何時だったか其の青年は忘れていたが、目の前には確かに見た事のあるサイズの顔形。 この見た事のあるものは、ニーダに渡した筈なのだが。
「あの野郎、まさか捨てやがったか?」
少々不安が過ぎる。 後でキスティスにいろいろと言われるのは流石に青年も避けたかったので
「仕方ないな…よっ、と。」
軽く持ち上げ、泣きそうな顔をしている赤ん坊に苦笑。
「アイツに頼むか、コイツのこと。」
ままごとじゃない、とキスティスには言ったが――こんな状況では、仕方ないだろう。 青年は先程まで月を見ていた場所へ戻った。
部屋の中は静まり返っていた。 唯一、規則正しい呼吸だけが其の場所に聞こえてくるのを残して。
「ン…」
身動きをする。不意に、今まで閉じていた瞼を薄く開いた。
「此処…宿?」
面倒になった平仮名を省いて喋る、彼女独特の言葉。
「我、月見中…寝?」
右手で瞳を擦りながら、そそくさと寝ていたベッドから足を降ろした。 彼女は久方振りに月を見ていた。
――彼と、二人で。
部屋の窓に駆け寄る。彼女…風神の隣に彼が居た時よりも、少し傾いた月。 時計を見やると、午前2時を廻っていた。
「時間経過、早…。」
別に夜中に何かあったという訳でも無かったのだが、隣に彼が居ないだけでちょっと気になってしまう自分が居た。
「情無…我、今心弱…。」
昔は一人で大丈夫だった。其れが、今では。 少し部屋を見て廻るが、彼らしき姿は何処にも無い。 外かな、と彼女は足音がしない速さで廊下に出た。
彼は、居た。 何気ない調子で口笛を吹きながら。
「サイファー」
彼女がすっ、と彼の名を呼ぶと、金髪の青年が彼女のほうへ振り向いた。
「よぉ、どうした。眠れなかったのか?」
少々悪っぽい顔をぎこちない笑顔にする。其れが、彼…サイファーの癖。
「隣、良?」
サイファーの言葉に答えずに、彼女は質問をする。
「あぁ、いいぜ。」
気楽な返事が直ぐ帰ってくる。 良く見ると、サイファーの腕の中には一人の赤ん坊の姿。 彼女も、一度キスティスに抱えられていた其れに、見覚えがある。
「コイツか?」
聞かずとも思っていた事が判ったのだろう。サイファーは赤ん坊を隣に座った風神に預け、苦笑しながら言う。
「ガーデンで拾ったんだ。…まぁ、まさかニーダが探してる子供を拾ってきたなんて俺のプライド的に言えなかったんだけどな。」
抱きかかえた赤ん坊の頬を、風神は人差し指で触れてみる。
「うー」
可愛らしい声を上げ、閉じていた瞼をうっすらと開く。
「オイオイ…さっき俺が苦労してやっとの事で眠らせたってのに…。」
「御免、サイファー」
呆れた口調だったが、柔らかい声だったので、取り合えず風神は安心する。 彼は、笑ってくれる。彼女との何気ない会話を。
「――此…名前。」
起きてしまったが大人しく彼女の腕でゆられている赤ん坊を見ながら、サイファーに問い掛けた。
「判るわけ無いだろ?言ったじゃないか、拾ったって。」
思えば、良くガーデンが彼の来訪を認めてくれたと思う。 魔女の騎士としてガーデンの敵にまわった彼らを、ガーデンが受け入れてくれるなんて、最初は考えもしなかった。
「…可愛…我、育良?」
風神の無邪気な声に、サイファーはにかっと笑みをこぼす。
「ニーダの野郎には悪いが…アイツの責任だし。実は俺もアンタに頼もうと思ってたんだぜ。女の方が子育てとかって得意って聞くしな。」
「当然!」
女だからといって、得意な訳じゃない。 彼女は幼い頃から戦いを続けていた。だから、風神もサイファーと同じで赤ん坊の育て方なんて知らない。 でも、それで良かった。 彼の役に立つことができるなら、其れで良いと。
「ニーダ、アイツ絶対後でトレーニングの相手決定。」
厄介なヤツをこっちに寄せてきたお前が悪いんだと言いたいのか、サイファーはボソリと呟いた。
「うぁぁぁぁん!!」
赤ん坊の声と共に、目覚めを迎えた。
「…四時…」
普通の人ならまだ寝ていたい時間だが、そうできない理由もある。 粉ミルクの方に目をやる赤ん坊。其の間だけ、少し落ち着いている様に見える。
「粉牛乳…。湯…」
