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〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第十九話・回天驚土4





「シューイン…!」

「………」

 それぞれ反応の違いはあれど、その他大勢の人々と同じように、レンもザンギンも食い入るように映像スフィアを見つめていた。
 何より愛しい恋人を、我が子を、よもやこんな風に見せ付けられることになろうなどと、いったい誰が予測できたというのだろう。
 スフィア映像の中のシューインは、痛々しいほどに必死の形相で叫んでいた。
『後悔なんてしてないからな! 俺、間違ってない!』
 ほんの数日前に別れたばかりなのに、彼の姿が懐かしい。
『なあ、聞えてるんだろ? あいつがあんたの彼女だったらどう思う?』
 レンは隣りに彼の父親がいるということさえ忘れて、ただひたすら見入っていた。
『あんたらの機械兵器使って、どこが悪いんだよ! 召喚士を守るためには、ああするしかなかったんだ!』

 召喚士を……守る………。

 ああ…そうか、彼は、他の誰でもない、私のためにベベルへと乗り込んで行ったんだ。

『自分ならどうするか考えろよ!』
 そう、レンも本当の意味では何も考えてなかったのと一緒だった。
『出してくれよ!』
 ………せっかく決死の覚悟で忍び込んだだろうシューインが、結局囚われの身となり、悲痛な思いを訴えている。
『あいつに……会わせてくれ』

―― シューイン……

 こんな状況下ですら、最後の最後に洩らす本音が……レンに逢いたい……たったそれだけだという、彼の気持ちが……。
 気づくと、レンは涙を溢れさせていた。
「…シュ……イン…」
 涙とともに、想いが言葉となって零れ落ちる。
 彼の気持ちが、切なくて。
 なのに、ただこうやって、遠く離れた場所で見ていることしかできない自分が歯がゆくて。
 それを聞きつけ、隣で同じ映像を見ていたザンギンがそっと首だけを捻りレンの方を窺がい見た。その表情には、囚われの身となった我が子を案じる苦悩が貼りついていたが、僅かに寂しげな微笑みも浮かんでいた。
 レンの、胸の前で固く組み合わせられた両手の上に、大きなザンギンの手が添えられる。
 温かい、大きな手が。
「…………ザンギン…議長?」
 レンに怪訝な顔で見上げられて、ザンギンは諭すように語り出した。
「私が今日ここに来たのは、どうやら巡り合わせのようです」
「…え?」
 訊き返したレンに対して、『ここでは…』というように、ザンギンはそれとなく視線をあたりに這わせた。
 議長のその仕草の意味を感じ取り、レンも頷き、ともに礼拝堂を後にする。未だ流れ続けているスフィア映像に心を残しながらも。
 人気のない礼拝堂入り口まできて、ザンギンが後ろからついてきているレンを振り返った。
 一瞬の逡巡の後、ザンギンは思いきったように口を開く。

「単刀直入に申し上げる。あなたにベベルへ行ってもらいたい」

「!?!」

 レンは、未だ濡れたままだった瞳をいっそう大きく見開いた。
 驚愕続きで、もはや声も出ない。
 そんなレンの状態を思いやって、ザンギンが坦々と話を続けたのだった。

「私は、あれが、シューインが私に隠れて何かやっていることまではつきとめていた。だが、まさかベベルへ潜入していたとまでは予測できなかった。こんな時期にベベルへなど、それを生業としている者たちでさえ無謀というもの。しかも潜入したのはベベルでも最高機密とされる場所、最も警戒の厳しいはずの場所に、まず間違いない。しかし、それを私は責めることはできない。何故なら、あれをそこまで追い詰めたのは、他の誰でもない、私なのだ」
 次第に悲痛な面持ちになっていくザンギンを、レンは複雑な思いで見守っていた。
「おそらく、あなたに出動要請などしなければ、あれもここまでの暴挙はしでかさなかっただろう」
「…それは……」
「いや、いいのです。確かに、あなたに単なる時間稼ぎのための犠牲を強いようとしていたのは事実なのだから。非は私にある。本当に申し訳ないことをした。実は、今日はこのことについて、詫びるために訪ねてきたのです」
「………」
「だが……、因果応報とは……よく言ったものだ……。まさか、こんなことになるとは…」
 ザンギンの声は震えていた。
 そこには、評議会議長としての尊厳をかなぐり捨てた、一人の親としての姿があった。
「私とてすぐにベベルへと赴き、我が子を助けたいと思う。だが、それはできない。私も妻も、ザナルカンドの人々を導く立場にある。しかも最後の選択が為されようとしている、今この時、私情のみで動くことは許されるはずもない。そんなことをすれば、エボン殿の元、一つに纏まろうとしている市民たちに不信の種を撒くことになる。此度の決断には失敗は許されない。失敗、それはすなわち、ザナルカンドの完全消滅を意味することとなる…」
「なっ…!」
 レンは、この時初めて、ザンギンが人のいない場所へ促した意図を理解した。これほど重大な内容ならば、おいそれと人に聞かせる訳にはいかない。
 おもむろにザンギンが移動して、レンの真正面へと向かい合う形になった。
「歌姫レン。いや、レンさんと呼ばせてもらおう。私はあなたに尋ねたい」
 真剣そのものの表情と声音を向けられる。
「……はい」
 レンも真摯な瞳でザンギンを見上げた。
「このまま皆と一緒に永遠へと旅立つか、それとも……」

