MENU / BACK
〜 FF NOVEL <FFX-2> 〜
by テオ


翼に変えて

第十一話・時の鳴動1





 豪華だけれど決して華美ではない落ちついた雰囲気の部屋の中。その広さの半分を占めるほどの大きな黒曜のテーブルを挟んで、二人の男が対峙していた。

「エボン殿、それではどうしてもご協力願えないと?」

 現評議会議長:ザンギンが、普段は誰にも見せたこともないような焦燥を帯びた様子で目の前の人物に訴えた。
 それを淡々と切り捨てるように、鋭い視線とともに召喚士エボンは言い放つ。

「何度も申し上げているはず。私が表立って動くのは、それが最後の時以外あり得ない、と…」

 重苦しい空気が流れる。
 それからしばらくの間、薄暗い部屋の中で動くものは何もなかった。ただ、テーブル中央に置かれた灯火によって映し出された二つの長く伸びた影が、それぞれ大窓を覆う厚いカーテンと反対側の壁面とで、ゆらゆらと揺れているだけ。
 同じように豪奢な椅子に座してはいても、苦しげな表情でテーブルの上で組んだ両手を震わせている者と、それを眇めた瞳で悠然と眺める者。
 この場の精神的優位が、如実に現れている構図だった。
 いや、この場合『覚悟』と言い換えた方が適切だっただろうか…。

「また、出直して参ります…」
 力なく立ち上がり出口へと向かうザンギンに、エボンが先ほどとはうって変わった哀惜の色を滲ませた声を掛けた。
「ザンギン殿、次は……おそらく、もう…」
 このザナルカンドにおいて、その言葉の後に続く意味を正確に把握しているのは、まさにこの二人だけだろう。
 それを発したエボン本人でさえ、その重みに言葉を続けられないほどに…。
 伏し目がちに振り返ったザンギンが、こっくりと頷いて言った。
「分かって…いるつもりです。お時間を取らせて申し訳なかった。失礼致します」
 その肩に悲壮と重責を乗せたまま、様々な文様の記された重々しい扉を開けてザンギンが静かに出て行った。バタンと自身の重みで扉が閉じる。
 痛切な表情で座ったまま見送ったエボンが、やがてゆっくりと立ち上がり、分厚いカーテンで閉ざされている大窓へと歩いていく。
 吊り紐を引き、ザッとカーテンが大きく波打って開いた大窓のその向こう、エボンが我が命よりも大切に思うザナルカンドの夜景が広がっていた。

―― ザンギン、お前とももう、逢えぬかもしれんな…

 評議会議員と召喚士という立場の違いはあれど、長きに渡ってこのザナルカンドを守護してきた者同士。互いに”長”という座に就いてからは、更に密接に関わりあってきた。
 合い入れぬ主張のぶつかり合いも、ひとえにザナルカンドのことを思えばこそだっただけに、むしろ彼らは精神的に最も近しい者同志だったのかもしれない。

 エボンが目線を僅かに横へとずらすと、黒々とした巨大な影が窓外の風景の半分を隠していた。

 ザナルカンド・スタジアム。
 ザナルカンドの象徴であると称されているそれは、しかし同時に、エボン個人の持ち物でもあったため、別名、エボン・ドームとも呼ばれる。このことからも、エボンがこのザナルカンドでどのような位置を占めているのか、推し量られるというものである。

 機械文明と魔法文明の理想的な融合を成し遂げた、スピラの宝石、ザナルカンド。
 エボンが長い時をかけて、創り上げ、大切に育んできた夢の結晶。
 そのかけがえのないものが、今、踏みにじられようとしている……。

 エボンの身体の奥から、無念の慟哭が(おこり)のように突き上げてくる。

 ドームと街から、上空へと顔を上げる。
 そこには長らくザナルカンドの光彩に侵された星々が、心細げに瞬いていた。


 停滞する空気を乱すように、いや、逆に華やげるかのように、ザンギンが出ていったのとは別の壁の扉から一人の女性が姿を現した。
「お父さま…」
 暗い翳りを落としていたエボンの瞳に、微かに明るさが浮かび上がる。
「ユウナレスカ」
 しなやかな物腰は、いつまでも変わらず美しいこの娘によく似合っている。
 父の思索を邪魔せぬようにと、そっと(かたわ)らにたたずむ明朗な美姫。
 娘のいたわりの優しい視線を受けて、エボンの瞳の奥に新たな悲しみの色が生まれる。

