私に与えられた任務は孤児院にいるスコール達にすぐにガーデンに戻ってもらうように伝えること。 ただそれだけだったはずなのに…、まさか…、こんなことになるなんて思いもしなかったわ。
【Relay●MoonLight Baby】 第六話 〜 Eyes On Me 〜 Little Cupid [FFVIII ED after]
スコールとリノアからキスティスに託された小さな命。
「拾ったんだが放っておく訳にもいかないし、ここに預けるにしても、今はママ先生も忙しいから」
孤児院では魔女戦争終結後、孤児になった子供が増え、ママ先生も手一杯らしくお願いできないらしい。 チラリと流したスコールの視線の先、ママ先生が忙しげに子供たちの世話をしている。確かに、顔色が悪いような気がする。これだけ忙しくしていれば、それも無理もないだろう。
「私からもお願い。すっごく可愛い子なの。面倒みてあげて!!」
それでも自分の立場を考えて断りの言葉を返そうとしていた私は、リノアの必死の形相を見て心を動かされる。
「よく分からないけど…、…いいわ」
言葉にこそ出していないけど、リノアも赤ちゃんが可愛いって理由だけじゃなく、ママ先生を心配して言っているのだということが伝わってくる。だから、安心させるためにそう言ってしまったけど…、本当は私、子供って苦手なのよね。
二人を見送り、一息ついたと思ったのも束の間、…もう一隻、飛空艇がやってきた。…何の前触れもなく。 慌しくハッチが開き、中からガーデンの制服を着た二人組みが現れ、緊急の伝令だと言う。彼らの話によると、ガルバディア政府の要請で派遣した部隊がウィルバーン丘陵へ潜伏している反乱軍への極秘侵入捜査に失敗し、数人が身柄を拘束されてしまったらしいのだ。
「なんですって!?」
事の重大さに、私はママ先生への挨拶もそこそこに飛空艇へと乗り込む。僅かの間にママ先生が用意してくれた、ミルクと衣服の替えを持って。 そう、私は否応なく、赤ちゃんと一緒にガーデンへと戻ることになってしまったのだった。
水面から月が顔を覗かせるころ、私の乗った飛空艇はガーデンへと着いた。搭乗中は、散々だった。何しろ、慣れない赤ん坊の世話に終始追われていたからだ。
「もう、何でガーデンに着くまでの間くらい寝ててくれないのよ」
取り合えず現状を把握するために、キスティスが赤ん坊を抱きかかえたまま通信室に向かって急いでいると、サイファー達が「伝令だ」と呼び止めてきた。 彼女が戻ってくるまでの数時間の間に、ウィルバーンの状況は更に悪化したらしい。 こういう場合の戦略としては当然の、救出部隊を派遣したにも関わらず、その派遣した部隊と反乱軍がこともあろうに正面から衝突してしまったというのだ。 こうなってしまっては一刻も早く別部隊での救出を慣行しなければ、捕虜となった者達の命が危ない。そして、こういう場合の指揮は、やはり実践に慣れている者が一番の適任だ。…ということで、キスティスが直接現地へいって直接指揮することに決定した…と、サイファーが伝令の内容を淡々と述べる。
「困ったわね…。私、指揮系統の手伝いをするだけでいいつもりで帰ってきたのよ。それに、しばらくこの子の面倒をみなくちゃいけないから…」
「はっ! あんたが赤ん坊の面倒をみるって? ままごとじゃねぇんだ。やめといた方がいいぜ?」
サイファーがそう言うと、後ろで雷神と風神が笑いを堪えて肩を震わせる。
「そんなことわかってるわ。でも、この子を置いてはいけないし、彼らも放ってはおけない」
「だから連れてくって言うのか? あんた、何考えてんだ? 何が起こるかわかんねぇ場所にこんな赤ん坊を連れてくなんて…」
「じゃあどうしろって言うの!」
キッ、と睨みつけるとサイファーは舌打ちする。
「…SeeDは何故と問う無かれ。俺たちゃ言われたとおりに動いてりゃいいんだ」
「あっ…」
サイファーはキスティスの腕の中から赤ちゃんを取り上げ、にやりと笑った。
* * * * *
『目立たなくても頑張るんですよ』
SeeD試験に合格した日、学園長に言われた言葉に反し『いつかガーデンを動かす男になってやる』と密かなる野望を胸に日々努力を重ねた俺は、文字通りガーデンを動かす男となった。 それでも、おとなしくて控えめ(?)な性格のせいか十人並みの容姿のせいか、やっぱり目立たずに他の生徒に溶け込んで生活していたというのに…。
あぁ。今日ほど我が身を呪った事は無い。
「おい、お前。こいつをお前に預ける。丁重に扱えよ」
「え? え? えぇぇぇぇぇぇっっ!!」
たまたまその場を通りかかっただけだというのに、俺は今、サイファーに赤ん坊を押し付けられようとしている。
「無理よ、サイファー!」 「なんで俺がっ!」
反論した俺をアイツは暴君の如く見下ろし、口の端を歪ませクツクツと楽しそうに笑う。
「こいつになんかあった時にゃあ…、わかってんだろうな?」
その時の俺は蛇に睨まれた蛙、といったところだろうか。すぐさま「預からせていただきます」と返事をしたのは言うまでもない。
サイファーとは違い、何度も申し訳なさそうに振り返りながらも足早に任務へと赴くキスティスを見送り、俺は、はた、と気付く。
…俺、赤ん坊の面倒なんかみたことないぞ。とりあえず誰か他に面倒みてくれそうな人を探さなきゃな。ガーデンで子育ての経験があるって言ったら…学園長夫妻だよなぁ。でもあの二人、今はガーデンにいないもんなぁ…。あとは…、食堂のおばちゃんとか…か…?
