翼に変えて 第十二話・時の鳴動2 |
― 究極召喚 ― それは、守るべきものを守り通すための”鎧”の召喚。 幻光の集合体から成る”鎧”。 守り抜くために、時には殺戮者にさえも変貌する、脅威の”鎧”。 そして、彷徨う幻光を収集し、自らを強化修復することのできる、生きた”鎧”。 ゆえに、究極と呼ばれる……。 未だかつて、誰もそれを行なったことはない。 召喚士の長い歴史の中で伝承として伝えられてはいても、それを使えるだけの力を持った召喚士が今まで現れなかったと言った方が賢明だろう。 そして、そのために必要となる環境も。 『究極召喚』を行なうためには、膨大な魔力を有する召喚士と、己の命を犠牲にしてまでも遂行しようとする覚悟が必要だった。そうせざるを得ない状況に追い込まれでもしなければ、誰が好き好んでそういう犠牲の中に身を投じようとするだろうか。 今まで実行されたことがなければ、それがいったいどのような経緯を辿り、どんな結果をもたらすのか、まったく分からないに等しい。あくまで推測するしかないのである。しかし、エボンはそれに類する数多くの文献を紐解き、自ら検証し、ある一つの結論に達していた。 『究極召喚』は優れた召喚士だけでなく、強い信頼で結ばれたもう一人の人物が必要である、ということに。 伝承や文献にはそこまでは記されてはいない。 だからこそ、今まで試されたことがあったしても、成功の例がないのだろう。成功しなければ、その事実は闇へと葬られる。こういった宗教絡みの世界ではよくあることだ。 召喚士が『究極召喚』を行なう時、その持てるすべての魔力を放出する。自らの存在までも魔力へと変換して。そしてそれを受け入れるための『器(うつわ)』が必要なのである。すなわち、それが『究極召喚獣』となる。 その身が消失する召喚士と違い、「人」為らざる「物」へと変化することを受け入れ、更に召喚士がその存在すべてをかけた思いを託すに足る人物が必要なのである。 そしてまた、エボン自身はそういう意味での『究極召喚』を行なう訳にいかないという結論ももたらされていた。 彼の妻は優れた召喚士ではあったが、ユウナレスカを産むとその役目を終えるように異界へと旅立って行った。自身の魔力も生命力もすべて、我が子へと譲り渡したかのような安らかな表情で。 もちろん、エボンとユウナレスカは強い父娘の愛情で繋がっているのだから、『究極召喚』も不可能ではない。 だが、彼には『究極召喚』よりも、もっと重要な役割があった。 エボンにしか出来ない。 エボンだからこそ可能な。 そのためにこそ、『究極召喚』が必要だと言っていい。 いや、これからはこのために『究極召喚』が存在することになるだろう。 現実のスピラで、ザナルカンドの存続が望めないのならば・・・。 エボン自身が「核」となり、この理想郷たるザナルカンドを召喚すれば、いい。 エボンに絶対の信頼を寄せてくれる、ザナルカンドの人々を祈り子と化し。 我が再び創り出した世界で、共に永遠の夢を見よう。 この、人々の夢と希望の集大成、魔法と機械が理想的に共存する街ザナルカンドを、永遠に。 永遠ならば、それはいつしか現実をも超えていくと信じて。 エボンならば、それを実現することができる。 そして、ユウナレスカとゼイオンならば、『究極召喚』を駆使し、それを守っていってくれることだろう。 まず、エボンが始め、ユウナレスカによって完成する。 この流れ無くしては、真の『究極召喚』は成し得ないであろう。 ユウナレスカは、『究極召喚』を伝授してもらうにあたって、父の思いのすべてを聴いた。 相当の覚悟をしていたにも拘わらず、彼女は言うべき言葉を失くしてしまった。 ベベルに敗戦したとしても、おそらく市民すべてが生命を奪われるなどということはないだろう。 しかし、エボンは言うのだ。 「踏み躙られ、ベベルに隷属させられたザナルカンドは、もうザナルカンドではない」 と。 ―― そこまで思い詰めていらっしゃったなんて…… 己の生半可な覚悟など、比べようもない。 スピラ中の人々にいかに非難されようとも。 たとえ、当のザナルカンドの市民にまで反駁されようとも。 現在の、自分の理想とするザナルカンドそのものを、移し変える。 ザナルカンドの人々を、すべて祈り子と変え。 それらの見る膨大な数の夢を、半現実的な夢の世界へと編み上げる。 壮大だが、妄執的でもある計画。 また、それを実現できる力が、エボンにはある。 ―― わたしは… ―― ならば、わたしは… ―― 守り抜いてみせましょう 言葉は発さずとも、同意の表情をユウナレスカに見て取ったエボンは、深い安堵の吐息を漏らしていた。 