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〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第五話・彼女の道のり2






 この寺院に保護されてからしばらくの間、レンは記憶の錯乱と極度のショック状態のため、まるで廃人のようになってしまっていた。身体の傷が癒えても、歩くことも立つことさえままならないという有様だった。それほどまでに、まだ歳若い彼女には耐え切れない残酷な現実であった。
 愛しんで慈しんで育ててくれた大好きな両親の無惨な死。それも、レンの目の前で起こったことだけに、彼女の精神を破壊し生きる気力を奪っていったのだとしても、無理からぬことであった。



 レンの両親は二人とも召喚士だった。
 父親のオルドは早くからその資質を認められ、まだ小さい頃から寺院に預けられた。ザナルカンドでは ―― いや、スピラ全土でもおそらくそうだろう ―― 召喚士に関することはすべてにおいて優先される。まだ家庭を持たぬ子が健在な親元を離れる唯一の例外でもあった。まだ小さくとも召喚士として認められれば、当の本人だけでなくその一族は優遇され賞賛の目で迎えられる。それほど召喚士は希少の存在とされ、人々の尊敬の対象だったのである。
 小さい頃から寺院での修行を余儀なくされたオルドは、それでも自分の出自に疑問を持つこともなく努力と精進を積み重ねて、順調に召喚士としての階級を上げていった。そういう日々が淡々と過ぎていった。
 しかし、ある日、運命的な出会いが彼を待っていた。まだ十代の少年の日、いつものように召喚士の大事な役目の一つである、亡くなった人のための異界送りを行うため出向いていた帰り道のこと。
 街角で偶然出会った少女、ロア。運命の悪戯とも言えるような出会い。
 慣れぬ異界送りに疲れきった身体を引きずるように歩いていたオルドに、前が見えないほどの大荷物を抱えたロアがぶつかってきたのだ。二人とも派手に転んでしまったのだが、腹を立てるよりも、互いの地べたにへたった情けない様子を見て、思わず同時に笑い合ってしまったことから交流が始まった。
 それまでほとんど寺院の中しか知らなかったオルドにとって、普通の町娘にすぎないロアの知っている世間一般の様々なことが新鮮であり驚きだった。ほんの些細なことにも楽しげに明るく笑うロアに、会うたびに惹かれていく。そして、それはロアも同様だった。
 自分とほとんど変わらぬ歳でありながら、既に召喚士としての力を充分に身に付け、人々に敬意を払われるオルド。多少世情に疎いところも、かえってロアの目には好感の持てる純朴さとして映った。温厚で、同年代の男の子たちのような頼りなさのない、自分の目的をしっかり持った強い瞳に、尊敬の念から好意・愛情のまなざしへと変わっていくのにさほどの時間はかからなかった。
 二人でゆっくりとしっかりと愛情の芽を育んでいく、幸せな時。
 しかし、召喚士の結婚は自分たちだけで簡単には決められない。自分の身でありながら、召喚士はザナルカンドの財産でもある。召喚士同士ならいざ知らず、ただの小娘にしか過ぎないロアは、どうしたらオルドとずっと一緒にいられるか真剣に悩み考えていた。オルドも自分に愛情を持ってくれているのは充分過ぎるほど分かっている。けれど、彼の立場からは決してロアには言えないだろう。だから、ロアが自分でなんとかするしかない。
 考えぬいた末、ロアは寺院で働かせてもらうことにした。もしも万が一結婚が叶わなくても、せめてオルドの近くにいたい。近くにいれば、何か方法が見つかるかもしれない。
 二人にとって幸運だったのは、ここでも運命の女神が悪戯心を起こしてくれたことである。寺院で勤め始めてすぐに、ロアにも召喚士の素質があることが発覚したのである。もちろん、幻光を召喚し操ることのできるまでに修練を重ねているオルドほどではないが、それでも人一人を異界送りできるくらいの力はあるだろうと、はっきりと高位の召喚士から認証された。召喚とは、たったそれだけの力であっても、充分に稀有な能力なのである。
 こうして晴れて二人は、堂々と召喚士同士として周囲にも祝福され結婚したのである。

 数年後、二人の間にレンが生まれる。
 召喚士同士の子どもは、当然、優れた召喚士であろうという、まわり中の期待とともに。
 そしてそれは、決して裏切られはしなかった。・・・・・戦争が始まるまでは。

