水 色 の と き − 後 編 − | ||
いよいよブリッツ第二シリーズのリーグ戦が始まった。 今回は前第一回の”スピラリーグ”を上回る盛り上がりを見せている。それは、前リーグには出場しなかったものの、同時期に開催されていたトーナメントで鮮やかに優勝を攫っていった、ビサイド=オーラカが出場していたからである。ここしばらく、リーグ戦もトーナメント戦もほとんどがアルベド=サイクスかルカ=ゴワーズが優勝していた。両チームのファンは当然盛り上がりご満悦だったが、その他のブリッツファンにとっては、変化の乏しい少々つまらない展開が続いていたのである。 ブリッツファンは、約2年前のあの素晴らしい逆転劇を忘れてはいなかった。 そして、ワッカとともにあの逆転劇をもたらしたと思われる、ここしばらく姿の見えなかったオーラカの選手”ティーダ”が久しぶりにトーナメントに出場していたのである。何故今までブリッツに出場していなかったのか細かい事情は分からずとも、あの時の興奮をもう一度、と誰もが期待していたとしても何ら不思議はないだろう。 ブリッツ第二シリーズ、『永遠のナギ節』記念リーグ。 毎年、第一シリーズにはその年その年の特筆すべき事柄が冠とされていた。特別なことがなければ、そのまま”スピラリーグ”となる。 そして、2年前から第二シリーズは必ず”『永遠のナギ節』記念リーグ”と定められていた。この命名はブリッツファンだけでなくスピラの民すべての意向と言っていいだろう。裏話として、最初に候補に上がった冠名は”大召喚士ユウナ記念”だったのだが、これは当の本人によって即座に却下されていた。そういう経緯を経て、やっとこの名前に落ちついたという。 リーグ戦の開幕当日、ビサイド=オーラカは満を持してルカへと乗り込んできた。船着場では、昨年までは見られなかった大勢のファンたちに出迎えられて。 しかし、オーラカのメンバーたちは今まで見たこともないほどのファンの数に浮かれるどころか、誰もがその顔つきは厳しいものだった。不安とは別の、むしろ覇気が溢れているといった感の気迫を発散していた。その様子を見たファンたちが、尚一層の期待を募らせたことは言うまでもない。 ルカへと向かう連絡船の中、ワッカとティーダによってある計画を打ち明けられたオーラカメンバー。最初は驚いていたものの、すぐに納得し、皆協力に賛同してくれた。ワッカとティーダはまずは第一段階クリアとばかりに、ホッと胸を撫で下ろす。この計画にはオーラカ全員の一致団結が必要不可欠だったから。 すなわち、このリーグ戦を必ず優勝する、ということである。 一方、ユウナとルールーはビサイドに残っている。 今回は、最初からついて行くと言っていたユウナに、ティーダが断言した。 「必ず優勝するッス。だから、最終戦に間に合うように、ルールーと一緒に来て欲しいんだ。」 赤子を連れたルールーを、一人でルカへと向かわせられないと理解したユウナ。 「うん、そうだね。じゃあ、後で行くから必ず優勝だよ?」 「任せろって!」 そう言ってルカへと発っていった頼もしい人を、ユウナは一抹の不安を覚えながらビサイドの船着場で見送った。 一緒に見送りに来ていたルールーが、立ちすくむユウナの肩をポンと叩き慰める。 「大丈夫よ。リーグ戦は長いんだし、ずっとルカに留まるのも大変でしょう? 今回だけはほんの少し我慢しなくちゃね。」 ルールーの言い様に、くすっとユウナは笑いを洩らす。 「この間と言うことが反対だね、ルールー。」 「あら、この間とは事情が違うでしょう? ちゃんと後から行くことになってるんだから。楽しみに待てるってものよ。」 「ルールーも?」 「そうね。この子が生まれてから初めてかしら、ビサイドから出るのって。楽しみだけど、やっぱりこの子のことが心配だから。」 「うん。ちゃんと手伝うからね。」 「頼りにしてるわ。ユウナ。」 話しをしている間中、ユウナはルールーに抱かれた赤子を覗きこみ、指先であやしていた。その様子を微笑みながら見つめていたルールーが、海上遠く消えていく船に視線を送り胸のうちで伝える。 ―― ユウナのことは、大丈夫。 ―― だから、しっかりね。みんな。 「さあ、船も見えなくなったことだし、そろそろ帰りましょうか。」 「うん。」 ユウナと一緒に村へと歩き出し、ほっと一安心したルールーが思わず考えていたことを口走る。 「これから忙しくなることだし…。」 「え? 忙しいって? ルールー?」 ルールーの小さな呟きを聞き逃さずに、ユウナがキョトンと小首を傾げる。 「あ、ううん。この子も連れていくんだから、いろいろと準備しなくちゃってこと。」 「そっか。そだね。」 自分の失言に内心では多いに焦っていたとしても、表にはカケラも出さず、みごとに乗り切ったルールーだった。 そして、ルールーは自分の失言通り、それからが大変だったのである。 計画の共謀者であるワッカとティーダは、二人とも計画の一端であるブリッツのリーグ戦を優勝するために頑張っている。その上、二人は試合の合間にルカでもやらなければならないことがあったから、それ以外のことで動けるのはルールーだけだった。 まずは、赤子を抱えて自由に身動きできない自分の代わりに、動ける協力者を確保しなければならない。当然、ターゲットは決まっている。 村に着きユウナと分かれてから家に入ると、眠った我が子をベッドに寝かせてから、ルールーは家の奥に置いてあった通信スフィアの所に行きスイッチを入れた。 「聞こえる? リュック…。」 普段はめったに使わない通信スフィア。緊急時用にと、リュックから渡されていたモノである。以前は呼び出しは向こうからの一方通行だったのだが、これは双方から呼び出せるようにしっかり改造されていた。ガガガとしばらく雑音が入った後、スフィアにリュックの姿が映し出される。 「お? ルールー? どしたの? また何かあった?」 今回の経緯はまったく知らせてはいないのだが、やはりいつもユウナのことを気にかけているリュックらしい返事だった。ルールーが微笑みながら、スフィアのリュックに話しかける。 「ええ。あったというか、これからあるというか。」 「へっ?」 訳が分からん、といった感じに眉をひそめるリュック。 「とにかく、すぐに来て欲しいの。詳しい話はそれから。」 「ん〜〜?」 「無理? 忙しいのかしら?」 思案顔のリュックに、ルールーは改めて申し訳なさそうに尋ねる。 「ん、ダイジョブだと思う。ルールーがそう言うんなら、すぐ行くよ。」 「悪いわね。いつも突然で。」 「へーきへーき。ちょうどブリッツも見に行きたいって思ってたとこだしねー。」 「そう。じゃ、待ってるわ。できるだけ早くお願いね。」 「了っ解〜!」 プツンと通信スフィアを切って、一息つくルールー。 「あとは、リュックが来てからね。あ、ちゃんとユウナには内緒だってことも言っておかなきゃね。」 楽しげに独り言を呟くルールーの姿は、めったに見られない光景だった。 そして、数日が矢のように過ぎていった。 ここはルカスタジアム。 ”『永遠のナギ節』記念リーグ”も予定の試合のほぼ2/3を消化し、勝敗の行方も大方見えてきたというところだろうか。現在1位を争っているのは、近年一番優勝回数の多いアルベド=サイクスと、もうダークホースとは言えなくなりつつあるビサイド=オーラカである。 アルベド=サイクスはそのスピード感溢れる試合運びで、以前は常勝と呼ばれていたルカ=ゴワーズでさえもなかなか勝てないほどに洗練されてきている。それには、アルベド族に対する偏見がかなり薄れてきたという世情も、大きく影響しているのは事実だろう。 一方、ビサイド=オーラカは2年前に一度だけ優勝したという経験はあるものの、ここ最近はまったく成績が振るわなかった。それが、強力なエースの再登場で、今シーズンになっていきなり頭角を現してきた。オーラカは、元々チームワークだけは抜群なのだから、得点力さえ揃えばチームの総合力としては申し分ないのだった。 弱かったチームが急に強くなることほど面白いものはない。ブリッツファンは多いに燃えていた。 しかし、燃えに燃えているファンたちは気付かなかったが、オーラカの選手たちは試合の合間に奇妙な行動を見せていた。