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〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第十五話・時の鳴動5






 しばらく見つめ合っていた二人だったが、先にレンの方がシューインの様子がおかしいことに気が付いた。
 愛おしそうな優しい眼差しは変わらぬものの、なんだか、その視線が……痛い。
 まるで……。

「……シューイン?」

 堪らずにかけたレンの心配そうな声に、ハッとしたシューインが慌てて眼を閉じて頭を一振りした。金の髪が夕陽を弾いてさらさらと舞う。

「レン……ごめん、連絡できなくて…」

 そう言って顔を上げ、もう一度見返してきた彼には、もう、さっきの悲痛とも思えるような表情は見られなかった。連絡できなかったことに対する、申し訳なさそうな顔はしていたが。
―― 私の見間違い?
 そう思わずにいられないほどの、いつもの温かくて優しい微笑み。
 レンの大好きな。
―― そう、きっと夕陽のせい……
 覚えのある、心の奥から這い上がってくる言いようのない不安を、レンは懸命に自分自身に言い聞かせて押さえ込む。そして彼と同じように、ほんの少しスネた表情を乗せた微笑みを返した。
「うん、大丈夫。キミがいなくて寂しかったけど、ちゃんと帰ってきてくれたから」
「レン」
 二人、数歩の距離を会えなかった時間に置きかえるかのように、互いに駆け寄り、強くいだきあう。
「でも、早く逢いたかったよ」
「うん、俺だって……」
 耳元で囁きあう言葉。
 夕陽によって長く伸ばされた二つの影が、元々一つだと主張するかのように合わさり重なる。
 それを少し離れたところで見守っていたマリサがホッと安心したようにその場を離れていったことなど、久々の逢瀬に相手しか見えなくなっている恋人たちが知るよしもなく。

 熱い抱擁でお互いの存在を確かめ合った後、残り少なくなった朱の刻を二人で歩いていた。
 しかし、レンは本当に訊きたかったこと ―― この数日シューインが何をしていたのか、どうして連絡してくれなかったのか ―― を訊くことができなかった。
 恐くて。何故かはわからないけれど、それを訊いてはいけないような気がして。

 そしてそれは、シューインも同じだった。
 言わなければならないことがある。でも、言い出せない。できることなら、言いたくない。
 だけど、言わなければ……。

 そんな二人の気持ちを押しのけるように、先程までとうってかわってレンは饒舌になっていた。
 彼がいない間に起こった、取るに足らないような日常のことを次々に口にする。
 マリサが昼食の時にお皿を落として料理を床にぶちまけてしまったこととか、寺院の子供たちが遊んでいたブリッツボールで窓を割ってしまったこととか、久しぶりに庭の花の手入れをしたこととか。
 シューインも、彼女の話に笑ったり相槌を打ったりと、一つ一つ応えていた。

 大切な大切な、煌めく朝露のような時間とき

 すぐに儚く消えてしまうことを、知っているかのごとく……。


 暮れかけた朱い空が、いよいよ一日の最後の輝きに黄昏色に染まり始めた頃。
 寺院の庭を歩きながら繋がれていたシューインの手に、一瞬、力が込められた。
「……?」
 手から伝えられた呼びかけに応えるように、レンがシューインの方に顔を傾ける。
 だが、沈みかけた夕陽を背にして影になった彼の表情は、はっきりとは見られない。
「……シュー…イン…?」
 必死で押さえ込んでいた不安が、再び湧き出してくる。
 そして、それを肯定するかのような、シューインの震える声も…。

