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〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第二十一話・究極召喚2





 ザナルカンドにいる人々すべてに最終宣告を言い渡した時、エボンはザナルカンドにはいなかった。一足先にガガゼトへと入り、究極召喚を開始していたのである。



「いよいよ、始まったか…」
 ロンゾの長、バジラ・ロンゾはガガゼト山頂に向けていた思慮深き双眸を細めて、一人ごちていた。
 バジラの周りには一族のほとんどが集まってきていて、御山から吹き降りてくる冷風に獣人族特有の全身を覆う剛毛をなびかせながら同じように立ちつくしていた。
 常に極寒の吹雪に晒されている山中とは違い、彼らが暮らす山道入り口あたりはまだ緩やかな気候の方だった。さすがに雪は年中降っているが、一歩岩山の中に立ち入ればほのかな暖さえ得られる。
 ベベルとザナルカンドの開戦と同時に中立を宣言していたロンゾ族だったが、世間一般の思惑ではベベル寄りと思われていた。ガガゼト信仰を絶対無二の柱としているロンゾなのだから、信仰重視という点だけで見ればそれも当然だろう。
 だが、実際はまったく逆だったのである。

 自然崇拝が浸透しているスピラでは、ガガゼト山麓に居を構えるロンゾ族も始めは御山への土着信仰としての様相しかなかった。ガガゼトの持つ霊力の高さを証明し、保護し、霊峰としての地位確立に尽力してくれたのは、他ならぬザナルカンドだったのだ。
 隣接した都市国家ということもあったが、なにより霊力・魔力の高いザナルカンドの召喚士たちが、ガガゼトの希少さや重要性をことあるごとに証明してくれたからであった。その極めつけはエボンである。
 稀代の召喚士との呼び声も高いエボンが、
「ガガゼトはスピラに並ぶもの無き、霊力の源なり」と手放しに称えてからは、スピラにおいてのその位置付けが確固たるものとなった。
 もちろん、ザナルカンドの召喚士たちもその霊力に多いにあやかっていたし、エボンにもそれなりの思うところがあったのだろう。もしかしたら、既にその頃には最後の選択 ―― すなわち究極召喚 ―― の可能性を考慮にいれていたのかもしれない。エボンならば有り得ることである。
 が、ロンゾ族にとっては、彼らにこの上も無い恩恵を蒙ったことになるのだ。
 ロンゾは受けた恩を忘れない。
 一族の立場的には中立となってはいたが、その心情は常にザナルカンドを擁護していた。表立っては動けないけれども、事があれば御山を侵さない範囲でザナルカンドへの助力を惜しまないと豪語している若衆もいた。
 しかし、バジラは血気盛んなロンゾの若者たちを厳として押し留めた。何故なら、中立を宣言したのも、元はと言えば、エボンからそうするよう勧められたからでもあったからだ。ロンゾ族の情に厚く真っ正直な気質を知り尽くしていたエボンは、まだ開戦前、ベベルとザナルカンドの雲行きが怪しくなってきた頃バジラに語った。
「いかなる結果になろうとも、この霊峰を守って欲しい。それが、ひいてはザナルカンドのためにもなる」のだと。
 ガガゼト守護を第一とするロンゾの長たるバジラに、是非があるはずもない。
 彼は、誠実にその約束を果たさんとしていた。

 そして、今、そのエボンがガガゼトに入った。
 彼からは「ガガゼトの霊力の一部をお借りする」との、簡単な報告しか受けていない。よほど重大な切羽詰った状態だったのか、あれほどの用意周到な人物らしからぬ行動だった。
 本来なら御山から排除すべきなのだろう。たったそれだけの説明では、ロンゾの長として決して納得できることではなかったから。
 いくらエボンといえども。
 滅亡間近いザナルカンドの民といえども。

