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〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第二十二話・究極召喚3





 慌しく兵や僧たちが行き来するベベル廊において、現在一番苛立っているのは、一段高く設置してある煌びやかな御坐の前をウロウロと歩き回っているゲルナ大僧正だっただろう。
 正直、ゲルナは戸惑っていた。
 それは二通のスフィア通信からもたらされた。
 一通は海路へと侵攻方法を変えた我がベベル軍から。
 そしてもう一通は………その侵攻先であるザナルカンドからの使者からであると言う。

 軍からの連絡は、半ばゲルナの期待通りの内容だった。進路を海路に変更したからだろう、又は、先に送ったスフィア通信が功を奏したのか、ほとんど何の抵抗も受けずザナルカンドへと侵入できたとのことだった。しかし、報告の残り半分がゲルナには解せない。
「ザナルカンドがもぬけの空だと?!」
 これはいったい何を意味しているのか…。
 ゲルナでなくとも不審感を募らせるのは当然というものだろう。

 そして、軍からの通信の直後に入ってきた、もう一つの通信。
 ザナルナカンドからの使者と名乗るそれは、その意図を推し量るにはあまりにも短過ぎる内容だった。
『私はザナルカンドから、使者として飛空艇でそちらに向かっています。戦う意志はありません。入廊を許可してください』
 通信兵に調べさせたところ、確かに小型の飛空艇がベベルへと向かってきているらしい。しかも、たった一機とのことだった。
 小型飛空艇一機程度ならば、密かに侵入することも充分可能なはずだ。けしからぬことではあるが、事実として過去の記録が残ってもいる。それをわざわざ通信をいれてきたという行動が、今一つゲルナには理解できない。
 現在、我がベベル軍が既にザナルカンドへと到達し、臨戦状態もしくは戦闘真っ最中だということを知っているのか否か。それさえもわからない。
 相手の意図するところがわからない限り、迎えいれるしかないのだろう。たとえ罠を仕掛けるつもりでも、多勢に無勢である。だが、それは考えにくいことだった。ここはその使者にとって敵の本拠地なのだから。むしろ、こちらを混乱させるための何らかの情報を……情報という爆弾を投じるために来た、と考える方が妥当だろう。どんな情報を持ってやってきたのか、危険と承知でそれを知ることが今は必要だと、ベベルの指導者たる大僧正には思えた。先の、軍からの通信の後だけに。

「まったく、ザナルカンドの奴らの考えることは理解不能です。しかし…」
 敵の出方を知らなければ、対策のたてようがない。
 舌打ちしたくなるのを今一歩のところで堪えて、受け入れる旨の返信を指示するゲルナだった。



 受け入れの返信を受け取ったレンは、再度、自分自身を戒める。
「いよいよだよ、レン。ここからが正念場。しっかりね」
 声を出して言ったのは、己を鼓舞するため。
 いくらシューインのためとはいえ、ザンギンに託されたとはいえ、これまでこんな ―― いわば政治的な ―― 駆け引きとは無縁だったレンである。不安で押しつぶされそうになっていても無理はない。
「シューイン…きっと逢えるよね」
 呪文のように繰り返すのは、ただ一つだけのレンの真実。
 そのために、彼女はここにいる。
 強い決意の光を宿し、レンは目前に迫ったベベル廊を飛空艇の窓越しに見つめていた。



 シューインは走る。
 かつて一度通ったから、道筋はわかっている。
 先ほど上層階へ上がっていった兵士たちが言ってた緊急召集ならば、この警戒厳重な下層階も、今だけは警護が手薄になっているはずだ。だが、警戒は怠らない。いくら緊急召集とはいえ、おそらく最下層のアレの回りだけは警備兵が残っているだろう。そこまで甘く考えてはいない。さすがに、つい先ほどまで自分の甘さのために捕らえられ拘束されていたシューインだったから。
 けれど、千歳一遇のチャンスであることは間違いない。
 逸る気持ちを抑えつつ、彼は慎重に階下へと急ぐのだった。





