新エボン派と旧エボン派の最終抗争は、周辺の住民であれば誰もが知るところであったが、結末は公式には発表されることはなかった。
シェリンダ曰く、
「今回の争いは単にエボン寺院の内紛にすぎないのですから、改めて公にするほどのことはないと思います。今までの誤っていた教えをこれから私たちが力を合わせて正していけばいいだけのことなんですから」
と、ことさら派手に祝おうとする仲間たちを諌めていたのだった。
それでも、ティーダを無事救出できたことと、志を共にしてきた仲間たちとの当初の目的を果たしたことへの祝宴は催された。人民を教え導く土台たらんとする寺院本来の在り方に法ったささやかな宴のつもりではあったが。それが戦いの跡の残る殺伐としたベベル寺院内ではいかにも無粋であったため、ベベル市街地で行なわれたものだからシェリンダたちにも収拾がつかなくなっていったのである。
特に本拠地であるベベルには、ここ最近の旧エボン派の横暴としかいえない行いに、危惧や敵愾心を擁いていた人々が数多くいたのである。表立っては動けないものの影ながら新エボン派を支援していた者たちがこの快挙をほっておくはずがなかった。「永遠のナギ節」以来少しずつ燻っていた現状への不満を解消しようと、これ幸いとばかりに大騒ぎになっていったのだった。
そして、それは周辺の街や村にも漣(のごとく広がっていったのである。
人々の興奮もだいぶピークを過ぎ、やっと今回の立役者である彼らも解放させてもらえそうな気配になってきていた、ある夕刻。
市民の好意により提供してもらったベベル一上等な宿屋に、ユウナたちは逗留していた。そろそろ出発の頃合いかと、話し合いと確認のため全員がティーダの休んでいる部屋に集まってきていたのである。部屋の真中、連日の祝宴疲れを振り払おうとワッカが大きく両手を広げて伸びをしている。
「さぁて、と。俺たちもそろそろ帰るかぁ〜」
ティーダはかなり回復したとはいえ、長い間痛めつけられ続けた身体はまだまだ安静が必要な状態だったため、その間ずっとユウナが付き添い看病していたのである。その二人の分まで他の仲間たちが祝いに押し寄せてくる人々の相手をしていたのだから、疲れも溜まろうというものだろう。
ワッカの間延びした声に、ティーダの寝台の横に座っていたユウナが意味ありげに振り向いた。
「そうだね。それに、ビサイドに帰ったらまたお祝いだしね」
「ほぁ?」
ユウナの悪戯っぽい声音の言葉に、ワッカは思わず気の抜けた返事を返す。
「そうでしょ? ルールー?」
いきなり水を向けられたルールーは、しかして面食らうどころか部屋の隅の椅子にゆったりと腰掛けたまま、包み込むようなフワリとした笑みを浮かべる。どこか、今までにない柔らかい雰囲気をもかもし出している。
慌てたのはワッカの方だった。
「なっ、なんでユウナが知ってんだ?」
「ふふふ。わかるよ、それくらい。ずっと一緒に暮らしてたんだし、これでも私、女の子なんだよ?」
ちょっとおどけてはいるけれど、本当に嬉しそうな表情でワッカとルールーの顔を交互に見やるユウナ。するとユウナの傍らにいたリュックが両コブシをつっぱり気味に握り締め、不満げな声をかける。
「ちょっとぉ、ユウナん! アタシ、何のことかわっかんないよ?」
「俺も……」
リュックに続き、ティーダも横になっていた身体を両手で後ろ手に支えながら起こして聞いてきた。
「大丈夫?」「ん」という小声の短いやりとりが、ティーダとユウナの間でごく自然に交わされる。
キマリはドアの前に立ったまま目を細めて黙しているが、その口端が僅かに上がり全てを察して微笑んでいるようでもあった。
「あのね」
「わ〜〜! 待った!」
言いかけたユウナを慌てて遮り、ワッカがかなり焦った風体で言い募った。
「これだけは、俺の口から報告させてくれ!」
「うん。そうだね」
「いいな? ルー」
ユウナが顔をほころばせながら頷き、ルールーもワッカの方を見つめてゆっくりと首を縦に振る。
「あー、その、なんだ・・・。じ、実はよ・・・」
言いにくそうなワッカの様子に固唾を飲んで見守る仲間たち。
ただ、ユウナは楽しそうにルールーはしっとりと落ち着いているのを除けば。
「だからよ・・。ビ・ビサイドに帰ったら、お、オ・オレとルーは、その、し・式、挙げようかって・・・」
突然の告白に、リュックとティーダが仰天の声をあげる。
「ええぇぇぇっっ!?!」