もちろん、優勝を狙っていると豪語するからには日々の練習も欠かしてはいない。試合の後もミーティングを重ね、反省点を話し合い、夜間練習で欠点を補う。これまでにないほどの気合の入り方に、オーラカファンならずとも自然期待度が高まるというものである。 ただ、試合と練習に明け暮れるだけでなく、何故かオーラカの選手たちがスタジアムのあちらこちらで見かけられたのだった。どうしてブリッツの選手がこんなところに?と思われるような場所にまで…。それは機関室であったり、観客席の上部であったり、たまにはスフィア放送席だったりと。その不可解な一連の行動も、ほんの一時のことだったから目撃した多くの人々はそのまま気にせず忘れ去っていったのだが。 前回、ああいう事件を起してしまったティーダは今度こそはとほとんどの外出を自粛していた。ユウナがルカへ来ていないことは知っていたけれど、ほんの僅かでも心配の種を撒くつもりはなかった。 「とにかく、このことが終わるまでは…。」 外で行わなければならないことは他のメンバーに頼み、練習と試合以外は宿の部屋にこもった。そして、ワッカとともに入念に計画を確認し合い、実行のための準備を着々と進めていたのだった。そんなことをしているとそれだけでストレスが溜まりそうではある。だが、彼らは今回は大きな目的がある。その目的のために突っ走る彼らには、疲れやストレスは無縁のものだった。 ワッカやティーダはもちろんのこと、メンバーたちの思いも一つ。 「ユウナちゃんの、幸せそうな笑顔のためなら!」 これまでにないほど、強力なチームワークでがっちりと結ばれたオーラカに対抗できるチームなど、スピラ中探してもどこにも在りはしない……。 そして、第8戦、第9戦と試合が行なわれ、とうとう明日の最終戦を残すのみとなった。 ここまで互いの引き分け以外は全勝できているオーラカとサイクスの、最後の直接対決となった。得失点もほぼ同じ。わずかにオーラカが上回っているくらいである。それもこの10戦次第ではどうなるかまったく分からない。 得点王も、今のところ、ティーダとサイクスのブラッパとが同得点で一位を争っていた。 ユウナたちは9戦目に間に合うようにルカに来ていた。ルールーに頼まれたというリュックに飛空艇に乗せてもらって。 飛空艇の中にて。 「リュック、ありがと。」 「ん? 何が? 飛空艇のこと?」 もうすぐルカに着くという頃、ブリッジでユウナがリュックに話しかけてきた。 「うん。」 「いいよぉ。だってルールー赤ちゃん連れてるんだしさ、船じゃタイヘンだったでしょ?」 「うん、だから大助かりだよ。」 ユウナが前に伸ばした両手を組み合わせて裏返し、ふぅとため息をついて笑った。 「でも、赤ちゃん、かぁわいぃよねぇ。アッタシも欲しくなっちゃったなー。」 「かわいいよねぇ。」 「ユウナんとこだって、すぐなんじゃないのぉ?」 そう言って、ウリウリと肘でユウナをつつくリュック。 「な、何言ってるの。リュックったら、もうっ!」 途端に顏を赤くして、後ろを向いてしまったユウナの姿が、心なしか肩を落としているのをリュックはちゃんと気がついていた。 ―― やっぱりユウナん、あのこと気にしてるんだね…。 ―― まさかって思ってたけど、ルールーの言う通りかぁ。 背後に気配がして振り向くと、赤子を抱いたルールーが困ったような目つきで微笑んでくる。それをコックリと頷いて、リュックは「大丈夫。まかせといて。」の意のウィンクを送った。 ルカに着くと、ユウナとルールーを降ろしたリュックは自分は降りずにそのまま飛空艇で発っていった。 「アタシはまだちょっと用があるからさ。ちゃんと最終戦には間に合うように戻ってくるから〜。でも、アタシはもちろんサイクス派なんだからね。応援の時は、ライバルだよっ。」 という言葉をしっかりと残して。 オーラカの9戦目は第三試合だったため試合開始時間が遅かったのだが、相手が今では万年最下位の呼び名をオーラカから引き継いでしまっているキーリカ=ビーストだったものだから、あっという間にコールド勝ちで終わってしまった。結局、ビーストは今回も最下位に甘んじそうである。 試合後、ルールーの「控え室に行く?」