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〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第九話・うたかたびと3





 それから後が、また、大変だった。
 衆目を集めていたシューインのおかげで、ゲームに熱中するあまり今までレンのことなど眼中になかった周りの観客たちが、彼女に気づき始めたのだ。
「あれ、レンじゃない?」
「そうだ! レンだ!」
「なんでこんなところに?」
「ええっ! レンだって!」
 ざわざわとざわめき始めた周りの様子に、さすがのシューインもやっとレンの正体に気づいた。
「え……。レンって、あの、レン?」
 そう言うシューインに凝視されて、レンは困ったように微笑み小首を傾げた。
 しかし、その後のシューインは迅速だった。ファンたちに囲まれたら当分はその場から抜け出せないということを、彼自身がよく知っていたから。
「レン! こっちに…」
「…え。あっ!」
 とっさに彼はレンの手を取り、事情をまだよく呑み込めていないファンたちの間隙を縫って駆け出した。
 ブリッツのディフェンスのアタックをかわす要領で、ぶつかりそうになる人々を器用に避けながら走る走る走る…。
 さっきまでその中心にいた騒ぎの輪が、あっという間に後方へと遠ざかっていった。
 急なことで何も考える間もなく半強制的に引きずられるようにして走らされていたレンは、前がよく見えないこともあって途中で何度も転びそうになる。その都度、シューインは歩調を緩めて彼女が転ばないように手を貸していた。

 シューインに手を引かれ走りながら、
―― な、なんだか……ファンの人たちにはとっても悪いんだけど…
―― …わたし……ワクワクしてる…?
 それはシューインもどうやら同じ気持ちだったようで、やっと人混みを抜け、階段を降り、関係者しか通れない通路の中へと入ってから振り向いた彼も、楽しげに笑っていた。


 試合後のミーティングもすっぽかしてきていたシューインから「待っていて欲しい」と言われて、レンはスタジアムを出て少し離れた場所で待っていた。
 スタジアムは盛り上がった試合に触発されて顏を上気させた人々を、正面出入り口から次々と吐き出している。それらの人々に見つかってまた騒がれては堪らないので、皺の寄った帽子を被りなおし物陰に隠れるようにして。
―― あーあ、マリサに怒られちゃうかな。帽子、こんなにしちゃって…
 よれた帽子はつばがしなってしまい、元の形がすっかり崩れてしまっていた。大きなため息をついて、それを被ったまま皺になってしまった部分を指で幾度かこすったり引っ張ったりして伸ばしてみても、一度崩れてしまったものはなかなか元に戻りそうもない。
 けれど、そんなこととは裏腹に、レンの胸は高鳴っていた。
 ほどなく、その気分の原因がやってきて、レンの背後から声を掛ける。
「待たせてごめん」
 高鳴る胸の原因 ―― シューインは正面からではなく、スタジアム横の関係者出入り口から出て来ていたから、ファンに見咎められることなく二人はその場を離れられたのだった。

 ザナルカンド・スタジアムに裏口はない。正面とは逆の裏にあたる部分は、このスタジアムの正式な持ち主の屋敷へと繋がっているからである。そのため、ブリッツの選手やコンサートの関係者たちは、スタジアムの横にある専用口から出入りしている。
 もちろんレンもコンサートの時はいつもそこを使っていた。先ほど、レンが一足先に出てきたのもその出入り口からだった。

 レンが来た時と同じように最上層のハイウェイを二人で歩きながら、
「寺院まで送っていく」と言うシューインに、
「試合で疲れてるんだからいいよ」とレンは応える。
 が、男たるものそれを素直に訊く訳にはいかない。「送っていく」と譲らない彼の態度に、それでもやはり、レンは嬉しさを隠しきれなかった。

