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〜 FF NOVEL <FFX> 〜
by テオ


真白き聖夜に


−Silent Night−








俺は、ここで終わるわけにゃあ、いかねーんだ…







分厚く垂れこめた雲が空一面を覆い、今にも泣きだしそうな様相を見せている。
いつもならキラキラと陽の光を反射している海面も、光を遮られその色を寒々しく暗く濁らせていた。

果てしなく続く暗灰色と濃紺の背景に埋もれてしまいそうな中、ただ一人、熱き気概を放っている男がいた。
「なあ、ジェクト。こんな遠くまで来ちまったし。もう帰ろうぜ」
「あぁん? てめぇ、なに寝言ほざいてんだ?」
風もないというのに大きくうねる海に、木の葉のように弄ばれる小船の上。ジェクト以外の者は皆、ひどい船酔いに呻いていた。おまけにこの天候である。早々に安全な陸へ引き揚げたいと思うのも人情というものだろう。だが、肝心のジェクトが首を縦に振らない。彼の要請で船を出した以上、彼の了解がなければ引き返せないという事情があるのだった。
「俺様にどこまでもついていくってぇ言いやがったのは、どの口だ? ああ?」
「い、いや、それは……」
一人、舳先の先端で腕組みをしたまま前方を睨んでいたジェクトが、さも馬鹿にしたように首だけ捻って振り向きざまに言い放つ。その言葉に、声を掛けた男を始め、一緒に船に乗っている残りの二人も黙りこくってしまう。もっとも、かろうじてジェクトに声を掛けられるだけの気力が残っていたのはその男だけで、残りの輩は船酔いでへろへろの上に、大きく揺れる船から振り落とされないようにと、船べりにへばりついているのがやっとの状態だった。

ジェクトは、ザナルカンド一の有名人だと言っても過言ではない。
ブリッツボールを知らぬ者はいない。そして、常勝「ザナルカンド・エイブス」の名も。そのチームきってのスター選手であるジェクトを知らない者など、この世界には皆無なのだ。
多少、その言動に問題はあろうとも、彼の繰り出す”ジェクトシュート”に魅了され、信奉するものは決して少なくはない。その彼の友人という、自分の優越感をこのうえなく満たしてくれる立場を無くしたくはないのだ、ここにいる誰もが。

だから、誰もジェクトには逆らえない。

いつもジェクトの傍若無人な振る舞いにほとほと困り果ててはいても。気分次第でコロコロ変わる彼の我がままにいくら振り回されようとも。
それほど、ジェクトの友人―― 中には「単に取り巻きじゃないか」と中傷する者もいたが―― であることをやめるつもりは毛頭ない。そうやって知り得たジェクトの私生活の一端を、後日彼らの知り合いに話す時、彼らは一時ヒーローになれるのだ。たとえそれが、”虎の威を借る狐”であったとしても…。

「もうすぐだ。もうすぐのはずなんだ…」

誰に言うともなく、ジェクトが呟く。
もはや、その呟きを聞き咎める者もいない。先ほどまでなんとか踏ん張っていた男も、せめて揺れのひどくない場所へと既に船の中ほどに移動して他の者たちと同じようにへばっていた。
そんなことはまったくお構いなしのジェクトは、ただ前方の一点をきつく睨んだまま、物思いを巡らせていた。


天上天下・唯我独尊のジェクトでさえ、人知れぬ悩みがあった。
無敵のはずのジェクトシュートに翳りが見え始めていたのである。
いくらずば抜けたシュートだとはいえ、何度も目にしていれば次第に相手も慣れてくる。そして、毎回ジェクトに痛い目に遭わされている各チームは、打倒ジェクトシュートと称して、当然封じ手や対抗策を練ってきているのだ。おかげで、ここのところジェクトのシュート確定率は次第に低下してきていた。

―― もっと、もっと、強烈なシュートが必要だ…
―― 何人にガードされようが、吹っ飛ばしてゴールできるってくれーの…
―― ジェクトシュートは、絶対無二のシュートだって証明しなきゃならねぇ
―― あいつのためにも…