「あれは何だ?!」
 その物体に最初に気づいたのは、ザナルカンドの街を探索していた一兵士だった。
 すぐに他の兵士たちも、その声を発した兵士が見ている方向へと目をやる。
「!? なっなんだ、あれはいったい…!」

 かなり距離はあるとはいえ、地理的にザナルカンドの隣に位置するガガゼト山。
 ロンゾ族の聖地として崇められている御山に、唐突にその異変は起こっていた。
 唐突というのは、語弊があるかもしれない。
 つい先ほどまでガガゼトは深い霧に包まれ、その威光溢れる全容を覆い隠されていたからである。
 その霧が一瞬にして消え去り、視界を遮るものがなくなった。
 と同時に。
 霧の代わりに、ガガゼトの御岳をすっぽりと隠し果せるモノが出現していたのである。

 その物体の全貌は一言では言い表せない。
 ある者は、巨大なアメーバのようだと口にした。
 またある者は、硬質な雪の塊に見えた。
 固い甲羅に覆われた亀にも似た姿だと言う者もいた。
 草木の生えた蠢く岩山のようだったり、大小様々な羽虫の集合体だったり、と。
 しかし、ほとんどの者たちには、未知の物へ己の恐怖心から醜悪なモンスターの姿に見えていた。
 事実、それは光の角度により、そして時の経過により、刻一刻と姿を変えていった。

 安定していない、非現実的なほど巨大過ぎる化け物。

 あたりを取り巻く風が舞う。

 北の大地の砂塵が吹き荒れる。

 点在する大小の森さえも、容赦なく薙ぎ倒される。

 まるで、何かに呼応するかのように、あれほど澄んでいた青空も、一転、暗く掻き曇る。

 どういう形容が一番、その物体を言い表わすのに適切だっただろう。
 人それぞれ、己が畏怖・脅威・驚愕・不安・不信、そういった負の感覚を具現化したモノとして、それは小さき人間たちの目に映っていたのだった。

 そしてソレは………なんと、ガガゼト山頂あたりに出現してから、確実にザナルカンドへと向かって来ているのだ。

 そんなモノに対抗しようなどと思えるものではない。
 自分の最も恐れるモノがそこにいるのである。
 我を目指して襲ってくるのである。
 抗うことなど即座に頭の中から飛び去り、その化け物を見た者から伝染病のように恐慌状態に陥り、それは水の波紋より早い勢いでベベル兵たちに広まっていった。

「う、わぁぁぁぁっ!」
「化け物だぁっ!」
「にっ逃げろぉっ!!」

 中空に浮いているのか、それとも地を這ってきているのか、それさえも見極められないほどのスピードで迫ってくる。
 見たこともないほどの恐怖そのもの、感じたこともないほどの威圧感。
 パニックになるな、と言う方が無理というものだ。

 けれど、さすがにベベル軍最高司令官だけは一抹の理性を残していた。
「つ、通信兵! すみやかにベベルへと、こっこの事態を報告せよっ!」
 市内に散っていた一般兵士と違い、艦隊の旗艦近くにいたため、とりあえずの逃げ場があったからだろう。同じように旗艦へと逃げこむ兵士たちの中には、パニックのあまり途中で海へと落ちていく者たちも後を断たなかった。
 旗艦内につめていた通信兵は、直でソレを見てはいなかったものの、外の様子を伝えるモニター越しにさえ圧倒され、司令官に激しく叱咤されるまで、まるで痴呆のように呆けていた。
 そこへ再び司令官の命令が飛ぶ。
「いっ急いでここを離れるのだっ! あの化け物に追いつかれる前にっ!」
 絶叫に近い命令は、操舵兵により、即刻、実行に移された。
 まだ乗り込んでいない兵士たちのことまで慮る余裕など、ない。
 とにかくあの恐ろしいモノから一刻も早く遠ざかる、それしか脳裏に浮かばない。
 ベベル艦隊は、指揮系統も統一できないまま、一隻二隻と離岸し始める。
 まだ乗船途中の兵士たちを海へとばら撒きながら。
 岸に取り残された兵士たちが、迫り来る恐怖に堪えきれず、次々に重い戦闘装備のまま海へと飛びこんだ事実も知らず…。

