ザナルカンドへ 2 《若かりし日のアーロンの最後》 --転換-- |
アーロンは漂っている。 いつ目覚めたとも分からぬまま、アーロンはゆっくりと眼を開ける。 何もない空間。 すべてがある空間。 その矛盾する二つが、不思議な感覚のもと同居している。 自分の身体が何かに包まれている、ように感じる。 そもそも、自分の身体としての感覚がない。 ああ、そうだった。 俺は死んだんだ。 スピラで、あのブラスカ様とジェクトがいなくなったナギ平原で。 ジェクトが俺の最期を見届けてくれたはず。 では、今、ここにいる俺は? やっとアーロンとしての個体の意識を取り戻し、自分自身を確認する。 両手を前に差し出し、頭を巡らして身体全体を見る。 生きていた頃のままの姿だった。 では、あれは夢だったのか。 そんなはずはない。 あの時、確かに俺は・・・。 今度は、アーロンは自分のまわりの様子に注意を向ける。 そこは薄暗い靄がかかっているようだった。 微かに明るいのだが、何も見えない。 ここはどこなのか・・? しばらくするとだんだんあたりの状態が見えてきた。 ぼんやりと光も見えてくる。 街らしき輪郭を認めた時、アーロンは瞬時に悟った。 ザナルカンド! だが、何故? ザナルカンドは当の昔に滅んだはず。 それにこのザナルカンドはおかしい。 まるで現実のような感じがしない。 そう、生気がないのだ。 音も無い。 しかもどうして俺はこうしてこの街の上で浮いているのか。 意識がはっきりとしてくると同時に、アーロンは困惑の度合いを深めていった。 アーロンの思惑に反して、街はだんだんその全貌をあらわにし始める。 見たこともない幾何学的なフォルムが建ち並ぶ。 所狭しと隣接し合う建物。 縦横無尽に街中を走る幾筋もの道。 その街の向こうは海なのだろう。 その海に人工物と思しき水の掛け橋が連なっている。 その町並みを驚愕の思いで眺めていると、今まで無音だった世界に微かに何かの音が混じる。 アーロンは無意識にその音の元を目指して身体を泳がせていった。 だんだんはっきりと聞こえてくる。 その音は人の声のようだった。 ほの暗い上空からその声の主を探す。 いくつもの高い建物のうちの一つ、半壊状態の塔の上から声は聞こえる。 さらにアーロンが近づいていくと、その声の持ち主は小さな子供だということが分かった。 ここで意識を覚醒させてから、初めて見る「人」であった。 こんなところに子供? 不思議に思ったアーロンはその子の傍まで行くと、ふわりと塔の屋上に降り立った。 子供は泣いているようだった。 大声で泣いているのではない。 押し殺したように泣いている。 どうして泣いているのだ? 声をかけようとしてもアーロンは自分に声がないことに気が付いた。 だが、ここではどんなことがあろうとも、もはやアーロンは驚かなかった。 アーロンはもう気付いていた。 ここは、ある強烈な意識に支配されている場所だ。 その子に近づくと明確な<言葉>がアーロンに流れ込んできた。 『泣くんじゃねぇ。男だろーが・・』 うすうす気が付いていたアーロンは心の中で問い掛ける。 『ジェクト。これがおまえの子か?』 静かな肯定の気配。 そうか。この子なんだな。 究極召喚獣になり、いつかは完全に『シン』となってしまうジェクト。 すべてを受け入れたはずの彼の、ただひとつ、気がかりなもの。 ふと疑問に思い、アーロンは心の中で尋ねてみた。 『おまえの妻のことはどうするんだ?』 かつて、仲のいい夫婦なのだと言っていた。 『あいつはよ。俺がいなくちゃダメな女だからな。すぐに後から来るさ』 だが、こいつは・・・。 いつも強引で高慢だった『ジェクト』の気が震えている。 アーロンは『ジェクト』の想いを痛いほど感じていた。 自分に如何程のことができるかわからない、が。 できるだけのことはしてやろう・・・。 その時が来るまで・・・。 胸の内の言葉が届いたようだ。 今度は先ほどとは逆に視界が閉ざされ始めた。 身体の自由も利かなくなってきている。 完全にフェードアウトする直前に、アーロンは見た。 アーロンの身体の外を取り巻き、内を交差する幻光虫を。 『ああ、そうか。俺は死人(しびと)になったんだな』 今まで嫌悪しかなかった存在。 それを甘受しなければならない、自分。 悲しい慟哭を、これが最後と、声無きアーロンの体中が吠えていた。 そして、ふたたび夢幻の静寂が訪れる・・・・。 |