「私は……シューインのもとへ行きます」

 ザンギンの言葉が終わる前に、レンは応えていた。
「たとえエボン様のお力でザナルカンドが永遠の時を得たとしても、そこにシューインがいなければ私にとって何の意味もありません」
 レンの返事を聞いて、ザンギンは深い笑みとともに頷いた。
「あなたならきっとそう言って下さると思っていた。ベベルへの行程は私に任せて欲しい。私個人は公人のため無理だが、妻がプライベートで使っていた飛空艇を用意しよう。それを自動操縦で目的地を設定しておけば、必ずベベルへと辿りつけるはず」
 それを聞いて、レンの顔がパッと明るくなる。
「ありがとうございますっ!」
「礼を言わねばならないのは、私の方なのだよ。……但し!」
 柔らかく応えた一言の後、レンの勢いを諌めるようにザンギンが重々しい口調で続けた。
「覚悟しておいて頂きたい。もう一両日中にも我らは大移動を始めるだろう。そして時を移さず、エボン殿の究極召喚は始まるだろう。ということは、おそらくあなたもシューインも・・・・」
 最後は言葉を濁さずにいられないほど、ザンギンにとっても身を切られるような裁断だった。それは、レンにも痛いほど伝わっていた。
「わかっているつもりです。でも、私はシューインがいない世界なんかもう考えられない」
「臨戦体勢のベベルへ行くということは、ほぼ間違いなく命を落とすことになるとしても?」
 ゆっくりと大きく頷くレン。
「はい。それでも……」
 ザンギンは三度(みたび)微笑む。
「やはり、あなたにお話して良かった。最後にもう一つだけ伝えておこう。あれは、エボン殿の究極召喚のことは知らぬままベベルへ向かったと思われる」
 あ、とレンも思い当たり、頷いた。
「あれが目指したのはベベル側の最終兵器だろう。本来ならあってはならないことだが、私と部下の密談でも聞いてしまった故の行動だと考えるのが妥当だ。ならば、尚更、あれの目的を遂げさせる訳には行かない。エボン殿の究極召喚がいかなるものかは私にさえ想像だにできないが、ベベルの最終兵器はその大きな障害となり得るものだ。あれもそんなことになってしまうことは、本意ではないはず。だから、それだけは絶対に避けなければならない」
「……はい」
「あなた一人にすべてをお任せしてしまうようで、まったく心苦しい限りなのだが…、どうか、ザナルカンドのために……」
―― シューインのために……
 ザンギンの言葉にしない思いをも、レンはしっかりと受け取っていた。
 レンは、苦しげな表情のザンギンに向かい、にっこりと明るい笑みを返した。
「いいえ、私は、私とシューインのために行くんです。私が彼と一緒にいたいから。たとえそれがどんな結果になったとしても…」
―― 最後まで……ずっと
 決意を秘めたレンの揺るぎ無い態度に、ザンギンは眩しささえ覚えた。
「あなたは、強い。あれの見る目も大したものだったということですな」
 最後に二人で微笑みあって、互いの意志を確認し合うと、どちらからともなく離れて行ったのだった。


