Bougainvillea - novus amor - 【FFVII】 |
コスタ・デ・ソルの陽射しは強い。 ここには、その南国の陽光を求めて世界各地から人々が集まってくる。 浜辺には、豊満な身体を色とりどりの水着で申し訳程度に隠した美女たち。彼女らを目当てに、だらしなく目尻を下げ集まってくる男たち。何かのゲームで盛り上がっているのか、楽しげな嬌声をあげる集団もいれば、いかにも即席といったカップルたちが仲睦まじくじゃれあっているのも、あちらこちらで見られる光景だった。 世界で何が起こっていようが、ここにいれば関係ない。皆、そういうしがらみを一時忘れるために訪れている場所なのだから。 世界でも有数のリゾート地ともなると、その景観も売りの一つとなる。白く眩しい浜辺と青く澄んだ海の対比とともに、それらをぐるりと取り囲むように群生している南国の花々も千地に咲き乱れている。浜辺で繰り広げられている色事をよそに、こちらはまさに様々な色で絢を競っていた。 ここにも、賑やかさよりも静かな彩りを好むかのように、浜辺の中央からかなり離れた ―― 群生している赤や黄色の花々が張り出してきているほどの片隅 ―― に、すっかりくつろいでいる二人の男がいた。立て掛けてあるパラソルの下、トレードマークの黒いスーツを脱ぎ捨てて、ビーチチェアに思い思いに横たわっている。 二人分の影を作れるほどの大きなパラソルを支えている太い柄を挟んで、一人は真夏の太陽も負けそうなほどの赤い髪の下に両腕を組んで枕代わりにして、惰眠をむさぼっている。もう一人のスキンヘッドは、いくらか背もたれを上げた状態でゆったりとニュースペーパーなぞを黒いサングラス越しに眺めているようだった。それぞれ、ど派手な色合いのと濃紺の水着を着て。どちらがどちらの水着かは、推して知るべしだろう。 波間を渡ってきた潮の香を含んだ風が、パラソルをパタパタと揺らす。そのパラソルのはためく音さえも、このうららかな午後の心地よいBGMとなって、なお一層の眠気を誘っていた。 ……と、そこへ。 「もー、探しましたよー、先輩たち。やぁっと見つけたぁ」 ゆったりとした空間への突然の乱入者。 なんとも無粋な甲高い声の持ち主は、この暑さの中だというのにくそ真面目に黒スーツを着込んだタークスの新人・イリーナ。 至福のうたた寝の時を乱された赤毛のレノは、寝ぼけまなこの片目だけを開き、さも面倒くさそうにチラリとイリーナを見やる。 涼しげな頭のルードに至っては、まるっきり無視を決め込む腹らしい。 二人とも、「うるさいのがきた」と言わんばかりの雰囲気を隠そうともしない。 しかし、敵もさる者。全然ま〜ったく先輩タークスたちの不興をものともせずに、イリーナは続けてまくしたてた。 「こんなところで何してるんですかぁ? レノ先輩」 何してるって、見りゃわかるだろーが・・・。 それでも、やっとレノが重たい口を開いた。 「ビーチにパラソルとくれば、バカンスに決まってるぞ、と」 そう言われて、イリーナは改めて二人の先輩たちの様子を覗う。頭のてっぺんから足の先まで、ジロジロと。 確かに、派手な南国柄といかにも競泳用という違いはあれ、二人ともすっかりくつろいだ水着姿だった。しかし、そんなことを気に掛けるイリーナではなかった。 「バカンス〜? 何言ってんですか、先輩。あいつらですよ、例のヤツらがいたんです。こんなことしてる場合じゃないですよっ!」 レノが大きくため息をついて、まったく成立してない会話を放棄した。 しかたなく、甚だ不本意ながらもルードが後を継ぐ。 「休暇中だ」 短い……。 その、あまりにも単刀直入な物言いにかえって気勢を削がれそうになったイリーナだったが、ムンと気合を入れ直し二人を急きたてる。 「休暇って、もう少し先だって聞いてましたけど?」 一応先輩を立てなければと、抑え気味のイリーナの抗議もなんのその。 「こんな場所に来て、バカンスを楽しまない手はないぞ、と」 「このところオーバーワークだったからな」 「なっ!? ……でっでもっ、そんな勝手に休暇の予定を変えるなんて…」 あまりに勝手な言い分に聞えるイリーナは、思わず絶句しそうになるのを堪えて説得を続ける。 「有給は腐るほど余ってるんだぞ、と」 「取れる時に取っておく」 彼らにも言い分はある。タークスという仕事柄、超過勤務はもちろんのこと、せっかくやりくりして取った休暇もすぐに取り消されることは往々にしてあった。それにイリーナの言うターゲットに関しては、一応任務の一環ではあるけれど、現在は彼らの最優先事項ではない。今の調査系の仕事ならば、休暇を取った分を後で取り戻すことは充分可能だと踏んだ上での強行休暇だったのだ。タークスは結果さえきちんと出せば、ある程度は各自の裁量に任されている。それが、巨大企業・神羅を裏から支える非合法部隊タークスという仕事の、唯一の利点とも言えるのだが…。 しかし、そんな先輩タークスたちの思惑など、新人イリーナに推し量れるものではない。