は何でもするよ。
「あなたたち、夕食の支度ができましたよ。」
「あ、ママ先生が呼んでるよ〜。」
「うん、行こっか。」
「あら、探し物は見つかったのね。良かったわねセルフィ。」
「はいっ!」 「まぁ・・・ 小さな頃みたいに抱えて。」
「えへへ・・・。」
ママ先生の作ってくれた夕食を味わいながら、いろんな話をした。 僕らがどんな子供だったかとか、病気をした時のこととか・・・。とっても楽しくって、時間が過ぎるのはあっという間だった。
「今日はもう遅いし、泊まっていったらどうかしら?」
「え、いいんですか?」
「ええ、もちろん構いませんよ。 子供部屋をお使いなさいね。」
「やった〜!!」
「セルフィったら・・・。」
小さな子供みたいにはしゃぐセフィを見て、ホントに来て良かったなって思う。
久しぶりに見る子供部屋のベッド。子供の頃は大きかったのに、今では身体を丸めなきゃいけないくらい小さくなっていた。 小柄なセフィは問題なさそうだったけど、僕は身体が痛くなりそうだったのでソファで休むことにした。
「ごめんなさいね。今度来る時までには用意しておくわね。」
ママ先生がすまなそうに言う。
「急に来た僕達がいけないんですから気にしないで下さい。」
「でも・・・」
何度も謝るママ先生におやすみを告げ、僕たちは横になった。
「ここに来て・・・良かったね。」
「ん・・・?」
「だって久しぶりにママ先生にも会えたし、たっくさん小さい頃の話聞けたから・・・。」
「そうだね〜。 僕もそう思うよ。」
「クマちゃんにも会えたしね〜っ。」
嬉しそうにギュッと抱きしめてキスをする。
僕はちょっとだけぬいぐるみに焼きもち・・・。 だから、そんな自分の気持ちを隠すようにくるりと背を向けて、おやすみを言った。
「うん、おやすみなさ〜い。」
ぬいぐるみを枕元に置いて、あたしも目を閉じる。
波の音が響いてくる。
小さい頃にはその音を聞いて眠ったはずなのに、耳から離れなくなってしまった。 羊の数を数えてみたけど・・・ 瞼は落ちそうになかった。
もう眠ってしまったらしいアーヴァインの寝息に、自分の呼吸を合わせてみる。
なんだか・・・安心する・・・・・・。
真夜中。
枕元に置いてあったぬいぐるみが憂いの色に輝きだし、少しづつ、ゆっくりと光が二人を包んでいく・・・。
―――――――夢を見ていた。
リビングで、ぬいぐるみと遊ぶ小さな女の子。 すぐ側のキッチンでは母親らしき人が女の子に声をかけながらビスケットを焼いている。
「もうすぐできるからおりこうさんにしててね。」
「うんっ! クマちゃんといい子してる。」
そう返事をすると、女の子は少し気取ってぬいぐるみに話しかける。
「クマちゃん、ママがね、ビスケットつくってくれてるから、いい子でまってるのよ?」
「まぁ・・・ ちっちゃなママね。」
「うん!」
両親の愛情に包まれて、女の子は素直に育っていた。だが魔女戦争が起こり、それに便乗するように世界のあちこちで 紛争が起きていた。 父親もこの国を守るため、と借り出され、連絡がないままだった。 武器を持ったことのない人々までもが戦いの場に連れ出される悲しい世の中。
穏やかではなかったが、それでもゆったりとした日々。 そこにいきなり隣人が駆け込んできて、ここが危険な事を告げ出て行くと、母親は慌てて身の回りの物をかき集め、かばんに詰め込み始めた。
「ママ、おでかけするの?」
「怖い人達が来るから、遠くの安全な所へ行くのよ。」
「とおく? パパにあえる?」
「そうね、いい子にしてたら会えるかもしれないわね。」
言い聞かせている間も手を休めず、手早くコートを着せ、小さな手を握る。
「あっ、クマちゃん・・・。」
ぬいぐるみを拾い上げ大事そうに抱え込む。
「ママ、ビスケット・・・。」
オーブンに入れたままだったビスケットを取り出し、一つは口に入れてやり、急いで残りを紙ナプキンでくるむと、女の子の ポケットに突っ込む。
「さ、行きましょう。」
小雪がちらつく中、少し急ぎ足で歩く。自分達以外にも幼子を連れ逃げる親子の姿、年老いた母親をおぶって歩く中年の 女性、母親とはぐれたのか泣き叫ぶ子供。 世の中に失望し、うっぷんのたまった輩が毎日あちらこちらで暴れまわる。つい最近も襲われた村があった。 女子供と年寄りしかいない所は彼らの格好の餌食。
