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〜 FF NOVEL <FFX> 〜
by テオ


君に

<番外編・2>

― 目の前のあなた ―






ベベルにほど近い海辺の小さな村。
旧エボン派の目を眩ますため、ここにユウナたちが隠れ住むようになってから、既に数週間が経っていた。

情報収集も兼ねた旅行公司出張班として飛空艇で世界各地を飛び回っているリュックとキマリは、2・3日ごとに訪れる。
昨日も山ほどの差し入れ物資と僅かばかりの情報とを持ってやって来て、ティーダの情報がなかなか集まらないことをすまなそうに報告し帰っていったばかりだった。

この村に住んでいるワッカとルールーは、村人ひいては旧エボン派を欺くために装っている新婚夫婦ぶりも、今ではすっかり板についてきていた。

新婚には似合わない黒い服が不審がられるために着替えたとはいえ、それでもルールーは暗めのグレー基調の服を纏っている。唯一、白いエプロンが新妻らしいと言えるくらいだろうか…。

元ブリッツ選手というワッカのフレコミは、現実のことでもあったためまったくごまかす必要はなかった。優勝もしたことのある、そして別の意味でも――万年最下位だったという――かなり有名でもあったビサイド・オーラカ所属だったことは、さすがに明かしてはいなかったが。娯楽の少ないこのスピラでは、元ブリッツ選手という輩はいくらでもいるのだった。

そして、二人と一緒に村に滞在しているユウナ。親をなくした知り合いの娘という触れ込みの彼女は、朝な夕な浜辺へと出かけ指笛を吹く……。




トントントントン
グツグツ、グツグツ

ルールーが昼食の支度をする音が軽快に響いている。

「帰ったぞ、ルー」

「あら、お帰りなさい」

振り向いたルールーと顔を見合わせた途端、ワッカが思わず吹き出した。

「ぷっ、たっはは」

ムッとしたルールーが無愛想に問いただす。

「何よ? ワッカ!」

未だ小さく笑いながら、ワッカは素直に思ったことを口にする。

「いや、いくら村の人たちを信じさせるためだとはいってもよ、ルーのそんな姿を拝めるなんてなぁ」

フンと軽くいなして、元の食事の支度に戻るルールー。

「勝手に言ってなさい」

「へいへいっと」

トントントントン

ワッカはそのままテーブルの横のボロい椅子に腰掛ける。
彼はその海の中での身軽さを利用して漁をしたり、村の大工仕事などを手伝ったりなどで生計を立てている。ちょうど今は昼の休憩時間だった。

「今日は?」

トントントントン

料理の手を休めずに、ルールーはワッカのこの後の予定を聞く。

「あぁ? あー、そうだな。もう一回おととい直した家の屋根の様子見に行ったら、魚でも捕ってきてやるさ」

「そう。じゃあ、今夜のおかず、期待してるわよ?」

「わ〜ってるって。俺が手ぶらで帰ってきたことあったかってんだ」

「ふふっ」

トントントントン

他愛もない会話。 静かに横たわる安らぎの空間。

「ユウナ、遅いわね」

「ああ、そうだな」

トントントントン

相槌を打ちながら、テーブルに肘をついたワッカがルールーの後ろ姿を見つめながらポツリと洩らした言葉…。

「……そんな姿、あいつにも……」

トンッ

一瞬だけ、止まる時間。

しかし、すぐに動き出す。


――忘れた訳じゃない
――忘れてはいけない
――だけど、それに捕らわれて
――前に進めないことの方が
――彼の人を悲しませることが、わかっているから

――だから…

――だけど……


「んだけど、おっせーなぁ。ユウナ」

トントン、トントン

僅かの動揺が手元を狂わす。

トッ

「痛っ!」

「! どうした? ルー?」

小さな悲鳴を聞きつけたと同時に、ガタンと椅子を倒してワッカがルールーのもとへと駆け寄る。

「な、なんでもないわ。ちょっと指を…」

ルールーが少し恥ずかしげに傷ついた指を見せる。

「ったく。らしくねーな」

「なんですって! え? ワ、ワッカ?!」

発した言葉の内容に反して、ワッカは目の前に差し出されたルールーの指を取り、ごく自然に自分の口へと運ぶ。

「な、何を……」

何を、かなんて分かっている。傷口を消毒しようと舐めてくれているのだ。原始的なやり方だが、いかにも大雑把なワッカらしい。だが、何の気なくやっているワッカと違い、ルールーは胸の奥から羞恥と落ち着かなさが湧きあがってくる。

なのに、何故か振り払えない……。

「んぁ?」

ワッカが震える指に気がついて視線を戻すと、目の前には頬をうっすらと染めて横を向いているルールーの姿があった。

……トクン……

パタン

「遅くな……ぁ…」

遅ればせのユウナが扉を開けて中に入った途端、パッと離れて反対側を向き合う二人。
ワッカがキョトキョトと宙を見上げ、ルールーが俯きかげんに片手を握り締めている。
そして、急にユウナに気付いた風に話し掛けてくる。
いかにも、わざとらしく…

