ミヘンの夕陽が真っ赤に燃えて、あたしを愛に染めたのさ | |
ここはミヘンの南街道。 日もそろそろ暮れようかと、空も海も次第に赤く染めながら、道行く人々の影を長く伸ばしている。 おりしも道の向こうから、三者三様の影が近づいてくる。 ヒョロヒョロと縦に伸びるだけ伸びた影と。 伸びてさえ楕円形にしかならないデップリした影と。 歩くたびクネクネとしなる曲線だらけの影と。 三っつの影が近づくにつれて、だんだんあたりがにぎやかになってくる。 いや、騒々しい、いやいや、うるさいと言った方がいいくらいの・・・。 「なんだいなんだい。近頃の奴らときたら、本当にしけてるったらありゃしないよ」 真ん中のクネクネが言う。 「そんなこと言われても、お嬢〜」 楕円の声が情けない。 「そうです、お嬢。あれはいくらなんでも…」 ヒョロヒョロが後を継ぐ。 「なんだい? お前たち。あたしに意見しようってのかい?」 クネクネ ―― ルブランがハリセンをパシンと鳴らして、二人を睨む。 「そそそそんな、お嬢! 俺たちはそんなことはちっとも…」 「お嬢。どうか、気を静めて」 デップリとヒョロヒョロ ―― ウノーとサノーが、慌ててルブランのご機嫌を取る。 ふふん、と笑ったルブランは、二人に意地悪い視線を流して言った。 「ふん。そうだねぇ。それならお前たち二人に、足りなかった分を稼いできてもらおうかねぇ」 「え゛っ」 「うちは今じゃ大所帯なんだよっ! あれっぽっちでやってけるとでも思ってたのかい?」 「………」 まったくいつものことながら、二の句が継げない二人であった・・・。 「うん? おやぁ? あそこに倒れてるのは……人じゃないのかい?」 道の少し先の草むらにあるなにやら黒い塊りが、ふと、ルブランの視界にひっかかった。 ルブランの矛先が変わったことに、嬉々として乗っかるウノーとサノー。 「あ゛、そうそう。人が倒れてますぜ、お嬢」 「これは天の助け……いや、おほん、ちょっと見てきましょう」 言うが早いか、デンデン、ヒョコヒョコと人影らしきモノのところに走っていく。 「あ! ちょいと! お待ちよ。あたしも行くよぉ」 我先にと駆け出した二人をクネクネと追いかけるルブラン。 先に現場に着いた二人が近寄ってみると、やはりそれは人だった。逞しい身体つきの男だが、少しばかり普通と違う。 「行き倒れ、かな?」 「行き倒れ、だな」 倒れるまえに道行く人の邪魔にならぬようにという配慮でもあったのか、ミヘン街道の道端の奥、群生した雑草に埋もれるようにしてその男はうつぶせに倒れていた。もちろん意識はなさそうだ。半分近く、機械で覆われた身体。 しかし、二人、その顏を覗き見て、 「これは、まずいと思わないか? サノー」 「ああ、多いにまずいぞ。ウノー」 そこへ息を切らしたルブランがやっと追いついてきた。 「はぁはぁ。お、お前たち、足だけは速いんだから、まったく。ふぅ〜。さぁて…と…」 かなり苦しそうな様子ながら、興味の方が先立つルブランは、早速二人を押しのけて目的の物を見ようとする。 「お、お嬢! こ、ここは俺たちがっ!」 「そ、そうです。お嬢の手を煩わすまでもない」 浮き足立ちつつも必死にルブランを留めようとしたが、そんなことにルブランはものともするはずがない。 「な〜に言ってんだい。 ほら、そこをおどきよっ」 命令されてしまえば、従うしかないのが手下の辛いところ・・・。 泣く泣く二人の間を広げて、ルブランを通す。 「どれどれ。おや、やっぱり人が倒れてたんじゃないか。ふ、ふぅ〜ん……」 ルブランがその男の顔をまじまじと覗きこんだ。 じっとりと滲む汗を感じながら、天の啓示を待つごとくルブランの反応を見守るウノーとサノー。 