 逃げ惑うベベル兵士たちをよそに、いよいよその化け物はザナルカンドへと到達した。

 現実問題として、あり得ないほどの速さだった。


 そして ―――― 破壊が始まる。


 元はザナルカンドの住民たちだった ―― エボンによって祈り子とされた ―― ソレは、エボンの意思と同調して、ベベルに蹂躙されるくらいなら我が手で愛するザナルカンドをこの地上から消し去る道を選んだ。

 実体も定かではない巨躯に、踏み潰され倒壊していく建物の群れ。

 夢想の存在と化したザナルカンドが、現実のザナルカンドを呑み込んでいく…。

 ほとんどの形ある物は崩れ落ちるだけだったが、ある種の力を持つ物、生けるエネルギーを有する物や寺院のように思念を蓄えた場を持つ建造物 ―― ザナルカンド・ベベルの区別なく ―― は、吸収され同化させられていった。

 ただ一箇所、エボンドームだけを除いて。

 エボンドームの地下深く、その物体が現れたと時を同じくして目覚めていたユウナレスカが、目覚めたままの寝台の上、精神集中のため目を閉じて座していた。
 すぐ傍に寄り添い彼女の肩に手をかけているゼイオンへと、囁きかける。

「いよいよ始まってしまいました…」
「…………」
「ゼイオン、見えていますか?」
「……見えている。…壮絶だな」
 ありのまま感想を述べる素直な彼の言葉に、ユウナレスカの頬が僅かに緩む。
 そこには、長きに渡り相争ってきたベベルに対しての、嘲りも、また情けもない。
 どのようなことがあろうとも動じずに、事象を事象として捉えられる頼もしき夫。
 ユウナレスカは、今、ドーム内に居ながら外の様子を見ることができた。それはひとえにエボンドームに蓄えられた召喚士たちの力と、たった今ザナルカンドを縦横無尽に暴れまくっている物体と感応しているからだった。姿を変えてさえエボンの放つ気は、ユウナレスカと同調するは容易い。
 ユウナレスカには、その物体は巨大な幻光虫のごとく感じていた。
 エボンによって変化させられ、未だ己の在るべきところを見つけられずに戸惑っている、かつてのザナルカンドの住民たちの為れの果て。いや、その言い様では語弊があろう。
 新しき存在、と言いかえるべきだろうか…。
 一個体が、集合体へと、そしてそれ自体が一つの存在へと。
 そしてそれは、ゼイオンにも同じように見えていた。

「これは、私たちが望んだことなのです。……けれど」
「けれど?」
「……やはり、お父様が心配されていたとおり、究極召喚はまだ完成とは言えないようです」
「それは?」
 そこで、ユウナレスカは閉じていた瞳を開く。そして、我が夫へと振りかえり、にっこりと微笑んだ。
「今はまだ……。もうしばらく様子を見ましょう」
「………」
「もう少し、時が満ちるのを待つのです。そしてその時こそ、私たちの……」
 あまりにも儚げな妻の表情を、ゼイオンは慈しみの眼差しで見つめながら、大きく頷いていた。


 時間にすれば、どれくらいだっただろうか。
 既にザナルカンドは見る影もなく破壊し尽くされていた。
 スピラ一と謳われたかつての街の姿は、無残なほどに跡形もなかった。
 質量というものがあるのかも定かではない、不定形な物体は次の獲物を探すかのようにしばらく漂っていた。

 遥か海上彼方に、必死で逃走するいくつかの船影が見える。

 まだ名を持たぬ物体は、もしも見るという行為ができたとしたら、その船影を見定めているようだった。
 おもむろに、それまでの緩慢な動きに方向性が現れる。
 獲物を見つけた獰猛な獣のように、巨躯が海へと進路を取った。
 海中へ入ると同時に、新しき環境に適応しようと外殻部分の生成質が変わっていく。
 水の中を素早く移動できる形態に。