未だ眠気の残る瞳を擦りながら、夜中に購入した粉ミルクを探す。
「発見。…如何、行動…?」
宿の調理場――自由に貸し出ししている――調理場へ行き慣れない手付きで湯を沸かしながら、次に取るべき行動を考える。
ある意味、SeeDの任務よりも大変だろう。 おろおろしている其の間にも、赤ん坊は泣き続ける。 赤ん坊を抱き上げ、無表情な自分を悔やむ。
リノアなら、優しい言葉を掛ける事ができる。 セルフィなら、笑顔で子供に接することができる。
でも、自分は――
「よぉ、風神。」
ノックも無しにドアの開く音。其れに、あの声。
「こんな時間に起きているって事は、やっぱり赤ん坊に苦戦か?」
「其、通。」
沸騰しかけた湯を見て、火を止めながら風神は短く答える。 声の主は判り切った事。わざわざこの状況で目を向ける必要性など、全く無い。
「やっぱり子育てになると女って怖くなるもんなのか?目が据わっているぞ、風神」
室内に入ってきて、彼女がやろうとした行動を奪い取る。 そして無造作に、哺乳瓶の中に湯を流した。 粉が次第に、哺乳瓶の中で溶けていく。
「有難…」
嬉しいのだが。 嬉しいのに普段と変わらない独特のテンポ。 少々彼女は自己嫌悪に陥る。
「如何した?」
何か気に障る事言ったか、と尋ねるサイファー。勿論、サイファーは悪くないのだが。 小さく首を横に振り、否定。そう、無表情のまま。
「そう、か。…悩みがあったら言ってくれよな。俺の、唯一の仲間なんだからよ」
「…御意」
足をジタバタさせている赤ん坊を優しく抱きしめながら、いきなり幼くなってしまったような風神は答えた。
「パーティ?」
「そう、パーティだもんよ」
彼是苦戦しながら何時の間にかもう夜。 赤ん坊が一緒で忙しかったのか、風神は眠い瞼を擦りながら雷神の話を聞いていた。
「バラムガーデンで新SeeDになった人達をお祝いするパーティ…って、毎年この時期やっているもんよ」
自慢気だが言葉が足りなく。雷神は補足とも言うのか、顔を顰めながらリノアとスコールが踊っていた姿を伝える。
「雷神、我同行願?」
こちらは少々嫌そうな顔。雷神は、風神が華やかな場を好まないことを長年の付き合いながら知らない。
「我今、赤子世話忙。」
キッパリと言う。本当に、拒否したいといった感じの行動であること。 風神のローキックが来るのではないかと、雷神は体を震わせ目をギュッと閉じる。
「だっ…だってサイファーも招待されて『行く』って言ってたもんよ!!」
其の身体に合わない動作は、傍目から見れば異様な人物とも取れる状態。 そんな事はどうでも良く、風神は先程の雷神の言葉で少々躊躇っていた。
――本当に、サイファーが行くのなら。
赤ん坊の方を見て、考える。 因みに赤ん坊はもう慣れたのか、無愛想な風神を笑顔にしたがっているかのように、笑い続けていた。
やっとローキックの感覚が来ないと理解した雷神は、風神が今まで見せたことも無い表情をしていることに気付く。
笑顔――
(風神…嬉しそうだもんよ)
何を想ってそんなに笑顔になれているのか…不思議でもなかった。 彼女は、風神は、サイファーを愛しているから。 自分の言葉に反応していたことが、何よりの証拠。
仲間よりも大切な存在で在りたい欲望――
結局、風神は赤ん坊を保健室のカドワキ先生に預けてパーティに出ることを雷神に伝えた。
軽やかなメロディーが辺りを柔らかく包んでいる。 其の音に合わせステップをするSeeD達。 そんな軽いとも重いとも言えない雰囲気の中、物影からドレスアップした風神が一人の人間を静かに見つめていた。
(サイファー…)
想いは募るばかり。どうしようにもできない感情が、彼女を冷静にさせてはくれなかった。 そんな彼女に一人の女性が近付いてきた。
「その感情を早く軽くしたいのなら、やりたい事をするべきね。」
キツイ眼差しだが、其れが彼女に似合っているとも言える。 長い金髪を下ろした、元ガーデン教師。
「キスティス…」
「何?私がここに居てはいけなかったかしら?」
機嫌が悪いのだろうか、其れとも風神の余所余所しさに呆れたのか、何時もよりもキツ目の口調。 そんな事無い、と風神は首を小さく横に振る。
