夢を超えて 【FFVII Inter ED After】 (夢路の果てに・続編) |
ゴトン。 まだ空の餌用の桶を足元に置いて、俺は目的の物をせっせと桶の中に詰め込み始める。 「……ギサールの野菜はこれくらいでいいか…。本当ならミメットやシルキスの野菜も欲しいところなんだけどな……」 今の俺たちの経済状態じゃあ、とてもじゃないが買えやしない。えらく高額な高級餌だからな。でも、優秀なチョコボに育て上げたかったら、そのうちそれらも食べさせてやらなきゃならない。まあ、チョコボレースに出場するつもりさえなければ、それほど必要でもないとは思うが。 「もう少し割りのいい仕事があればなあ」 俺はついつい愚痴りながら、先日捕まえたばかりの野生チョコボの小屋へと向かう。 おっと、もう野生じゃないんだ。俺たちが飼い始めたんだから。 急造のほったて小屋と言っていいくらいのチョコボの住処に近づくと、なにやら騒々しい声が聞こえてきた。 「…っててっ! あいてっ! ちょっちょっと待てっ! あたったたた、そこ、突つくなって!」 俺はすっかり呆れ果てた声をかける。 「あんた、まだ諦めてなかったのか?」 すると、むっつりと膨れっ面のザックスがチョコボの羽の下から顔を出した。ボサボサの髪には、チョコボの黄色い羽が何枚か刺さっている。 ………っ……っく……っ。 必死で笑いを堪える俺。 「うーーー! だってなあ、お前にできるのに俺にできないってのがな、悔しいんだよっ!」 「………プッ! あははははは!」 まるっきり子供みたいに、対抗心を燃やしてくるザックス。とうとう我慢しきれなかった俺は、涙が滲むほど笑ってから、言ってやった。 「…っははっ…。くくるし……。……はぁ。まったく、今じゃもう、前みたいに他のことはほとんど俺以上に何でもできるんだから、いいじゃないかこれくらい」 けれど、なおも頬を膨らませて言い募る、大きな子供。 「む〜、そうは言ってもなー。俺は他のこと全部をクラウドに譲っても、コイツと仲良くなりたいぞ!」 そんな無茶な・・・。本当にガキのわがまま以外のなにものでもないな。 構うのはやめよう。 「ホラ、餌だぞ」 いまだ渋っているザックスをさっさと後方へと追いやり、俺は持ってきたギサールの野菜がいっぱい詰まった桶を、チョコボの前に置いてやった。すると、チョコボは一声高く「クエェッ」と鳴いたと同時に、猛烈な勢いで餌をついばみ始めた。 「そうか、腹減ってたんだな。ごめんな遅くなって」 「クエッ」 俺の言葉に応えるように、チョコボは一度首を上げて、嬉しそうに俺に向かってもう一声鳴いてから、再び食事に夢中になっていった。 その仕種が可愛いくて、俺は目を細めてチョコボの様子を見ていた。 ……と。 なんだか感じる、チクチクと後頭部に突き刺さる視線の矢。 チラリと後ろを流し見ると、両足を前方に投げ出したザックスが、ジーっと恨めしそうな顔でにらんでいた。 「くそう、なんでそいつ、俺には懐いてくれないのかなぁ」 「さあ?」 と言いながらも、だいたい俺はその答えを知っている。可笑しさを堪えながら、 「あのな、ザックス」 「なんだよ」 いかにも不貞腐れた声で返事が返ってきた。わかりやすい奴だなぁ、まったく。 「普通、野生のチョコボは誰にでも簡単に懐くもんじゃないんだ。そんなこと、あんただって知ってるだろう?」 「ああ、知ってる。だけど、クラウド、お前にはすぐに懐いたじゃないか。どうしてなんだよ?」 「う…、そ、それは、俺にもよくわからないんだよな」 「俺はそれが気に食わないんだっ!」 怒鳴った後の、小さい呟き。 「俺だって、お前みたいにチョコボとジャレて遊びたいのにな」 …………ったく、こいつは……。 大きななりして、無邪気というか、素直というか。 呆れるのを通り越して、可愛ささえ感じてしまう。俺よりでかいくせにな。 「そーかっ!」 しばらく二人でチョコボが餌を食べるのを見守っていると、突然、ザックスが大発見でもしたかのように大声を張り上げた。 「な、なんだ? どうしたんだ? ザックス」 嬉々として返って来る返事。 「わかったんだよ、チョコボがお前にすぐ懐く理由」 ……………なんだか、嫌な予感がする。 「そうだよなぁ、その黄色いツンツン頭。仲間だと思っても不思議はないよなぁ」 「…………おい」 しかし、俺が怒りを露わにした半眼で睨んでも、ヤツはまったく気づきもしない。 「そうかそうか、そうだったのか。うんうん」 ほっとこう。 そこに、柵しかないチョコボ小屋の壁向こうから、聞き慣れた野太い声が聞えてきた。 「おーい、クラウド、ザックス。俺だ、仕事持ってきてやったぞー」 振り向いて柵の向こうを見やると、バレットが大手を振って歩いてきていた。 「バレットか……」 小屋に入ってすぐ、俺の呟きを鋭く聞き取り、バレットが不満そうに聞く。 