「はぁ〜。いい男じゃないかぁ」 うっとりと見惚れているルブラン。 ―― やっぱり… 彼女の好みを熟知しているだけに、予想していた通りの反応にガックリうな垂れる二人。 「で、でも、お嬢。なんかやばそうですぜ、こいつ」 「そうですよ。身体中機械だらけなんて、怪し過ぎます」 言っても無駄だろうと知りつつ、せめてもの抵抗を試みる。 「いいんだよっ! いい男なら、なんだって」 またもや、思っていた通りの言葉を返されては、もはや後は降参するしかない。 対して、何やらやけに楽しそうなルブランは、しばらく男の顔を眺めてから言い放った。 「さっ、じゃあ、この人をアジトまで運んでやりな」 「う゛、まじ、ですかい?」 「当ったり前だろう? あたしがこのままほっとくとでも思ってかい?」 「いえ…。わかりました。運ばせてもらいます」 そうなのだ。ルブランは見かけに寄らず情に厚い。路頭に迷っている輩を拾ってきては、面倒を見てやり、その輩が望めば手下にしてやる。押しが強い割りには無理強いはしないから、かえって皆喜んで手下になる。「恩に着る」とは、まさにこういうことだ。かく言うウノーとサノーもそのクチだった。 だからこそ、ルブランの命令には逆らえない。 少々悪どいことをしようが、このご時世である。そんなものは何の障害にもなりはしない。世の中からはみ出したはぐれ者たちを見過ごしておけない、その心根に惚れてしまっているのだから。 はみ出し者と言われようが、盗人もどきと言われようが、ルブラン一味は固い結束で結ばれているのだった。 しかし、そのルブランにも大きな欠点があった。 とにかくそそっかしいほど惚れっぽいのである。面食いで、いい男に目がない。それも大抵の場合は、相手の男が見掛け倒しですぐに夢破れるのがオチなのだが…。 だが、今回はそう楽観視できそうにない。 機械で身体中を補充しているということは、この男、おそらく歴戦の勇士なのだろう。逞しい身体つきも充分にそれを物語っている。それが前後不覚になるほどに意識を手放しているとなると、余程のことがあったのか……。ルブランの気持ちを揺さぶるのに、条件が揃い過ぎていた。 これから来るであろう苦悩の日々に、ため息を抑えきれないウノーとサノーだった。 アジトに連れ帰ってから、丸一日その男は眠り続け、次の日の夕刻になってようやく目覚めた。 いつ気づくのか気が気でなかったルブランは、その間中ほとんどずっと傍を離れなかった。彼が目を開けた途端に、急き込むように身を乗り出してルブランは話かける。 「ああ! やっとお目覚めだねぇ。あんまり長いこと起きないもんだから、心配になってきたとこだったよ」 「……ここは?」 寝かされた寝台の上に横たわったまま、目だけを動かしてあたりを観察する男。 「あ、あたしのアジトさ」 「…あんたは?」 「ああああたしはルブランっていうんだよ。しっかり覚えといておくれよ。…ところで、旦那は?」 「え?」 「ああもうっ! 旦那の名前を聞いてるんだよぉ!」 「あ、ああ。俺か。俺は…ヌージだ」 「ヌージ。……いい名前だねぇ。旦那にお似合いだよ」 「………」 すっかりのぼせあがっているルブランは、口の中で何度もその名前を繰り返して呟いている。 やっと状況が把握できてきたのか、ヌージは自分で上半身だけ起き上がろうとした。ルブランは甲斐甲斐しく「大丈夫かい?」と言いながらそれを手伝う。少し離れた入り口のところで一部始終を見守っていたウノーとサノーは、我知らず苦虫を噛み潰したような顔になっていた。 やっと起き上がり、視界も開けてあたりをゆっくりと見渡しているヌージに、ルブランが再び問い質し始めた。 