どの位歩いたのだろうか・・・。少し歩いては休み、を繰り返すうちに、周りに人の姿はなくなっていた。
「だぁーれもいないね。」
「そうね。でも大丈夫よ、ママがいるから。」
「うん、がんばる!パパにあえるんでしょ? ママもがんばってねっ。」
「・・・・・っ。」
母親は娘を抱きしめ冷たい震える手で小さな頬を撫でた。
こんな争いばかりの世の中に生んでしまった申し訳なさと、幼いながらも必死で母を支えようとしている我が子の気持ちが 嬉しくも切なくて、瞼を熱くさせる。
「ママだいじょうぶ?」
大きな目をきょとんとさせて覗き込む我が子。
「どうしてないてるの? どっかいたいの?」
「ううん、大丈夫よ。ごめんね、泣いちゃったりして。」
頭にふんわりとした感触。顔を上げると小さな手が一生懸命自分の頭を撫でている。
「こうするとね、いたいのとんでくよ?」
「・・・・・・。」
その姿が愛らしく、愛しくてたまらなくなる。この子のためにも自分がもっとしっかりしなくては、と気持ちを奮い立たせる。
「ごめんね、ママ泣いちゃって・・・」
「こんな所に女がいるぜ?」
その声にギョッと振り返ると男が3人、ニタニタと笑って立っていた。ナイフや銃をちらつかせながら近づいてくる。 とっさに逃げようとしたが、逃れられるはずもなくすぐに捕らえられ、つぶれかけた小屋に親子共々連れ込まれる。
母親と男たちが激しく言い争う。だが、子供を盾にされれば、成すすべはなかった。 母親は女の子のポケットからビスケットを取り出す。
「これを食べて、クマちゃんと待っててね。大丈夫だから。 ね・・・」
「・・・うん」
真っ青な顔の母の言葉に、女の子は言われたとおりにしようと必死で怖さをこらえた。
ビスケットは―――――乾ききった――涙の味がした。
凍りついた時が流れた。
しばらくして、ぐったりとした母親を見下ろしながらリーダー格の男が言う。
「女は連れて行け。」
仲間が聞く。
「・・・ガキは?」
「・・・殺れ。」
“撃たれる!” あたしは、目を瞑った。
その瞬間、やわらかくてあったかい感触 に覆われる。
ズガ―――――――ンッ!!
真っ暗な闇の中。 何にも見えない。
これは夢なんだ。 ――――――そう、夢・・・
自分に言い聞かせる。
だけど・・・ このあたたかい感触は なんなのだろう。
そして、あたしはまだ・・・ 生きているのだろうか。
ふらふらと真っ暗な中を歩く。
ここから逃げなくちゃ・・・ ここにいちゃいけないんだ・・・
『セルフィ! 逃げちゃだめだ!!』
聞き覚えのある声。
小さな光が近づいてきて、だんだんと人の姿へと変わっていく。
『辛くても・・・ちゃんと見るんだ。』
アービン・・・・・・?
『例えそれがどんなに辛いことでも、逃げちゃだめだ。 しっかりとその目で見届けないと。 何があっても僕が支えていてあげるよ。だから・・・恐がらないで。』
うん・・・
勇気を出して・・・心を開いていく。
そして目にしたものは―――――――男に撃たれ、血まみれになって床に崩れ落ちる母親の姿だった。
「い・・・いやぁ―――――――っ!!!」
「ママはあたしがいなかったら殺されることもなかった! あたしが足手まといだったからあんなことになったの! 全部、全部あたしのせいなの、ママが死んだのはあたしのせいなのっ!!」
半狂乱で叫ぶセルフィをアーヴァインはしっかりと抱きとめる。
『そうじゃない!! セフィが悪いんじゃない!』
「あたしのせいで・・・ママ、殺されちゃたんだよ? あたしが本当は死ぬはずだったんだよ・・・・・・ あたし・・・生きてちゃいけないんだよ・・・」
『そんな悲しいこと・・・ 言わないでよ・・・』
アーヴァインの瞳から涙がこぼれ落ちる。
『誰にだって辛い過去、思い出したくない過去はあるんだ。 でも、乗り越えなくちゃいけないんだよ・・・。 どんなことがあっても、僕が支える。君を守る。約束するよ。』
「アービン・・・」
少し考えた後、頭を振る。
「だめだよ・・・ ママを置いて行けないよ・・・っ。」
足元に落ちていたぬいぐるみが小さく光る。 セルフィが拾い上げると、光が大きくなり、形を変えていく。
・・・なに? ・・・・・・クリスタル・・・・・・?