 レンは言葉を話せるようになった頃から、よく歌を歌っている子どもだった。
 誰に教わったのでもない、歌詞などなんでもかまわない、メロディを口ずさむだけ ―― ハミングだけでよく歌っていた。そして、その歌声を聴くものすべてが、活き活きとした力に満たされた。しおれかけた花は蘇り、再度、鮮やかに咲き誇る。労働で疲れきった人の身体が、ふぅっと軽くなっていく。数え上げればきりがないほど、修行などまったく積まぬ小さい頃から、レンは既にある種の召喚士としての力を発動していたのである。
 両親の力を受け継いだという以外に、大勢の召喚士が集う寺院内で育ったことにも、多大な影響を受けていたのだろう。レンの歌の力は寺院内だけでなく、すぐに広く知れ渡っていった。噂に聞く、力を与えてくれるという歌を聴きに、人々が集まってくる。だが、両親は慎重だった。まだ修行を積まぬ身だからと、レンを訪ねてくる人々を丁重に断り続けた。せめて十歳を越えるまでは、自然のままに育てたいという、むしろオルドの強い願いであった。
 自分のように、まだ物も知らぬ幼き頃からレンが召喚士として寺院に縛られるのは、とてもいたたまれないのだと。ロアのように、ごく普通の子供としての生活と、それによって培われるはずの豊かな感性を守ってやりたいのだと。当然、ロアに異論があるはずもない。寺院側は渋々ながらも、召喚士である両親のたっての願いを受け入れぬわけにはいかなかった。
 この両親の大きな愛情のもと、レンは煩わしいことに捉われることなく、ゆったりと安寧な子ども時代を過ごすことができたのである。

 十余年の月日が静かに流れていった。
 だが、三人の前途洋々であったはずの世界が、突如狂わされる。

 ベベルとの機械戦争が勃発したのである。

 戦争が始まって、続々と機械と兵士たち、そして多くの召喚士らが戦場に投入されていく。長引けば、当然オルドとロアにも出撃要請が打診されてくる。
 そして、レンにも。
 こういう時のために優遇されている召喚士たちは、断ることは暗に許されない。いくら個人主義が徹底しているザナルカンドといえども。いや、ザナルカンドだからこそ。
 当初、絶対に優勢と見られていたザナルカンドが予想外に苦戦し、兵士たちだけならまだしも、送りこまれた召喚士たちが一人も帰ってこないという事実が、いよいよ申請を受けてしまったその夜、オルドとロアにある重大な決心をさせていた。

 レンは知っていた。
 両親は自分たちのためでなく、レンのために逃亡の道を選んだのだということを。オルドもロアも、召喚士としてザナルカンドのために命を賭して戦うことに臆するような人物ではなかった。すべてはレンのための行動だった。
 その頃になると、もう既に召喚士の修行を始めていたレンは、まだ本格的な召喚士へは数々の段階を踏まなければならなかったが、周囲の期待通り素晴らしい力を秘めていることは周知の事実だった。修行を始めてまだ間もないというのに、幼い頃から修行を積んでいる他のどの子よりも上達が早く成果もあげていたのである。

 戦争が始まる前、父も母も、嬉しそうによくレンに話していた。
「レンは私たちよりも優秀な召喚士になる」と。
 戦争さえなかったら、親を超えていく誇らしい娘、そんな喜ばしいことのはずだったのに。
 逃亡を決行する前夜に、母が父に縋って泣いていたことも、レンは隠れ見て知っていた。
「私たちだけなら……。でも、あの子が戦争の道具として使い捨てられることだけは、どうしても……」
 厳しい顔をした父の、押し殺した声で泣く母を抱きしめていた手が、いつまでも震えていたことも。
 その光景を見て、レンは何も言わず両親につき従って行こうと決意したのだった。


 だから、人知れず三人でザナルカンドから逃れた。

 しかし、結果は・・・。



 昏睡状態から目覚め、やっと正常な意識を取り戻した時、レンは言葉を失っていた。夢 ―― いや、現実の最後の絶叫。あの時にレンの持てる声をすべて出し尽くしてしまったかのごとく。
 声も出せず、どんよりとした瞳で何を見るでもなく、ベッドの上でただ息をしているだけの日々。どうして両親と一緒に死ねなかったのかという後悔に苛まれ、いっそこれからでも…、と思いつめたことも何度もあった。けれど、どうしてもそれが出来ない自分にも気がついていた。
 二人が命をかけてまで救おうとしてくれた、この身を無駄にすることだけはできない。その思いだけで、レンは生きる気力を繋いでいたのだった。