「何ブツブツ言ってるのよ」
「うわぁっ!」
いきなり声をかけられたもんだから思わず赤ん坊を落としそうになる。
「うわわっ!」
慌てて落下していく赤ん坊に手を伸ばす。
赤ん坊をくるんでいた布がふわりと宙に舞う。
―― え…。やけにスローな気がするんだけど…、俺の目の錯覚か…?
二、三度瞬きしていた間に、シュウが見事なまでの瞬発力で赤ん坊をしっかりと抱きとめる。
「…サンキュ。助かった」
恐る恐る赤ん坊を覗き込むと、何が起きたのかわからないようで、きょとんといた。
「助かった、じゃないでしょ! ホントにのんきなんだからっ…」
ニーダは何も答えられず、頭を掻くしかなかった。
「どうしたのよ、この子。 …! まさか、ニーダの子供?」
「そっ、そんなわけないだろっ! 最初はキスティスが連れてて、その後サイファーに押し付けられたんだっ。ほら、髪の色も違うし、目の色も、顔も全然俺に似てないじゃん!」
ブンブンと思いきり首を振ると、シュウはにやりと笑う。
「ムキになっちゃって、あやしい〜。ふふ、ニーダってオクテかと思ってたけど、違ったのね」
シュウはケラケラと楽しそうに笑い、更に続ける。
「で? お相手はどこのどなた?」
「だから違うって!」
「私に隠さなくちゃいけないような相手? そうか、ガーデンの関係者だな。えぇと、最近姿を見ない子は…」
「いいかげんにしてくれっ!」
大声を出したニーダを、廊下を歩いていた生徒達が遠巻きにジロジロと眺める。
ニーダは、意外とばかりに目を見開いているシュウから赤ん坊を奪い返す。
「…もういい。親友だと思ってたけど、シュウとはこれまでだな」
踵を返し、『俺もなかなか言うようになったじゃん?』と思った瞬間、赤ん坊がまたずり落ちそうになる。
「うわっ、と…とっ…」
「ほら!」
またしてもシュウがしっかりと抱きとめる。
「…ったく! あぶなっかしくて見てらんないっ。カッコつけてても、ニーダって必ずどこかで失敗するんだから。この子の面倒は私がみる。いい? わかった?」
思ってもみなかった彼女の申し出に、思わず俺の胸が熱くなる。
「…ありがとう。本当は俺一人でどうしようかと思ってたんだ。 …良かったな、お前」
くしゃくしゃと小さな頭を撫でると、赤ん坊は火がついたように泣き始める。
「あわわっ…、い、痛かったのかな…」
おろおろするニーダを無視して、シュウは冷静に観察し頭を巡らせる。
「お腹がすいたのか、オムツが濡れてるのかもしれないね。ほら、ぼさっとしてないでカドワキ先生に紙オムツとミルク…、ん〜、濃縮はないかもしれないけど、粉ミルクなら必ずあると思うから、それ貰ってきて。あ、食堂でお湯をもらうのを忘れないでね」
「…あ、あぁ…」
のろのろと動き出したニーダを見て、シュウは渇を入れる。
「駆け足!」
「お、おうっ…!」
「先にこの子と一緒に執務室に行ってるからねっ!」
「了解っ…うわぁ…っ…」
シュウの言葉に振り向きながら返事をしたニーダは廊下を歩いていた生徒にぶつかり転びそうになる。だが、なんとか持ちこたえ、そのまま廊下を駆け抜けて行った。
「…ったく。面倒みれないなら引き受けるなっての。まったく、お人好しなんだから…、ねぇ」
にっこり微笑むと赤ん坊は泣き止み、シュウに向かって微笑み返す。
「うふっ、可愛いっ」
「か、カドワキ先生っ!」
息も絶え絶えに保健室に飛び込んだニーダをカドワキ先生は怒鳴りつける。
「なんだい騒々しいね。病人がゆっくり休めないだろっ?」
「…びょ、病人がいるんですか、すみません…」
すぐさま恐縮しているニーダを横目にしながら、カドワキ先生はのほほんとのたまわる。
「いや、今はいないよ」
「はぁ…」
ガックリと脱力するニーダ。
長年ガーデンにいるけれど、校医のカドワキ先生の行動は未だに理解できない。カードゲームも密かに強く、CC団のキングと暇さえあればゲームをしてるって噂だ。そういや俺、今年のガーデン納涼演芸大会で先生に負けたんだよな。先生がいなかったら二連覇達成できてたのに…
「用があるんじゃないのかい?」