 いつも煌びやかなザナルカンドの街並みがいつもよりもっと綺麗に見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
 夜風が気持ちいい。
 心臓がドキドキと早く脈を打っていて、体温がほんの少し平温より高い気がする。
 ほてった頬を冷ましてくれる優しい風が、二人の気持ちを代弁してくれるようにふわりと流れていった。
「帽子、被ってたんだ…」
「うん。友達が貸してくれたんだ」
「そうか。だから、分からなかったのか…」
 納得したようにシューインが呟く。
「え? 探してくれてたの? 試合中に?」
「え…、あ、いや……その……」
 キョンと訊いてきたレンに、もごもごと口篭もる彼の焦りようが、なんだかとっても可愛くて…。
 ただ歩いているだけなのに、レンはまるでダンスでも踊っているかのようにリズミカルな歩調になる。

 ピカっと光った点滅につられ、彼女が何気なくその光の方を見ると、シューインの背後のビルに側面いっぱいの大きなスフィアビジョンがあった。それにレンの姿が映っている。
―― あ、この間のコンサートの時のだ
 ビジョンの中、歌うレンが大写しになって、少し気恥ずかしい。
 レンの様子に気づいたシューインも振りかえりその画面を見て、
「そうだよな…。このザナルカンドでレンって言えば、普通、気がつくよな…」
 と、照れたように笑う。
 今まで気づかなかったことに少しも悪びれない彼の態度が、尚更、レンに好印象を与える。
「ふふっ。いつ、気づくかなーって思ってたんだ」
「ははっ。それにしても鈍すぎるね、俺って」
 二人、顔を見合わせて、プッと同時に笑い出す。

 繁華街が終わってネオンの数も少なくなり、人影もまばらになってきたハイウェイの上、一歩二歩とレンが弾む足取りで少し先を行く。
 複雑そうな表情でそれを見つめて後をついてきていたシューインが、思い出したように尋ねてきた。
「あ、そうだ。ねえ、レン?」
「うん? なあに?」
 先行く彼女が、トンと足を止め、長い髪をさらりと流して振り向いた。
「俺のことは? 知ってたの?」
「うん。もちろん!」
「そう、かぁ。俺だけかぁ、知らなかったの」
 更に、レンのことになかなか気づかないシューインに、呆れるのを通り越して可笑しささえ感じていたことも伝えると、「ひどいなぁ」と言って笑う彼。

 彼らの頭上遥か高く、いくつかの幻光が流れ星のように薄い尾を引いて流れていった。

―― そうだ。ふふっ
 素知らぬ振りして、レンが尋ねる。
「ね。明日の予定は? 夜なんだけど」
「…え?」
 シューインはシューインで、そのレンの言葉に思わずドキリとしていた。
 脈拍が少し早くなる。
「夜は…、空いてる…。練習は夕方までだから。明日は試合はないし」
 翌日の夜は、同じスタジアムでレンがコンサートを行うことになっているのだから、ブリッツの試合がないのも当然なのだ。
 けれどシューインはレンが今度は自分を誘ってくれるのでは、という期待の方が大きくて、コンサートのことまで考えが及ばない。あまりにも素直に期待の色が浮かぶ彼の瞳に、笑い出したいのを必死に堪えて、レンが彼の希望とは少し違う言葉を口にした。
「じゃあ、明日はスタジアムでの私のコンサート見に来て? ね?」
 本当ならレンも「一緒にコンサートに行こう」と言いたいところだが、当の本人が出演するのだから仕方がない。
「ああ。行く。必ず」
 ほんの少し残念そうな彼が即答すると、楽ししそうにくすくすと笑いながら、
「じゃあ、明日は今日の逆ね。私が受付にチケット用意しておくから」
「え? あ、そうか」
 レンに、それでも迎えに行こうと思ってそう言おうとしていた先を越されてがっかりしながらも、素直に頷いてしまうシューイン。

