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あらわれた傷跡・おまけv
肩に掛けてあったタオルを抜き取り、さあティナに近づこうとした時点で、セリスは既に先を越されてしまった。 ティナの濡れ髪に触れる権利を奪取したのは、やはりといおうか、抜け目なきフェミニストである。 「おや、翡翠の髪が艶を放っていないようだ、やはりきちんと乾かさないとね、風邪を引いてしまうやもしれないよ。淑女の御髪をいじること、お許しいただけるかな?」 甘い言葉で繕いながら、手は素早く動いている。ティナの肩にあったタオルを片手ですくい上げるようにして、彼女の頭を包む。エドガーの空いた手は、大変手馴れた様子で彼女の髪留めをはずしていった。 柔らかな髪のまとまりを、真っ白いタオルでほぐしてゆく。 一種口を挟めぬ雰囲気の中、彼は丹精込めて目の前の髪を拭き、彼女はじっとしてされるがままになっていた。 「……さあ、これでいいだろう」 名残惜しそうに、だが未練がましくはせずエドガーがタオルから手を離すと、たっぷりとした豊かな緑の髪が、肩まで降りてくる。そして、タオルからこぼれ出したのは、それだけではなかった。 「ありがとう、エドガー。あのね、わたし……今こうしてもらっていて思ったわ。安らぎって、こういうことなんだって。こんなこと言うの変かもしれないけど、どうしても口にしたかったの」 例えるならば、雪割草の花が控えめに、咲いてもいいだろうかと躊躇いながらほころんだような笑い方を、ティナはした。 艶やかさもなく、その美しさを主張することもない、素朴かつ透明な微笑みに。エドガーのすべてが、一瞬だが止まっていた。表情も、動きも、心臓ですら。 「どうしたの? ごめんなさい、やっぱり変だったのね」 見上げてくる素直な視線を認識できた途端、彼の時は急速に進んだ。血流が速くなり、焦りが生じてめまぐるしくなるような錯覚を起こす。 「いや、違うんだ。いや、それはよかった……光栄だよ」 妙に他人行儀にしか返せない。彼お得意の甘い弁舌が飛び出すゆとりが、まったくなかった。 エドガーが動揺する姿を目撃した人物が、そうさせた自覚のない人物以外でただ一人いた。 ティナのお世話を横からかっさらわれてしまったセリスは、途中から含み笑いにゆるむ頬をタオルで隠しつつ、一部始終をその目におさめていた。他の男共からは死角である、エドガーの素の顔も無論ばっちりまぶたに焼き付いている。 セリスに気付いた彼は、ただばつの悪そうな表情で黙っている。言い訳も否定もしないところがなかなか潔いと、勝者の余裕でセリスはにっこり笑ってやった。 実際、笑いがこぼれてきてしょうがない、うかれた気分なのだ。 そうそう、本心をさらけ出さない限り、ティナは落ちないんだから。 誰よりも上手であった男の仮面を、いともたやすく、あっさりと外させてしまった少女が、痛快で。 うんうん、エドガーってば隠すの上手くて考えたことなかったけど、悪くない二人なんじゃない? 誰よりも幸薄い少女の傷を、じっくりと、それこそ一生をかけて共に歩んでいきながら癒してやれそうな男の存在に、安心で。 肌を見せ合える同性の特権で彼女の傷跡を発見したものの、伴侶として歩めない同性だからこそ踏み込めないところがある。その傷跡が膿み腐れ、人との付き合いで徹底的な溝となる前に、洗ってやる位しかセリスには出来なかった。 だから。 いずれ、エドガーがティナのどちらの傷跡にも触れられたら。 心の傷も、体のそれにも。 セリスは自分の発想に少し恥ずかしくなりながらも、真剣にそんな未来があって欲しいと願ったのだった。 Copyright (c) 2002 にじます
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