 それから半日も経たぬ頃、レンはベベルへと向かう飛空艇の中にいた。

 その短い間に、実に様々なことがあった。
 シューインのスフィア映像については、父親であるザンギン議長その人がすぐさま声明を発表した。
「あれは、ベベル側が我らを混乱に落とし入れるために作り出した偽スフィアである」と。
 わざわざ本人を表に出せば、ベベルの思惑に乗るようなものだから、その必要もないのだと。
 余裕たっぷりの議長の宣言に、ザナルカンドの人々は浮き足立ちそうになっていた我が身を戒めたものだった。
 よって、ベベルの姦計はこの時点で既に的を外してしまったといえよう。

 寺院を出る時、マリサには思いっきり泣きつかれてしまった。事情に精通しているマリサにだけは、事の真実を話していたから。それでも、恋人にしっかりと支えられたマリサは、自分と同じように恋しい人の腕を求めて旅出って行くレンの気持ちを最後にはわかってくれた。
 これが永遠の別れになるのだと、お互いの胸に秘めたまま、涙は我慢できずともさよならは言わなかった。

………言えなかった。

 飛び立つ前にザンギンが伝えてきた内容によると、レンはザナルカンドからベベルへの使者という立場になるらしい。使者として、まさにエボンによる究極召喚が行われることを伝えて欲しいとのことだった。余程のことがない限り、もうその頃には究極召喚が為っているはずだから、と。だから、この重大事を洩らしたとしても何の不都合もないのだと。そして、真実を伝えることによって、少しでもレンが無事でいられる ―― つまりはシューインを救いだし逢うための ―― 時間稼ぎになるだろうと。
 単身で敵地に乗りこむレンに、最大限の助力を惜しまないザンギン議長の計らいに、それが我が子のためだったとしても、レンは深く感謝した。
 自分たち親子は、もう二度とこの世界では逢うことの適わないという、覚悟の上の行動だったのだから。

 たくさんの人たちが、私たちを助けてくれる。

―― だから……

「待っていて、シューイン。すぐに行くから」





レンがベベルへと飛び立って、いくらも時が経たないうちに、いよいよエボンの最終宣告がザナルカンド中に響き渡った。
 そう、文字通り、響き渡ったのだ。
 直接、人々の頭の中に。


  決断の時は来た。
  我が愛するザナルカンドの諸君。
  たった今より、我々はこの世界でのザナルカンドは放棄する。
  集え、ガガゼトに。
  彼の地より、ともに永遠の挾間へと旅立とう!


 決して強制されたことではなかったが、急速に精神的に追い詰められたザナルカンドの民たちは、えてして信仰心の深い人々に見られるような、おそらく一種の催眠状態に近かったのかもしれない。
 しかも、このエボンの最後の呼びかけが決定的だった。
 それまでエボンは、その持てる力を殊更にてらうことなど皆無と言ってもよかった。近寄り難い雰囲気を纏い、誰しもが並ぶ者無き稀代の召喚士と認めてはいても、その力を目の当たりにしたことはなかったのである。
 すべての人々の頭の中に直接語りかけるなど、人間技とは思えない。
 それほどの力を有するエボンならば、もしかしたら、と。
 絵空事にしか見えない計画であっても、エボンならば為し遂げてくれるのではないか、と。


 彼らが最敬愛するエボンの先導の元、混乱もなく整然とガガゼトへの大移動が始まった。
 自力で移動できない者は、エボンと評議会関係者が手を貸し、エボンドームへと集められた。そして、このためにドームに蓄積されていた召喚士たちの力を利用したユウナレスカによって、ガガゼトへと瞬時に集団転送された。
 いくらユウナレスカといえど、それだけ大きな力を使ってまったく平気でいられるはずもない。
 無事に転送が成功したことを見届けると同時に、背後に控えたゼイオンの腕の中、崩れ落ちるように気を失ったのだった。
「よくやった、ユウナレスカ」
 愛しげに、たおやかな肢体を横たえる妻をその腕に抱いたザナルカンド最後の英雄は、最愛の妻にやさしく囁く。
「今はゆっくりと休むがいい」
 静かにユウナレスカを抱き上げるゼイオン。
 そうして、かけがえのない人にしばしの休息を与えるために、誰もいなくなったエボンドームの中、静かに地下深く降りていったのだった。


―― 私たちの本当の役目は……まだ、これからなのだから……








     − 第十九話 END −





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