ジェクトの脳裏に、小さな姿が浮かび上がる。
いつも一人でボールを蹴っている姿。
いつも一人でぼんやりと海を見つめている姿。
いつも一人で泣いている……。


『ジェクトはもうダメなんだってさ。』


―― 俺ぁ、普通の親みてぇによ、どうやってガキを扱っていいのかわからねぇんだ。
―― 俺ができることって言やぁ、ブリッツだけだ。
―― てめぇの親父はすげぇんだってことを見せ続けることだけだ。

―― だからよ…

そう考え抜いて、人知れず特訓するために一人で船を出した。船上のポールを相手に幾度もシュートを蹴り続け夢中になっていると、幾度かいつもなら出ないような外海にまで船が流されてしまうこともあった。

その時に出会ったのだ。

あの、山のような波に。

ただの波ではなかった。
そのうねりの一つだけ、まるで生き物のように盛り上がり移動していた。
驚きつつも妙に気味が悪くて、思わずジェクトシュートをその波に向かって放っていた。

しかし……

その波は、いとも簡単に彼の決め技を飲み込んだのだった。
その時、ジェクトは思った。

「あれだ!」

―― あの波を、突き抜けられるくれーのシュートをぶっ放せりゃぁ・・・

その後、ジェクトのシュートのせいだとは到底思えなかったが、その波はそのまま瞬時に引いてしまい、後には穏やかな海原が広がっていただけだった。まるで、何事もなかったかのように。
だが、ジェクトは確信していた。
―― ヤツは、あの波は、また来る・・・
それからは、もう人目も憚らずに練習を積み重ねた。練習嫌いで通っていたジェクトのその変貌ぶりに、周りの方が驚いていたくらいだったが、ジェクトはもはや他人の目や思惑などどうでも良かった。

―― あのチビに見せてやらねーとな。この俺様には不可能なんかねーってことをなぁ。


練習を重ねながら、あの波が来るのを待った。
けれど、いくら待っても、なかなかあの波が現われる気配がない。
さすがにジェクトにも焦りが生じ始めていた。次のリーグ戦の開戦日が近づきつつあったのである。ザナルカンドの創設者を祭るための聖誕祭の前夜。その名も【ザナルカンド記念】。一年を通して、一番重要なリーグ戦の開幕の日だ。新しいジェクトシュートを披露するのに、これ以上の舞台はない。

―― それまでに、絶対あの波を突き破れるような技をモノにしなけりゃ意味がねーんだ!


そして、いよいよ今夜は開幕試合というギリギリの今日この日に、やっと、あの日と同じような気象条件が訪れたのだ。
「よっしゃあ。なんとか間に合ったな。今日なら、必ずあの波が現われやがるはずだっ!」
ジェクトには奇妙な確信があった。何故か、と問われても答えられる種類のものではない。勘、としか言えないようなシロモノ。
一度、あの波に出会っているからこその…。
だからこそ、他のものに煩わされないようにと、無理矢理自分に言い聞かせて頼みたくもないのに取り巻きの数人に船の運航を任せた。しかし、それも今やほとんど役に立たない状態ではあったが。

―― 今度こそ、今日こそ、やってやるぜ!

そう決意したジェクトの鋭い瞳は、酔いどれと陰口を叩かれていた頃の面影は微塵もなかった。



うねりがだんだんと強くなっていく。
ジェクトが見据える先の波山に、とうとう、それは現われた。
「来やがったな…」
目の前で、重力を無視して不自然に盛り上がっていく波を、不敵に睨むジェクト。
もう波とは言えないくらい、前回とも比べられないほどの高さにまで立ち上がった水の化け物に対峙してさえ、ジェクトはさも楽しげにボールを抱え直す。

