声に呼ばれて
【FFX〜FFX-2】 − 後 編 − 次の朝、朝食が終わると、ティラとミルはイユに連れられて、浜辺へと向かっていた。ティラとイユが出会った浜辺。すべてはここから始まった。 そして……。 ティラは、二人の様子がいつもとまったく違うことに、すぐに気がついた。なにせ、今朝から二人とも全然喋らないのだから。ティラが話かけても、うんとか、ええとか、生返事を返すだけ。村を出る時にも、漁へでかけようとしていた村の男たちに声を掛けられても、曖昧な返事をしていただけだった。「なんでぃなんでぃ。何があったんでぃ」と、あの村一番おおらかなガトーにさえ不審がられるほどに。 食事の後、イユから言い渡されてから…。 「大事な話があるんだ。二人ともオレと一緒に来て欲しいっス」 イユは努めて明るく話したつもりだったのだろうが、その真剣な眼差しと、ミルの今にも泣きそうになっている表情から、ただ事ではないことはすぐにわかった。そして、それが自分たちにとって、楽しい話ではないのだろうということも……。 なんなんだろう…? 兄ちゃんも姉ちゃんも、やけに深刻な顔しちゃってさ。 まさか……。 いーや、そんなこと、あるはずない! 兄ちゃんがどっか行っちゃうなんて…。 考えたくないのに、黙って歩いているとついつい、思考は悪い方悪い方へと先走っていく。ティラは次第に我慢ができなくなり、二人を置いて駆け出していた。 「お、おれ、先に浜に行ってるっ」
ティラが先に行ってしまってから、それほど遅れずにイユとミルも浜辺に着いた。その間、二人は何も話さなかった。……話せなかった。 ティラが傍にいなくなると、まるで頃合を見計らっていたかのように、イユの全身がどんどん透き通り始めていたから。 そんな状態の自分を見て、愛しい人を見て、何を言えばいいというのだろう…。 昨日までなら、時折透き通るだけだった。それも部分的で、すぐに元に戻っていた。それが今日は、朝から次第に、しかも確実に、半透明化する頻度も時間も増えてきていた。ついには、身体の一部が透明化したまま戻らなくなっているほど……。 朝食の時から既にその兆候は現れ始めていた。いつものごとく、賑やかに喋りながら食卓に向かっているティラを前にして、イユはすぐに自分の身体の異変に気づいた。両手の感覚が今までになく頼りなくなっていたのだ。さりげなく見ると、やはりもう半透明とは言えないほどに両手が透き通り始めていた。すぐに手をテーブルの下へと隠したが、ちょうど彼の背後から料理を運んできていたミルには、見られてしまっていた。だから、二人でそっと目配せをして、ティラにだけは悟らせないよう気を配った。せめてあと少しの時間だけでも、何も知らないでいて欲しい、と。 二人を待っている間、気を紛らわそうとでもしていたのか、波と遊んでいたティラは、イユとミルが浜辺にやっと到着したのを見かけると、すぐに飛んできた。 そして、ティラがいつでもどこに行くでも持っていく、ボロボロになったブリッツボールを。 さっきティラ自身が波にさらわれないように、砂浜の中ほどに置いておいた、大切なブリッツボールを…。 イユがティラより先にボールの置いてある場所に着いて、半瞬の躊躇の後、そのまま歩いて ―― すうっと ―― すり抜けた。 「!?! なっ、なんだよっ! なんなんだよっ、それっ! 兄ちゃんっ!」 イユのすぐ傍にくるというほんの一歩手前で、ティラは愕然として固まってしまった。 足だけでなく、もう隠しようもないほど、イユの身体のほとんどが半透明になっていたから…。 「ティラ…」 話すイユの声も、僅かばかり空虚さを帯びて掠れていた。彼の後ろからついてきていたミルが、俯いたまま唇を噛み締めて、弟の横へと並ぶ。それが更にティラを煽って、顏を真っ赤にして怒鳴っていた。 「どうしたんだよっ! なあっ! 兄ちゃんっ! 姉ちゃんっ!」 「記憶が、戻ったんだ…」 「えっ!」 失くしたはずの記憶が戻る、それはすなわち、別れを意味する。とまでは、さすがのティラにもわかった。わかりたくもなかったが…。だが、イユの今の有り様はいったいどういうことなのだろう…。 隣を見ると、姉はこのことを知っていたようで、既に瞳が濡れている。それもティラには衝撃だった。自分一人だけ何も知らされず、仲間外れにされていたようで、歯がゆくて、悔しくて。全身に憤りを滲ませて、ミルを睨んだまま、固く握った両拳を震わせていた。 