「それで、ヌージの旦那。どうしてあんなところに倒れてたんだい?」 「倒れて?」 「そうだよぉ。ミヘン街道で…って、まさか、覚えてないのかい?」 まさかという表情のルブランに対して、 「……倒れて、…俺が……ミヘン街道……」 と、ヌージは眉を顰めて必死に思い出そうとしているらしかった。 寝台の上、ヌージの脇にそっとしなだれかかるように腰を下ろしたルブランが、心配そうに聞いてくる。 「ヌージの旦那?」 だが、諦めたようにヌージが首を振る。 「……分からない。ミヘンの公司の前で夕陽を見ていたところまでは覚えているんだが…」 「旅行公司の前で? 倒れてたのは、南街道だったよ?」 「…そうなのか? いや、実は前にも一度そういうことがあってな」 「おやまあ、前にも?」 「その時とまるでそっくりな夕陽だったから、何か思い出せそうな気がしたんだが……」 「それで?」 不謹慎なくらいワクワクしながらルブランは聞き入っている。 「夕陽を見ていて……思い出せそうになって……だめだ、そこから先の記憶がない」 「へぇ。そりゃまた……」 別に言葉に詰まった訳ではない。ルブランは顔をヌージから背けて、にんまりとほくそえんでいた。 ―― いいねぇ。記憶をなくした色男。燃えるじゃないかぁ 改めてヌージへと向き直ったルブランは、うっとりした表情で言っていた。 「それはね、だんな。きっと…」 「きっと?」 「きっと夕陽があたしたちを引き合わせようとしてくれたに違いないよ」 「……って訳なのさ」 ルブランの長い話がやっと一区切りついた。 旅の途中に寄ったミヘン街道を歩きながら、辛抱強く話を聞いていた『かもめ団三人娘』は、一様に納得したようなしてないような微妙な表情を顏に貼り付けている。 「へぇ〜。意っ外〜」 「そうかい? あたしゃ、もう運命だって思ったね」 「……これだよ…」 「ヌージの旦那が倒れてたのも、それをあたしが見つけたのも」 「だから〜、その時ヌージは取りつかれてて…」 「運命以外のなんだっていうのさ!」 「……はいはい」 ここで、リュックが脱落。 「ああ、思い出すねぇ。ミヘンの夕陽が真っ赤でねぇ」 「そうだな。まるで血のように赤かった……」 「おや? あんた、何だかその場にでもいたような口ぶりじゃないか?」 「い、いや、私は………」 パイン、脱落。 「倒れていたダンナとそれを見つけたあたしはヒシと抱き合って…」 「合ってない合ってない」 「夕陽よりも熱く燃えあがって…」 「燃えてない燃えてない」 「うるさいよっ! 小娘!」 ユウナも脱落〜。 所詮、妄想モードに入ってしまったルブランに勝てる者がこの世にいるはずもない。 「あっ。ねぇねぇ、なんでスフィアハンターになったかって、まだ聞いてないよー」 ようやくリュックがこの話を持ち出した本題を思い出して言った。 「おや、そうだったかい?」 「そうそう」 「そんなことはどうでもいいと思うけど…。まあ、いいさ。話してやるよ」 最初っからそれを聞いてるんじゃん、と、お疲れ気味の娘三人。 「2・3日アジトで養生してもらってたんだけどね、いつまでも世話になっていられないって青年同盟に帰ることになったんだよ。あたしはずっと居て欲しかったんだけどねぇ。その時旦那が言ったのさ。スフィアを集めてくれないかって。そりゃあもう、嬉しかったねぇ。スフィアさえ集めれば、旦那とずっと繋がっていられるってことだからね。その日からルブラン一味はスフィアハンターになったのさ」 「………………」 絶句している三人。 なんとかユウナだけは気を取り直して聞いてみる。 「あの…。たったそれだけの理由で…?」 