―― 私は、この愛しい娘でさえ……

 しかし、エボンは痛みを堪えるごとく一旦静かに目を瞑り、再び開いた瞳から悲哀を追い払う。
「ユウナレスカ、ゼイオンは今どうしている?」
 瞬間、ユウナレスカの表情が曇る。
「彼は…、また、戦場に…」
「そうか…」

 常にザナルカンド軍の総指揮を取っているユウナレスカの夫・ゼイオンは、前線に出ることはない代わりに、戦場においてのすべての責を負う。
 ゼイオンが長いザナルカンド史上最高の戦士であることは、誰もが認めるところである。しかし、それまで負け知らずの常勝将軍の名も、この戦いで地に落ちてしまっていた。
 それでもゼイオン以上の戦士はどこにも居はしない。幾多の名だたる名将たちでさえも、そのほとんどが既にこの機械戦争の露となって消えていた。
 今まで想像することすらできなかった敗北続きの戦い。しかし、いかに汚辱にまみれようと、ゼイオンは必死にザナルカンドとユウナレスカのために戦い続けている…。

 自分と同様、もしくはそれ以上に愛娘を想ってくれている雄姿を思い浮かべ、エボンは自分自身に渇を入れる。

「ユウナレスカ、心して訊いて欲しい…」
 かつて無いほどの重々しい父の声音に、ユウナレスカが身を引き締める。
「はい…」
 エボンが、淡々と非情な現実を語り始めた。

「ザナルカンドは……もうすぐ、終末を迎える…」

「!!」

 微かに予感はあったとしても、父の口から語られる衝撃の内容に、ユウナレスカはやはり動揺を抑えきれなかった。
「そんなっ、お父さまっ!」
「私とて認めたくはない。だが、それが『現実』なのだよ。ユウナレスカ…」
 訊きたくないと、白くて細い十指で自分の小さな顏を覆い、緩やかに幾筋もの流れを作る青髪を揺らすユウナレスカ。
 そんな彼女に、エボンは言い諭すようにぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「今まで、数多くの召喚士たちが戦場に散った…。そして、残った召喚士たちでこのザナルカンドを思念のオーラで包み守ってきた……。しかし、それももう……」

 朝と夕、決められた時間に各寺院で召喚士たちが行なう祈りの儀式。その時に祈りによって高められた召喚の力や思念を、強大な力で遠く離れた場所であってもひとつところに集め纏め上げてきたエボン。その中継と増幅装置の役目をエボン・ドームが果たしてきた。そうして集められ凝縮されて出来上がったオーラが、今度は目に見えない極薄い ―― しかしこれ以上ないほどの強固な ―― 膜となって巨大なザナルカンドの街ごと包み込んで外界から守っているのだった。
 そして、そんな人間離れした技が出来るのは、稀代の召喚士であるエボンただ一人であった。
 戦況が至極悪化している現在に至っても、ザナルカンドの街がまったく戦火に晒されていないのには、こういった事象があったのである。
 詳細はもちろん一般の人々には知らされてはいない。召喚士たちでさえ、自分たちの祈りがどのような効果をもたらしているのか知る者は極少数に限られている。彼らはただひたすら、ザナルカンドのためにと、祈っていただけだったから。
 しかし、スピラ随一の召喚士の数を誇っていたザナルカンドだったが、長引く戦争のために急速にその数が減少してきていた。戦場に行った召喚士たちが誰一人として戻ってこないのだから、それが当然のことなのだとしても…。

