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あらわれた傷跡・後編
「操られていたんじゃないの、ティナのせいじゃない!」 我知らず口にしていたセリスに、決して折れようとはせずティナは静かに抗弁する。 「中途半端に命令をきいてしまった、わたしのせい。あやつりの輪にだって限界があると思うの。生き物が自己防衛の働きを何より優先するのを、止められはしない筈なのに。下手な同情心と罪悪感で、わたしが軽率な行動を取ったから……」 「それは……! 自分だって傷ついたのに、それが罪だっていうの、罪になるというの!?」 「なるわ。結果的に彼女はわたしを、帝国に有用なる兵器を壊しそこなった。だから、処刑されたに違いないもの」 彼女とは、それっきりだった。 傷跡が癒えた直後、ティナはナルシェで発掘された幻獣の調査に連れていかれた。そこで、帝国の秘密兵器として生きることに歯止めをかけられる出逢いがもたらされるのである。 目をそらした状態で訴えられないのは卑怯かもしれない、それでも、そんな形を取ってもティナをかばわずにはおれなかった。 「そんなの、わからない。彼女が殺されたかなんて、わからないわ」 空しい慰めを有難く受け取りつつも、ティナはきっぱりとした口調で問い詰めた。 「セリス。本当にわからないの?」 帝国が行う仕打ちを、軍に属し将軍まで上り詰めた者がわからない、筈がない。言葉に詰まるセリスに、慰めるように諭す。 「すべて、わたしのせいなの。そんなことを命令させてしまうほど彼女を追い詰めたのも。あんなに……親切にしてもらったのに……」 どこか上の空で、とつとつと語る。平板な語り口が、気になった。 ティナの方から波紋が広がって、セリスの首元まで寄せてくる。 「ティナ? ティナ!」 横を向くと、のぼせ上がってまさに沈没しかかっている――水面にあぶくを残してたった今潜ってしまったティナがいた。 華奢と呼べる体格とはいえ、ぐったりと力の抜けた人間は掴みにくいわ重いわで、セリスは苦労して脱衣場まで引き上げて来た。 バスタオルを敷いた床にティナを仰向けに寝かせ、四つん這いで身を乗り出し覗き込む。火照った頬を軽く叩いてみると、薄目を開けてくれたのでセリスは安堵の苦笑で応えた。 「おどかさないで、もう。お風呂の長話は厳禁ね」 「ここ……運んでくれたの?」 「そうよ、私が力持ちで助かったでしょ。あなたが軽くて助かったこともあるけど」 でも、もっと食べないといけないわ、と肩をすくめてたしなめるセリスに、渇いたかすれ声で返事が届く。 「はーい」 「うん、よいお返事。まずは水を飲みましょうね」 セリスは腰を上げ、傍らの洗面台へ行く。一糸まとわぬ己を鏡に映した時点ではっとして、蛇口をひねるより先に手にタオルを求めた。 「なんだか、普段わたしが子供に注意してるみたいな感じだわ」 「あは、セリスママ誕生かしら」 「頼もしいなあ、それ」 「任せなさい、なーんてね。ねえ、ティナ」 不意に真面目な顔つきになると、コップに水が溢れるままになっているのを見るともなく見ながら言の穂を継いだ。 「沈みたかった、わけじゃないよね?」 冗談めかしていても、差し迫った響きは隠せない。 「……また自殺しそこなっちゃった」 「ティナ!」 凄い勢いで自分の方に振り向くセリスを、嬉しそうに眺める。 「そんなわけないよ。さっきのはおふざけの発言です」 「ずいぶん人が悪くなったわねっ、もう!」 「ごめんなさい。でも、心配しないで。わたしは命を捨てたりなんてしない。そんなことしたってあの娘が返って来るわけじゃないし、わたしの力が何かを守れる今は、まだ死ねない」 もやがかかる天井へ目を据えつつ、ティナが誓いを強く放り上げた。 「以前のわたしは操られたり言いなりになったり、抱えた力にとにかく戸惑うだけだったけど。兵器としていっぱい人を傷つけてきた、せめてものつぐないをちゃんとしたい。