の呼びかけに、ユウナ黙って首を振る。未だ癒えてない傷口を開くような真似をするはずのないルールーは、「じゃあ、後で泊まっている宿を尋ねましょう。」と言って慰める。それに、また黙って頷くユウナだった。 出場選手たちは大会側で用意した宿に泊まっているため、ユウナたちとは宿が違うのだった。そんな中、なかなか宿のとれないこの時期に、ちゃんとすぐ近くの宿を確保していたのは、さすがルールーというべきか…。 その後尋ねた宿でも、明日の決戦への意気を高めているオーラカチームに水を差すようで、ユウナたちは早々に切り上げることにした。それでも、ワッカが我が子との再開にはしゃぎ、別れを惜しんでいる少しの間だけ、ユウナはティーダと二人きりになることができた。 宿の窓辺に二人並んで、ビサイドよりは数少なく見える星空を眺める。 「いよいよ、明日だね。」 「うん。頑張るッス!」 「期待してるからね?」 「おう! 任せとけって! ついでに得点王もいただきッスね。」 「ふふっ。」 不安など微塵も感じさせない頼もしいティーダの態度に、ユウナは安心の笑みを浮かべる。 ―― うん。この調子なら大丈夫。 ―― 私のことなんて、気にして…ないよね…。 クンっと過ぎる切なさを、改めて胸の奥深く沈めるユウナだった。 それを扉の影から盗み見ている夫婦。ひそひそと窓辺の二人に聞えないように囁き合っている。 「それで、準備は?」 「へっ。完璧!ってか?」 「ふふっ。じゃあ、後は明日のリュックを待つだけね。」 「ああ。それと、もう一人もな。」 「それより、大丈夫なんでしょうね。ちゃんと優勝できるの?」 「心配すんなって。今までの俺たちじゃねえ。」 「頼もしいわね。順調にいくように頑張って。」 「ああ、誰よりアイツがな。」 ワッカとルールーの視線の先に、ユウナの肩を抱いて寄り添っているティーダの姿。 こうして、決戦前夜は更けていった。 ”『永遠のナギ節』記念リーグ”最終戦。 優勝の行方を決めるビサイド=オーラカとアルベ=ドサイクスのカードは、第三試合に組まれている。しかし、この日は試合終了後の表彰式もあるために、第一試合から開始時間が早めに設定されていた。第二試合が始まる頃に合わせて、比較的のんびりと宿を出たオーラカメンバーとルカスタジアム入り口で別れ、ユウナとルールーは観客席へと向かう。背後から、オーラカの選手たちの円陣を組んだ元気な掛け声が聞えてくる。 「優勝だ、優勝だ、絶対、絶対、優勝だ! オー!」 クスクスと笑い合う、ユウナとルールー。 ユウナが頼めば、すぐにでもゴール真後ろの貴賓席を用意してもらえるのだが、ユウナの性格からそれはするはずもない。それでもオーラカの関係者として、かなりいい席を割り当てられていた。元々、丸いスフィアプールはどの角度からでもよく見えるのだが、ゴールポストを左右にした真横から見る席が一般的に最上とされていた。その場所にあたる階段のすぐ上のボックス席である。 第二試合は、キーリカ=ビーストとグアド=グローリーの最下位決定戦とも呼べるようなカードだったので、観客席にはまだまだ空きがあった。しかし、ユウナたちが着席したすぐ後あたりから、次第に他の観客も増えてくる。皆のお目当ては、当然この次の試合にある。僅かしかいない、現在行われている試合のファンたちが、必死で応援している様がなんだか可哀想になってしまうユウナだった。 そうこうしている間に、リュックがひょいっと姿を現した。 「来たよ〜。」 「遅かったねぇ。」 「そかな? ま、いいじゃん。ちゃんと肝心の試合には間に合ったんだからさ〜。」 フンフンと鼻歌交じりのお気楽リュックは、しかし、ユウナの隣には座らず、ルールーの横へと移動する。 「?」 当然自分の隣に座るものだとばかり思っていたユウナは、その行動を問いただそうとしたが、ルールーに抱かれた赤ん坊を蕩けるような顏で眺めているリュックを見て、「そっか。」と一人納得していた。ユウナの視線が外れると、スタジアムの騒々しさに紛れてヒソヒソと話し合うリュックとルールー。 「連れてきたよ。」 「ご苦労様。今、どこに?」 