声に呼ばれて
【FFX〜FFX-2】 − 中 編 − 日も完全に暮れ落ちて夕食も終わる頃になると、ティラはすぐに爆睡してしまった。さすがに一日中イユにくっついてはしゃいでいたのだから、それも無理はない。意外と鍛えられた体つきのイユと同じように動き回っていたのでは、まだ身体のできあがっていないティラの体力では底を尽くのも当然だろう。だから、イユがこの家に来てからというもの、ティラはほとんど毎晩こんな有り様だった。 おまけにティラは、漁や狩りの合間に、イユにブリッツボールも教えてもらっていた。記憶はなくても身体はしっかり覚えているらしく、彼の動きはまるでプロのようだった。明かに素人とは違う。もしかしたら彼はどこかのブリッツチームのプロ選手かもしれない、と姉弟で話したりもしていた。 スピラで最も人気のあるスポーツ、ブリッツボール。各チームのレギュラー選手ともなれば、皆それぞれ結構な有名人なのだが、映像スフィアもほとんどないこの村ではそういう情報でさえなかなか入ってこない。行商人たちがたまに持ってくる、もう売り物にならないくらい古くなったブリッツの映像スフィアを頼みこんで貰って見ることが、今までのティラの一番の楽しみだったと言ってもいい。 そんなティラだったから、目の前で繰り出される数々の華やかな技を見て、興奮しないわけがない。楽しくないはずがない。もうティラにとっては、イユのいない日常なんて考えられないほどになっていた。 ティラが寝入ってしまうと、残された二人は別段特別な話をするでもなく、それぞれ思い思いに夜の時を過ごす。喋らないからといって、気まずい雰囲気ではない。そう、姉弟の父親がまだ生きていた頃のように。 イユはほとんどそんな時、窓辺に椅子を持っていって座りこみ、窓の桟に頬杖をついて星空を眺め、真剣に考え事をしている風だった。おそらくは、自分の過去のことを思い出そうと必死なのだろう。そんなことを考えながら、チラチラとイユを盗み見ては残った家事を片付けたり繕い物をするのが、今ではミルの日課になっていた。 いや、ミルにとっても、昼間のティラと同様、夜のこの静かな時間ほど貴重なものはなかった。ほとんどこの村から出たことのないミルにとって、これほど歳の近い若い男性を意識するなと言う方が無理だろう。しかも彼は、年若い女性なら誰しも心を奪われそうになる爽やかな笑顔を持っていたのだから。 また、世話になっているということもあったが、イユはいつも一緒にいるティラよりもミルの言動を尊重してくれた。我が侭な弟を叱る時、父親がいなくなり必然的に一家の長となってしまった責務を果たさなければならない時、イユはさりげなくミルに味方したり、役目を変わってくれたりした。そんな時、彼女は自分が歳相応の少女に戻れることを自覚した。本来なら、まだ誰かに甘えたい年頃の十五歳の女の子なのだから。そういう本当の自分を思い出させてくれる彼に、ミルは自然に惹かれていったのだった。 この頃になるとさすがに、姉弟の父親がどうして亡くなったのかも、イユは知っていた。わざわざ聞かずとも、ご親切に教えてくれる輩というのはどこにでもいるものだ。その話によると、二人の父親が亡くなってからまだそれほど経ってはいないらしい。それも、この村を出て街道沿いの大きな街へと一家で移り住むための、算段をつけに行った帰り道での事故だという。皮肉としか言いようがない。「せっかく『シン』の時代を生き残ったってのに、そんなことで命を落すなんて馬鹿な話さ」と、話してくれた村人は言っていた。 そこまで聞いた時、イユは何故か無性にむかついていた。その話をしてくれた村人に対して。どうしてそこまで腹が立つのか自分でもわからなかったから、その場はどうにかやり過ごすことができたのだったが……。 別に、その村人は本当に姉弟の父を馬鹿にしてたわけじゃない。 そんなことはちゃんとわかっている。 けれど、その言い方が気に食わない。 それが何故、こうも胸に刺が刺さるような感覚があるのか……。 それは、オレの失くした記憶に関係があることなんだろうか…。 そんなことを、明るく夜空を照らす月を見ながら考えていると、近くを通り過ぎようとしていたミルの気配が突然止まった。そして、ヒッという声にならない悲鳴のような音が聞えてきた。 「ミル?」 不審に思いながら振り返ると、ミルが真っ青な顔をして彼を凝視していた。自覚していない悲鳴が、開いたままの口元から、いや、喉から洩れ続けている。