「まぁ、私もウィルバーンの一件では忙しかったけど。」
自分の判断でたくさんの命が失われる状態。 キスティスは何とか、其の状態から乗り切ったらしい。
「それで貴女はここで何も踊らずに彼だけを必死に見ているのかしら?」
「………」
「まぁ、判ってるけどね、女心ぐらい。」
私と同じだもの、と付け加えるキスティス。
「バレバレよ。だけど…貴女も、変わったわね。」
「我感情理解者…居無。」
まだ感情が高ぶっている少女は、足早に其の場を離れた。 其の頬は、真っ赤に染まっていたと言う。
「甘いわね、風神。まだまだお子様だわ。」
キスティスはそんな娘の姿を見ながら、教師の笑みを浮かべた。
軽やかな円舞曲から静かに響く夜想曲になり、パーティの終了を告げた。 先程まで踊っていたSeeD達は、ゆっくりと余韻を楽しみながら寮へ戻るなり、家路に付くなり。 其の中でまだ会場に残っていた人物は、まだ居るのだが。
「サイファー、我相手不向…」
テラスで火照った顔を冷やしながら、風神は呟いた。
「彼合相手、沢山存在。」
はぁ、と一つ溜息。 と、其の時、背後に人の気配。 吃驚して振り向くと、其処には――
「いかにも悩んでますって背中を俺に見せんじゃねーよ」
「サイ…ファー…」
何時もと変わらぬ白のコートを羽織った姿。踊る為に来たと言う訳では無さそうな状態。
「どうした?あんたらしくもない。」
態々隣に来て、水の入ったグラスを渡され、笑顔を向けられる。 受け取ったグラスの水。ゆらゆらと揺れる其の水に映る月を虚ろ気な瞳で見る。 「本当…アタシらしくないね。」
ふぅ、と一息してから水を少し口に含む。 そんな光景を見守りながら、久々に聞く風神の通常語にサイファーは何時もとは違うことを察していた。
「俺は『悩み事があったら言ってくれ』と言った。其れにあんたは『御意』と答えた。」
テラスの手すりに寄りかかり、風神の前髪にそっと触れながら、サイファーは朝の会話を持ち出す。
耐えられなくなったのか
それとも只そうして居たいのか
風神の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「…泣くなよ。アンタにそんな表情は似合わない。」
「……どうしようもないんだ」
サイファーと同じように手すりに寄りかかりながら、月を眺める風神。
「先程キスティスに『その感情を早く軽くしたいのなら、やりたい事をするべき』と言われた。でも、アンタが…」
「俺が?」
「アンタがアタシの言葉で苦しんでしまうだろうから」
何故、彼女はこんな事を言ったのだろうか。 何が彼女をこんなに弱い存在にしてしまったのか。
「御免…御免ね、サイファー。アタシ、アンタを苦しめてばかりだ。」
「待てよ、俺は何も聞いていないぜ。」
涙は、止まることを知らない。
「今は苦しんでもないし、此れから苦しむって確証も無い。そうだろ…?」
「アタシにそんな言葉を掛けないでッッ!!」
其の場に赤子の様に蹲る風神。 さて、如何したものかと、サイファーはそんな娘を見続けていた。
(やっぱり、見るんじゃなかったもんよ)
影から見守る体の大きな存在は、やはりあの雷神だった。 珍しく正装している姿だが、踊りたいと言う気持ちは無かったとか。
(今、オレ、きっと嫌な事してるんだな)
判っているが、目を離せない。兄妹の様な関係だった少女のあんな姿を見てしまったら。
(でも、バレる訳にはいかないから…泣かないでほしいもんよ)
何故だろう。本当に、何故なのか。 キャッキャと雷神の体に触れる紅葉のような手の平の持ち主は――あの、赤ん坊。 雷神が其の場所に行く前、こんな事が。
「あぁ、雷神じゃないか」
廊下を歩いていて突然、声を掛けられた。
「カドワキ先生、お久し振りだもんよ」
と、返事をしたら目の前に赤ん坊を差し出され。
「悪いね、雷神。あたし急用ができちゃってさ。…風神から預かったんだけど、代わりに預かってて。ね?」
彼の性格上、断ることはできなかったらしい。
(カドワキ先生の馬鹿〜〜!!)