 しかし、それが出来るロンゾは、ただの一人も居はしない・・・。

 バジラを始めとするすべてのロンゾ族は、ただ黙って御山を見守っているしかなかった。





 ロンゾの住まう山麓から登ると凄まじい吹雪の洗礼を受けなければならないが、ザナルカンド側から入山するなら比較的安定していて、ガガゼトの違った一面を見ることができる。
 切り立った崖や草木の生えていない岩肌は、人どころか生き物さえも寄せ付けようとしない荘厳さに満ちている。
 そんな山道を、ザナルカンドの民たちは延々と列を成して登っていった。
 登り始めた頃は視界も良く、遥かガガゼトの頂き近くまで見通せていたのだが、山道も中腹あたりまでくると、次第に濃い霧のようなものに覆われ始めていた。
 反対側と違い、いつも晴れ渡っているはずのザナルカンド側山腹にしては、それは奇異なことだった。しかも、ガガゼト本山に入ると霧はなお一層濃くなり、前後の人の影さえ見えないほどだった。
 しかし、誰もそれを気に留める者はいない。
 足元も見えないほどだというのに、まるっきり危ぶむ気配もない。
 いや、それどころか、まるで何かに操られているかのように、だんだんと無表情になっていく……。
 ただひたすら、目的地を目指して歩いていく人々。
 その光景を見る者があったとしたら、まるで夢遊病者の群れのように見えたことだろう。

 その霧は、エボンの ―― 究極召喚初期段階というべき ―― 結界の発露であった。

 それまでザナルカンドの都市全体を守っていた庇護膜 ―― オーラと言った方が適切かもしれない ―― は、この結界を変化させ転用したものである。それは、一人一人の力はエボンに及ぶべくもない小さいものだったけれど、幾多の召喚士たちの祈りの思念を溜め、増幅・凝縮させて可能になった。だが、市民たちのガガゼトへの移動開始とともに、巨大な庇護膜は消え失せている。もう守るべきモノはそこには無いとばかりに……。
 現在、エボンドームを包んでいるのも、増幅装置の役目を負っていたドームに残ったそれらをユウナレスカが残留思念として纏め上げたものである。従って、長くは保たない。しかし、それも予定のうちだった。思念が弱まり守護膜が消えれば、ユウナレスカたちが目覚める。
 そして、その頃には、エボンの究極召喚は ―― その段階においては ―― 為っているはずだった。


 先にエボンドームより転送されていたはずの人々の姿はもう既にない。
 代わりに、エボンが浮座している泉の真正面に、以前はなかったはずの巨大な岩壁が現れていた。

 いくらエボンという彼らが崇拝する人物に諭されとしても、人の心はわからない。いざとなれば、臆病風に吹かれる者もいるだろう。後先を考えず逃げ出す者もいるかもしれない。有りもしない憶測から、少なくない者たちがパニック状態に陥ることも充分考えられた。
 エボンは常に、人々に先んじることを自らに課していた。
 まさに、最後の選択。もう後はないのだ。エボンが持っているほどの覚悟を、彼らに期待することはできない。そこまでの自覚のない者たちに、それこそ心血を注ぎ込んだ召喚術を掻き乱されることこそを、彼は一番恐れていた。
 だから、予め、民たちがガガゼトに足を踏み入れるとともに召喚が始まるように仕掛けてあった。エボンと少しでも同調する者は霧に覆われると彼により近い精神状態へと、反発する者はまるで迷路のようにいつのまにか霧の外へと追い出される仕組みになっていた。
 よって、ザナルカンド以外の者たちは、近寄ることもできない。

 一足先に転送された者たちは、聖泉前で実体化するなり、そのまま祈り子となり一気に石壁へと転化させられたのだった。それが祈り子の壁の土台となる。そして、エボンの霧の中を通り歩いてきた者たちは無自覚のままふらふらと泉の前を通り過ぎ、操られた人形のようにその壁に触れた途端に祈り子として石化し連なり重なっていく。