「…レン、…俺は…」

 その時。

「レンっ! 大変よっ!」

 シューインのか細い声に被さるように、遠くからマリサの叫びに近い声が聞こえてきたのだった。

「マリサ?」
 どうしたの? と尋ねる間もなく、戻って行ったはずの寺院の方から息急ききってマリサが駆けてきて、レンの元にたどり着くなり言ったこととは…。

「いっ今、評議会の使いだって人が来て…」
 そこまで聞いたところで、シューインがピクっと片眉を寄せて表情を強張らせた。もちろん、マリサもレンも気づかない。
「レンが、今度の大攻勢の代表召喚士に決まった、って…」
「え……」
 驚愕がレンを襲う。
「……それって……私が戦場に行くことが正式に決まった、って…こと?」
 まだ、何が起こったのかはっきりと把握していないレンと違い、マリサは直接評議会の使者に会ったらしく、今にも泣き出してしまいそうな風情だった。
 異例のことだった。
 通常は、いくら義務だとはいえ、事前にきちんと打診され召喚士本人の承諾が必要とされている。ただ、それはあくまでも形式的なもので、単に召喚士たちの意志を尊重しているに過ぎない。それが、召喚士として優遇されている者たちの最大の義務でもあったのだから、要請されれば断る者などいないのだ。今までは。レン以外は。
 そして、異例中の異例として、再三にわたる戦場への出動要請を断り続け、更にそれを容認されていたレン本人でさえ、次に要請されればもう断るつもりはなかった。
 行けば、帰ることのない片道切符の出動だと知っているけれど。
 最後に、こんなに素敵な恋を知ることができたのだから。
 ザナルカンドが滅びても自分たちだけ生き延びようとすることなど、考えもしないレンだったから。
 頑なに断り続けていたレンに対して、最近は評議会も寺院も何も言っては来なくなっていた。だからこそ、それを押して出動要請がされた時は、もうザナルカンドの情勢が切羽詰った状態になっているのだろう、と。
 けれど、要請を飛び越していきなり正式決定の知らせがくるとは、レンの思惑さえも遥かに超えていた。
「ど……して、こんないきなり…」
 そこまで追い詰められているというのか、このザナルカンドが。
 要請に費やす時間も惜しむほどの、土壇場にまで……。
 オロオロと涙をこぼさんばかりにレンの手を握り締めているマリサをよそに、レンは幾多の思いに絡め取られて身動きできないでいた。その時。

「行かなくていい!」

 そう、はっきりと。

「……え…」

 それまで黙考していたシューインの言葉が響く。
「シューイン…」
「シューインさん?」
 レンとマリサが同時に、いかにも怪訝そうに傍らを見る。
 そこには、固い表情を貼りつかせたままのシューインがいた。

「その部隊は出撃しない。俺が……俺がそうはさせない!」

 声高に言い放ったシューインの、だが、凍りついたような決意の表情が、レンをそれまでよりももっと大きな不安に駆り立てる。
「シューイン、何言って…」
「俺が、父さ……父に言って待ってもらう。だから、レンが戦場に行く必要はない」
「父、って…」
 そこでようやく二人は、評議会議長であるザンギンがシューインの実の父親だったことに思い当たった。
 先にマリサが反応した。
「そ、そうですよね。ザンギン議長なら、シューインさんのお父さんなら、きっと…」
「待って!」
 安堵を滲ませたマリサの言葉を、今度はレンが鋭く遮った。
 スッと一歩進んで、恋しい人の目前に立つ歌姫。
 そう、そこにいるのはシューインの恋人でも、寺院のレンでもない。
 ザナルカンドの歌姫たる、召喚士レンだった。

「いくらザンギン議長でも、評議会が決定した事項を覆すことなどできないはず。そんなことをしたら、ザナルカンドの在り方そのものを否定してしまうことになる」
 そこで、ふっと諦めにも似た微笑を浮かべるレン。
「私は、……いいんだよ。もう、とっくに覚悟はできてたから…」
 それを聞いたシューインが、苦しそうな顏をして下唇を強く噛むのをレンが見た途端。
「させないっ! レンを戦場になんか、絶対に行かせないっ!」
 頑固なまでに言い募るシューインに対して、レンは心底戸惑っていた。
 彼の気持ちはわかる。自分だって好んで死ぬと分かっている戦場になんか行きたくはない。けれど……。
―― 私は召喚士なんだから…

 守りたい。
 ザナルカンドを。
 ザナルカンドに暮らす優しい人たちを。
 そして、大好きなシューイン、あなたを。
 私にその力があるというのなら。
 少しでもその可能性があるのなら。

 レンの揺れる瞳の色にその思いを感じ取ったのか、シューインもやっと重い口を開いた。
「俺だって、評議会の決定を変えられないのは知ってるさ。だけど、その前にカタがつけば、レンの出撃する部隊は出発しなくていい。だから、俺がそのカタをつけてくる」
 このシューインの言い様が、仰天することばかりのこの日の、しかし最大の驚きだった。
 マリサはもう何がなんだかわからないとばかりに、首を振りながら地べたに座りこんで泣き崩れている。
「どう、やって…?」


