<バレンタインに寄せて> 託 す 想 い |
「ユウナ〜ん!」 南国の、白く眩しい砂浜の向こうから、彼女の従姉妹が駆け寄ってくる。 「…リュック」 波打ち際のほど近く、波に濡れるのも厭わずに腰を下ろして海を見ていたユウナが、声のする方向を顔だけ向けて呟いた。その動きは緩慢で、周りにはこれほどまでに陽光が満ち溢れているというのに、まるっきり生気というものが感じられない。 最初は急ぎ走り寄ってきていたリュックも、その様子を目にとめて、次第に歩調が緩くなっていった。 『ユウナん……』 そこだけ、寒々とした雰囲気を纏ってしまっている、大切な大切な自分の従姉妹。 普段は明るくしっかりとして見せてはいても、この浜辺に来て指笛を吹いた後だけは、こうして自分自身の心を解放しているのだろう。 ゆっくりと歩いて近づきながら、リュックは先ほど聞いたルールーの言葉を思い出していた。 「リュック、聞いてくれる? …ユウナね、随分、無理してるみたいなの。」 「え? どゆこと?」 「おそらく、一緒に旅をした私たちにしか分からないくらいにね、まいってるのよ。」 「……うん。」 永遠のナギ節を迎えてから、賑やかだった彼らの回りもようやく一段落していた。 ベベルでルカでキーリカで、そしてこのビサイドでも、延々とお祭り騒ぎが続いていた。それも至極当然なことである。終わることなど考えられなかった『シン』への恐怖が、完全に払拭されたのだから。 もう失わなくてもいいという事実が、諦め続けなくてもいいという希望に満たされ、歓喜が、スピラ中に広まっていた。 最後の最後に、ユウナの心の一部を代償として。 「夢の…ザナルカンドは、それに関わっていた人たちだけでなく、……ユウナの心も持っていってしまったわ。」 ユウナが究極召還を手に入れれば、自分たちが抱えていたはずだった大切なものを失う悲しみ。永遠に繰り返されるべき死の螺旋が、永遠のナギ節によって、断ち切られた。だが、そのために失ったものも大き過ぎた。もちろん彼らも大事な仲間を失ったのは同じこと。 しかし、ユウナは……。 「私たちでは、だめなの…。私たちはもう既に悲しみを乗り越えてきてしまってるから。通り過ぎてしまった者には、今渦中にいる者の気持ちに心底同調してあげることが出来ない…。悔しいけどね。」 そう言って、ワッカと二人、寂しそうにしていたルールー。 「だけどさ、アタシだってどーしていいか、わかんないよ? ユウナんのために何かしてあげたい。だけどっ……」 すると、ふわっと慈しむような表情でルールーが微笑んだ。 「いいのよ、リュックはそのままで。歳も近いし、ましてや従姉妹だもの。ごく自然に接してくれれば、それだけできっとユウナの気持ちも和むと思うの。」 「そっかなぁ」 思いっきり自信無さげに首を傾げるリュック。しかし、次の瞬間には溌剌 「うんっ。悩んでたってしょーがないモンね。やってみるよ。ちょーどいいもの持ってきてるし。」 「いいもの?」 「へへへ。ちょっとね〜」 「どうしたの? リュック」 やはりルールーの言ってたことは本当のようだ。リュックがすぐ傍に近づいてきても、ユウナは立ち上がろうともしない。これが他の者だったなら、すぐさまユウナは余所行きの仮面を被るのだろう。 『そっか。それだけアタシには気を許してくれてるってことなんだよね。』 一人納得して、うん、と強く頷くリュックにユウナはぼんやりと尋ねていた。 「リュック?」 「あ、あのねー、ユウナん。今日はさ、珍しいモン持ってきたんだ〜」 「珍しい物?」 「うん。あ、えっと、どこ入れたっけな……」 そういうとリュックは、ごそごそと、それこそどこにそんなに物が入るんだというくらいにいっぱいアイテムの詰まった、常時腰につけているポシェットの中を探る。 「あったあった!」 リュックが摩訶不思議なポシェットの中から取り出した物は、小さな包みだった。 「これ?」 その外見からはいったいそれが何なのかはまったく予想もできない。 「うん。そう。あ、包みは違うよ、これはアタシがテキトーにラッピングしただけ」 「ふうん、そうなんだ。」 さして興味もなさそうに包みを見つめるユウナ。 