「最後の時は近い。これからはこのドームで『究極召喚』のための修行をするがいい」 「はい。でも、お父さま……」 ユウナレスカの問いかけに、エボンは静かに首を振った。 「もう猶予はないのだ。 このドームは閉鎖する。 だが、おそらく…。 人々が騒ぎ出す前に、その時は訪れてしまうことだろう」 父の最後の宣告を聞き、彼女は鎮痛な面持ちで目を閉じて俯く。 そして、身を切られるような思いを振り切り、ユウナレスカがキッと顔を上げる。 「わかりました。必ず『究極召喚』を我が物としてみせます」 ここは、ザナルカンド北地区のはずれにある寺院。レンの住む寺院である。その一角、レンの部屋の中に、ベッドの上に横たわる彼女とそれを見守るシューインがいた。 レンが倒れてからというもの、シューインはこうやって彼女の傍を離れようとしない。以前にもあったことだけにレンの周りの人々は慌てもせずにテキパキと対応していたが、シューインにとっては初めてのことだったから、無理もないというものだろう。 しかも、やっとレンと気持ちが通じ合ったという矢先の出来事だっただけに……。 寺院に連れ帰って、自室に運び込まれても、レンの意識はすぐには戻らなかった。
シューインは、レンの目覚めを待つ間にコンサート関係者と寺院の人々からこれまでにもこういうことがあったことを聞いて、その頃にはなんとか落ち着きを取り戻していた。 ちょうどそこに居合わせたマリサが、ほっとした声で言う。 「一度目を覚ましたら、後はもう大丈夫だと思います」 シューインはまだ不安の拭い切れないままの顔を、その声の方に向ける。 「今までも、そうだった?」 彼を安心させるごとく、しっかりと頷くマリサ。 「ええ」 「そう、か…」 ほうっとレンの手に合わせた両手の上に頭を伏せて、シューインは安堵の吐息を吐く。 マリサはと言うと、レンから話しは聞いていたものの、憧れのブリッツのスター選手が目の前にいるのが信じられないと同時に、心臓がバクバクと脈打っていた。 「シュ、シューイン…さんも、す、少し休んだ方がいいですよ。召喚の力が戻ってくるまでは、しばらく眠り続けるって、レンがそう言ってましたから」 「……え?」 驚愕するシューイン。 「私がちゃんとレンのこと見てますから、一度お帰りになった方がいいです。シークスへは連絡してありますけど、ご家族も心配されているでしょうし、練習とか試合の予定とかもあるでしょう?」 シューインの様子に気づかずにマリサが話を続けていると…。 「ちょっと待って。……召喚って?」 「え? まさか、ご存知なかった訳じゃないです、よね?」 「…………」 「あ、私、どうしよう。余計なこと言ったんでしょうか…」 自分が重大な失態を犯したのではとオロオロし始めるマリサを見て、シューインはハッとし、曖昧な笑みを浮かべ首を振った。 「あ、ああ、悪い。ちょっと気が動転してて。大丈夫だから」 ホッと胸を撫で下ろし、安心したようにマリサが言う。 「はあ、良かったぁ。そうですよね、知らないはずないですよね。レンが召喚士だってこと、ザナルカンドの人なら誰でも知ってることだし」 「……そう、だね」 「じゃあ、私、シューインさんの代わりについていられるように他の用を済ませてきます。もう少し待っていて下さいね」 慌しくマリサが部屋を出ていった後、パタンと軽い音をたてて扉が閉まる。 部屋には、未だ眠り続けるレンと、一人呆然としているシューインが残った。 ―― 知らなかった ―― レンが召喚士だったなんて… ―― ……いや ―― 知ってたはずだ、歌姫レンが召喚士だってことは ―― だけど…… ―― レンがあの歌姫だって、やっと昨日知って… ―― 召喚士だってことにまで、気づかなかった ―― そういえば、レンが倒れた後だって… ―― 周りのやつらが、召喚って言葉を何度も言ってたじゃないか ―― レンのことばかり見ていて、聞えてはいても訊いてなかった…… ―― なんて… ―― なんて、馬鹿なんだ、俺は! 召喚士。 このザナルカンドにおいて、畏怖の念と尊敬を集める存在。 そして、今この時期。 召喚士は、すなわち・・・。 一般市民と違い、優先的に戦場に送られる。 そのことに、ようやっと思い至ったシューインは、足元がガラガラと崩れ落ちていくような感覚に襲われていた。 ―― やっと…… ―― やっと、たった一人のかけがえのない人と巡り会えたと思ったのに ―― その人は、明日にも戦場へと行かなければならないかもしれないなんて ―― レン! − 第十二話 END − |
○あとがき○ |