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〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第二十五話・最後の抱擁3





 ヴェグナガンが胴鳴りがごとく震顫(しんせん)している。

 操作する者もいないというのに、白い気焔が上がる。

 使命を果たしたベベル兵士たちが、仕留めた獲物を確かめるために近づいて来る。

 ヴェグナガンは、目の前で起こった出来事を薄ら笑い、冷徹に見下ろしているようでもあった。

 まるで地鳴りのように、地下層全体を小刻みに震動させながら…。


 今、ヴェグナガンは半身を手に入れた。
 実体としては叶わなかったが、精神体として手に入れた。
 ほんの少し前まで同調していたシューインの霊魂は、絶命と同時にヴェグナガンに吸収されたのだった。
 その強く希求する意志によって…。
 彼自身は、レンとともに寄り添い逝くことを望んでいたとしても。
 自ら己の身体から離れる前に、強制的に。


 ヴェグナガンは歓喜していた。
 手に入れた半身で、やっと解放されるはずだったから。
 適当な身体を使い、半身にて操り、今度こそ本当に起動できるはずだったから。


 しかし、ここで大きな誤算が生じる。

 ヴェグナガンが解放されることは叶わなかった。

 最終兵器たる己をも遥かに凌駕する、巨大な意志、敵意を感じ取ってしまったのだ。

 強い意志にまとめられた、膨大な意識たる存在を……。


 鋭敏な感覚を備えてしまっているヴェグナガンは、正確にその本質を捉えられた。
 今、急速に接近してきているそれには、とても敵うはずがない、と。
 その存在の前では、己の存続さえも危うい、と。
 それから逃れるためには、せっかく手に入れた半身も、己の意志でさえ深く封じ込めるしかないのだ、と。

 優柔不断な人間と違い、正確無比な判断と行動の可能なヴェグナガンは、己の保身のために、一瞬の間にすべてを放棄した。
 今しばらくは、それの時代が続くのだろう。
 ならば、しばし時期を待たねばならない…。
 そして、長き眠りへとつく。

 人の世に比ぶれば、長い、しかし眠れる身にとっては瞬きほどにしか感じられない、時の彼方へと。



 本来ならば、レンとともに逝くはずだった憐れなシューインは、死して後もなお運命に弄ばれる。
 強引に引き剥がされた魂は、自覚する間もなくヴェグナガンによって吸収されてしまった。
 そればかりか、吸収された途端、ヴェグナガンの意志の封鎖とともに切って捨てられ、更にはシューインの魂からヴェグナガンの存在を悟られることのないようにと、今度は地下深く放り出された。
 地上へと出ることのないよう、深く、深く……。
 行き場のなくなった彷徨える魂は、強制的に地脈の流れに乗せられ、長い時をかけて、それら彷徨う魂=幻光たちの吹き溜まりへと辿り着くことだろう。

 そして、絶望の果てに辿り着いた時……。

 最も愛し守りたかったものを守れなかったという思いが。

 最後の最後まで、ただ翻弄されることしかできなかったという思いが。

 シューインの業を果てし無く貶めていく……。


 悲しい運命の連鎖が始まる。




 その頃。
 既にベベルはほぼ壊滅状態にあった。
 人々の想像を絶する巨大な物体に蹂躙されて。
 化け物、としか形容の言葉が浮かばないほどの未知のモノ。
 それの身震い一つで、ベベル廊は崩壊した。
 そして、ベベルの市街地も一瞬のうちに……。

 混乱を極めていたベベルの人々も、この常識を逸した存在の前にはまったく無力だった。
 逃げることも適わないほどのスピードで襲い来たのだから。
 化け物は、砂山を押しつぶすように、数瞬で、いとも簡単に一つの都市を破壊したのだった。

 ヴェグナガンが感じ取ったのは、紛れもなくこの化け物の存在だった。
 現時点で相対していれば、不完全な起動状態のヴェグナガンではとてもこの物体に抗せるものではなかった。
 今はまだ、逃走して、時期を待つ。
 己と取りこんだ意識を手放しさえすれば、それはただの一機の機械に過ぎない。
 生けるものを対象として強い敵意を放っているその物体は、単なる機械にならば害を為さないだろう。
 この点にのみ言及すれば、ヴェグナガンの対処は確かに最善のものだったのである。



