君に <番外編・1> 語るメイチェン |
「おはよう。ティーダ」 朝陽の差し込む窓を大きく開き、ユウナは新鮮な風を部屋の中へと招き入れる。 「ん〜〜」 冷んやりとした朝の空気に刺激され、軽くこぶしを握った両手で大きく伸びをするティーダ。 「昨日、遠征から帰ったばかりで疲れてるとは思うけど、起きて?」 枕もとにある窓の側、爽やかな風に髪を揺らしユウナが微笑む。すると、パチッと目を開けたティーダが、次の瞬間グイと手を伸ばし、ユウナをその腕に抱きこむ。 「あ」 「おはよ、ユウナ」 ユウナの唇の端に口付けながら、悪戯っ子のようにティーダが笑う。ユウナは真っ赤になりながら、急いでティーダの上に被さってしまった我が身を起こそうとした。が、それをティーダが許すはずもない。なかなか放そうとしないティーダの胸に両手を押し当て、ユウナが困ったように囁く。 「放して、ティーダ。お客様……」 「え?」 慌てて手を放しユウナの身体を自由にしてから、ティーダ自身も急ぎその身を起こす。ベッドの上に座った状態で見た扉の先に、メイチェンの姿が見えた。 「ほっほっほ。新婚家庭にお邪魔でしたな」 「わ、い、いや、その…」 ユウナと同じく目元を赤くして、風と光に跳ねる髪を照れくさそうにワシワシと掻くティーダ。 「仲好きことは美しきかな、ですな。」 うんうん、とにこやかにそんなことを言われて、ティーダが助けを求めるような瞳を新妻へと向ける。 と、彼女は更に赤くなり、 「もう、やだ、メイチェンさんたら」 と、言いながら小走りに部屋から出て行ってしまった。その可愛らしい仕草に失笑を堪えきれない、残された男性二人。ティーダはベッドから抜け出して、改めてメイチェンへと歓迎の手を差し出す。 「いらっしゃい。久しぶりだよな」 「ほっほっほ。朝早くからすみませんなぁ」 真の敵を知るための重要な手がかりとなったスピラの歴史を語ってくれた人物・メイチェン。 彼らとて、いくつか残る謎を解明するためにメイチェンと語り合いたいと願っていたのであった。 ティーダとユウナがやっと再会できてから半年ほどの月日が経っていた。 その間、二人共ゆっくりと身体を休める間もなく多忙な日々を過ごしていた。ティーダはリーグ戦が始まったばかりのビサイド・オーラカの主力選手として、ユウナは相も変わらず訪れる<ユウナ参り>の人々の対応に。その状態に業を煮やした、一足先に夫婦となっていたワッカとルールーによってお膳立てされた結婚の儀を済ませ、晴れて夫婦として暮らし始めたのがつい先日のことなのである。 ユウナが新妻らしいおぼつかない手つきで、でも心を込めて支度した朝食の席につく三人。食事中は主にメイチェンが巡ってきたスピラ各地の話に聞き入っていた。ティーダのこれからの構想に多いに参考になる点がいくつもあったため、質疑応答が熱く繰り返される。 「グアドサラムはもうダメですな。すっかり寂れて僅かのグアド族しか残っていないのです」 「はい。私も行って驚いたんです。まさか、あんなに…」 「そうか…」 かつてユウナが感じたように、ティーダも事を重く受け止めていた。そして、自分の目的の中に一つの事項を追加したのだった。 食事も終わり一息ついたところで、ようやくメイチェンが訪問の真の目的を告げた。 「ところで。ぜひともお聞きしたいことがあるんですわ」 「?」 自分たちに聞きたいこと? いったい何だろう? と、不思議そうに顔を見合わせる二人。ティーダ救出=エボン抗争については、既に広く知れ渡っている。今更ティーダたちに聞くために、わざわざビサイドまで訪ねてくるとは思えない。 「実は、ティーダ、貴方のことです」 「俺の?」 「そうです。いったいどうやってこのスピラに復活することができたのか、ということですな…」 「・・・・・」 確かに一番の謎である。 黙り込んでしまったティーダを、ユウナも真摯な瞳で見つめ続ける。ユウナも今までに何度かそのことを聞いたことがあった。しかし、その度に困ったような顔をするティーダにそれ以上問い質すことができずにいたのである。難しい顔をして考え込んでいたティーダが顔をあげて、メイチェンを見据えて言った。 