MENU / BACK
〜 FF NOVEL <FFVIII> 〜
by テオ


聖(セント)バレンタインに願いを込めて


− 蝶 恋 歌 −





宿屋の窓辺に浅く腰掛けて、見下ろす夕暮れの街の喧騒。
街灯に明かりがともり、街行く人々が急ぎ足になっていく。
待ち合わせの若い恋人たちの他愛の無いやりとり。
買い物帰りの主婦たちの井戸端会議。
家路を急ぐ仕事帰りの男性や、はしゃぎながら走り去っていく子供たち。
そして、今日が何の日かを否応なく思い起こさせる、華々しく飾り立てた菓子店の店員の呼び込みの声。
そういう何でもない日常を眺めていると、我知らず笑みがこぼれてくる。

こういう風に自分に関係ない周りのことをゆっくりと眺めるのは本当に久しぶりだ。
ふと、自分の故郷の詩を思い出す。




辛苦最憐天上月―――辛苦 最も哀れむ天上の月

一昔如環――――――一昔環の如し

昔々長如夬―――――昔々つねに夬の如し

但似月輪終皎潔―――但月輪に似て終に皎潔ならば

不辞氷雪為卿熱―――氷雪も辞せず卿の為に熱からん

(意訳)
辛くもあり、愛しくもあり

かつてともに見た満月の

いまは欠けた玉石のように。

ただその心の月輪に似て皎潔ならば

いつまでもあなたを思いつづけるだろう





昔、好きだった詩。
繰り返し口ずさんでいた。
今では日々の忙しさに紛れて、なかなか思い出すことも少なくなっていたことに気付く。
手には渡せるかどうかも解らない小さな包み。

クスっとつい先ほどの自分自身の行動を振り返って笑ってしまう。

『私も案外かわいいとこあるじゃない』

綺麗にラッピングされた小箱や可愛いらしくデコレーションされたショーウィンドウに何気なく見入っていたら、呼び込みの店員に強引に買わされてしまった。

『あいつがこんなもの喜ぶとは思えないし、無駄になった時は雷神にでもやればいいか』

雷神ならば、これの意味を深く考えることなく処分してくれそうだ。
もちろん彼の腹の中へであるが。

物思いにふけりながら問題の包みを手の上でもてあそんでいると、いきなり扉が開いた。
一応女性である風神の部屋に、こんな風に無遠慮に入ってくるのは雷神と彼しかいない。
風神は反射的に手にしていた包みを後ろに隠す。

「よう。出かけるぜ。さっさと準備しな」

入ってくるなりそう言って、サイファーはバサッと何かを風神に投げかけた。
慌ててそれを受け取る風神。
受け取った物を広げてみると、それは服だった。それもいかにも女性用という感じの服。

「是、何?」

怪訝な顔で訊ねると、サイファーはさも面倒くさそうに答える。

「今回の潜入はカップルでやれだとよ。今夜はカップル以外は入店できないんだそうだ」

一瞬、納得しかけたが、でも何故服まで着替えねばならないのか。
疑問がそのまま顔に出たのだろう。
サイファーが重ねて答えてきた。

「そんないかにも戦闘服って格好で行く訳にゃいかねーだろーが。ぐだぐだ言ってねーで早く着替えろっ!」

気の短いサイファーの機嫌を損ねると後が恐い・・・。

「了解!一寸待機」

そそくさとバスルームへと入っていき、超特急で渡された服に着替える。
待たされることの嫌いなサイファーが苛ついてないか気がかりで、据え付けの鏡で自分の姿を確認する間も惜しんでバスルームを飛び出す。

「準備完了!」

やはり待ちかねていたのだろう。
部屋の中を歩き回っていたらしい足を止めて、サイファーがこちらを向いた。

「へぇ!」

片手を顎へとあてがい、感心したように見つめているサイファー。
何かおかしなところでもあったのかと、不安になって風神は自分の様子を慌てて見直す。
しかし、意外な言葉がサイファーの口から返ってきた。

「なかなか似合うじゃねーか。風神」

「!!!」

そんなことを言われるとは思いもよらなかった風神は、ただただ驚いて立ち尽くしていた。

「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してんだよ」

くっくっくと楽しそうに笑い、サイファーが近づいてくる。
予想外のことばかり起こる今夜の状況に思考がついていかない風神はカチコチに固まってしまっている。

と、その目の前に。

白いカラーの花が一輪。

これ以上は無理というくらいまで見開かれた風神の夕陽を映す隻眼。

ハッと我に返り、サイファーの方に視線を変えると。
なんと彼がそっぽをむいて、どうやら照れているかのよう・・・・・。
嬉しさを感じるゆとりもなく、驚きと疑問に自分の顔が複雑な表情をしているだろうことを自覚してしまう。
まったく動かない風神にしびれを切らして、サイファーがぶっきらぼうに言い放つ。

「なんだよ。オレがこんなことすんのがおかしいのか?」

怒らせてしまった!と、瞬時に後悔して、風神は激しく首を振る。

「否!」

怯えさせるつもりなど毛頭なかったサイファーは口調を改めて言い募った。

「いいから、ほら、受け取れよ」

「……」

白いカラーを半ば強引に握らされ、風神はなおも呆けている。
あまりのことにまるで思考がマヒしてしまったかのようだ。

「今日はこういう日だって聞いたんだが、変か? それとも嫌いだったか?この花」

サイファーの言葉の意味が、次第に風神の身体に染み入ってくる。

「……否、否、否!」

激しく何度も振られる風神の髪に、かすかにキラキラと雫が舞う。



聖(セント)・バレンタイン。

元々は男性が女性に花や本を贈るのだという。
真白いカラーはまるで風神の立ち姿そのもの。
きっと風神と同じくしつこい店員に進められて、あまり深く考えもせず選んだのだろう。
その花の持つ意味さえも知らず・・・。
だが、それでもこの花を選んでくれたサイファーの気持ちが、風神の涙腺を壊す。

「んあ? な、なに泣いてんだよ。おい」

めったに、というかほとんど見ることのない風神の涙に、今度はサイファーが慌てふためく。
その様子がまた嬉しくて、風神の泣き顔に新たに笑みも加わった。
チラリと目線を流して、窓辺に置き忘れられた小箱を確かめる。
向かいの屋根の間から差し込む今日最後の朱色の光が、ラッピングの金のリボンに反射し揺れる。



きっと今夜は素敵な夜になることだろう。

例えそれが任務のためだとしても、二人で過ごすバレンタイン。

零れ続ける涙を止めもせず、風神は幸せな風に酔う。




   きっと今夜なら言えるはず

   たとえ応えてもらえなくても

   ずっと秘めてきたこの想い

   小さな小箱に心を込めて


     たった一つの   『 我 愛 イ尓(ウォーアイニー)』





<終幕>





<追伸>
その頃、雷神は二人が潜入するはずの店の外で見張りの役に勤しんでいた・・・。






【文中漢詩・出典】
−蝶恋歌−(納蘭性徳)


<テーマノベル>として「一緒にTALK」に投稿した作品です。

BACK