南の島に降る雪は <中篇>
|
ハイビスカスやブーゲンビリアが咲き誇る小さな飛行場に俺たちが降りたった時には、もう日が暮れかかっていた。 南国の鮮やかな夕陽。 昼間はさぞみごとだろうエメラルドグリーンの海も、今は朱いかげろうの帯を敷く。 まだ観光化されていない自然溢れる楽園。 確かにきれいな景色だ。 でも、俺は好きじゃない。 俺は絶対に届かない遠い夜空に輝く星よりも、この手に入れられる黄金の方が何倍も好きなんだ。 なにも俺に限ったことじゃない。 誰だってそのはずさ。 建て前と本音の違い。 ただ、それだけのことだ。 着いた時間も時間だったから、観光は明日以降にして、すぐに俺の妻になった女の親父が経営しているホテルへと向かう。 香港までの大型機と違い、辺境の島へは小型しか飛んでいないらしく、飛行機には俺たちの他には始終うるさくて派手な一団が同乗していただけだった。 乗換え機の都合で香港で一泊していたのだが、つい昨日はエグゼクティブクラスで優雅な気分を味わっていただけに、そいつらときたら舌打ちしたくなるほどの騒々しさだった。 だが、彼らは飛行場に降りたった途端、あっという間にどこかへ行ってしまった。 彼女は何だかすごく気になるらしく、しきりに彼らのことを話題にしていたが、俺は他の奴らのことなどまったく興味もなかったから彼女の再三の問いかけにも上の空で生返事を返していた。 どうせどこへ行こうが、泊まるのは一緒のホテルだろう。 小さなこの島には、ホテルと呼べるような建物は一つしかない。 しかし、本当に何にもないところだな。 まだ開発前だから、自然だけはたっぷりだがな。 それが唯一のこの島の売り物なんだから仕方ないか。 こんな所、新婚旅行でもなかったら来たいとも思わないぜ、俺は。 陽が落ちてしまうと、自然のプラネタリウム以外光を発するものもない。 俺はごめんだが、こういう光景に癒しを求めてくる輩は多い。 そいつらがこれから俺が引き継ぐ予定のそのホテルにせっせと金を運んでくれることだろう。 浮かび上がる薄ら笑いを、彼女への愛情たっぷりの微笑みへと変え、ホテルへと向かう送迎車の中、俺は幸せそうな新婚カップルを装うことに勤めていた。 ホテルに到着して一息ついた後、まんざら悪くもなかった夕食を終えて、新婚らしく夜の浜辺でも二人で歩こうとロビーへと降りていった。 『ん?』 ザワザワとうるさいと思ったら、例の一団がたった今、到着したらしい。 男女十数人の大荷物をもった奴らだったから、すぐに分かる。 もっとも、一日に一本しかない飛行機で今日この島に来たのは俺たちとあいつらしかいないんだから、当たり前なんだが。 場違いなほどの賑やかさに眉をひそめて、何気なくその集団に目を流すと…。 『あれは!』 見知った顔があった。 そうだ、あいつは以前俺が結婚した女。 同じ様に新婚旅行に行き、そこで俺が行方不明になってやった…。 あの時は国内だったが。 その後のことは知ったことじゃない俺は、そいつが今どうしているかなんて考えてもいなかった。 偶然とはいえ、まさか、こんなところで出くわすとは…。 冗談じゃない! せっかく掴んだ俺の極上の人生計画を、こんなところで狂わされてたまるか! 案の定、彼らに興味を惹かれた俺の妻なる女は、しきりに俺に目配せをしてくる。 俺はわざと気付かない振りで、さっさとエントランスへと歩いていった。 その時、新妻を労わる新郎の顔は、ずっと彼らとは反対の方へと向けられていた。 彼らに未練を残しながらも、この俺に優しく腰を抱かれて耳元に口付けと共に蕩かす言葉を紡いでやれば、逆らう気など霧と消えてしまうはず。 案の定、新妻は初々しく紅潮した顔を俺の胸にもたせかけ、もう今にも腰がくだけんばかりに身を預けてくる。 無事に浜辺に出たものの、言葉もなく寄り添い歩く幸せそうな新婚カップルであるはずの俺は、彼女に微笑みを送る一方で、せわしく頭をめぐらせていた。 何故、あの女がココにいるのか。 仕事だろうか。 いったい何の仕事をしてるんだ、あいつは。 それとも、何かの仲間同士で遊びにきたのか…。 いや、そんなことはどうでもいい。 要はあいつが俺に気がつかなければそれでいいんだ。 おそらく、危険なのは朝と夕方。 それ以外は観光やら何やらで出かけるはずだ。 だったら、こちらの時間をほんの少しずらしてやるだけで大丈夫だろう。 自分の目論見に満足して俺はほくそえむ。 その笑みを自分へと向けられたものと思い、腕の中の女が微笑みを返してくる。 ふっ… 可愛い女だよ、お前は。 俺の思い通りになっているうちはな。 そのまま浜辺を往復してホテルに帰った頃にはもうとっくに例の一団の姿はなかった。 確信はしていたものの、ほんの少し胸を撫で下ろす。 それから俺は次の更なる計画を実行に移した。 新婚初夜に燃える情熱的な新郎を演じてやったのさ。 もちろん初めてではなかったが、なにしろ新婚だ。 嬉しくて愛しくてたまらない、という風にな。 翌日、新妻は旅の疲れと前夜の激しすぎる情交のためにほとんど一日中起きあがることができなかった。 だが、不満などあろうはずもない。 その間ずっと、ベッドの中でいちゃついてやったんだから。 それも新婚ならではで、誰もおかしく思うはずもない。 妻を思いやってのルームサービスでの食事も、かえって彼女の幸福感を満足させたようだった。 そして、その夜。 先に寝付いてしまった妻を置いて、俺は一人浜辺へと気晴らしに出てきていた。 一日中部屋にこもって、好きでもない女の相手をしてやってたんだ。 息もつまると言うもんだ。 だから、俺は。 すっかり忘れていたんだ。 その夜が、あの占い師が予告した三日目の夜なのだということを……。 |