真白き聖夜に 〜 聖し この夜 〜 |
ひらり、ひらり 賑やかな大通りを抜けて、人気のない我が家への道を急いでいると、頬に冷たい物が触れた。 「雪?」 クラウドが自分の吐く白い息ごしに上を見上げると、暗い夜空から天からの贈り物が静かに降ってきていた。 「どうりで寒いと思った…」 寒さに震える身体を鼓舞させるように呟きながら、家路へ向かう足取りを早める。 町外れの暗がりの中、ぽわっと明かりの灯った窓が見えてきた。 こんな時に、ふと、思う。 自分の帰るべき家に明かりが灯っている。 ―― 胸が温かくなってくる… こんな寒さなんか、なんでもない。待っていてくれる人がいるということの幸福感。 それだけで、すべてのことに感謝したくなるほどの。 「ただいま」 ドアを開けると同時にかける言葉。 最初はくすぐったくて、なんだか言いにくかったこの言葉も、今ではもうすっかり自然に口に出来るようになった。そして、明るい声が返ってくる。 「お帰りなさい。クラウド」 艶やかな黒髪をなびかせて、ティファが駆け寄ってくる。 「こんな日だっていうのに、遅くなってゴメン」 「ううん。クラウドこそ、最後の最後までお仕事、ご苦労様」 真夜中近いというのに、そんなことはなんでもないというようにティファが微笑む。 「でも、良かった…。日が変わる前に帰ってきてくれて…」 「?」 クラウドがティファの意図を量りかねて、顔に疑問の表情を浮かべる。 その顔を見て、ティファが「ふふふ」と意味ありげに微笑んだ。 「今日はね、特別なの」 「そりゃ、今日でこの一年が終わるんだし・・・。そうか!」 言いながら、テーブルの上にあるものを見つけて、クラウドが納得した。 テーブルの上には、ささやかながらティファの手ずからの料理と。 カクテルグラスが用意されていたのだった。 「これ、ティファが?」 クラウドの問いに、ティファがちょっぴり得意げな様子で答える。 「そうよ。前にバレットのお店を手伝ってた時に覚えたの。すごいでしょ」 えへん、と手を腰にあて、少しばかり胸をはるティファ。 それを見て苦笑しながら、クラウドはテーブルの席についた。 「だったら、もっと早く帰れるように頼むんだったな」 「あ、いいのよ。いいの。私が勝手にお祝いしたいだけなんだから」 ミッドガルから離れて、海辺に近いこの街に移住してからというものクラウドは激務に追われていた。もっとも、他の仲間たちも同じようなものだったが。ティファも多忙なのは一緒なのだが、責任者の一人になってしまっているクラウドの比ではない。 年も変わろうとしている今日この日、さすがにティファは休みを取れたが、クラウドはそういう訳にはいかず、結局今の今まで仕事を片付けていたのだった。疲れきった身体が空腹を訴える。早速、並べられた料理に手を伸ばそうとして、ティファに睨まれてしまった。 「まだ、ダメ!」 お預けをくらった犬のごとく、情けない顔になるクラウド。 「ティファ〜」 「今日だけは私の言うこと聞いて。お願い」 意外と真剣なティファの顔に、クラウドも真顔になる。 「…わかった」 その答えを聞いて、ティファがそっと目線でテーブルの中央のカクテルに促した。 クラウドがカクテルグラスを手に取る。 それは、青い液体の上に真珠色の柔らかそうな泡が被さり、その上にちょこんと赤いチェリーが乗っていた。 「これって?」 「ふふ。私のオリジナルなの」 「へぇ〜」 「これ見て、何か思い出さない?」 そう言われて、もう一度じっくりとカクテルを見つめたクラウドがハッとする。 「まさか…これ…」 こっくりと頷くティファ。 「そう。一年前の…」 一年前。 その日、この星はまさに終焉を迎えようとしていた。セフィロスが呼んだメテオによって。 セフィロスはクラウドがなんとか倒したものの、この星に近づき過ぎたメテオを止めることはもはや不可能だった。誰もがそう思っていた。 だが、その時、奇跡は起こった。 二人は仲間と共に、その時の様子を飛空艇の上から見ていた。 その様をカクテルにしたのだとティファが言う。 「あの時のことを忘れないように。そして、感謝するために。」 「そう、か…」 二人でカクテルを掲げて、しばし見入っていた。しかし、ふと、クラウドはあることに気づいた。 「あれ? カクテルグラスがもう一つ?」 カクテルだけではなかった。丸いテーブルにいつもは二つ向かい合っている椅子も、もう一脚用意されている。 「うん。もう、来てるよ…きっと…」 「………。そうだな。」 窓の外には、僅かに漏れる明かりを反射した雪がキラキラ光って舞っている。 ボーーー 気の早い誰かが汽笛を鳴らし始めていた。しかし、すぐに教会の鐘もそれに重なってきた。 あれから一年。 また、新しい年が始まる。 「この聖なる夜に、感謝を。」 二人はカクテルグラスをカチンと鳴らした。 カクテルの名は―――エアリス |
○あとがき○ |