 召喚獣を操る者、幻光を操り幻覚の技を使う者、召喚の方法は違えども、召喚士たちはザナルカンドにとっては無くてはならない強力な戦力だった。

 最前線ではないにしろ、常に戦闘の中に身を置く召喚士たち。対して、同じ機械文明としての発展の方向を、ザナルカンドに追いつき追い越すために一番手っ取り早い兵器開発へと転化してしまったベベルは、いくらでも変わりの利く機械兵器と一般の信者たちを次々と投入してくる。そして、それらは回りの機械や戦士たちには目もくれず、召喚士だけを狙うよう指令されていた。それは、召喚士の真の恐ろしさをよくよく知っているベベルならではの作戦だった。そのことに気付いたザナルカンド側の他の戦士たちが、自分たちの大事な召喚士を守ろうと密集する。そこをまた集中的に狙われれば、ベベルの戦略に対抗する手段は皆無と言えた。

 当然、総指揮を預かるゼイオンがそのことに気づかないはずがない。彼はあらゆる手段を使って召喚士たちを隠し、守ろうとしていた。しかし、召喚士はなにもザナルカンドだけにいるのではなかったのである。自然発生的に召喚士が生まれるザナルカンドではさしたる必要もなかったが、優秀な召喚士を喉から手が出るほど欲していたベベルは、召喚士に代わるものとして機械兵器の開発に力を入れた。強い敵意に反応するよう創られたそれらは、自然、強い思念を発する召喚士たちを容易に見つけ出してしまう。
 いくら召喚士をひた隠しに隠しても、戦場にいる限りは必ずと言っていいほど見つけ出されいつの間にか敵兵と機械に囲まれていた。そういう戦うためだけに開発された機械に、ザナルカンドの優秀ではあるが本来の開発目的から外れて使用されている機械たちが対抗し得るはずもなかった…。

 それでも、今まではガガゼト山のおかげでなんとかベベルの侵攻を押し止どめられた。この霊峰を侵そうとすれば、勇猛猪突なロンゾ族が黙っていないからである。
 しかし、その最後の砦が崩されようとしている。
 まだ極秘情報ではあったが、ベベルがロンゾ族に対して、最近開発したらしい最新機械兵器をガガゼトに向かって使うと宣言してきたのだ。
『ザナルカンドへの進行を邪魔するならば、ガガゼト山を吹き飛ばす』と。
 そしてそれがはったりではないという証拠に、ベベルは試し打ちと称してその兵器を仮発動し、御山の入り口近くの一部を大きく抉(えぐ)り取った。強大な破壊の威力をまざまざと見せ付けられたロンゾは ―― なにより御山を守るために ―― 沈黙の途を取らざるを得なかった。
 ザナルカンドとしては、頼りとしていた者たちに裏切られた形であり歯噛みしたい思いだったが、それぞれの最優先で守りたいものの違いであるがゆえ、どうすることもできなかった。

 ただでさえ召喚士の減少により威力の落ちている守護オーラは、ベベル軍本体の侵攻にはとても耐えられそうにない。最近では、エボンにとっては多いに不本意ながらも、エボン・ドーム(スタジアム)で行われるブリッツの試合や歌姫のコンサートまで思念の力の収集に利用していたほどであった。
 エボンを受け入れ崇め、その理想の実現に大きな役割を果たしてくれた善良なザナルカンド市民は、エボンの守りたい唯一無二のザナルカンドの一部である。好んで利用したいはずがない。だが、そうしなければ、もはや守護の膜はその形容を保てないまでに弱まっていたのである。
 更に不気味なのは、その最新機械兵器である。ザナルカンドに対抗するために兵器開発へと転身したベベルの機械文明の発達は目覚しいものがあった。機械文明においては遥かに劣っていたはずのベベルが、こと戦争においては完全にザナルカンドを凌駕していた。
 このことが、人を生かすための機械よりも、殺すためのものがいかに簡単に作り出せるのかという事実を物語っていた。

 この情報をもたらしてくれたザンギンは、当然のごとく事の真実を突き止めんがため多くの密偵を放っていることだろう。そして、威力の薄れた守護膜の隙間をかいくぐって、ベベルの密偵もまた、このザナルカンドに潜伏していることも疑い様のない事実であった。
 情報合戦では一日の長のあるザナルカンドのはずだったが、それでもつい最近まで情報が漏れなかったということは、よほど厳重に管理されていたに違いない。それらを建造し秘密裡にしておくために、ベベルの地下迷宮の奥深く、いったいいかほどの人員の投与と犠牲があったのか計り知れない…。
 おそらく信者という名の犠牲者たちを使って……。