「待ってたぜぇ」

―― 一発で決めてやらぁ

縦に横に激しく揺られる小船の上、既に他の者たちの姿は船上にはない。激しい揺れに耐え切れず振り落とされたか、この化け物の姿に恐れおののいて自ら海に飛び込んで逃亡を図ったか。今更、そんなことを気にかける必要もなかった。

はたから見れば呆れるくらいに、馬鹿げた光景だっただろう。ザナルカンドの広大な都市をも覆い尽くせそうなほどの巨大な水の山を相手に、小さな水滴ごとき人間が一人で笑っているのだ。転覆しないのが不思議なほどの小船の上で。片手で船のへりに自分の身体を固定して、片手でブリッツボールを抱えている。常人の為せる技ではない。しかし、この時のジェクトは他のことには一切惑わされぬほど、別の次元にいた。

―― いくぜぇっ!

水の巨柱が、ジェクトの船に今にも覆い被さらんとしたその時。
ジェクトの手からブリッツボーツが離れ、ジェクトも高く飛び上がり、高速で回り始める。

「おりゃあぁぁぁぁぁっっ!!!」

高速回転の余韻を残し、今までにないくらいの強烈なシュートが炸裂する!

刹那。

ブリッツボールはみごとに水柱のど真ん中へと吸い込まれ、突き抜けて・・・・。

否。

突き抜けたはずのボールは消えていた。

突如現われた、水の中の大きな空洞の渦の中に。

「なっ! なんだとぉっ?!」

驚愕したのも束の間、やっとジェクトは自分の身体の異変に遅まきながら気付いた。

―― なんだぁっ?

シュートした後の自分の身体が、落ちていかない!
それどころか、先ほど飛び上がり離れたはずの小船もすぐ傍に浮いていた。

違う!

吸い込まれているのだ! ジェクトの身の近くにあったものすべてが…。

―― どうなってやがんだっ?!

しかし、周りには縋るものさえない。
為す術もなく、船と、霧と化した水面とともに、真っ黒に口を開けた無限の穴の中へと。

落ち上がって、いった・・・。


ジェクトを身の内へと取り込んだ直後、水の巨塊が霧散した…。空高く…。
一瞬にして冷気と同化したそれらは、白く静かに輝きながら、広がり、降ちていった。




ジェクトの意識が薄れていく。

身体と同じように。

想いだけが、流れていく・・・。



―― 男なんてモンはよぉ
―― てめぇの気持ちを伝えんのが下手クソな生きモンでよ
―― へっ、まったく笑っちまうぜ

―― お前が一番大事なんだと、
―― お前が一番愛しいんだなんてこたぁ
―― 俺ぁ、きっと口が裂けたって言えやしねぇや

―― だったら、後は見せてやるしかねーじゃねーか
―― お前の親父は一番強ぇんだって
―― 誰よりもすげぇんだってことをよ…

―― ザマぁねぇよなぁ

―― 今度ばかりは、手も足も出ねぇ

―― 天下のジェクト様も、結局はこの程度かよっ! あぁ?



―― ……いや……


―― 俺は、くたばらねぇ!


―― お前に、肝心なことを伝えてねぇ


―― 俺は、ここで終わるわけにゃあ、いかねーんだ!!!







「ほら、ティーダ。寒くなってきたから窓閉めてちょうだい」
「…うん…」
「それにしてもジェクトったら遅いわねぇ。試合に間に合わなくなっちゃうじゃない。いったいどうしたのかしら」
後の方の母の言葉に心の中で耳を塞ぎ、小さなティーダはやっと取っ手に手が届く窓を言われた通りに閉めようとする。母に聞こえぬよう、小さくつぶやきながら。
「帰ってこなくていい。あんなヤツ…」