 寺院に保護された当初は、事情を追求しようとする幾人もの僧侶や召喚士たち、果ては<評議会>関係者までレンを尋ねてきた。しかし、ほとんどの人々はレンの状態を知ると、ただ黙って寺院を後にするしかなかった。食事も満足にできない身体は痩せ細り、まるで骸骨のよう。生気のない濁った瞳はこの世の絶望すべてを映し取っているようで。そんなレンを見ているだけで、誰しもが居た堪れなくなってしまうのだった。

 寺院に住む人々も、はじめの頃はなるべくレンを元気づけてあげようと声をかけたり部屋を訪れたりもしていた。しかしこの時には、レンの召喚士としての力が悪い方向に発揮されてしまっていたのだった。レンの傍にいるだけで、気分が悪くなり、息苦しくなる。中には吐き気やめまいまで訴えるものもいた。
 次第にレンの部屋には人が近寄らなくなっていった。日に数回の食事や用足しに、義務感に支えられた者が訪れるだけ。
 そんな中で、寺院で世話をされている数人の孤児たちだけは、最後までレンの部屋に辛抱強く通っていた。詳しいことは教えられていなくても、おそらくレンに自分たちと共通の悲しい境遇を感じとっていたのだろう。たとえレンに相手にされなくても、自分たちの具合が悪くなろうとも、子供らは毎日レンの部屋へ遊びに行った。だが、体力のない子供は大人よりもまともにレンの負の気を受けてしまう。そうやって通ううちに、何人もの子供たちが病の床に伏せってしまい、ついには寺院の大人たちにレンの部屋への出入りを禁止されてしまったのだった。
 そのことを聞かされても、レンはただ無感動に頷くことしかできない。悪いことをしたと思ってはいても、自分自身こそが、自分でどうすることもできないのだから…。




 ある朝。
 レンは窓から差し込む朝の光で目が覚めた。
 無気力に腕を持ち上げ、ここしばらくの間に痩せ細ってしまったそれを物憂げに眺める。力のない微笑みを浮かべ、腕を元の位置に戻そうとした時だった。僅かに流れた空気の中に、楚々とした香りを感じた。
『?』
 苦労してベッドの上に上体だけ起こし、香りを追って何気なく窓辺の方へと目をやると、ほんの少し開けられた窓際に…。


 小さな、白い花が一輪、置いてあった。


 ただ、それだけのこと。


 けれど。


 涙が。


 …溢れてきた…。


 誰が置いていったのか、レンにはすぐにわかった。
 この部屋へ来ることを禁止されてからというもの、いつも窓の外を通るたびに心配そうに覗いていた、あの子供たち。
 彼らとて、親を戦争で亡くし、寺院に身を寄せているというのに…。
 子供たちが部屋に訪れていた頃、レンに懸命に話しかけてくれても、そのたびに辛そうな微笑みしか返せなかったレン。それでも諦めず、何度も何度も語りかけてくれていた……。

『あんな小さな子たちにさえ、気遣われて…』

 まだ親の温かさに包まれていたい年頃の子供たち。まだ少女とはいえ、もうすぐ14になろうとしているレンよりも、もっともっと幼い…。
 そんな子たちに、励まされるだけの自分。

―― なにやってるんだろ、わたし…

―― せっかく母さんたちが守ってくれた命なのに、ね…


『母さん。いいかな、私、歌っても…』

< レン。歌ってはダメよ。絶対に!>


 レンの声が出ない理由。
 レンの召喚士としての真の力は”歌”で発動するということ。

 召喚士と一口に言っても、その召喚方法は様々である。一般的には祈り子となった召喚獣を各々のやり方で召喚するという方法がよく知られている。けれど、異界送りなどでも分かるように、要するにこのスピラに存在する幻光の力をコントロールすることが、召喚士本来の力なのである。されば、当然、召喚獣を召喚する以外の召喚の方法も存在する。