そんなティラの様子を見て、すぐにイユがフォローする。 「偶然……でもないかな、記憶が戻る時にミルに見られててさ。だから少しは説明してあるけど、詳しいことはミルにもまだほとんど話してない」 ホントか? と確認するように、ティラがミルを覗き込む。いつものしっかりして大人びた姉とはうって変わって、今の彼女はとても頼りなげな風情でコクンと頷いた。その時、溢れていた涙の雫が弾けて飛んだ。 その仕草が、ミルが一緒に辛い現実を受け止めようと覚悟しているのだと教えてくれて、ティラはほんの少し落ちつきを取り戻した。一度互いに見合わせてから、姉弟同時にイユへと焦点を移す。 そしてイユは、自分も努めて冷静になろうとするかのように、一度だけ大きく息を吸いこみゆっくりと吐き出してから、話し始めた。 「記憶が戻ったっていっても、完全じゃないんだ。 まだ、あちこち肝心なとこが抜けてるみたいだ…。 だけど、自分のことはわかった。 オレの本当の名前は、ティーダ。 最初、ティラの名前聞いた時に反応したのって、名前が似てたからなんだな。 オレの住んでた所は、ザナルカンド。 遺跡になってる、あのザナルカンドじゃない。 ………『シン』は知ってるよな? 今はもう『シン』はいないけど。 その『シン』が召喚していたのが、オレのいたザナルカンドだったんだ。 オレはそこから、このスピラに来た。 そこまで詳しいことは、この村までは噂でも流れてきてなかったみたいだから、 すぐには信じられないかもしれないけどさ。 けど、『シン』が倒されて、召喚されていたザナルカンドも、消えた。 スピラの人たちの犠牲の上に存在してた街だったから、消えなきゃなんなかったんだ。 ザナルカンドが消える時、その住民たちも……消えた。 そして、オレも………その時一緒に……消えたんだ…」 「だったらどうしてっ!」 それまで黙って話を聞いていたティラは、もう我慢できないとばかりに叫んだ。 「一度消えたってんなら、どうしておれのとこにまた現れたんだよっ! なのに…」 ――― それなのに…なんで、また消えそうなんだよ…… 「ティラ…」 怒鳴り声の最後のあたりは涙声になっていて、はっきりとは聞き取れないほどだった。けれど、二人にはちゃんと伝わっていた。みんな同じ気持ちだったから。 消えて欲しくない。消えたくない。 しかし、話している間にも、徐々に薄れていくイユ、いや、ティーダの身体がそれは無理なのだと示していた。薄れていくのと反比例するかのように、実体化するために重要な役割を担っていたのだろう幻光虫たちが、彼の周りを取り巻く数を増している。 さりげなさを装いながら、海へと背を向けて、ティーダが一歩後ずさる。 「いやだ。信じない。信じるもんか……」 自分自身に言い聞かせているような、ティラの呟き。 「父ちゃんがいなくなって、兄ちゃんまでいなくなったら……おれ」 「ティラ」 「兄ちゃんがいなくなったら、おれ、これからどうしたらいいんだよぉ!」 必死で抑えていた感情が、またも噴き出していた。 その時、また一歩後ろへと足を引いたティーダの元から、一際大きな幻光虫が一つ離れていった。それは他の幻光虫とは違い、姉弟の周りをゆっくりと旋回し始める。 「その幻光虫…。ティラたちの親父さんだ」 「ええっ?!」 心底驚いた顔をして、同時にその幻光虫を見つめる姉弟。 「同化してた頃から、なんとなく感じてたんだけどさ。はっきりわかったのは、ついさっきなんだ。親父さん、死んでからもお前たちのことが気がかりだったんだな」 ……どんな親でも、そうらしいけど、と小さい呟きが続く。 「じゃあ、父ちゃんが、兄ちゃんを…?」 それならば、ティラにもなんとなく納得がいく気がし始めた時。意外にもティーダは首を横に振った。 「違う」 「えっ?」 さっぱり訳がわからないという様子の姉弟に、寂しげに目を細めたティーダが先を続けた。 「最初はオレもそうかと思ってた。バラバラに砕け散ったオレの記憶…思いのいくつかが、親父さんの思いに同調して集まってきていたってのは確かみたいだし……」 ――― 残された、残していった人たちへの、同じ思いが…… 「だったら……」 「でも、違う」 きっぱりと言い放った後、まっすぐに見つめてティーダが言う。 「オレを呼んだのは、お前だよ。ティラ」 「…おっ…おれ?」 「そう、お前が親父さんを呼んでボール蹴った時、オレの記憶の中の同じ思いが引き金になって実体化したんだ、たぶん」 「た、たぶんって…。