「なんだぁ? せっかく仕事持ってきてやったっていうのに、不服そうだな?」 「……だってなぁ、あんたが持ってくる仕事っていったら、いつもリーブ絡みで格安でやってくれってやつばかりだろうが……」 否定できないバレットは、「う…」と言いながら、邪魔物のほとんどない頭を掻いている。 「でもまあ、仕事にゃあ変わりねえんだからよ。頼むわ」 そうだな、ないよりはマシか。俺たちの<なんでも屋>が、曲りなりにも今やっていけてるのは、リーブとバレット、それにティファの協力おかげでもあるんだからな。 「わかったよ」 ザックスも苦笑いしながら頷いていた。 「みんな〜、ご飯よ〜」 ティファの明るい声がする。 「なんだ、ティファも来てたのか。教えてくれたら、一緒に来たのに」 口調の割りには、たぶん予想していたかのようなバレットだった。 「やった! これで久しぶりにまともな飯にありつける」 これはザックスのセリフだ。 「………悪かったな、ロクなもの食わせてなくて」 ティファがいない時は、当然俺とザックスが交代制で食事を作る。それが旨いか不味いかは……言う必要もないな。 「は…は…ははは、まあ、ティファちゃんの料理に比べたら、それは俺にも言えることだしなー」 ごまかしきれてないぞ、ザックス。 俺たち ―― 俺とザックス ―― は、ミッドガルとカームの中間にあるこの家で、今は<なんでも屋>をやっている。バレットとティファ、それにリーブは、それを知った時、かなり強硬にミッドガルに移ってくることを勧めた。けれど、俺がここでやると固く決めていたから、結局彼らは諦めるしかなかった。 それでも、ティファは時々こうやって俺たちの家に来ては、食事の世話や掃除洗濯などの家事を手伝ってくれている。これは本当にありがたかった。男二人所帯では、やはり限界があったからな。 そして、バレットとリーブも、わざわざ俺たちのためにミッドガルの雑用を<なんでも屋>の仕事として持ってきてくれている。まあ、いつも格安で頼まれてしまって、ちっとも儲からない仕事ばかりなのが難点だけどな。 たまにはシドさえ、定期点検だとか言って、飛空艇の整備を仕事として俺たちに手伝わせてくれる。もちろん、これも格安料金ではあるが。 なんと言えばいいのか……。 仲間って、いいもんだな……。 パカン! 「てっ!」 いきなり後頭部を殴られた。 振り返ると、お玉を持ったティファが腰に手を当てて怒り顔で立っていた。 「ご飯だって、さっきから言ってるでしょ! もう、せっかくのスープが冷めちゃうじゃない」 「ご、ごめん」 考え事をしてた、なんて言い訳がティファに通じるはずもなく……。 大の男三人がそそくさと小屋を出て家の方に向かおうとした時、急にティファが思いついたように聞いてきた。 「あ、そうだ! ね、この子の名前は? もう付けたの?」 ティファの視線の先にあるのは、無心に餌を食べ続けているチョコボ一匹。 「いや、まだだけど」 「そうだな、我が家の一員になる訳だし、名前つけてやらないとな」 またもや、食事のことを忘れて、名前を考え始める俺たち。 すると、バレットが、 「おう、名前か。俺にまかせとけ。そうだな、黄色いからイェローとか…」 ここぞとばかりにまくしたて始めた。 「そうだ! サブってのはどうだ?」 「サブ?」 「なんで?」 どういうネーミングなのか計りかねる俺たちに、 「サブと俺のマリンで、サブマリン。いいだろう〜」 「……………」 無視だ、無視。 「バカね、みんな。名前はもうとっくに決まってるじゃない」 「え?」 そこにいた全員が、ティファの方を向く。ティファはゆっくりとチョコボに近寄っていって、その黄色い頭を撫でた。 「この子はね、エアっていうの。ね? エア?」 「クエッ!」 それが自分の名前だと自ら主張するように、チョコボは声高らかに鳴いた。 「エア……」 ザックスの呟きが聞える。 「ザックス?」 消えてしまって戻らない記憶のいくつかを、遠い瞳で眺めるように……。 ザックスが頷いていた。 「エア。……いい……名前、だな」 ふと、ザックスの視線が気になって、跡を追ってみた。 そこには、チョコボの頭を撫でているティファの後ろ姿があった。 家事をやるために邪魔になったのか、長い黒髪をリボンでまとめて。 ピンクのリボンで…。 俺は、胸が締めつけられるような思いだった……。 「さっ! エアに負けないくらいしっかり食べて、お仕事頑張ってちょうだい!」 ティファの力強い檄が飛ぶ。 そうだな、結局最後はいつだって、俺たち男は女性たちには敵わない。 そうして、実はすごく腹が減っていたことをしっかり思い出させてくれるいい匂いの漂う家へと、俺たちは急いで戻っていった。 空腹を満たすために。 俺たちの明日のために。 <END> |
○あとがき○ |