 言わずもがなの次の目的地、ベベルへと……。



  『タリナイ…マダ、タリナイ……』





 ベベル廊は騒然としていた。
 ザナルカンドからの使者という飛空艇を招き入れた直後に、軍から信じられないようなスフィア通信が入ったのである。
『正体不明の巨大な物体が出現す。我が軍は壊滅状態にアリ。至急、帰還セリ』
 混乱が今にも伝わってくるような通信文だった。
 速度を優先しているがために、音声のみで映像がないことがいかにも悔やまれる。
「あれだけの艦隊が壊滅だとっ!」
 ゲルナ大僧正が、盛大に唾を飛ばしなら怒鳴る。
 信じられないことだった。
 ザナルカンドと交戦中というのならまだしも、正体不明の物体や壊滅などと、すぐに信じろという方が無理というものである。
 しかし、その通信文を肯定するかのように、幾度となく入ってくるその後の通信は混乱の極みなのか、ひどい雑音とともに単語の羅列といった様相で、まったく意味を成さない。最初の通信のみが、まともに送られてきた最後の通信文と言えた。
 そしてそのうち、プッツリと通信が途絶えた。

 それが意味することとは………。

 ザナルカンドに到達したという通信を受け取ってから、まだほんの数時間しか経っていない。後から入ってきた恐慌状態の通信の中に、「追ってくる」「助けて」などの単語だけは聞き取れた。そして最も多かった単語は………「化け物」。
 それらを事実として繋ぎ合わせて想像できることに、ゲルナだけでなくその場に居合せた者たちは震撼した。
「げ、迎撃体制をっ! 今すぐ第一級警戒体制をっ!」
 うろたえて命令を発したその直後、はた、とゲルナはザナルカンドからの使者のことに思い至った。
「そ、そう、そうです。使者です。そやつをここへっ!」
 クルクルと変わる指令にあたふたと慌てふためきながら、兵士たちが飛んでいく。
「こんな訳の分からない状況に使者としてくるからには、きっと何か事情を知っているはず。いいえ、万が一知らなくても少しでも手がかりとなる情報を引き出さなければ」
 ぶつぶつと自分の呟きが声として出ていることにも気づかずに、ゲルナはうろつき回っていた。

 レンがまるで引き立てられるように、兵士に連れられてやってきた。
 だが、レンは使者として受けべからざる待遇をされていても、不満に思うことはなかった。彼らのただごとではない様子から、とうとうエボンの究極召喚が始まったことを知ったからである。
―― そう、とうとうエボン様が…。……マリサ、……ザンギン議長…。
 胸を過ぎる痛みに、一瞬、目を閉じると、親しかった人たちの面影が浮かんでは消えていった。
 ふいに立ち止まったレンを、不審な顏をした付き添いの兵士が銃で背中を押して追いたてる。押されて二・三歩前につんのめったレンだったが、キッと顏を上げて、しっかりとした足取りで再び歩き出した。
 そこらの僧や兵士たちより、一際派手な僧服を着た小太りの男の前に立たされる。他の者たち同様、そわそわと落ちつかない様子のその男は、ゲルナ大僧正と名乗った。
「そなたは、何のためにここに来たのか? いや、それよりも、今ザナルカンドでは何が起こっているのか?」
 使者との対峙では欠かすべきでない挨拶までもすっ飛ばし、いきなり早口の質問攻めである。
 それだけ、事態は逼迫しているのだろう。
 相手が焦れば焦るほど、その性急さとは逆にレンは落ち着いていった。

「私がここへ来たのは、まさにそのことを伝えるためです」

 場の空気が、止まった。

 シンと静まりかえり、誰も身動き一つ、息をつぐことさえできないでいる。

 皆がレンの次の言葉を待っていた。


「ザナルカンドは、エボン様による究極召喚の道を選択しました」






     − 第二十二話 END −





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