翼に変えて 〜プロローグ・遥かなるザナルカンド〜 |
<スピラ> 穏やかな時が流れる、世界。 自然と生き物が危ういバランスで成り立ち、幻光虫がその合間を埋めている。 幻光虫によって多くの恩恵を受け、そして又、幻光虫によって多くの物を失っていく。 儚くも、平和で静かな美しい世界、スピラ。 悠久の時を紡ぎ出すはずの、そのバランスを崩したのは・・・ 人 だった。 ここは、まだ、『シン』という存在さえない、スピラ。 スピラ一の繁栄を誇る都市、ザナルカンド。 機械文明と魔法文明の理想的な融合により、各地方の都市に先駆けて都市国家となってからは、このスピラにおいて長きに渡りザナルカンドの地位を脅かすものはない、と誰しも信じて疑う者などいなかった。 そう、ほんの数年前までは・・・。 だが、今、ザナルカンドは戦争の真っ只中である。 それも開戦当初はあっさりと片がつくだろうという大方の予想に反して、5年の歳月を費やしてもいっこうに戦況は進展せず拮抗したままであった。 相手は、同じ都市国家でもあるベベル。 ベベルも機械文明を取り入れ、ザナルカンドと同様に栄えてはいたが、その勢力はザナルカンドの比ではなかった。そのベベルがどうしてザナルカンドと戦火を交え、あまつさえ対等に渡り合っているのか・・・。 それは、一重に人的要因――すなわち、国家としての在り様に、端を発していた。 機械を取り入れているとはいっても、ベベルは元々は宗教都市である。当然、機械技術はザナルカンドに及ぶべくもないのだが、ベベルはスピラ各地から自発的に集まってくる信者という豊富な人材に恵まれていたのである。それ自体はなんら問題のあることではない。ベベルの一握りの上層部が、スピラ随一の座をザナルカンドに取って代わろうという野望さえ抱かなかったなら。 戦争の発端は、記録にすら残っていない、ささいな行き違いだった。だが、虎視眈々とザナルカンドに食らいつくチャンスを伺っていたベベルにとっては、どんな小さなイザコザも見逃すはずはなかった。末端の失態を大げさに取り上げて、ここぞとばかりに難癖をつけてくるベベルに、最初は適当にあしらっていたザナルカンド側も、次第に図に乗ってくるベベル側に挑発される形で、ついに戦端の火蓋を切ることになったのだった。 もちろん、ザナルカンドも単純に挑発された訳ではない。やはりそれなりの思惑があった。機械文化だけでなく、数多くの優秀な召喚士をその懐に抱えているザナルカンドは、ただ宗教的な総本山というだけで大きな顔をするベベルを、かねてから面白く思っていなかったのである。ここらで少々痛い目を見させて、あわよくば甘い汁を・・・と。自分たちの絶対的な優位を信じて疑わない、強者の論理であった。 権力者というものは、初めは高潔な理想を掲げてはいても、その地位に甘んじるうちに、次第に保守的に、そして結局は自分たちの利益優先の方向へと走っていく。 これは、そんないかにも利己的な見解を持つ極少数の者たちから起こされた戦争だったのである。 そして、強大な二都市の戦火は回りの都市をも巻き込んでいく。 ザナルカンドと懇意にしていたアルベド族の都市・アルテナは、開戦後すぐに参戦を表明しザナルカンドの同盟国という形をとった。 キーリカのキリアとビサイドのビザントは、強制的にベベル側に組み入れられた。この二つの地方都市は、中央から遠く離れていたために、主に物資援助という形式での参加を余儀なくされたのである。信心深い純朴な人々が多いがために、ベベルにいいように利用される形となったのだが、純粋な信者は疑うことを知らない。そこに付け込み、世論を操るベベル側の巧妙さには、舌を巻かざるを得ないというところだろうか。 その信仰心の厚さから真っ先にベベル側へと組すると見られていたロンゾ族は、都市国家として成り立っていなかったこともあったが、完全中立を宣言した。今も昔も、ロンゾはガガゼトが第一なのである。そんな彼らも、御山を害する者があれば即座に応戦するであろう。もちろん戦況次第ではベベルもザナルカンドも、この大きな戦力となりうる一族を利用しようと水面下で暗躍していた。決してロンゾ族だけには悟られないように。 排他的なグアド族率いるグアドサラムは、傍観を決め込んでいる。グアドに関係ないことに関与するつもりは毛頭ないといった様相である。そして、異界の守り手でもあるグアドには、どちらの陣営も簡単に手が出せないことも、又、確かなことであった。 スピラは大方三つの勢力に無理矢理に分類され、人々の心は荒れていく・・・。 しかし、戦火が長引いて一番の被害をこうむるのは、戦争を起こした当事者たちではない。日々をただ懸命に生きている、一般の市民たちである。自分たちの知らないところで勝手に大きくなっていった火種に、いつの間にか巻き込まれ、ひいては自分の、そして、自分の大事な人の命さえ弄ばれることになる・・・。 これは、そんな一組の恋人たちの、悲しい恋の物語。 − プロローグ END − |
○あとがき○ |