 レンたちがザナルカンドを旅立つ時に、母がレンにこれだけは、と言って聞かせたことがあった。

 < 万が一、私たちに何かあった時は、いい? レン。絶対に歌ってはダメよ? >
 < あなたの歌の力は素晴らしい。きっとオルドでさえ敵わないほど。 >
 < でも、それが戦争に悪用されたら、いったいどんなことになるか… >
 < 私とオルドさえ傍にいれば、絶対にレンを守ってみせるけれど。>
 < だけど、もしも、もしものことがあったら、もう歌ってはダメよ! 絶対に! >

 それを聞かされた時、そんなことは嫌だと泣いて、両親を困らせた。しかし、それが本当に現実のものになるとは、その時は髪の毛一筋ほども思ってもいなかった。
 だからこそ、重い母の言葉。
 それが、強い暗示となって、無意識にレンの心に根を張っていた。


 両親の死のショックと、母の暗示。この二つが、レンの声に鍵を掛けたのだった。



 けれど、今。

 レンは心の底から”歌いたい”と思った。

 あの優しい、限りなくいとおしい子供たちのために、歌ってあげたいと。


 おそらく花を置いていった子供たちは、レンの気に障るのではないかと、この窓辺の見えるところで心配気に見守っているのだろう。窓の脇の潅木の下に、ちらちらと服の端が覗いているのがベッドの上からも見えている。
 久しぶりの、心からの笑顔を浮かべるレン。
 その蒼褪めた頬に、朝の光を反射してキラキラ光る雫を滴らせたまま。
 だがその表情は、清らかな朝陽に負けないくらいの生気に満ち溢れていた。


 あの子たちに、レンの気持ちを伝えたい。

 ありがとう、と。

 そして、それが一番よく伝わる方法を、レンは知っているのだから。


 ぐいっと、まだ熱いまぶたを手の甲でぬぐい、レンはゆっくりとベッドから降りる。おぼつかない足取りでよろめきながらも窓辺へと向かう。そして、この寺院に来てから初めての、明るい光の宿る瞳で窓の外を見た。
 そこには思ったとおり、庭の木陰からこちらをひょこひょこと背伸びしいしい眺めている子供が二人。
 レンの唇が久方ぶりの弧を描き、白い歯を覗かせる。
 窓際へと近づくレンの胸の奥に、次第に温かい空間が生まれ始めていた。


―― 母さん、私、歌うよ。

 窓の桟に手をかける。

―― 大丈夫。私の道は、私がちゃんと決めてみせるから。

 大きく両手で窓を開いて。

―― 父さんと一緒に、見守っていて、ね?

 すぅっと大きく息を吸って。

―― 父さんと母さんにも、この歌が届きますように…


 爽やかな光と風が、合図とばかりに、レンの頬と髪をそっと撫でていく。




  レンは……歌いはじめた。





 そして、レンは今も歌っている。
 夜空で見守る両親へ届けとばかりに。
 大好きなザナルカンドの人々のために。

 なにより、愛してやまない、このスピラのために。






     − 第五話 END −





○あとがき○

今回の裏話は。

えーと、今作は「彼の軌跡2」の時と同じくらい、力が入ってしまいました。
ですから、やっぱり6000くらい文字数いっちゃってます。
まあ、彼の時と同じく、彼女の過去の山場みたいなもんですから、仕方ないんでしょう、きっと。(自己完結)

今回、恥ずかしながら、自分で書いてて何度も涙ぐみそうになりました・・・。(恥)
あうう、健気だ、レン。
同じように涙ぐんでくださる方、いるかなぁ。いないかなぁ。(不安)

やー、しかし、まいりました。何がって、まさかレンの両親の恋愛物語まで書くことになろうとは…。(って、自分で書いてるですが(汗))
レンの生い立ちを書いてるうちに、どうしても必要に思えてきてしまったんですね〜。
レンの芯の強さのルーツにもなる訳ですから。(芯の強い女性だと、勝手に思い込んでいる)
深く結びついた両親の大きな愛に守られてきた娘だからこそ、・・・・・・。
おっと、ここからはこれから先の話の展開にも関わってくることだから、内緒内緒っと。(笑)

しかし、やはり基本設定って大事ですね。
書き始める前に、かなり細かく設定を練っていたからこそ、登場人物たちが動いてくれること動いてくれること!(感嘆)
ですから、かなり重い内容なのにも関わらず、比較的早く筆が進んでくれるんだと思います。
さあ、彼女の道のりもあと1話。
頑張るぞ!

…終わりです。

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