 そんな話をしているうちに、レンの寺院に着いてしまった。ゆっくりと歩いてきたつもりだったのに、楽しい時間は過ぎてしまうのがとてつもなく早く感じてしまう。
 それは二人とも同じ気持ちだった。
 名残惜しげに別れを告げる、まだ今は恋人未満の二人。
「おやすみ。今日は来てくれて嬉しかった」
「ううん。私こそ、とても楽しかった。おやすみなさい」
 礼拝堂の入り口とは違う、居住区へと通じる門のところでシューインが今来た道を帰るのを、しばらく立ち止まったまま見送るレン。シューインはゆっくりと歩いていき、街角を曲がろうとした時、急に振り向いてレンに向かって大きく手を振った。
「また明日っ」
 弾む声でそう言い、子供のようにぶんぶんと元気良く手を振る彼の様子が、夜も更けて繁華街の明かりさえも届かないこの暗がりの中でもはっきりと見てとることができた。
「また明日、ね。シューイン」
 彼の姿を隠した小さな街灯に照らされた曲がり角を、レンはいつまでも見つめていた。


 シューインはずっと走っていた。
 レンと別れてから自分の屋敷に帰りつくまで、ずっと。
 別に練習を兼ねてとか、そんな殊勝な気持ちからではもちろんない。とにかく、ずっと走り続けてでもいなければ、この胸の内の思いを大声で誰彼ともなくぶちまけてしまいそうだったから。
 何と言えばいいのだろう……。
 初めての気持ちだった。
 こんなに、ドキドキしてワクワクして、嬉しくて悲しくて、笑いたくて泣きたくて。いろんな感情がいっぺんに自分の中に生まれてしまったような。
 レンと逢っていた時はとても楽しかった。けれど、たとえ一日でも離れているのが辛い。逢えば別れるのが嫌だから、逢いたくない。だけど、どうしても逢いたい。逢いたくて仕方がない。逢いたさに、この胸が焦げてしまうのではないかと思えるくらいに。
 不可解だけれど、その相反する気持ちすべてが大切に思えてしまう。
 身体中が熱くて、もしも帰り道に海が見える場所があったなら、きっと彼は飛び込んでいたに違いない。それほど、じっとしていられない思いに捉われていたシューインだった。
―― けど、明日、また、逢える……
 そう自分に言い聞かせて、走ったために荒い息を大きく吸い込み落ち着かせ、彼は屋敷の門をくぐっていったのだった。
―― レン。おやすみ。



 その頃、すっかり客も引き明かりも落とされたスタジアムでは、二人の男たちがまったく人気(ひとけ)のない暗い通路を歩きながら密やかに言葉を交わしていた。
「やはり、足りなかったか…」
「予想していたこととはいえ、これでは…。至急を要することです」
「…明日に期待するしか……本意ではないが…」
 その男たちは、一人は評議会の正装であるダークグリーンの服を着て、もう一人は僧侶として位の高い徴である薄い紫色の僧衣を纏っていた。
 スタジアムの裏手から出て行く二人の行く手には、ザナルカンドの真闇にならぬぼやけた夜空を背景にした荘厳な屋敷の全貌が浮かび上がっていた。






     − 第九話 END −





○あとがき○

今回の話は、ほとんど幕間って感じですね。
ホントはレンのコンサートのはずだったのに・・・。あれぇ?(こればっかり(泣))
次回は、間違いなくコンサートの話です。うん。たぶん・・・。(汗)
前回までに書こうと思ってて、書き忘れたり書き足りなかった部分を追加したら一話分になってしまいました。まあ、この作者なら、こんなもんでしょ。(投げやり)
少しでも辻褄が合わないと許せない奴なもので〜。許してね?

さて、やっと物語の裏側の部分が少しづつ出てきましたね。
何が画策されているのか・・・・。予想つく人っているのかな?
幸せそうな二人の背後で、確実にザナルカンドは滅びへの道を歩いています・・・。
さて、これから二人はどうなる?(と、こんなとこで終わって、後書きでも焦らす作者であった、と(爆))
おわり〜。

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