「よ、よぉ。」
「お、お帰り…。ユウナ…」

おそらく声が裏返り気味だということさえ、二人とも自分では気がついていないのだろう。
まだ、赤く染まったままの己の顔も…。

ユウナは、ハッとすべてを理解したように片手を口元に広げ、更にそれを隠して静かに微笑む。

「…うん。ただいま。遅くなってごめんね」

「い、いいのよ、そんなこと。さあ、昼食に、しましょう」

「あ、ああ。そ、そうだな…」

ユウナの意味ありげな声色とは裏腹の、高くひっくり返った二つの声がユウナの思惑の正しさを裏付ける。

『……、うん!』

冷静に二人を見つめるユウナが、ある決心をしたことを気付くはずもなく・・・。



夕刻、例によって浜辺へと出かけていたユウナが、帰ってくるなり二人に向かって言った言葉。

「あのね。今日、浜辺で友達ができたんだ。可愛い女の子。一緒に遊んであげてたら、すっかり仲良くなってね。今夜、泊まりにきて欲しいって誘われたんだ。それに、一緒に寝ながら本を読んであげる約束までしちゃった。」

だから今夜は泊まってくるね、と有無を言わさぬ口調でいい残し、そのまま出かけていったユウナ。
出かける間際、あっけにとられているワッカとルールーを見つめて頷き、深い笑みを浮かべて…



陽が落ちて、部屋に明かりが灯される。
ゆらゆらと揺れる、テーブルの上の明かりをはさみ、ワッカとルールーが向かい合って座っていた。
いつもなら三人で楽しく談笑しているはずの ― ユウナがいない ― 部屋の中。

――間が、持たない…。
――なんだか、落ち着かない。
――いつも三人でいたから……
――そのうちの一人がいないだけで
――いや、そうじゃない。

――ユウナが残していった、あの微笑みの意味を、二人とも解っていたから……

その場の雰囲気に耐え切れなくなったワッカが何か言おうとしたその時、ルールーの方が先に口を開いた。一つ、大きく息を吸い、意を決したように。

「私たち、もっと素直になりましょう」

「え? お、おい! ルー?」

「考えてもみて? 今、一番辛いのは、誰?」

「そりゃぁ……」

「そう。ユウナよ。なのに、あの子ったら…」

「……」

「私たちのことなんて、考えてる余裕なんかないはずなのに…」

「だけど、ルー…」

「言いたいことは、わかってる。ワッカ」

「…」

「もちろん、チャップを忘れた訳じゃない。いいえ、忘れられるはずがない。私も、あんたもね」

「…ああ。そう…だな」

「それでも…いいじゃない…」

微かに語尾が掠れている、ルールーの声。
その声に触発されたかのように、ルールーのすぐ傍へと歩み寄ったワッカは、そっとその手を細い肩へと置いた。ルールーも、その手に自分のそれをゆっくりと重ね合わせる。

「それでいいのか? ルー」

「…ええ」

後悔と遠慮とに拘束されて、二人自ら凍結させていた長い時間。
チャップに…。そして……お互いにも…。

「今、私が一番傍にいて欲しいのは…」

椅子から立ち上がった、紫暗の瞳がワッカを見上げる。

「あんたよ。ワッカ。」

「ルー…」

トン、と頭をワッカの厚い胸に預け、ルールーがため息のように言葉を洩らす。

「いつも、こんなに近くにいるのに。ユウナから見たら、なんて贅沢なのかしらね、私たち…」

「ああ…、まったくだ、な」

太く逞しい腕がルールーを優しく擁く。よく知っていたはずなのに、しばらく忘れていたこの場所の心地良さ。ルールーを包み込む、懐かしくも切ない、潮の香り。
自分自身の深い安堵に、互いの暖かい想いが流れ込んでくる……

「ルー。俺…ユウナに、いや、チャップに負けないくらい…」

ワッカの腕の中、ルールーが「え?」と顔だけあげる。
いつもとは違う、ワッカの力強い声。

「幸せにする。異界に行っちまったあいつが、悔しがるくらいにな。」

「ワッカ…」

見上げたルールーの、瞬く長い睫毛がしっとり濡れる・・・



ティーダの行方がわからないままの現在、こんなことは不謹慎だと思う。いや、思っていた。

だけど、ユウナが望むなら。

『みんな 幸せに』

それが、ユウナの願いだから。

ならば、今は、心のままに…


 ― 今だけは ―





        目の前の 愛しい人のことだけを

        抑えつづけた この想い

        溢れるままに 捧げよう

        零れんがほど 溺れよう

        いつも 一緒にいてくれる

        目の前の あなたと共に


          いつまでも…




○あとがき○

作者の長期連載「君に」の番外編その2でございます。
「君に」をご覧になって頂いた方はお分かりだと思うのですが、今作は冒頭にあるように三人で隠れ住んでいた頃のエピソードです。
本編では最終話で二人の間に赤ちゃんが出来ていた(DVD「永遠のナギ節」から少し設定を変えて抜粋)とあっただけでしたので、どういう経緯でそうなったのかという部分を書いてみました。
作者なりに納得のいくように、しかも甘〜く書いたつもりなのですが、いかがだったでしょう?

実は、おそらくこの続きも……。しかし、きっと…裏…(以下自粛)(爆)

「君に」は、これにてすべてネタは出尽くしました。(苦笑) また、時間が経てば分からないですが。
とりあえず、これで終了です。ありがとうございました。

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