 次々と。

 身体は、立体から平面へと…。

 精神は、現実世界から、幻想世界へと……。

 それは、整然とした、静かな召喚だった。


 一心不乱に念じ続けているエボンの身体が、だんだんと透き通ってくる。
 
 水の台座もそれと連動するように高く高く起ち上がり、細い水柱のようになってきていた。

 既にぼやけて人の姿として視認できぬほどになってきているエボンの周りに、祈り子の壁から離れた、人々の精神の変わり果てたモノ・幻光虫が集まってくる。

 エボンによりコントロールされていてもなお、虹色の光彩を放つ幻光虫たちは悲哀の思音の尾を引きつつ、彼の元へと集う。

 エボンを中心に渦を巻き、凝縮され、水柱の一角に己が姿を映し出しながら、巨大な水球へと。

 そして、ついには、水球の中心にいるエボン自身も形を変え始める。

 より念じるモノへと。

 未来永劫、ザナルカンドとそこに暮らす人々を夢見る存在であるために。

 最後の一人が祈り子へと変化した時、エボンの・・・・究極召喚は、為った。

 と同時に、ガガゼト中腹に漂っていた霧も一瞬のうちに霧散する。


 しかし、これは真の究極召喚への序章でしかなかったのである……。








 雲一つない青い空を、小型飛空艇が一路ベベルへと向かっている。
 海上を迂回して飛行していたレンの乗った飛空艇は、かなり前にコースを今度は大陸へと変更していた。自動設定によって。
 空と海しかなかった視界の向こうに、小さく陸地が見えてきている。
「………」
 言葉もなくその陸地を睨んだレンは、大きく一つ息を吸い、気持ちを落ち着かせる。
 そして、たった一つ回路の開かれた通信装置のボタンへと手を伸ばす。

―― いよいよ…だね。シューイン……








 ここは、ベベルの地下、最下層近く。
 ゴォーンゴォーンと足元を揺るがしながら、大型作業機械の重低音が広い地下空間いっぱいに響き渡っている。その機械の近くにある牢に監禁されているシューインは、絶え間無くその轟音と震動に晒され続けて、今ではすっかりそれらに慣れてしまいつつあった。

 彼が牢に放り込まれてからというもの、最初の数日を除けば、後は兵の見回りもなくほぼ放置状態だった。たまに、鉄格子越しに見えはするが牢からはかなり距離のある通路を、見張りの兵士が歩いているのを見かけるだけ。それも、間に騒音の大元の大型機械があるために、牢の中で暴れようが叫ぼうが聞えもしないだろう。
 堅固な牢は、脱獄の心配など必要無いといわんばかりに。
 実際、今まで逃げられた者などいないのだから。
 完全に、その存在さえも忘れ去られてしまったかのように…。

 そんな環境の中に幾日もいれば、人は精神に異常をきたしても不思議はない。
 必要な情報さえ得られれば、その後囚人たちがどうなろうと ―― 狂おうが死のうが ―― まったく関知しない。ここはそういう囚人たちが入れられている監獄だった。
「これで寺院の総本山っていうんだから、世も末だよな…」
 誰も聞き咎める者がいない、それ以前にこの騒音の中では聞いていたとしても聞えないだろう、こそ言える内容のつぶやき。
 もっとも聞えていたとしても、それはそれで一向に構いはしないが…。
 投獄された時に一緒に与えられた水と保存食も、もうほとんど残っていない。
 このままでは……。
 何もすることのない、できない状態だと、どうしても思考はマイナス方向へと走っていく。現に一欠けらの希望もないと言えるほどの状況なのだから、それも当然ではあったが。
 ここへ来た当初の目的でさえ、今ではもうはっきりとは思い出せなくなってきている。
 それでも、シューインの瞳は微かな光を失っていなかった。何度も狂気の淵へと引きずり込まれそうになりながらも踏み留まっていられたのは、ただ、愛しい人への想いだった。