イユは急いで立ちあがり、ミルの元へと一足飛びに近寄った。 「どうし……」 ミルの肩に手を掛けようとして……。 ―――― イユの手は空をきっていた。 「?! ………ぇっ!」 信じられない光景がそこにあった。 自分の手が半透明になっていたのだ。驚愕したその直後、今度はズキリとした痛みがイユの全身を襲う。 「うあっ!! ……っつっ!」 自分で自分の両腕を強く掴み、苦しげにイユがひざまづく。そして次の瞬間には、頭を抑えながら床に倒れこんでいた。 「うっ…ぐ……ぅぁぁ…」 あまりの出来事にどうすることもできず、ガタガタと震えながら立ち竦んでいたミルは ――― 見た。 全身が半透明になったイユが淡く輝いて、いくつかの幻光虫が取り巻いているのを………。 「…いっいっイユっ……さんっ!」 ![]() 必死に強張った喉を奮わせて、声を絞り出すミル。 その声を合図にでもするように、次第にイユの激痛が治まっていった。同時に、その様子を逐一見守っていたミルの目にも、半透明になっていた彼の身体が元の実体の姿に戻っていく様が映っていた。 やっと床に手をついて上半身を起こせたイユだったが、まだハァハァと荒げている息使いと、額から次々に流れ落ちる汗で、どれほどの苦痛に襲われていたのか想像するに難くない。ミルは臆しそうになる自分を鼓舞して、声をかける。 「あ、あの…だいじょ…ぶ、ですか?」 重たそうな頭を上げて、イユがジッとミルを見上げる。 「……………」 心の奥底まで見透かされてしまいそうな、青い瞳。 さっきは、薄暗い部屋のランプよりももっと、眩しいほどに光っていた、イユの身体。 「………見た……よ、な」 荒かった息も既に治まりつつあるというのに、途切れ途切れに聞いてくるイユ。 「は、い…。…いっいいえっ」 ミルは混乱して、自分で何をどう答えているのかもわかっていなかった。それを見て、イユは少し呆れたようにクスっと笑った。ゆっくりと立ちあがりながら、笑いを収める。 「いいって、そんな気を使わなくっても。ミルの目の前であんなんなっちゃったんだしさ」 「……はい」 自分の狼狽をすっかり見透かされていてシュンとなってしまったミルだったが、先ほどとはうって変わって落ちついたイユの様子から、急に思い当たることがあった。 「ま、まさか、イユさん……」 ミルが何を言いたいのか、イユにはわかっていた。 「うん……。さっきので、だいぶ思い出した……」 「……そ、そう…」 そうなんですか、良かったですね、と。ミルは言おうとして、言えなかった。 記憶が戻ったのなら、この人は行ってしまう…。 ティラが、あんなに、本当に兄のように慕っているのに……。 いいえ、私だって………。 だけど、きっと待っている人がいるんだろうから。 引き止めたとしても、きっと……。 イユの身体が半透明化したという事実よりも、幻光虫がその身体から飛び立っていったという事実よりも、ミルには彼の記憶が戻ったと聞かされたことの方が衝撃だった。 出会ってからまだ数日しか経っていないというのに、もうずっと前から一緒にいるような錯覚に捕われていた。父がいなくなって、その寂しさ悲しみも癒えぬうちに現れたイユ。そして彼のおかげで、子供二人だけがこの世に取り残されたという残酷な現実に打ちのめされることなく、平常に戻れたということに思い至る。 父が生きていた時でさえ、あんなに楽しそうなティラは見たことがない。ミルも、こんなに毎日に張りがあったことはなかった。 それなのに………。 言葉に詰まって、そのまま黙りこくってしまったミルを、イユは痛ましげな瞳で見つめていた。それもそうだろう。あんな非現実的な光景を見せつけられて、冷静でいられるはずがない。イユ自身でさえ、急激に蘇った記憶に翻弄されている真っ最中なのだから。 多少お互いの思惑は食い違いつつも、突き付けられた現実に戸惑っているのは同じだった。 イユが静かに言った。 「ごめん。今はまだ何も聞かないでくれる? 実はオレも、ちょっと混乱しててさ…」 「……は、い」 できることなら今夜のことは忘れてしまいたいと、このことだけは二人の思いは一致していた。 そのまま二組の視線は、部屋の奥で無邪気に眠るティラの姿へと流れていった。 ◇ ◇ ◇ 翌日の午後、イユとティラはいつもの浜辺にいた。今はティラが魚獲りに一人で挑戦していて、イユは浜辺を取り巻く岩場の一つに腰掛けてそれを見守りつつ、ぼんやりとしていた。