今日は、ザナルカンドの人々にとって特別な日。
そして、それはティーダにとっても同じだった。もうすぐ、ザナルカンド記念の開幕試合が始まる。当然、父ジェクトも出場する予定だ。このところ、成績の振るわなくなっていたジェクト。いつも母を独り占めしてしまう父に敵愾心を抱きながらも、そんなジェクトを見るのはもっと嫌だった。
―― だから、酒、やめろって、言ったのに・・・。
自分の言うことなど歯牙にも掛けないジェクトだったが、それでも…。
―― だけど、きっと…
自分でもよく分からない、淡い期待。
母は朝からはしゃいでいる。もうすぐ帰ってくるはずのジェクトを迎え、快く試合会場へと送り出すための準備に余念がない。ジェクトがいると、母の気持ちのベクトルはすべて彼へと向けられる。
まだ幼いティーダの存在をすっかり忘れ去ったかのように。
母に相手にされない寂しさが、そのまま母を奪う男への恨みへと転化する。
だが、それでも他人からジェクトの悪口を言われるのは我慢出来なかった。その度に喧嘩して泣いて帰っては、又、ジェクトに笑われる。

―― だって、悔しいんだ…

絶対敵わないヤツ。
母を自分から取り上げるヤツ。
いつもいつも偉そうなヤツ。
ちっとも優しくないヤツ。
大嫌いな……。

だけど。

だけど…。


「ホントにどうしちゃったのかしら。ジェクト」
背後から母のおろおろとした声が聞こえる。

ふと。

閉めかけた窓の外に何か動くものが見えた。
「あ」
もう一度、窓を大きく開け放って、ティーダは懸命に背伸びをし、窓のふちにかけた手に力を入れて僅かに頭だけ乗り出すようにして空を見上げる。
「雪、だ」
暮れかけた赤く染まっているはずの空を覆いつくす重々しい雲間から、ちらちらと雪が舞い落ち始めていた。
「雪だよ、母さん」
しかし、母の返事はない。おそらく心配の余り、桟橋へでもジェクトを迎えにいったのだろう。
「ちぇっ」
小さな胸のうちが、またか、と沈む。
今日の試合を自分だって楽しみにしていたのだ。決して態度には出さなかったけれど。

―― だけど、きっと

―― 悔しいけど、きっと…


「え?」

何かが聞こえたような気がした。
しかし、あたりを見渡しても誰もいるはずもない。
不思議な気分に包まれながら、窓の外へ視線を戻したティーダは、次第に冷たくなってきた指にハァと息を吹きかけ暖める。

そしてそのまま、たった一人、ずっと降りしきる雪を見ていた。








俺は、ここで終わるわけにゃあ、いかねーんだ



だからよぉ



待ってるからな



俺の…ちびすけ











○あとがき○

クリスマステーマなのに、こんなモンですみません。はっはっは。
今作は、以前、私が書きました「悠久時間」や「語るメイチェン」等と同じように、ゲーム中は触れられながらも詳しくは語られなかったエピソードを、作者なりに解釈して解き明かしたかった部分です。
ジェクトはどうやって『シン』にザナルカンドからスピラに連れていかれたのか。
何故、の部分は今作でも完全には明らかには出来ていませんが……。
おそらくは最後の言葉が示しているように、『シン』となったジェクトは『シン』を通じて存在するザナルカンドへの時間的なものにも介入できるのではないか? 夢の中の存在である人々やモノにではなく、ザナルカンドという存在土台として。そうやって潜在的に見守っていたからこそ、アーロンを送り込むこともできたのでしょうし、時期が満ちるのを待って、ティーダをもスピラに連れて来られたのではないかと…。歴代の『シン』の薄れ掛けた記憶や思いを共有した中で、唯一の異色の存在であったから。そのジェクトでさえ、埋もれつつあった変化を望む僅かな人としての『シン』の意識が、呼び込んだのではないか?と。
なんか、哲学的になってるような気もしないではないですが(大汗)、そういう漠然とした解釈のもと、この作品は書かせていただきました。

今作のイメージソングは、かの有名な山下達郎氏の「クリスマス・イヴ」です。本文中に歌詞の一部を転載しようかと思ったほど、ぴったりの内容でした。(しみじみ)
最後のシーン、この歌をBGMにして読んでいただけると、もっとしんみりなれるかも・・・?

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