 当座の目的地・ベベルを崩壊させて、その巨躯は一旦落ち着いたかに見えた。
 が、しばらく逡巡した後、それは三度(みたび)方向を変え進撃を始めたのだった。
 その進路の先には、キリアがあった。ビザントがあった。その他の都市国家たちがあった。
 ザナルカンドやベベルほどではないにしろ、各地方一を誇っていたそれら近代都市は、先の二大都市と違って、その化け物の情報は与えられていた。二つの都市が攻め滅ぼされている間に伝えられた通信によって。当然のごとく必死で抵抗を試みた。
 しかし、襲われる前にそれなりの準備をしていたにも関わらず、前代未聞の化け物は加えられる攻撃をことごとく吸収してしまい、歯が立たないどころか火に油を注ぐようなものだった。
 いくら取りこんでもまだ足りないと言わんばかりに、それは人を始めとする生体オーラも物質エネルギーも、すべてを破壊しつつ己の糧として吸収していったのだった。

 スピラ全土がそれの獲物だった。

 破壊し、肥大し続けて、ついにスピラには都市と呼べる街はなくなってしまった……。

 それが現れてから、ほんの数日の間に。



 そんな頃、その化け物の最初の洗礼を受けたザナルカンドの一角で、一つの影が動いた。
 正確には、一組の…。

 じっと黙して時期を見計らっていたユウナレスカが、ようやく口を開いた。
「ゼイオン…」
 常に傍らに寄り添う彼女の夫が応える。
「…来たか。ついにその時が…」
 躊躇いも戸惑いもない、静かな声だった。
「はい」
 返事とともに、ユウナレスカは改めてゼイオンへと向き直る。
 そっと逞しい胸にしばしもたれてから、ふんぎりをつけたように顔を上げて語り出した。

「やっと時期がまいりました。
 私はずっと、この後、私たちがどうすればいいのか、考えていました。
 あのモノの目を借りて、スピラの各地へと気を飛ばし。
 そして、わかったのです。
 やはりお父様の究極召喚は、あのままでは完成ではない。
 あのまま放っておけば、いずれスピラとともに消え去ってしまう…」