「貴賓席の裏。試合はちゃんと見るって。」 「そう。いいんじゃない? 準備は別に必要ないんだから。」 「うん。そう言ってた。張りきってたよ〜。」 「フフフ。当然ね。」 「じゃ、アタシも試合が終わるまでは思いっきり応援しちゃおっと。」 「リュック?」 「大丈夫だよ。今日だけはオーラカ応援してあげる。ユウナんのためだもんね。」 ありがとう、と憧れの女性に言われて、へへへ、と照れ笑いするリュック。 第二試合が終わった。 やはり今回も、キーリカ=ビーストが最下位に決定したようだった。ガックリと肩を落としている選手たちとファンの姿が、人事ながらに痛々しさを漂わせていた。 ルカスタジアムはこの第三試合開始前から、興奮のルツボと化していた。いや、スフィア放送によってこの試合に限り全世界に向けて実況生中継されることが決定していたから、ルカ中、スピラ中がこの試合に注目していたと言っても過言ではないだろう。 今ではもうすっかり満杯になってしまった観客席からどよめきが湧き上がる。 いよいよ、第三試合の選手たちがスフィアプールに姿を現したのである。 ユウナの瞳は、すぐに探していた金色の髪を捉える。 ―― ティーダ。頑張って。 胸元でぎゅっと両手を握り締めて、ユウナは祈るような面持ちで見つめていた。 ”『永遠のナギ節』記念リーグ”、最後の試合 試合は、手に汗にぎる緊迫したものだった。両チームともなかなか点を決められない。特にゴール前の攻防は凄まじいものだった。同カードの前試合の引き分けも、こうして得点のないまま0対0で終わってしまっている。なんとか1点をと、そして、1点も入れさせるものかと、両チーム譲らないまま前半が終わる。 ハーフタイムになって、矢も盾もたまらないとばかりにリュックが座席から立ち上がった。 「アタシ、みんなにハッパかけてくる!」 飛び出す前に、ユウナに向かい一言だけ聞いてみる。 「ユウナんも行く?」 しかし、案の定、ユウナは複雑な表情をして、 「ううん。」 と思った通りの返事を返してきた。 「じゃ、行ってくるねっ!」 リュックは脱兎のごとく駆け出していった。 間際に、リュックがルールーと目で合図をしていたことを、真剣にスフィアプールを見つめ続けるユウナは気づかなかった。 ハーフタイムで一度スフィアプールから退出していた選手たちが、再び姿を現し、後半戦が始まった。 後半が始まっても戻ってこないリュックのことに思い至らないほど、ユウナは目の前で繰り広げられている死闘に見入っていた。途中でむずがる赤ん坊にルールーがミルクをやっていることも、まったく目に入ってはいないようだった。ルールーが「しょうがないわね。」的なため息をつく。 そして、後半戦終了寸前。 執拗なディフェンスの壁をやっとの思いでくぐりぬけたティーダの放ったシュートが、鮮やかにゴールに決まった! 「やったっ!」 我を忘れて立ち上がるユウナ。その瞳は喜びにキラキラと輝いている。 スタジアムが、熱狂的な歓声でドォっと揺れる。 その直後、試合終了のブザーが鳴った。 すべての観衆は熱い歓声と割れんばかりの拍手で、この素晴らしい熱戦を称えていた。 「勝った! 優勝だよ、ルールー! リュック!」 そこで初めて振りかえったユウナは、リュックがそこにいないことに気づく。 「あれ? リュックは?」 ルールーがくすくす笑いながら、呆れた顏で首を振っていた。 「え? ……あ。」 リュックを探していた視線をスフィアプールに戻したユウナは、その中で喜びを分かち合うティーダたちに再び目が釘付けになった。水の中の人は、本当に嬉しそうに輝いていた。 ―― 良かったね。頑張ったね。 胸の奥の不安も一時忘れ、ユウナは心からの賞賛を送る。 戦い終えて互いをねぎらい合った後、サイクスはもちろんオーラカの選手たちが次々と退出していく。 スフィアプールの中には、ティーダ一人だけ残っていた。 「あれ? どうしたのかな?」 ユウナは素直な疑問を口にする。 しかし、ルールーに聞こうとする前に、場内に大音量のアナウンスが響き渡った。 「お知らせ致します。この後、表彰式に移る予定でしたが、今回は急遽取りやめとなりました。」 