 この三日間というもの、シューインは文字通りザナルカンドじゅうを走り回っていた。
 父ザンギンのツテを使えば、簡単に手配できる類のことだったけれど、今回ばかりは父に頼むわけにはいかなかった。言えば反対されるのはわかりきっていたから。
 たった一人でベベルに乗りこもうなどということを、父が許すはずがない。
 冷めきった親子関係といえど、そこに彼らなりの愛情があることを、今のシューインは理解していた。理解と感情とでは、また別のことではあったが。だからこそ、言うわけにはいかない。父や母に悟らせないように行動する必要があったのだった。
 細い糸のような、頼りない記憶や人脈を辿り、極秘裏にベベルへ潜入するための手段を得るために奔走した。
 意外にも、厳戒体勢一歩手前の外出禁止令が発令されていたことが、ことのほか彼に幸いした。小型飛空艇を借りるためや、その操縦士の手配を頼むために訪ねていった家々に、必ずといっていいほど目的の人物たちがいたからである。
 レンに戦場への出撃要請が出される前になんとかしたいと焦っていたシューインにとっては、ありがたいことこの上なかった。
 そして、背に腹は変えられないとばかりに、初めて父の名を利用するシューイン。父の名代として極秘に訪ねてきたのだと伝えると、どんな無理難題でも引きうけてもらえた。
 思えば、父が引き起こしたこの事態 ―― とシューイン自身は考えている ―― に、父の名前が役立ってくれるということは、皮肉以外のなにものでもない。訪ねて行った先々で簡単に了承をもらえる都度、彼は苦い思いをかみ締めていたのだった。


「それは…」
 促され、つい、続きを言いそうになって、ハッと口をつぐむシューイン。けれど、その一瞬後には、明らかに作ったとわかる明るい笑みの彼がいた。
「大丈夫、ちゃんと父と相談して話をつけてある。評議会から知らせが来たのは、単なる行き違いさ。起死回生のこの作戦は、極秘事項だから」
 だから他のやつらには内緒だからね、と言う彼の微笑みが……なんだかとても儚くて……レンを訳もわからず悲しい気分にさせた。

―― ウソ、ついてるよね…?
 全部が全部、嘘ではないのだろう。けれど、何かを隠していることだけはレンにはわかる。そして、それを悟られたくないという彼の必死さが、痛いほどに伝わってくる。

 だから。

 それ以上、もう何も言えなくなってしまう…。



君の言葉は 夢の優しさかな?

ウソを全部 覆い隠してる

ズルイよね



「シューイン……、でも……どうしてキミが…?」
 カラカラに乾いてしまった喉を震わせて、レンは少しでも彼の気持ちを揺らがせたくて訊いてみる。
「それは……俺じゃないとクラヴィツィンを弾きこなせないから…。ヴェグ……!」
 言いよどんだ時、シューインは「しまった」という顏をした。確かに…。
「クラヴィツィンを? ヴェグ…?」
 重ねて訊いてきたレンに、シューインはあからさまに慌てたように早口でまくし立てる。
「なっなんでも…。こっこれから先のことは極秘事項ってさっき言ったよね? いくらレンでもこれだけは言えないんだ…」
「私にも?」
「そう、レンでも…」
「そう…なんだ……」
 複雑な気持ちに支配されたレンは、プイと拗ねたようにシューインに背中を向ける。
 でも、そうじゃない。
 拗ねてるんじゃないんだよ。

―― まさか……

―― シューイン、一人で……?



旅立つ君に 冷めた背中見せて

聞いていたよ ひとり戦うの?

ズルイよね



 否定しても否定しても、後からどんどん込み上げてくる不安。耐えきれなくなって、レンは振り向きざま彼に問いただそうとした。
「まさか、シューイン……」
「だからっ、俺、明日にはもうザナルカンド発たなきゃならないんだ。大丈夫さ、きっとこの作戦を成功させて帰ってくるから」
 レンに続きを言わせないための、畳み込むようなシューインのセリフ。
 セリフ。
 そう、まるで用意されていたかのような。
「もうずっと前に俺だって戦場に行っててもおかしくなかったんだ。俺の親しかった友人はみんな行った。大切な人を守るんだって言って。だけど、俺は……。でも、おかげでこうやってレンにも逢えた。だから、今度こそ俺も、レンとザナルカンドを守るために行かせて欲しい」