微かな声が聞こえる。
『セルフィ・・・ あなたはここにいちゃいけない。あなたの帰る場所はここじゃない・・・。』
・・・ママ?
『しっかりと受け止めるのよ、現実を。 さあ、帰るの・・・。』
クリスタルをギュッと握り締めると、まるで砕けちったようにそこからまっすぐに光が伸びる。
暖かいオレンジ色の光・・・。まるで・・・ママが呼んでるみたい・・・・・。
その光に導かれるように進んでいくと、柔らかな光が溢れている場所の前で足が止まる。
『ここからは自分の足で・・・出るんだよ。できるよね?』
「・・・あんなに思い出したかったのにね・・・すごく複雑な気分だよ・・・」
躊躇して、一歩を踏み出すことができない。
『自分を取り戻すんだ、セルフィ!!!』
厳しい口調に戸惑う。
『恐れないで・・・。僕は必ず、あの場所で待ってるから・・・。』
「ホントに待っててくれるの・・・?」
『待ってる・・・絶対に・・・』
アーヴァインの姿が徐々に薄くなっていく。
ギュッと目を閉じ、一番帰りたい場所、大好きなみんな、そして彼のことを思い浮かべる。
深呼吸し、あたしは光の中に飛び込んだ。
コスモスが咲き乱れる花畑の中に、テンガロンハットをかぶった彼の姿を見つける。
「きっと・・・戻ってくるって信じてたよ・・・。」
抱きしめられた感触で、あたしは目が覚めた。
「・・・おかえり。」
「アービン・・・。夢、だったんだよね?」
「うん。・・・セフィが迷ってたから、僕・・・」
「アービン・・・。」
「約束したよね。君を支えるって。ずっと守って行くって。」
「・・・うん。・・・ホントに?」
「ホントだよ。これからずっと二人で歩いていこう。だからもう・・・泣かないでね。僕、笑顔の君が好きだから。」
「・・・もう泣かないよ。アービンがいるから寂しくない。 それに・・・ママが守ってくれた命だもんね。大事にしなきゃ。」
セルフィは少しだけ大人びた顔で、そう言った。
ゆっくりと二人の唇が重なりあう。
お互いの悲しみも喜びも分かち合えるようにきつく抱きしめる。
「ねぇ、アービン。」
「ん〜?」
「クリスタル、すっごく綺麗だったね・・・」
「うん・・・」
「あ!」
枕もとのぬいぐるみを探す。
「クマちゃん・・・いなくなっちゃった。」
「セフィを助けてくれたんだね。」
「・・・うん。」
「良かったね。 でもさ、ちょっと悔しいんだ。」
「どうして?」
「僕一人の力じゃどうにもならなかったから。」
「そんなことないよ。アービンがいたからあそこから出られたんだよ。」
「そ〜お?」
「そうだよっ。 ・・・ありがと。」
そう言ってほっぺにキスしてくれた。
「ね、なんだかみんなに逢いたくなっちゃった。」
「そうだね。」
「帰ろう、ガーデンへ。」
「え〜、今から〜?」
「うん。 だって逢いたいんだもん、みんなに。」
悲しみを乗り越えると、人は強くなれると言う。 これから先、また辛いことがあるかもしれないけど、二人一緒ならきっと乗り越えられると思う。
きっと・・・ね。
エピソード6 FIN.
賑やかな明るい橙。
オレンジ色とも言われるその色は、少し甘酸っぱい香りも漂わす。
そして、固く閉ざされた記憶をも融かしてしまう暖かさ・・・。
母の、恋人の、包み込んでくれる愛の彩り。
人の優しさを得たクリスタルが、また次の世界へと旅立つ・・・・・。
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Copyright (c) 2002 朱夏
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