スタジアム中がざわざわとどよめいた。ユウナも「どうして?」と思わずにいられない。 「表彰式に変わりまして、特別セレモニーをお送り致します。」 一瞬にして、スタジアム内の不満のざわめきが期待のそれに変わる。 そして、次の瞬間、思いがけないことが起こった! 「ユウナ」 今、スフィアプールにいるはずのティーダの声が聞えてきたのだった。 ユウナだけでなく、スタジアム中の人々がスフィアプールの中を一斉に見つめる。 スフィアプールのど真ん中、ティーダは、そこにいた。 無数の視線を浴びる中、ティーダは真っ直ぐにユウナの方を向いている。
周りの騒々しいざわめきも聞こえてこない。 観衆の目がティーダから自分へと移ってきているのも気付かない。 そのティーダの声がスフィアに録音されたものだということなど、思い当たるはずもない。 ルールーが「行ってらっしゃい。」とばかりに微笑んでいることも…。 自分がいつの間にか走り出しているのさえ、自覚していないユウナ。 すべての人々が見守る中、ユウナは疾風 階段を駆け下りる。 正面入り口を通り抜ける。 控え室前の階段も廊下も走り通して。 その時のユウナは、そこがあの事件のあった場所だということも、まったく思い出しさえしなかった。 控え室のドアを勢いよく開けて、中に飛び込む。 と、そこには…。 リュックが待っていた。 驚き、急激に思考が戻ってくる。 「リュック! どうしてここに? どうして…」 「はいっ、話はあとあとっ。さっ、ユウナん、急いでこれ着て!」 有無を言わさず、リュックはその手に持った白いレースの衣装をユウナに着せかけていく。 「え? ま、待って、リュック。私、何が何だか…。それに、これって?」 「いーからいーから。ユウナんは今は何も考えなくていーのっ。」 ユウナが反抗する間もなく、手早く衣装を纏わせられていく…。 「え? え? え?」 壊れたスフィアのように同じ声を発するしかできないユウナは、まるで操り人形のように自分の腕を上げては袖を通し、レースを羽織る。 ―― よしよし。いっぱい練習したんだもんねー。 ルールーに教えられて、人に着付ける方法を。 瞬く間に、清楚な花嫁姿が出来上がった。 やっとそれと気付いたユウナが絶句して立ちすくんでいるのを、スフィアプールへと繋がる水圧調整室のドアを開けてから、リュックがそっと背中を押した。 「ほらっ。ユウナん。アイツが待ってるよ。」 そのリュックの言葉に、ピクっと肩を震わせたユウナが、コクンと頷いてドアの中へと歩き出す。 「…うん。」 既に滲み始めているユウナの瞳と声音に微笑んで、リュックがヒラヒラと片手を振った。 ユウナが調整室の中に入ったのを見届けてから、バタンと重さのあるドアを閉めたリュックの耳に、微かにユウナの声が届く。 「……リュック。ありがと。」 分厚いドアの向こうの従姉妹に、リュックは優しく独り言を呟く。 「アタシだけじゃなくて、みんなにもね。」 警告灯が灯る薄暗い部屋の中、静かに素早く水が満ちてくる。それが満杯になるのを待ちきれないように、ユウナは前方下方にあるスフィアプールへの扉を目掛けて水の中に飛び込み泳ぎだしていった。 スフィアプール内に入った途端、溢れる光・光・光。 数え切れないほどの疑問はあるけれど、今のユウナはただ一つのことだけしか頭に浮かんでこない。 ―― ティーダ ―― ティーダ ―― ティーダ… 彼の人が待つところへと、踊る思いを抱きつつ泳いでいくユウナ。 ユウナの纏ったウェディングドレスが、まるで水中花のように艶やかに広がりなびく。 その言い様もない美しさに、観客たちから感嘆のため息が漏れる。 ボックス席に取り残されていたルールーが、人々の反応を見て一人ほくそえんでいた。 「リュックとあれこれ悩んだ甲斐があったわね。」 水の中での広がり方から、光を浴びてより映えるようにと、いくつもの生地の中から実際に何度も試して、厳選した素材で作られたドレス。 「だよね〜。」 急ぎ戻ってきたリュックが隣に座りながら、ルールーの言葉の後を継ぐ。 したり顔の女性陣。 「さあ、ここからはあんたたちの出番よ。