 レンにならわかるはずだ、と。
 俺を信じて欲しい、と。
 信じて待っていて欲しいんだ、と。
 真摯な瞳がそう語っていた。

―― そんな瞳で見つめられて…

―― どうして私が止められるというんだろう

 自分の召喚士としての覚悟を先に言ってしまっていたから。
 今更、自分の決意は良くて、彼の決意を否定するなんてこと、できはしない。
 それでも、それ以上の声を発することも、できない。
「行く前に、レンに逢いたかったから、今日、来たんだ。……それじゃ、準備があるから…」
 口を開けば「行かないで」と嗚咽交じりで叫び出したくなるから、唇を固く引き結んだままのレンの横を、愛しい人が通り過ぎていく。
 レンのすぐ後ろで、「必ず、帰ってくるから」と小さい呟きが聞える。
 足音が次第に遠ざかる。



「帰ってくるから」 追い越していく君の声

意地張って 強いフリ 時を戻して



 レンが振り返った時、すっかり夕闇の中に落ちてしまった太陽と同じように、既にシューインの姿は寺院の中から消えていた。
 レンは急に身体に力が入らなくなり、へなへなとその場に座りこんでしまった。そこへレンよりも先に座りこんでいたマリサがそろそろと這い寄ってきた。
「レン…」
 マリサの労わるような声を聞いた途端、レンの眼に熱いものが溢れた。
「マリサっ! シューインが、彼がっ……」
 うんうんとマリサが自分も涙をこぼしながら優しく抱きしめてくれた。それに縋るようにしてレンは、泣いた。



叫べば良かった?

行かないでと 涙こぼしたら?



 どうして、言えなかったんだろう。
 行って欲しくなんかないのに。
 そうだよね、同じなんだ。
 私の召喚士としての覚悟も。
 彼の覚悟も。
 だからこそ言えなかった。
 だけど。
 だけど。
 たとえ、ザナルカンドが滅びることになったって。
 街とともに滅ぼされることになったって。
 最後の瞬間まで、一緒にいたかったよ。
 勝手なのは、私の方だね。
 自分の時はそんなこと、考えもしなかった。
 残される人たちの気持ち。
 今なら、わかるよ……。
 そうだよ。
 シューインと二人で逃げることだってできたはずなのに。
 そう、何を恐れることがあるんだろう。
 もう、一度はザナルカンドを捨てた私じゃない。
 私が生きることを、何があっても生き延びることを。
 父さんも母さんも願って死んでいったのに。
 そうだよ。
 このまま離れ離れになるくらいなら……



今はできる どんなことも



―― 行かせちゃだめだ

―― 追いかけて、止めなきゃ…

 強い決意を胸に刻んで、マリサの腕の中からレンが立ちあがる。

 刹那。

 地面が揺れた。
 いや、レンがそう感じただけで、実際大きく傾いたのは彼女自身だった。
「レンっ!」
 叫び声とともに差し出されたマリサの腕の中に再び崩れ落ちていくレン。
 完全には回復しきっていない身体には、極度の精神的疲労は致命的だった。
「レン! レン! しっかりしてっ!」
 次第に意識の彼方へと遠ざかっていくマリサの声を聞きながら、レンはうわ言のように呟いていた。
「行…かなきゃ…。そ…て、言わ…な……、シュ…ンに……いで…って」

―― 伝えられなかった、たくさんの想いを……





言えなかった 1000の言葉を

遥かな 君の背中に送るよ

翼に変えて

言えなかった 1000の言葉は

傷ついた 君の背中に寄り添い

抱きしめる








     − 第十五話 END −


文中歌詞:「1000の言葉」
作詞:野島一成






○あとがき○

やぁっと書けましたぁ。(泣)
この物語の最大の山場かなぁ、ここ。
最初からこのシーンには「1000の言葉」を使うって決めていたので、そりゃあ大変でしたさ。(涙)
いかに歌詞に合わせることができるか、その上で、話の繋がりも違和感なく進められるか、と。おかしくなっちゃ本末転倒だし・・・。
どうしても歌詞自体に無理があるので、2番は割愛してあります。ご了承下さい。
(「手紙を書くから」なんて言わないよぉ、たぶん)

一応推敲はしてあるんですが、ものすごく継ぎ足し継ぎ足しで書いていたので、おかしなとこがあるやもしれません。見つけたらお教え下さいまし。

しかし、これ以後はどんどんゲーム中での映像場面が出てくるので、まだまだ大変さは続きます。はううう。
自分で選んだ題材とはいえ、やっかいなものを書いてるなあと激しく後悔ちう。(いや、冗談ですってば(笑))

エボンやユウナレスカたちは今回お休みでしたが、まだまだ肝心の場面が残ってますしね。
さてー、頑張るぞー。(* ̄0 ̄*)ノ オォー!!

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