声に呼ばれて
【FFX〜FFX-2】 ( 番 外 編 ) 中央の喧騒から遠く離れた僻地にある、小さな名も無き村。ただ、近隣に同じような小さい集落がいくつもあったため、便宜上、村人たちは自分たちの村をカケ村と呼んでいた。 その、カケ村の数軒しかない家屋のうちの一軒が、その日、慌しさに包まれていた。 荷造りに勤しむ手を休めて、姉ミルが弟ティラに今までも幾度となく繰り返された問いを口にする。 「ねぇ、本当にいいの? 後悔しない?」 このところ、体つきも顏つきもすっかり逞しくなってきたティラが、数少ない家具を台車に乗せながら呆れたように応えた。 「姉ちゃん、何度聞いたら気が済むんだよ」 「だって…」 きっと自分自身の戸惑いや不安も、弟への問いに重ねているのだろう。そんな姉へと、3つ年下の弟が確固たる信念の溢れる笑顔で言う。 「大丈夫だって。おれたちがこの村にいなくたって、どこにいたって、兄ちゃんにはいつかきっと会える」 ほんの数日の間だけだったが、姉弟と深い思いで繋がれた、イユ。 それは、彼らの父ブランが、事故で亡くなってすぐのことだった。母のパルは、二人がまだ小さい頃、『シン』に襲われて生まれ育った村ごと大波に呑まれ亡くなっている。たまたま子供二人を連れて村を離れていたブランは、跡形もなくなってしまった ―― パルを失った悲しみしか残らない ―― 生まれ故郷を捨て、カケ村へと移り住んだのだった。せめて子供たちだけは『シン』に奪われることにないように、大陸の東の果てへと。 そのブランも、『シン』がいなくなり、子供たちも大きくなってきたからと、カケ村からもっと大きな街へ家族揃って移転しようとした矢先に、事故で命を落としてしまった。旅の途中、おそらく初めて目にするほどの大型の魔物に襲われ、同行の者たちもろとも吹き飛ばされたのだ。『シン』にも襲われないような僻地で暮らしていたため、魔物の数も少ないカケ村では魔物と戦うことに慣れておらず、彼らはまともに対峙することさえできなかった。その時は、命からがらなんとか逃げ果せたものの、残りの道程の中ほどで、ブランだけが崖から足を滑らせてしまったのだった。同行者たちはその時初めて知った。魔物に襲われた時に、ブランが足に大怪我を負っていたことを。周りへの気遣いや、早く子供たちに会いたいがために、必死で隠していたのだろう。その者たちによって、残された子供たちへ父の訃報はもたらされた。 悲しみにくれる暇なく、保護者のいなくなった子供たちは生活に追われなければならなかった。村の者たちも助けてくれはしたが、貧しい小さな村のこと、いつまでも甘えているわけにはいかなかったのである。 悲しさと寂しさとやりきれなさと。およそ辛いと思える感情が、一挙に彼らに押し寄せてきた。特に、母のいない家族の中で早くから自分の立場を母親代わりと自覚していたミルと違い、まだまだ甘えたい盛りで父親にべったりだったティラにとっては、とても堪え難いものだっただろう。 そういう時だった。イユが現れたのは。 今、ここに居るのに、どこにも居ない。そんな不思議な存在だったイユ。短い間だったけれど、イユはティラにもミルにも、本当に多くのことを教えてくれた。 ミルには淡い初恋と呼べるような感情を。 ティラには、父の代わりとして、また、頼り甲斐のある兄として。 そして、イユは父の思いが宿った幻光虫を連れてきてくれていた。彼が消えると同時に、父の幻光虫もいつの間にか消えてしまっていたけれど。 自分たちを残して死んでしまった父親に、悲しさから逆恨みに近い感情さえ抱いていた二人。それが、子供たちが心配のあまり幻光虫となり異界へも行けずさまよっていたことを知り、父の真の思いを知った。自分たちが為すべきことを知った。 イユがいなければ、もっともっと時間がかかったことだろう。もしかしたら、ずっと気づかずにいたかもしれない。 目の前の辛い感情から目を逸らさずに、きっといつかくる希望の未来を見つめて、信じて歩いて行くことを、イユは教えてくれた。 イユがいなくなった時、村人たちも意外なほど残念がっていた。それほど、彼の存在感は大きかったのだろう。 けれど、一番彼の不在を寂しがると思われたティラが言ったのだった。 「大丈夫さ。きっとまたいつか会えるって、兄ちゃんが言ってたから」 ティラとミルは、父が算段をつけてくれていた街へ引っ越すことになった。ブランは亡くなる前に、すぐにでも家族が移り住めるように、家の準備を整えていてくれたのだった。そのことを、ブランを仲介していた商人から伝えられた時、ミルは一瞬躊躇したものだが、ティラがすぐに決断した。 「姉ちゃん、行こう! 父ちゃんがおれたちのためにって準備してくれたんだ」 「でも……ティラ」 「兄ちゃんなら、この村じゃなくったって、きっとどこかで会えるよ」 見違えるように大人びた弟を眩しげに見て、しかし、ミルはある重大なことを伝えなければならなかった。 「でもね、ティラ」 口数は少ないけれど、いつもきっぱりと物を言うミルらしくなく、言いよどんでいる。 「もしかしたら、もしかしたら……」 ティラは思いっきり眉をしかめて問い返した。 「姉ちゃん? どうしたんだ?」 一度、唇を噛んでから、ミルは思いきったように話し始めた。 「あの、ね。もし会えたとしても、イユさんは……私たちのこと、覚えていないかもしれない…」 「えっ!?」 ティラにはまだ話してなかったけど、と前置きして、ミルはイユが記憶を取り戻した時のことを語って聞かせた。記憶が戻り始めてから身体が透明になり始めたということや、結局戻らなかった記憶もあったということも。 「じゃ…じゃあ、おれたちと…会ったことや暮らした…ことも?」 途切れ途切れに聞いてくるティラの視線が痛い。ミルはいたたまれなくなって、思わず視線を外していた。 「わからないけど……。でも、そういう可能性もあるかもって、イユさんが…」 「兄ちゃんが……そう言ってたのか…」 いかにも言い難そうなミルの言葉に、ティラはしばし呆然としてしまう。 けれど。 俯いて考えこんでいたティラが再び顏を上げた時、ミルは目を見張った。 晴れやかな自信に満ちた笑顔のティラが、そこにいたから。 「うん! もし、そうなったとしても、きっと大丈夫だ」 今度は、ミルが怪訝な顔で問いかける。 「ティラ?」 「だって、おれは、おれと姉ちゃんは、兄ちゃんのこと覚えてる。一生だって忘れるもんか。だから、もし兄ちゃんがおれたちのこと忘れていても、絶対また思い出させてやるんだ。いや、思い出せなくてもいいんだ。必ずもう一度出会って、また一緒に思い出を作っていけばいいんだから」 ブリッツボールの大会の開かれるルカの街角にて。 大召喚士と呼ばれる女性と一緒に歩いていたティーダが、ティラと名乗る少年に「兄ちゃん!」と泣きながら抱きつかれてしまうのは、まだこの時から数年後の話である。 < 終 > Novel by テオ
2005.1.15〜2005.3.31 《 Novel & Illustration collaboration 》 -ノベイラコラボ- 初出
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○あとがき○ |