その様子にほんの少しだけ渦巻く瞳を眇 「ほら、開けてみてよ」 「え? 私にくれるの?」 「うん、だからそー言ってんじゃん。」 「どーして?」 「いーからいーからぁ」 ちょっとリュックの勢いに振り回され気味に戸惑いながらも、ユウナはその綺麗な包みをほどき始めた。相変わらず緊張のかけらもないゆっくりとした動作で…。 『ユウナん…』 ジっと見つめるリュックの前で、やっと包みが全部解き開かれ、中に入った物が見えた。 いくつかの小さな茶色の粒。 不思議そうな顔をして、ユウナはそれを一つ指で摘まみあげてみた。 「超小型手榴弾……じゃないよね?」 それを聞いたリュックが盛大にコケる真似をする。 「ちょっとユウナ〜〜ん。アタシがユウナんにそんなものあげてどーすんのさ」 「あはは。ごめんごめん。」 ユウナがころころと笑った。 『そーだね、ルールー。ユウナんのこんな笑顔、久しぶりに見た気がするよ』 ほっと安心したように肩の力が抜けていくリュックに、ユウナがやっと戻ってきたいつもの明るさを滲ませた声で尋ねてきた。 「で、リュック。これって、なあに?」 「あ、そうそう。そだね。見ただけじゃわかんないよね。それね、ちょこれいと、っていうんだって。飛空艇を見つけたとこの文献にあったものなんだけどさ。珍しくちゃんと文が読めたから解読してね。どうも食べ物らしいから、使えそうな材料苦労して探して作ってみたんだ。食べてみてよ、美味しいよぉ」 「ふぅん。あ、なんか溶けてきてるよ? 指に触ってる部分だけ。」 初めて見るその塊にユウナの声が弾んでいる。 「このまま食べられるの?」 「うん。」 そっと、そっと。おっかなびっくり、ユウナは小さな粒を持った指を口元へと運ぶ。 そして、口の中に入れた途端、甘くてほんのちょっぴりほろ苦い味が口の中いっぱいに広がった。 「!」 「ねっねっ!」 「美味しいっ!」 「すんごく甘いでしょっ?」 「うん!」 期待通りのユウナの返答に、リュックは得意げに話し始めた。 「もうさぁ、い〜〜っぱい失敗しちゃったからさぁ。大変だったんだよぉ。ここまでにするのって。」 「そうなんだ。でも、甘くて美味しいよ。とっても。・・・・・それに、ね…」 ユウナが何を言いたいのか、リュックにも分かっていた。 「うん、なんかさ…」 「この味・・・。すごく、覚えがあるような…気がするんだ…」 甘くてほろ苦い・・・。 それは・・・。 口の中いっぱいに広がる、甘く蕩ける幸せな味。思わず微笑んでしまいそうな。 だけど、ほんのちょっぴり。 切ないほどの、ほろ苦さ。 それは、彼を見ていた時の自分の気持ち。 「リュック……」 「ん?」 「変だよ…。とても…甘かったはずなのに…少ししょっぱく…」 「え? そんなはず……! ユウナん!」 ぽろぽろと。 想いのたけが、ユウナの瞳から零れていた。 「ユウナん…」 リュックは、そっと両手でユウナの頭を自分の胸にかき抱く。 それから、ひとしきり。 ユウナは声を出さずに、リュックの胸を濡らし続けた。 『ちゃんと声あげて思いっきり泣いちゃえばいいのに…。ユウナん…』 そうは思っても、黙ってユウナのしたいようにさせているリュックだった…。 「美味しかったねぇ。ちょこれいと。」 「へへっ、そーでしょそーでしょ。」 すっかり波の引いた浜辺の、ユウナの隣に腰掛けたリュックが、くんっと自慢げに胸を張る。 「ね、リュック。」 「ん〜?」 「あの…ね…」 「なになに?」 ためらいがちにユウナが言う。 「作り方、教えてもらえないかな?」 「え……」 「無理…かな?」 じっとユウナの瞳を覗きこむリュック。 不安そうに、だが、真摯な瞳で見つめ返すユウナ。 「うん! 大丈夫だよ。材料はたっぷりあるから。ユウナんが何回失敗してもいいくらいに。」 「もうっ、リュックったら。」 「えへへ」「ふふふ」 二人、朗らかに笑い合う。 ―― いつか、きっと… ―― 食べさせてあげたいんだ これは、ヴァレンタインという言葉などない、異世界での物語。 けれど、チョコレートに託す女の子の想いは・・・変わらない。 |
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○あとがき○ |