赤子のあやし方を知らない雷神は、「ごめんヨ」と言いながら不思議な笑みを浮かべたカドワキ先生を恨んだ。 「アタシにそんな言葉を掛けないでッッ!!」
あ、と思わず赤ん坊から目を離し声の主の方へ目をやる。 蹲った風神と、不思議な表情のサイファー。
(サイファーが、風神を泣かせたもんよ。)
次の瞬間、赤ん坊が消えたのだが雷神は気付かなく、其の光景に見入っていた。
サイファーは、目の前の光景を理解しきれなかった。 赤子が、ゆっくりと降りてくる。 蹲っていた風神も光に気付いたのか、顔を上げた。 赤子が、ゆっくりと風神の腕の中に降りてくる。
「暖かい…」
ぎゅ、と赤ん坊を抱きしめ、再び涙を流す。 「風神……」
「サイファー、アタシ…アンタのコトが好きだ。」
しっかりとした言葉。
「オレは…」
「返事はいらない。判ってるから…」
遮りながら、再び涙を流す。
「――すまねぇな、風神。だが…オレとお前と雷神はいつまでも仲間だ。」
風神と同じ高さまで屈み込み、其れと同時にある方向へ目を光らせた。
「そうだろ?其処でコソコソこの光景を見ている雷神クン。」
「…バレてたもんよ。」
キツイ眼光を向けられ観念した雷神は、やっと手の中に居た筈の赤子が風神の腕の中に居るのに気が付いた。
「雷神……」
風神は涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ハンカチで拭きながら
「雷神、隠、下手!!」
立ち上がり、雷神の足に向かって、ローキックをかました。
キィ、と静かにドアが開いた。 白コートの青年が、部屋ですやすやと眠りについている二人の姿を確認する。 娘の腕に抱かれた赤子をそっと自分の腕に寄せる。 シー、と人前では見せない行動をして、赤子に静かにしてくれ、と伝えた。 そして、書置き。 再びキィと音が鳴り、ドアが閉じた。
「はは…我ながら、変な事やったな。」
「来た、か…」
赤ん坊を抱えながら、サイファーが呟く。 其の呆れた表情の先には、一機のラグナロク。 やがて、彼より20メートル程離れた場所に着地した機体から二人の男女が出てくる。
「サイファー、久し振りッ!元気だったー?」
肩辺りで跳ねている髪がチャームポイントにもなっている美少女と
「全く、こんな夜遅くに呼び出すなんてね。」
深く帽子を被っている長髪の美男子。
「あぁ、済まねぇな。セルフィにアーヴァイン。」
機体の音に気付いていないのか、赤ん坊はすやすやと眠りについている。
「可愛い赤ちゃんだねぇ〜」
「其の『赤ちゃん』の事なんだが。」
瞼を閉じ、アーヴァインとセルフィに向き直る。
「コイツを預かって欲しい。いや…貰ってくれってのが正当か。」
「オイオイ、本気かよ。」
サイファーの口から出た言葉に、少々嫌悪感を表すアーヴァイン。
「僕たち、赤ちゃんの育て方なんて全然聞いたことも無いんだぜ?」
でも、とセルフィが反論する。
「可愛いじゃない、アービン。折角サイファーが言ってるんだし…ね?」
腕を掴みながら、笑顔。アーヴァインはどうしてもセルフィに弱い。
「…仕方ない。セフィの頼みなら。」
小さな溜息をし、サイファーに目を向ける。 サイファーは赤ん坊をセルフィに渡し、思い出したかのように呟いた。
「風神には言わないでくれ。お前らが赤ん坊を預かっているってコト。」
「何で?」
白のロングコートを翻しバラムの街がある方角へ歩き始めたサイファーの姿を見ながら、セルフィが聞いた。 其の言葉に、サイファーは悲しそうな、それでいて嬉しそうな表情を見せた。
「アイツには…もう、幸せを運ぶ子供は必要ないだろうからな。」
別にアイツの気持ちが判った訳じゃ無いがな、と付け足すサイファー。
「判った。…それじゃ、またね。」
何があったのかは聞かず――アーヴァインもサイファーに倣ってコートを翻し、ラグナロクへ向かった。
「バイバーイ、サイファーッ!!」
夜、月が照る下で セルフィは大声で、去り行く姿に手を振った。
翌朝。
「…馬鹿。」
呟く風神の目に写るのは、一言のメッセージ。
――幸せを運ぶ赤子はオレ様が手に入れた! 怪盗S.A――
第七話 END
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