「俺もよくは分からないんだ。ただ…」 「ただ?」 ユウナがメイチェンの代わりに先を促す。 「海、の中にいたんだ…。気がついた時…」 その時のことを思い出すかのように、ティーダは視線を虚空へとうつろわせる。 「海の中、ですかな?」 「ああ。どこの、かは俺も知らない。だけど、このビサイドからそんなに遠い場所じゃないってことだけは確かなんだ。近く、でもなかったけどな…」 それから、ティーダは自分が復活してからユウナたちに会うまでのことを語った。そのことについてはユウナは既に聞いていたが、メイチェンは興味深そうに頷きながら聞き入っていた。 「ふむ。なるほど」 そう言ったきり、メイチェンはしばらく目を瞑り考え込んでいた。沈思黙考とはこういうことを言うのだろう。少し不安気な顔をしてメイチェンを見やるティーダを、ユウナが心配そうに見つめている。 ふと、メイチェンが思い当たることがあるような素振りで顔を上げ、再び質問してきた。 「召喚獣の祈り子さまたちと話をされたんでしたな?」 「うん」 「申し訳ないですがな、その内容を全部教えてくださらんかな」 再び顔を見合わせる二人だったが、すぐに頷き、なるべく正確にと二人で確認しながら祈り子たちの言葉を伝えていった。 【ヴァルファーレ】 すべての『シン』は呪い願うの・・・ 我が身を呪って 消えたいと願うの・・・ みずからの滅びを夢見て 『シン』は 私たちを見守っている 荒ぶる『シン』に残された かの時代の かすかな思い・・・ エボン=ジュから解放してあげて・・・ 『シン』となった祈り子を・・・ 【イフリート】 先の『シン』は ザナルカンドの海を泳いだ 夢の世界が『シン』を癒したのかもしれぬ・・・ おまえの父は その『シン』に触れたのだ 一夜で真実となり スピラの海に現れた しかし 彼は今 悲劇の螺旋に囚われ 『シン』と化して さまよっている・・・ 【イクシオン】 我らは長らく忘れていた 前に進むということを・・・ そなたのおかげで思い出した・・・ そうだ 我らは走らねばならぬ・・・ ゆこう 同じ夢を見る友よ・・・ そなたを乗せて 夢の終わりへと走ろう・・・ 【シヴァ】 夢が終われば おまえも消える・・・ スピラの海に 空に 溶けていくだろう・・・ でも 嘆かないでおくれ・・・ でも 怒らないでおくれ・・・ 我らとて 元は人だから・・・ 夢を見ずには いられない・・・ 新たなる 夢の世界に 海を作ろう・・・ おまえが泳ぐ 海を作ろう・・・ 【バハムート】 すべてが終わったら・・・ 僕たちは夢見ることをやめる 僕たちの夢は・・・消える 【メーガス三姉妹】 あたしたちは何故気付かなかった・・・ 夢を終わらせること・・・ 何故スピラに留まろうとしたのだろう・・・ 長い時の中であたしたちは忘れていた・・・ 前に進むことを忘れ・・・ 変わることを忘れていた・・・ 【ようじんぼう】 そなたは はかない夢なれど・・・ スピラの真実に触れた夢・・・ スピラは真実を忘れない・・・ 真実を救った者を忘れない・・・ 走りつづける ひたむきな夢よ・・・ 夢の終わりを越えて 真実となれ・・・ 全部の言葉を聞き終わった後、メイチェンは再び長考に入った。メイチェンの頭の中で、どれだけの情報が行き交っているのだろうかと、もはや不安よりも期待の色を浮かべて待ち受ける二人だった。 しばらくしてから、コホンと一つ咳払いの後、メイチェンは少しもったいぶった風に語り始めた。 「この老いぼれの考えを少し、語っても宜しいですかな?」 「はい。ぜひ…」 「お願いするッス」 神妙な面持ちで頭を下げるティーダとユウナ。 「いいですかな? まず、ヴァルファーレの祈り子さまの言葉、これはそのまま『シン』の真実の姿のことですな。そして、イフリートの祈り子さまは…」 「うん。親父のこと、だよな」 コクリと頷いて、先を続けるメイチェン。 「イクシオンの祈り子さまが彼ら自身のことを、シヴァの祈り子さまが貴方のことを語られておられるようですなあ」 「バハムートの祈り子さまとは、お話、したんです……」 その時のことを思い出し、ユウナは辛そうな顔になる。 