兄ちゃん…」 「そりゃ、オレだって全部が全部わかってるわけじゃないさ。だけど、これだけは言える」 少しだけおどけた口調のその後に、これ以上ないと言えそうなほど真剣な眼差しのティーダがいた。 「本当の気持ちを素直に言えない、正反対の言葉でしか伝えられない、意地っ張り同士ってことさ」 「・・・・・・」 「馬鹿やろう、大っ嫌いだ、ってさ」 「…………兄ちゃん、も……そうだったのか?」 「ああ、最後の最後まで……な」 二種類の嗚咽が聞え始めていた。 ティラはボロボロと涙を零していた。何も言わないミルも、もう涙を我慢するのをやめていた。 ティーダがまた一歩後ろへと下がり、無理に作った笑顔で言った。 「ティラは男の子なのに、泣き虫だな」 「…だっだって、兄ちゃんがっ!」 「そんなとこ、オレにそっくりだ…」 「………え?」 「オレも泣き虫なんだ。前に消える時にも、その前も……何度も泣いちゃってさ」 一瞬、泣いているのではないかと見紛うような微笑みを浮かべたティーダ。 また、一歩、海に近づく。 「だから、オレは泣くなとは言えない…」 言えないッスよ、と口にする人の瞳も潤んでいた。 もしも、自分にティラみたいな弟がいたら。 きっとこの数日のように楽しくて仕方なかっただろう。 一緒に笑って、一緒にケンカして、一緒に泣いて……。 そんな、一時の夢を見させてくれた、ティラ。 ティラもミルも、本当の家族のように…。 ……楽しかった。 本当に、楽しかった。 だからこそ、別れはもっと辛くなってしまったけど…。 「でも、もうティラもミルも大丈夫だよな? 二人ともちゃんとわかってる…」 次第に後ろへと踏み出す足取りを早くして、ほとんど感覚のなくなってきている腰から下を海中へ隠す。けれど、ティーダの全身がもう隠しようがないほど透き通り頼りない存在になっていた。幻光虫が悲哀の声をあげて、また離れていく…。 「兄ちゃん!」 「来るなっ!」 今にも海に消えていってしまいそうなティーダへと駆けだそうとしたティラを、腹の底から搾り出すような声で怒鳴る。 ビクッとティラの足が止まる。ミルも、どうして、と瞳で訴えかけている。 「……ここに来ても、お前はオレの身体をすり抜ける…」 「 ! 」 あまりのことに、姉弟は身動きすらできなくなっていた。 クイと頭をもたげて、抜けるように青い空を見上げ、ティーダが呟いた。 「もう、嫌なんだ。あんな思いをするのは……」 その時のことが確かな記憶としてあるのではない。何故か、その部分の記憶だけ、すっぽりと何かに覆われたように隠されている。 けれど……。 「もう……二度と……」 あの、魂を切り刻まれるような思いだけは、身体の全部に、思いのすべてに染み込んでいるようだった……。 空を見上げたまま表情の見えないティーダの頬に、キラリと光るものが零れ落ちた ――― ![]() 再び二人に顔を向けた時、彼の表情は穏やかだった。 「きっと、またいつか会えるッスよ」 「ウソだ!」 「ウソじゃない。信じていれば、きっと会える」 それは、ティーダ自身が信じている ―― 信じたい言葉。 ゆらゆらと揺らめき始めた身体にも関わらず、ティーダの真摯な瞳ははっきりと二人を見つめていた。ティラはぐいと手の甲で涙を拭って、歯を食いしばり涙を堪えながら応えた。 「……じゃあ…じゃあ、おれ、信じる! 信じるからっ! 絶対、絶対っ、また会えるよなっ!」 ニッと太陽の笑みを残し、彼の人は勢いよく海の中へと飛びこんでいった……。 僅かな飛沫があがった後、いくつかのさざなみが波紋となり広がって ――――― 消えた。 その姿を隠した波の上を、ティラの必死の叫びが渡って行く。 「兄ちゃーん! おれっ、おれっ、待ってるからなー! ずっと待ってるからなー!!」 散り散りになった思いのかけら 行き場をなくした心のかけら 大切なものを探してさまよう けれど 信じていれば 信じ続けていれば きっと見つけられるはずだから 必ず辿り着けるはずだから 信じることをやめなければ ――― いつか きっと ――― ― 番外編に続く ― Novel by テオ
Illustration by ゆうき様
2005.1.15〜2005.3.31 《 Novel & Illustration collaboration 》 -ノベイラコラボ- 初出
|
○あとがき○ |