特にイリーナはずっと希望し続けていたタークスに念願かなってやっと配属され、やる気も期待も満ち満ちているのである。確かにタークスは合法・非合法問わずに、いやむしろ汚い仕事をメインにこなす仕事だ。だが、それでもタークスが裏側とは言え神羅に多いに貢献しているという事実は、神羅社員なら誰でも知っていることだった。そして、その任務の質にも関わらず、多くの配属希望が出されているということも。ただし、任務の過激さから高い能力が求められる仕事でもある。ダークエリートと言い換えてもいいかもしれない。その上、危険度の極めて高い任務の多いこの仕事にイリーナのように女性が配属されることは、皆無とは言わないが稀なことである。 だからこそ、イリーナはやる気満々で張り切っていたのである。そして、初めての任務で成果を上げ、認めてもらいたい人もいる……。 そこへきて、この先輩たちの体たらくでは、憤懣やる方無しでも仕方ないところだろう。 「だからって…。だからって、ターゲットが近くにいるのに見逃すんですかっ?」 一向に腰を上げるつもりのなさそうな二人の様子に、次第に声も荒くなっていく。 「今の俺たちには関係ないぞ、と」 イリーナがいかに激昂しようとまったく動じないレノと、まるで無表情なルード。この二人が数々の難問題を解決してきたことが信じられない思いでイリーナは唇を噛む。 主任のツォンが新社長ルーファウスの勅令で別行動を取っている現在、新人のイリーナにとってはこの二人の先輩だけが頼りだというのに……。 「………もう……いいですっ! 私一人で追いますっ!!」 ザッと踵を返し、イリーナが砂浜を走り去る。砂に足を取られ何度もバランスを崩す度、浜辺まで張り出していた草木たちを激しく揺らしながら。 突風のようにやってきて竜巻のように去っていったイリーナ。 彼女の登場のおかげで、明るく華やか、しかし静かな高揚感に浸っていたはずが、すっかり消え失せてしまっていた。二人の男に残されたのは、砂を噛むような ―― ジャリジャリと音を立てて神経を逆撫でする ―― なんとも不愉快な気分だった。 「……さて、と」 大きなため息とともにレノが吐き出すと、 「仕事か…。休暇は終わりだ」 表情は変えないものの、僅かに落胆の色を隠しきれない声音でルードが応える。 それに、チッチッチと人差指を顏の前で2・3度振って、レノが。 「終わりじゃない、延期だぞ、と」 返事の代わりに、クールな相棒は唇の端をニッと上げた。 ああは言ったものの、タークスの仕事は新人一人に任せられるものではない。そのままにしておけば、暴走の果てに大失態という事態にもなりかねない。この仕事の性質上、一人のミスはタークス全員の責任となる。 それだけは避けねばならない。 決断すれば、後の行動はさすがに素早い。 さっさと撤収の作業に取り掛かる二人。 レノが自分のビーチチェアをたたもうとした時だった。 ―― ……ん? さっきまでは横になっていたから気づかなかったのか、自分のチェアの上に赤い、いやむしろ濃いピンク色と言った方が近い、花が一輪落ちていた。 きっと先ほどのイリーナが駆け戻って行った時にでも、触れて落としてしまったのだろう。すごい勢いだったから、それも頷けるというものだ。 一輪だけでも華やかなハイビスカスなどと違い、それは普段は複数で固まって咲いているため気づき難いが、なんとも不思議な気分にさせる花だった。 普段見かける艶やかなそれらと違い、一輪だけだと意外にも小さめで可憐にさえ見える。 花弁のように見えるピンクの部分はスッキリとした形をしていて、普通の花びらとはちょっと違う。かと言って葉の変容したものでもないようだった。そして、真ん中にも小さい白い花のような物がある。一見して大きめのめしべにも見えそうな…。 もちろん花の名などレノが知っているはずもない。さすがに、南国の花として有名なハイビスカスくらいは知っていたが、これは別の花だということだけはわかる。 何気なくレノがその花を手に取ってみた時、イリーナの走り去る瞬間の顔がフラッシュバックした。 悔しげに歪められた瞳に浮かぶ、今にも溢れそうになっていたものも……。 ―― イリーナ……あいつ…… 「おい」 片付けが終わって既に帰りかけているルードから声を掛けられて初めて、レノはしばし我を忘れてその花に見入ってしまっていたことに気づいた。 一瞬、なんだかわからない焦りを感じる。 「ふんっ! 俺らしくもないぞ、と」 自分に言い聞かせるような呟きとともに、手に持った花をすぐそこまで迫ってきていた波打ち際へと放り投げる。 思いっきり投げたにも関わらず、一輪だけの軽い花はひらひらと波の上を舞い、白い飛沫に飲み込まれていった。そのまま波に遊ばれて、いつしか見えなくなっていくのだろう。 レノの心の襞に確かに刻まれたはずの不可思議なこの思いが、日々の雑事にいつのまにか隠されていくように……。 残った器具を手早く片付けて、レノはルードの後を追う。彼の日常に戻るために。 その花の名も花言葉も、知らぬままに。 |
○あとがき○ |