 ユウナレスカの語る内容に、ゼイオンは意外そうな顏をして訊ねた。
「何故、そう言いきれる? そなたから伝わってきた情景からすると、あれはその力をかなり増大させているようだが?」
 こくりと頷く彼の妻。
「そうです。だからこそなのです。
 このままなら、そう遠くない未来に、
 あれはスピラのすべての生きとし生けるものをその身に取り込んでしまうでしょう。
 ですが、そうなってしまえば、今度は
 あれほどの存在を維持するためのオーラが得られなくなってしまいます。
 あそこまで肥大してしまえば、それを維持するために相当のオーラやエネルギーが必要となります。
 わずかばかりの草木や微小な動物たちの生体オーラだけでは焼石に水でしょう。
 ですから、スピラから人を無くすわけにはいかないのです。
 人間ほど、しぶとく、繁殖力も強い生き物はいませんから。
 そしてそれの持つ生体オーラも…」
「では、どうすればいいと…?」
「お父様もそれはお分かりだったはず。
 けれど、あらゆる可能性の中で、どうやらお父様が一番危惧していたことになってしまったようです」
「……それは?」
「お父様が究極召喚によって姿を変えられたことはお分かりですね?
 つまり、人にあらざるモノになられたということです。
 時空の狭間にてザナルカンドを召喚し続けるなど、人の身で適うはずもない。
 ですから、それもお父様の予定の一部だったのでしょう。
 けれど、人でなくなってしまえば、人としての意識もまた……」
「…………」
「だからこそ、私たちに後のことを託されたのです。ゼイオン」
 この上なく重大な我が妻の発言にゼイオンも表情を硬くする。
「では、どうすればいいと…」
「人としての意識がなくなっても、お父様は未来永劫、ザナルカンドを召喚していくことでしょう。
 それだけは疑いようがありません。
 その意識だけは衰えることなく、今もはっきりと感じ取ることができます。
 しかし、それには常に供給されるべきオーラが必要なのです。
 何もないところからは、何も生み出すことはできません。
 だから、人を殲滅するわけにはいかない…」
 憂いを帯びた眼差しで、ゼイオンは静かに美しい妻を見つめる。
「今のように、ザナルカンドを召喚しつつ、オーラを摂取し増大し続けていては、
 いずれは共倒れになってしまうのは必至です。
 あれほどまでに肥大していれば、ここしばらくは何の供給も必要ないでしょう。
 お父様にはザナルカンドを召喚するという、その役目だけに専念してもらわねばなりません。
 夢のザナルカンドの基礎を作り上げるには、いくらお父様といえ時間がかかるはずですから。
 ……そう、『核』となって。
 ですから、ある程度の人々を残し、生を繋げてもらいましょう。
 必要な時に差し出してもらうために。
 そのためには、その『核』の、夢のザナルカンドの守り手が必要となるのです。
 外殻としてそれらを守り、時にはオーラやエネルギーを搾取して供給するための、殻が…」
「………なるほど。では私が、そなたの究極召喚でその外殻になれば良いのだな」
「ゼイオン……」
 今の今まで淡々と語ってきたユウナレスカが、初めて辛そうな表情を見せた。
「それこそ、我が本望。もとよりザナルカンドを護るために生き長らえたこの身だ。その役目、喜んで果たさせてもらおう」
「けれど…っ」
 悲痛な声で、更なる驚愕の事実を告げるユウナレスカ。
「お父様の様子を見ていればわかります。
 あのお父様でさえ、あれほど肥大してしまった故に、既に人としての心が消えかかっています。
 きっと、あなたもそれほど長くは人としての意識を保ってはいられない……。
 あの巨大で濃密な存在を身の内に置くには、同じように心まで異形のものに……」
「そんなことは、とうに覚悟済みだ、ユウナレスカ」
「ゼ、イオン…」
 潤む双眸で見上げられる。
「そなたに心惹かれし時より、いかなことがあろうとも、そなたの望みを叶えることが私の唯一の望みとなったのだ」
 一筋の雫が柔らかき頬を伝う。
「私も……全身全霊で役目を果たしましょう。
 おそらく私はお父様と違い、究極召喚を行なえば、この身体は消えてしまうことでしょう。
 もとより、私ごときの力では、核には為り得ないのですから。
 ならば、私は消えた後、敢えて死人(しびと)となり、人々の偽りの道標べとなりましょう」
 この言葉には、ゼイオンは思わず眉を顰める。
「しかし、それではそなたが一番辛く苦しい役目となってしまう」
「いいえ、いいのです。私たちのやろうとしていることは、それだけ罪深いものなのですから」
 どれほどの時が経とうとも、真実を覆い隠し、虚偽の宣託で人々を導く。
―― 愛するザナルカンドのために
 ゼイオンは妻の覚悟のほどを垣間見た。
「ならば、私がこれ以上言うべきことはない」

 そして、互いにこれが最後と知りつつ、 (いだ)き合う。
 固く、想いを込めて。

「これからお父様の僅かに残った意識に呼びかけ、このザナルカンドに戻ってきてもらいます。そして、その時こそ…」
「わかっている。そなたの究極召喚で人ならざるものに姿を変えしのち、あの存在をこの身に取りこめば良いのだな?」
「…………はい」
 熱き抱擁には似つかわしくない会話でも、お互いの声音には愛する者への想いが溢れていた。