さも心外そうな顏を向けるルブラン。 「他に何が必要だってんだい? あたしにはそれだけで充分さ」 「………………」 「スフィアを集めてくれば、ヌージの旦那が喜んでくれる。あたしにありがとうって笑顔を向けてくれる。それがどんなにあたしの心をくすぐるか…。あの笑顔のためなら、あたしは何だってできるんだよ」 「…もう、いいです……」 そのユウナの返事を合図に、目配せし合った三人は脱兎のごとく駆け出した。これ以上そこにいたら、ルブランの話からいつまでも逃れられないということにようやく気づいたからである。 「あっ! ちょいと、お待ちよっ。まだこれからがいいところなんだよっ!」 走りながら、ひょいと後ろを振り向いたユウナが笑いを含んだ声で言う。 「また今度聞かせてくださ〜い」 小さくルブランに聞えないように呟くのは、リュックである。 「ずーっとずーっと後でね〜」 パインもぼそり。 「聞く相手を間違えたな」 途端、弾けるように笑いだして走る三人の影を、あの日のように真っ赤なミヘンの夕陽が、街道の上に長く長く伸ばして映し出していた。 おしまい |
○あとがき○ お待たせしました、ルブラン一味のお話です。 って、いただいたリクエストは「ルブランとヌージの出会いの話」ってことだったんすけど・・・。 と、とりあえずそこら辺もちゃんとクリアはしてるはず・・・。(汗) 今作は、リクエスト下さいましたKEIさんに捧げさせていただきます。 また、キリ番踏んでね〜♪ この話の時期は、ED後かな? ゲーム途中ってことでもいいんですけど、リュックやパインの様子からED後って方が無難かもです。(いいかげん) 最初に書いたとき、ルブランとヌージが出会うのは例のあの事件(アカギスフィア8)の直後にしてたんですけど、その時期だとまだウノーとサノーがルブランの手下になってないことが判明(泣)。あの事件の頃はまだ寺院に汚い仕事をさせられてたのよね、二人とも。永遠のナギ節になってからだもんね、ルブランとこ行ったのは。 なので、急遽時期設定変えました(大汗) だいたい、事件後一年くらい経ってるって感じかな〜? 前作のギップリュもそうだったんですが、このルブラン一味(笑)の話も書いてて楽しかったです。 って、私、いつも書いてて楽しい楽しい言ってるな〜(爆) だって、本当に小説書くのって楽しいんだもんね。楽しくなけりゃ書いてませんって。趣味なんだから。(プロなら話は別) ルブランとヌージの出会いと聞いてすぐに私の頭に浮かんだのが、やたらと長いタイトル(爆)にあるような光景でした。いやー、今回のタイトルはかなり狙ってますよねー。わはははは。 皆様にもその光景が伝わってくれてるといいなー。(いや、壁紙だけで充分伝わる・・・) 私にとって、ヌージってとっても書きにくいので、ずーっと寝ててもらって起きてもすぐに場面転換させてもらいました。(いーのかなーいいんです) 代わりにウノーサノーが書くの楽しかった♪ やっぱり、三人娘も楽しかった♪♪ なにより、ルブランってすっげ書き易かったし、楽しかった♪♪♪ また、いつか書きたいなっ☆ 最初の三人の登場シーン。読んでいてあのテーマミュージックが聞こえてきたでしょうか? 聞こえてくれてると嬉しいな〜。あのBGM好きだ〜、なんか楽しくなる〜。 (2004.08.15追記) ruiさんがこの作品を読んで浮かんだイメージでイラストを描いて下さいました〜♪ 当然ルブラン様でございますよ〜、お〜っほっほっほっほ! ちょっとエロティックなruiさんの絵柄(すみません)は、なんとルブラン嬢にドぴったりではありませんか☆ ruiさん、ありがとうございましたっ!m(__)m |