全ての力を尽くしても、わたしは皆を守りたい」 逆に言えば、守れるのなら命と引き換えでも構わないということか。 それはとても健気で、崇高な精神である。そうであるけれどもセリスには引っかかるものがあった。 「ティナ、それって……罪滅ぼしのためだけに生きるってこと?」 「……わからない。でも、一番強いのはそういう気持ち……」 「それにね、力がないと、あなたには価値はないわけ? モブリズの子供たちが聞いたら悲しむに違いないわ、そんな自己犠牲的な発言は」 自分を思いやってくれている彼女の反駁に、目を泳がせるティナ。その傍らへセリスはひざまずき、頬に張り付いた緑のおくれ毛をかき上げてやる。 「人の役に立ち、人を守ろうって意気込みを持つのはいいの。でもね、それだけに躍起にならないで。あなたが皆を守りたいように、私もあなたを守りたい。だって……とっくに守り守られて、お互い補ってきた仲間でしょ? それを、きちんと心に留めてほしいの」 私だけじゃない、きっと今頃ブリッジで寛いでいるあいつらだって同じ気持ちなんだから。 そこまでを切々と訴えたセリスを、ティナが呼ぶ。 「セリス……」 「ん? なに?」 両手を床について、ぐっと前傾姿勢を取ると、相手からは予想だにしなかった言葉が飛び出てきた。 「ちゃんと、谷間があるんだねー」 理解に至るまで数秒、ぱっと胸元を隠しそそくさと後じさるセリスに、ティナが小刻みな笑いを進呈する。 「だってね、カタリーナがぼやいてたの。赤ちゃんが出来ると胸が大きくなるのに、それでも谷間が出来ないのってどういうこと!? って。うらやましがられちゃうよ、セリスったら……ふふ……」 本当におかしそうに笑っていた。いつの間にか目尻に滲んだものに、ティナ自身にも気付かない風だった。 セリスが再び立ち上がり、濡れタオルを持って戻る。 ティナの目元を、冷たい心地よい感覚が包んだ。 「ほら、これでもう見えないんだからね」 セリスの谷間とやらも、ティナの涙も。 「うん。不思議ね……わたし、嬉しいのに。セリスにああ言ってもらえて、嬉しい、のに」 ティナの素直な言葉にどこまでも心がほぐれていきながら、ちょっぴり照れくさくなりながら、セリスは教えてあげた。 「嬉しい時、泣けることもあるのよ」 しゃくりあげてくるのを我慢して、大きく息をついているティナを、母のようにして見守りながら。 「お嬢さん方、ちょいと磨きすぎじゃねえか。まあオレ様自慢の風呂は、お気に召していただけたようだが」 「おいおい、真っ赤だぞ二人とも。大丈夫かあ? オレの真空波で涼しくしてやろうか」 「マッシュ、お前の技はレディたちには軽骨に過ぎるだろうよ」 セリスの予想通りにブリッジでたむろしていた男性陣が、真っ赤に火照った女性陣に声をかけてくる。 ほらね。何気ない口ぶりに、それぞれの思いやりを感じ取れるでしょうと、セリスが隣に目配せする。 赤いほほに紛れた赤い目じりを細め、ティナが意図を汲んで微笑む。 「皆はお風呂に入ったの?」 「とっくに修行の汗を流してきたさ。兄貴でもティナたちに比べたら烏の行水だよ」 「砂漠育ちなものでね、ふんだんにある水に慣れていないのかな。貧乏性もいいところだね」 「王様が何ほざいてやがる、けっ」 ぽんぽんと弾みよく展開していく会話に、最初の質問を投げかけたティナは口も挟めず振り回される。振り回されるのが、心地よくなっていく。 世界崩壊の前に比べるとまだまだ勢揃いとはいかない人数だが、それでも頼もしくも賑やかな仲間のもとへ、ティナは自然と歩み寄っていった。 そして、その背中を追うセリスの瞳は、我が子へ向ける視線のごとく慈愛に満ちていた。つむじのすぐ下で結わえられたポニーテールの毛先が、雫を結んでいる。 世話が焼けるわ、といとおしげにあきれてみせて彼女は一歩を踏み出す、ティナの濡れた髪を拭いてやる為に。望んで世話を焼く為に。 Copyright (c) 2002 にじます
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