「愛しています、ゼイオン。永遠に」

「愛している、ユウナレスカ。我がすべてをかけて」

 最後にもう一度きつく抱きしめ合い、ユウナレスカの涙でくれるくちづけを交わす二人。





 そして、しばらく後。

 エボンドームへと帰りし化け物の前に、ユウナレスカの究極召喚にて自らドームを破って、巨大な一個の戦神と化したゼイオンが姿を現した。
 もしもその情景を見るものがいたなら、これほど異様なことはなかっただろう。
 対峙する二対の巨体。
 だが一方は、片方の数十倍もの大きさだったのだから。
 その大きさは、上は空高く雲を突き抜け、横はかつてのザナルカンドからガガゼトまでも届かんとするほどに。そしてその姿は、筆舌に尽くし難いほどの醜悪さだった。この世のありとあらゆる苦しみを凝縮したかのごとく…。皮膚とも見える表面には、延々と連なる苦渋の表情が浮かび出ているようで…。
 その、想像を絶する化け物の方が自らの身体を、変化した当初のように半実体化し始めた。
 もう片方に吸収されるのを待っているかのように…。

 ゼイオンは、まだ鮮明に残っている人としての意識で、かつての義父に意志を伝える。
―― どうか、私の中へ
 が、化け物からは明確な意志は伝わってこなかった。
 しかし、明らかに同調する気配が漂う。
 ゼイオンは意識の中で、寂寥の笑みを浮かべた……。

 突然、竜巻が巻き起こった。
 いや、ゼイオンがその大きな口を開け、目の前の巨躯を吸い込み始めたのだった。
 己よりも遥かに巨大に膨れ上がった存在を。
 それは、ユウナレスカの呼びかけに応えたエボンの残された意識が、その全部を注ぎ込んで、肥大した己が存在を制御した故の出来事だった。
 巨大な透明物質と化したモノは、新たな棲家として、もう一つの巨体の口へと吸い込まれていく…。

 非現実的な出来事が、非現実的なほどの速さで、終わった。

 ユウナレスカの究極召喚獣ゼイオンが、エボンの核を呑みこんで、二つの存在が完全に一体化した瞬間だった。

 最大の役目を終えた究極召喚獣は、折りしも昇ってきた太陽の光を受けて、雄々しく銀色に光り輝いていた。



 究極召喚の行使により、その全存在を昇華し尽くしたユウナレスカは精神体と為りはててはいたが、今はまだ微かに残る蓄積されたオーラの力を借りて、エボンドーム内にてまどろむ。



  これが究極召喚。
  これでようやく完成しました……。
  お父様。
  ゼイオン。

  しばらくすれば、ゼイオン、あなたも人としての意識が薄れていくことでしょう。
  そうすれば、また此度のように人間たちを殲滅させようとするやもしれない……。
  いいえ、きっとそうなってしまう…。
  ですから、また新たに第二・第三のゼイオンを創り出さなければなりません。

  人は希望なくしては生きていけぬもの。
  絶望だけでは、その生命力も衰えるやもしれません。
  ならば、一時の希望を与えてやりましょう。
  究極召喚を行なえば、たとえ一時でも殺戮は止むのだと…。
  それが、本当は私たちを…夢のザナルカンドを存続させるためにあるのだとしても。
  そうです、それを人々の『希望』という偽りにすり替えて。

  これからあなたたちを『シン』と呼びましょう。
  スピラの真実。
  スピラの真理。
  すべてをその身に隠し、これからのスピラの”真”の支配者として……



 これより、エボンは『シン』という守護神に護られ、安寧のうちにザナルカンドを召喚し続ける……。


 そして、ユウナレスカが放った人々への呼びかけに誘われて、ベベルの生き残りがエボンドームの残骸へと訪ね来た時に、彼女は死人として目覚める………。

 人々に『シン』という支配者の存在を植えつけるために。

 人々に希望としての究極召喚を伝えるために。

 人々に……長き螺旋の始まりを告げるために……。









 <スピラ>


 穏やかな時は、もはや夢。

 自然と生き物のバランスは狂い、彷徨える幻光虫が入り乱れる。

 人々はその僅かな希望を繋いでは打ち砕かれる。

 翻弄される生命、弄ばれる運命。

 人にとって、平和だった世界は、もう…無い。

 死と絶望と、悲しみの螺旋が支配する世界。


 ここは、『シン』という、人の造り出した恐怖に支配される ――― スピラ。







     − 第二十五話 END −













――― 1000の時が過ぎ行き、金の髪の少年が現れるまで 






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