「あの時は……ごめんな。ユウナ…」 「ううん。いいんだ。ティーダの方が私よりずっと辛かったんだから…」 今でこそ微笑みあえる二人は、そのまま見つめ合い続けそうなお互いの視線を無理やり引き離すようにメイチェンへと向きなおる。メイチェンもまた、優しげに目を細めながら口を開く。 「メーガス三姉妹の祈り子さま、これは彼らの想い。ようじんぼうの祈り子さまの言葉は明らかに復活へのメッセージですな」 そこでメイチェンは一息つき、ティーダとユウナを交互に見やった。 「この中で…、復活、という点で一番重要になるのは、シヴァとようじんぼうの祈り子さまたちの言葉だと思われますな」 「シヴァと…」 「ようじんぼう?」 二人の意外そうな声にしっかりと頷き返し、メイチェンが熱く語る。 「考えてもみてくだされ。『シン』も祈り子さまもいなくなった今、召喚はなくなってしまいました。ですから、復活すなわち召喚という説はなくなる訳です」 「あ!」と二人同時に合点がいった顔になる。 そして、メイチェンはそのまま勢いにのって一気に話を詰めていった。 「そう。召喚し続ける者とその媒体となるモノがなければ召喚は続かないのです。 その意志の強さから残留思念として、僅かの時間ならば、 幻光虫を通して召喚することくらいはできるでしょうがな。 シヴァの祈り子さまは言った。 海を作ると。 彼らの意識が消える刹那、最後の力と想いを集め凝縮して、 ティーダ、貴方と貴方のための小さな海を召喚したのではないですかな。 スピラの海の中へ『夢の海』を。 そしてその『夢の海』と現実の海が融合する時、 真実に触れた夢も、又、現実と同化するようにとの願いを込めて。 ようじんぼうの祈り子さまがおっしゃっておるようにですな」 「…その、おかげで、今、俺、ここに居られるんだな………」 ティーダが堪らずに、カラカラに乾き掠れた声を絞り出す。 「ティーダ…」 思いがけない真実に、ユウナもティーダに掛ける言葉を失ってしまっていた。 「それに…もう一つ。 もしかすると、これが一番、重要なのかもしれません…」 テーブルの上に肘を付き、組み合わせた両手を額へと祈るように当てていたティーダと、それを潤んだ瞳で見つめていたユウナは、メイチェンの言葉を一言も洩らさずに聞き取ろうと顔をあげる。 「これは私的な見解なのですがな。 おそらく、消え行く召喚獣の祈り子さまたちの力だけではなかったのではないか、 現実の、それも他に類を見ないほどの、強い願いを込めた祈りの力が加わったからこその、 そう、「奇跡」だったのではないか、と思っとります」 「それって……」 メイチェンの深い笑みが向けられた先、目を閉じてハラハラと静かに頬を濡らすユウナの姿があった。ティーダはそっと片手を伸ばし、ユウナの濡れた頬を包み込む。 「…ユウナ……。俺、聞こえたんだ。指笛の音、海の中…だったのに……はっきりと」 「………うん……ぅん…」 小さく何度も頷くユウナ。頬に触れるティーダの手に、ユウナもまた、自分の両手を重ね合わせる。そこから伝わってくる、暖かいティーダの想いとその存在を抱きしめるかのように…。 しばしの沈黙…。 明かされた謎と皆の深い想いが、言葉を超えて伝わっていく…。 「はてさて、長いこと居座ってしまいましたな。お聞きしたいことは全て聞けました。語っておきたいこともですな。そろそろ、この場の邪魔者は早々に退散することにいたします」 引き止めようと立ち上がりかけた二人を静かに制し、メイチェンは帰り支度を始めていった。 ティーダが感慨深く感謝の意を告げる。そして、ユウナも。 「…ありがとう…」 「ありがとうございます。メイチェンさん…」 「いやいや、こちらの方が感謝したいくらいなのですわ。 それでは…。 お二人、いつまでも仲良く元気でおられることを、どこかの空の下で祈っとります」 名残惜しげな二人に見送られながら、メイチェンはかの家を後にしたのだった。
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○あとがき○ |