 レンに逢いたい。

 レンの声を聞きたい。

 レンの微笑みを見たい。

 そうだ、レンをもう一度この手に抱きしめるまでは……。

 その想いだけが、シューインの身体を動かす。今では何のためにそうしているのかもわからないまま、のろのろと身を起こすシューイン。
 ガシャン!
 もう、何百回、何千回そうしたかも覚えていないほどの蹴り。
 鍵のかかった扉へめがけて、ブリッツで鍛えたキックを放つ。
 彼が扉を蹴る音など、作業機械の音に比べれば微々たるものである。兵に見回りに来られたら、さすがにすぐに見咎められただろうが、その心配もない。
 それは、見回りがこなくなった頃から、シューインが強制的に自分に課していた行動だった。
 蹴り続けて、疲れて動けなくなり、床に転がりそのまま眠る。そして、目覚めるとまた蹴り始める。
 その繰り返し。
 一見、なんの意味もないことに思えるかもしれない。
 だが、そのおかげで、シューインは僅かながらも正気を保っていられたのだった。
 プロのブリッツ選手による一点に集中して叩き込まれる強烈な蹴りは、さすがの頑丈な扉さえも歪めさせ始めていた。
 もう…少し…
 虚ろな思考の中で、ひたすら蹴りを繰り出していた時。

 ついに、その時は来た!

 ガシャッ!
  ガキッ!

 鉄扉の、頑丈だが一箇所しかない蝶番ちょうつがいが、壊れて外れた。

「?! やったか?」
 にわかに活気付くシューイン。
 これでやっと出られる。
 シューインは、ここぞとばかりに外れた場所を目掛けて勢い込んで蹴っていった。

 グギッ

 最後の悲鳴を上げて、扉が開いた。
 扉の片側はまだ閉じたままだったが、彼の身体が充分通り抜けられるくらいには隙間が開いている。
―― ……開いた?
 一瞬、到達感に呆けたようになるシューイン。
 けれど、それも束の間のこと、すぐに我に返って開いた隙間へと身を滑り込ませていった。

―― やっと……やっと外に出られた……レン!

 牢の外に立ち、感慨に身を震わせる。
 彼が牢に入れられた時、他にも囚人がいたようだったが、ざっと見まわしても気配さえしない。おそらくは……。

―― とにかく今はここを出なければ

 他のことに気を取られている場合ではない。
 ここを…ベベルを出て、ザナルカンドへと。
 そして、レンの元へと。
 その時点では、シューインはベベルへと潜入した目的さえ忘れ去っていた。
 ただ、レンに逢いたい、その想いしかない。
 俄かに動き始めた意志に従い、一歩を踏み出そうとした時、目の前の作業機械が止まった。
「?!」
 どうしたんだろう?
 シューインは、訝りながらも身体を屈めた。
 やっと出られたというのに、ここで見つかってしまったらすべてが水泡に帰してしまう。

 大騒音を撒き散らしていた機械が止まったために、突然訪れた静寂。
 騒音に慣れた耳には、それは逆に神経を逆撫でするほどにイラつかせる。
 この耳が痛くなるほどの静寂から逃れるために、大声で叫び出したい欲求に捉われそうになる。
 しかし、シューインは必死に自分を抑えて、待った。
 現状を把握するための、変化を。

 ほどなく、遠くからバラバラと複数の足音が聞えてきた。
 待ち望んだ「音」にホッとしながらも、シューインは焦りに冷や汗を浮かべる。
―― まさか、見つかったのか…?
 近づいてくる足音にジリジリとする数分間。

 通路に兵士の姿が現れた。
 シューインも一度通ったことのある、最下層へと通じる出入り口から。
 足音に混じり、兵士たちの囁く声が聞える。
「何があったんだ、緊急召集だなんて」
「俺が知るかよ。とにかく上に行けばわかるだろーさ」
「とにかく急げ。遅れれば、また曹長にどやされるぞ」
 ぼやきを聞いている者がいるなど夢にも思わない様子で、足早に機械の前の通路を走り去っていく。
―― 何が…あったんだ?
 兵士たちと同じようにシューインも疑問を抱く。だが、どうやら彼のことではないことだけはわかった。
 それなら、とりあえず今は問題はない。
 とにかくここから脱出しなければ…。

 と、視線を上げたその時。

 兵士たちが出てきた入り口を見て、唐突に、彼は自分が何のためにここに来たのかを思い出したのだった……。

「そうだ。……俺は……」







     − 第二十一話 END −





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