しっかりね。」 スタジアム中に散らばった共謀者たちへと、ルールーが合図の手を上げる。 ユウナがティーダの元へとたどり着く。 すると、夕刻も近くなり閉じたドーム内に燈 だが、観客たちが騒ぎ始める前に、それは始まった。 光が、一条、また一条と、観客席の上部あちらこちらからスフィアプールへと集まってくる。 それは、ルカスタジアムの照明担当職員の力も借りて、オーラカのメンバーたちが送る、”水と光の饗宴”だった。 幻光が濃く溶けこんだスフィアプールの水の屈折率も計算されたそれらは、色とりどりに理想的な屈曲線を幾つも描いて、さながら巨大な水の宝石を彩 最後に、スタジアム最上部に位置するスフィア放送席から巨大な光束が発された。それもまた屈折を利用して、水球の真上から真下へとティーダとユウナの周りに眩 あまりにも幻想的な美しい光景に、観客はもちろんのこと、ユウナも呆然として身動きさえできない。 スっとユウナの目の前にティーダの手が差し出される。 誘われるがままユウナがその手を取った時、もう一つスポットライトを浴びた場所が照らし出される。 スタジアムの正面にあたる貴賓席に、ライトを浴びたキマリの姿があった。 「霊峰ガガゼトを守護するロンゾの長老として。」 朗々と、高らかに、キマリの声が広いスタジアムの中に雄々しく響き渡る。 「二人の結婚を正式に認めることを、ここに宣言する。」 同時に、声を出すことをさえ忘れ去っていた観衆が我先にと立ち上がり、ワッととどろく歓喜の喝采でスタジアムを満たしていった。 貴賓席にいるキマリの上方にあるスフィアビジョンには、今までの様子がすべて映し出されていた。 そして、スフィア放送を通じてスピラ全土にも発信されている。 それは、今この時、この奇想天外な結婚式をスピラのほとんどの人々が見つめているということでもあった。 スフィア映像がティーダとユウナのアップに切り替わる。 たちまち、音という音がスタジアムから消えていく。 すべての中心にいる、二人。 触れ合っている手から、お互いの想いが伝わってくる。 ―― ユウナ 見つめあう瞳が、言葉よりも多くのことを語っている。 ―― ティーダ それ以上の言葉は、必要ないと思えるくらいに…… ティーダが繋いだ手をそうっと引き寄せて、もう片方の手をユウナの頬に添える。 感極まって、またもや何も考えられないユウナは、ただひたすらティーダを見つめ続けていた。 ふっと、二人を取りまく光たちでさえ霞んでしまうほどの笑顔を浮かべ、ティーダがユウナに顏を近づけていく。 目の前がティーダで満たされた時、ユウナは自然と瞳を閉じて、すべての感覚でティーダを感じていた。 くちびるで。 あたたかな、しあわせの想いを。 瞳をそっとあけたとき、ユウナの世界は大好きな人に染まっていた。 ―― わたしの太陽。 そして、みんな。 素敵な贈り物、ありがとう。 直後、三度 大はしゃぎする者、涙する者、人それぞれの様相は違えども、皆、一様に祝福の表情を露わにして。 もう二度と味わえないだろうと思えるほどの感動に、感謝して。 そしてその思いは、スフィア放送を見ていたスピラのすべての人々にも風のように伝わっていった。 大役を終えたルールーが、あの日のティーダを思い起こす。
「確かにこれほど強力な方法は、他にはないわね。」 夢心地のままのリュックが、うっとりと瞳を蕩かせて頷いている。 「そだね〜。はぁ〜、いいなぁ。ユウナん。」 スタジアムの各所に散らばっていた男性たちも、協力してくれた人々と一緒にこの大仕事の成功を喜びあった。 貴賓席にやってきたワッカは、やったとばかりにキマリとガシリと腕を合わせている。 今、スピラの中心にいる二人をその身に抱くスフィアの水は、人々のすべての思いを受けて、幻光よりも美しく煌めいていた。 そして、この一大イベントを締めくくったのは…。 やさしくティーダに抱きしめられていたユウナが、 その腕の中からゆっくりとあたりを見渡して。 あふれる幸せに輝く、水色のほほえみ。 〜 E N D 〜 Illusted by Yasushige
| ||
○あとがき○ |