「ほんとかよぉーっ!?」
真っ赤になって俯いているワッカの様子が、事の真実を物語る。
「な、何でいきなりそういうことになったんだ?」
これまでのいきさつをまだ詳しくは知らされていないティーダが当然の疑問を投げかける。
そこで当事者では言いにくいだろうと、ユウナが説明を買ってでた。
「ううん、いきなりじゃないんだよ。実はね・・・」
そして、ティーダを探すこの旅の途中、ある村に隠れ住んでいた時、二人が夫婦として偽装結婚していたこと。そこにユウナも居候という形で一緒にいたことなどを順序立てて話していった。
「私はいつも一番近くで見てたから、わかったんだ。二人ともただキッカケが掴めなかっただけだったんだよ。ね?」
ユウナの問いかけに今まで口を閉ざしていたルールーが応えた。
「ええ。みんなには感謝してるわ。本当に」
「ああ、俺もだ。それに・・・」
「まだ、ナンかあるの?」
今度はリュックがキョンとした表情で素直な疑問を口にする。
「あ、ああ・・」
更に真っ赤になったワッカが口篭もると、笑い声のルールーの檄(が飛ぶ。
「ほらっ、しっかり! お父さん!」
途端に目を真ん丸にしてしまう、リュックとティーダ。
「!!」
「お父さん!?」
赤い顔を片手で隠し、ワッカがその言葉を必死で続ける。
「あー、まー、そーいう訳だっっ!」
めでたいこと尽くしの報告に、一気に場が盛り上がる。
「やるじゃん、ワッカ!」
「そっかぁ。全っ然っ、気が付かなかったよぉ〜」
ティーダはワッカの所へ飛んで行きバシバシと背中を叩き、リュックはルールーの傍らへと駆け寄る。
ユウナがコロコロと笑いながらキマリを振りかえって言った。
「キマリは気が付いてたみたいだね」
黙して語らぬキマリは、見る者によっては不気味とも思える微笑を浮かべドアの前に立っているだけだった。
その後ひとしきりワッカとルールーへ祝いとからかいの言葉を浴びせ掛け、最後に明日の予定の確認をしてから皆は部屋を後にしていったのだった。
先ほどの賑わいの余韻の残る、ユウナとティーダの二人だけになった部屋の中。
再び寝台に横になったティーダが、頭の下に回した両手を組みながらふと思いついたように話しだした。
「ワッカもなんだけどさ。ルールー、変わったよな」
「そう?」
「なんか、もうすっかり母の顔してるっていうか…」
「ふふ、それなら、キミだって随分変わったよ?」
「え? そうかぁ?」
「うん。だって・・・」
――― それは、昨夜のこと・・・
*****
街をあげてのお祭り騒ぎの中、体調不全を理由にずっと部屋にこもっていたティーダだったが、たまには気晴らしにとユウナと二人で人目を避けながら街外れの橋の上にやって来ていた。
しかもここは偶然にも遠い昔、ユウナがキマリに初めて会った場所だった。
その時のことを思い出し、感慨深く物思いに沈んでいるユウナにティーダが真剣な口調で語り始めた……
あのさ
うん?
これからどうするか、ユウナ、考えてる?
え? …うん……。できたらね…
できたら?
白魔法を活かして、みんなの病気や怪我を治してあげられる診療所みたいなの、やりたいなって…
へぇ……。すげーな…
何が?
うん。ちゃんと自分のやるべきこと、考えてるんだなって、さ
ティーダはブリッツがあるでしょ?
あ、ああ。そうだな…
? やるんでしょ? ブリッツ。私、キミの勇姿見るの、楽しみにしてるんだよ?
うん。オレ、ブリッツしかできねーしな。ははっ
そんなこと、ない。キミは何でもできるよ。でも、やっぱりブリッツやってる時が一番かっこいいかな。
そう、だよな…。でも…
でも?
もちろん、ブリッツは好きだし、それしかないってのは分かってるんだけど……
うん……
オレ、オレがこのスピラに復活できた意味を考えてたんだ。
もちろん、オレたちが『シン』を倒したから祈り子たちが復活させてくれたんだけど、何かそれだけじゃないような気がするんだ。
それだけなら、もうそこでお終いだろ?
復活したオレじゃなきゃ出来ないこと、オレだからこそ出来ること、そういうことがあるような気がしてさ。
ティーダ…
魔物だって、まだまだいるしな。
しかも、前より強力になってる気だってする。
でもそれ以上に、1000年もの間に歪みきってしまったこのスピラを、本来のあるべき流れに戻すのって並み大抵のことじゃないと思う。
だからそのために、オレがいるんじゃないかな?