一見のんびりと空を眺めているように見えたが、その実、イユは悲痛な思いで考えを巡らせていた。近くで覗き込むものがいたら、その顏に苦しげな表情を見てとれただろう…。 昨夜、イユの記憶の大部分を取り戻した。いや、取り戻したというよりも、元々あったぼやけた記憶がいきなり鮮明になったといった方が近い。何がキッカケだったのか…。あの時は、月を見ていた。柔らかい、けれど鮮烈な光で夜の闇を照らす、美しい月を。 ある…姿が月に重なる。そう、少女のような……。 「くっ…」 その少女らしき影が頭の中ではっきりとした映像に変わろうとした途端、再びイユは激しい頭痛に襲われていた。とっさに強く首を振って、その映像を頭の中から振り払うと、不思議と痛みはすぐに薄れていった。 「なん、なんだよ…いったい…」 ほとんどの記憶は戻ったのだと思う。けれど、肝心の何かが足りない。一番、大切で、忘れちゃいけないことのはずなのに。 そう…わかっているのに…。 一瞬、大声で泣き叫びたくなるほどの、せつなさが胸に迫る。やりきれなくて、もうそれ以上考えることさえできないほどに…。はぁっと大きく息をついて、その心の奥に絡みつく思いを振り払う。 そう、今は、まだ……。 強制的に気持ちを切り替えてから、もう一度、今度は慎重に、記憶をなぞり始めた。 オレは、オレの名前はティーダだ。 出身はザナルカンド。 ザナルカンド・エイブスでエースストライカーやってて…。 でも……そうだ、『シン』とアーロンのせいで、このスピラに連れて来られて。 そこで……… またも頭痛の前兆があり、なんとなく予想できていたイユは、急ぎ思いを先へと飛ばす。一番思い出したくて、思い出したくない ――― ことを避けて。 結局、オレのザナルカンドは”夢”でさ。 大昔の人たちが、勝手に描いて見続けてた”夢”。 そして、そこで暮らしてたオレたちも、”夢”で……。 スピラの人たちのためには、消えなくちゃならなくって。 『シン』の見ていた、その”夢”を消すために。 『シン』と成り果てていたオヤジを、倒して。 「最後の、オヤジの願いだったから……」 そこまで考えて、イユ=ティーダは、気づいた。 「そっか…。そういうことか……」 「兄ちゃん! 見て見てっ! おれ、こんなに獲ったよっ!」 ザバっと海面に顏を出すやいなや、すぐに岩場に移動していたイユを見つけ出して、ティラが泳ぎ近づいてくる。その手には、大小の魚がいっぱい詰まった魚籠(ビク)を持っていたが、イユ仕込みの泳ぎでスイスイと泳いでいる。 その様子を見てほんの少しだけ顏を歪めてから、イユはスッと立ちあがりティラに向かって大声で言った。 「よーし、よくやったな、ティラ。一休みしたら、今度はブリッツ教えてやるッスよ!」 ティラの顏満面に喜びが溢れる。 「うんっ!」 その後は、イユはティラに今までになく熱心にあれこれ教えてやっていた。ブリッツの一人練習の方法や、長く潜水するためのコツや、魚も尻込みするほど素早い泳法や。それまでにもしっかりと基礎を叩きこまれていた優秀な弟子であるティラは、驚くほどの早さでそれらのコツを飲みこんでいく。 時々「今日はちょっと調子が悪い」と言っては、少し離れた岩場の影で休むイユを、ティラは少し不審に思いはしても新しく教えてもらった数々の技の習得に夢中で、それほど気にかけなかった。 けれど、太陽が海にその姿を隠そうと急ぎ始めた頃、二人がいつものように家路についた時。早く村に着こうと駆け足しかねないティラに急かされながら、重い足を引きずるようにして歩きながら、ふと己の腕を見てイユが言った呟き。それを、もしティラがすぐ傍にいて見ていたなら。ティラは後で、死ぬほど後悔するようなことはなかった、かもしれない……。 その日、何度目かの透き通ってしまっている己の腕を悲しげに見やりながら、イユが呟いたことを、聞いていたなら……。 「だんだん身体が薄れてる時間も、長くなってきてる…。そろそろ、タイムリミット、かな……」 ― 後編に続く ― Novel by テオ
Illustration by ゆうき様
2005.1.15〜2005.3.31 《 Novel & Illustration collaboration 》 -ノベイラコラボ- 初出
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○あとがき○ |