「この戦争でザナルカンドが負けることは、もう動かしがたい事実だとしても。
 私は、この美しいザナルカンドが消え去ってしまうことだけは、どうしても許せないのだ…」
「お父さま…」
 父の言葉に、痛々しいながらも同意の眼差しを向けるユウナレスカ。
 同じ色合いの瞳を見返して、エボンは凛とした口調で断言する。
「たとえ、この身と命、我が持てる召喚の力すべてを使い果たそうとも…」
「私にも、このユウナレスカにも、ぜひお手伝いさせてください。お父さま!」
 コクリと頷いて、エボンは愛しげにユウナレスカの頬へと手を当てる。
「そのつもりだ。所詮、ベベルに滅ぼされてしまえば、お前の身だとて危ういのだから」
 そこで、ぐっと奥歯をかみ締めたエボンはユウナレスカに強い視線を浴びせ掛けた。
「だが。ユウナレスカ…」
「はい」
「お前には、私や市民たちよりももっと過酷な運命を背負わせてしまうことになるかもしれない…」
「構いません!」
 思いがけなく強い口調でユウナレスカが言い募る。

「私はもう……何もできず、見ているだけは、いやなのです…」

―― お父さまやゼイオンのように
―― 私だって、このザナルカンドを愛しているのに
―― 召喚士として戦場に赴くことは、お父さまもゼイオンも許してくれはしない
―― それは、お父さまの娘として仕方のないこと…
―― けれど、大エボンの娘として、召喚士として
―― 私だって、ザナルカンドを守りたいのです
―― 私の愛する人たちのために、力を尽くして役に立ちたいのです

 今まで表にすることの適わなかったユウナレスカの思いが伝わってくる。
「私にできることがあるのなら、必ずやりとげて見せます!」
 優美な肢体に秘められた、強く固い決意。
 悲愴なまでのその表情から、エボンは我と同じ思いを汲み取っていた。
「それが、死よりも辛いことだとしても…か…?」
「…覚悟……しています」

 最愛の娘の、血を吐くような告白を受けて、エボンは大きく息をつき、最後の計画への始まりを告げた。

「では、ユウナレスカ。これから、私の最大にして最後の技、『究極召喚』を伝えよう」







     − 第十一話 END −





○あとがき○

前回の最後のレンの状態・・・。(^▽^;)
今回、まるっきりそのことに言及してないので、引きずったままになりますね〜〜。えへっ。(えへっじゃない〜〜!)
た、たぶん、次回かその次あたりではちゃんと二人の様子がどうなったか出てきますので、今しばらくお待ち下され〜〜。御辞儀。<m(__)m>

やっと、話が「起承転結」の「承」から「転」のあたりに入ってきたので、いろんなことが明るみに出てきてます。てか、今回で、二人(シューレン)の話の裏、ザナルカンド側の半分くらいは明確にしてるし。(汗)

いよいよ登場してきました。FFXやX−2で出てきていた重要人物たち。
もちろん、二人とも(今回まだ話だけで実際は出てないもう一人も)1000年前に「人」として生きていた頃の話になります。1000年後のスピラじゃ、三人とももう「人」じゃないしね。(^▽^;)
彼らも、いったいどういった経緯でああいうことになったのかまで、作者なりに解き明かしていくつもりです。シューインたちの話と平行していたはずですから。上手く絡み合わせられていればいいのですが・・・。(自信薄)

あ、ついでに。
ザンギンは、あいつの親父です。当然。(笑) やっと名前が出た。(レンの両親とは大違いだ)
母親の方の名前は・・・。出るかな〜、出ないかも〜? (まだ、考えてないし…(汗))

賛否両論あるかもしれない・・・今回、かなり。(大汗)
遠慮ないご意見、お待ちしております〜。

BACK