滅んでしまったけど、まったく別の繁栄を誇っていたザナルカンドをも知っているオレが…。
新しいスピラにしていくためにオレが必要なんだとしたら。
それなら理解できるんだ。
一度消滅したはずなのに、オレが復活できた意味が。
オレが、オレだからこそ、今のこのスピラに為すべきことがあるから……。
何、を?
それは………
それは、まだ、分からない…。
だから、今はブリッツをやる!
でも、何も知らなかった頃とは違う。
今のオレはブリッツのその向こうにオレのやるべきことがあるのが分かるんだ。
それが何かは、今出来ることを精一杯やっていけばきっと分かってくるんだと思う。
そっか…。
まずは、ブリッツを極めてやるさ!
このスピラで。
オーラカをリーグで優勝させて、常勝って言われるまで勝ちつづけて。
んで、オーラカだけじゃない、ブリッツのエースになってやるっス!
…だけど、それが到達点じゃないんだ。
何か…、すごいね…。いっぱい、考えたんだね。
あはっ。考える時間だけは……たっぷりあったもんな。
復活してから今日まで、いろんな目にあって、いろんなこと考えた。
でも、それもきっと無駄なことじゃない。
必要なことだったんだ、って思うことにしたんだ。
*****
「あの時ね。私、思ったんだ」
つい昨日のことなのに、まるで遠い昔を思うような視線を目の前の現実に戻しながらユウナがティーダに告げる。
「ん? 何て?」
「男の子ってすごいなぁって。真剣にこの世界を変えるための方法を考えてるんだなって」
「ユウナだって、スピラを救うために『シン』倒しただろ?」
「うん…。でもね、違うんだ。私『シン』を倒した後のこと、考えてなかった。考える必要もなかった…」
「・・・」
「キミがね。キミがいたから、本当の意味で『シン』だって倒せた。私も死なずにすんだんだよ」
「そっスか?」
「そうっス!」
ふざけないでという意味を込めたユウナの言葉と睨みに、ティーダは思わず肩を竦める。
「それに、これからのこと、自分のことだけじゃなくてすごく広い目でこの世界のこと見てる…」
そこで軽く言葉を切ったユウナは、しばらく俯いたのち、上目使いにティーダを見上げて言った。
「私、ティーダが急に大人になっちゃった気がして、ちょっと寂しかったんだよ?」
そんな、少しだけ拗ねた様子のユウナの甘えた仕草。が、ティーダの突発的行動を促してしまう。
いきなりの、息も出来ないほどの、激しい抱擁。
けれど、ユウナはこの上もないほどの安堵感と幸福感を、かみ締める。
「もう…」
喘ぐように搾(り出したユウナの掠れた声に、ティーダがふっと腕の力を緩めた。
代わりに愛おしげに大地の恵み色の髪をそっと梳く。
「泣いてもいい場所、探さなくてもいいんだよね」
胸の奥から溢れ出る言葉と共に、見上げる煌めく雫をたたえた翡翠と碧玉の両の瞳。
もう一度、強く引き寄せて……
「二度と、泣かさない…」
そして、太陽が光のくちづけを震える花びらへと贈る…。
「さあ、帰ろう! ビサイドへ! これから二人の物語を紡ぐために!」
*****
その後、ティーダはその言葉通り、引退したワッカと共にビサイド・オーラカのエースとして常勝の名を欲しいままにするまでになる。
しかし、彼はそれだけでなく「討伐隊」に代わる「守備隊」をも結成し、統治と人々を脅かす魔物対策に努めていったのである。試合が終わるごとに各地を訪れ「守備隊」を広め、自ら指導し統率して組織を強化していった。それには、まさに「エース・オブ・ブリッツ」と異名をとるまでになったティーダ自身と、いつもティーダの傍らにいるユウナの存在もかなり大きな役割を果たしていたのである。。
しかも、ティーダはエボン寺院が権力を揮(っていた頃と違い、他を完全に排除しようなどの暴挙は犯さなかった。レボニアとして生まれ変わった新生エボンのシェリンダ・イサールらと協力して、自分の理想へとスピラの人々を導いていったのである。
生まれや信じるもの・人種での、差別のない世界。
ロンゾもグアドもアルベドもない。夢のザナルカンド出身であるということさえも…。
あの孤島で、独り、深く思い描いた世界へと・・・。
―― いつか ――
―― 新しいスピラを オレの手で見せてあげるよ ユウナ ――
――― 君に ―――
--- The End ---