「あぁ! ええっと、あ、あのっ、しゅ、シュウが、赤ちゃんが来て…、オムツとミルクが…
「なんだって? 赤ん坊? シュウにかい?! まさか、あんたが父親なのかいっ!」
カドワキ先生はニーダの襟元を掴み、ぎゅうぎゅうと締めあげる。
「…ちっ、違います、誤解ですっ! と、とにかく…この、手を、離して、下さい…」
「あ、あぁ、そりゃそうだね。ごめんよ…」
―― カドワキ先生……、それってどういう…(泣)
カドワキ先生は我に返り、やっとニーダの襟元を掴んでいた手を放してくれた。
なんとか落ち着きを取り戻したニーダが、キスティスが連れていた赤ん坊をサイファーが取り上げ自分に押し付けたこと、お腹がすいたのかオムツが濡れたのかわからないけれど赤ん坊が泣いていることを説明すると、カドワキ先生は備品棚の中から粉ミルクの缶と哺乳瓶と紙オムツを取り出し手提げ袋に詰め始める。
「あぁ、そうそう。アレを忘れちゃいけないね」
カドワキ先生はごそごそと備品棚の奥から四角くて小型のバケツっぽい形をした物を取り出した。
「先生、コレ、なんですか?」
「おや、知らないのかい? これは脱臭廃物容器だよ。この中に使用済みの紙オムツを入れて、スイッチを押すと簡単に処理できるんだ。まぁ、無くてもいいかもしれないけど、あった方が便利だから持っておいき」
「へ〜ぇ」
ニーダはそれが珍しくて、あちこち触ってみる。
「赤ん坊はシュウがみてるのかい?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、大丈夫だね。準備はできたから早く行っておあげ。食堂でお湯をもらうのを忘れるんじゃないよ」
「――! イヤだなぁ先生。俺だってそのくらいのことわかってますよ。はははっ…」(アセアセ)
「それから。困ったことがあったらいつでも言っておくれ。これでも子育ての経験はあるからね」
カドワキ先生のさりげない優しさが嬉しかった。ニーダは礼を言い保健室を後にする。 そして廊下を駆け抜け食堂へたどり着いたはいいが、食堂のおばさんの前でも同じようにしどろもどろになってしまい、笑い飛ばされてしまう。
―― あぁ…、俺ってホンット情けないよな…(涙)
ポットにお湯を入れてもらい、執務室に向かって走る。 そして重いドアが開くのを待つのももどかしく、わずかな隙間に身体をねじ込み中へと入る。
「シュウ! もらってきたぞ! 赤ん坊は?」
ぜいぜいと肩で息をするニーダをシュウは「静かに!」と一蹴する。
「赤ちゃんがびっくりしちゃうでしょ、ねぇ…」
さっきまで泣いていたはずの赤ん坊はシュウの膝の上におさまり、自分の手をぺろぺろと舐めまわしていた。
「あれ? 機嫌良さそうじゃん。腹が減ってるんじゃなかったのか…」
「ううん、お腹もすいてるし、オムツもぐっしょり。抱かれてるから泣かないだけみたい。えぇっと、じゃあ、私がオムツを替えるから、ニーダはミルクを作ってくれる?説明書どおりに作ったらいいから」
「OK、任せとけって」
「なに? この子、布のオムツしてるの〜? …あ、そうか、孤児院からつれてきたんだっけ。ん、それなら納得!」
シュウがオムツと格闘しているのを横目で感心して見ながら、ニーダは袋の中からミルク缶と哺乳瓶を取り出し、説明書を読む。しかし、粉をすくったまでは良かったが…
―― あ、あれ? なんでうまくすりきれないんだろ。 あ、また失敗した。 あーあ、机の上が粉だらけだ…。母親ってすごいよな。よく、こんな難しいことやってるよな…
「何やってるのよ!」
「へ…?」
いきなり怒鳴りつけられて、ニーダはわけがわからずぽかんとしている。
「こんなに粉だらけにしちゃって…。ちゃんと説明書読んだ?」
「よ、読んだよ…? すりきるって書いてあったから一生懸命やってんだけど…」
ニーダがそう言うとシュウは長い長い溜息をついた。
「あのねぇ…、中蓋の部分を使ってすりきるのっ! 缶のふちですりきっちゃダメなのっ!もういい、私がやるからこの子を抱いてて!」
赤ん坊をニーダに渡し、シュウは手際よくミルクをすりきり哺乳瓶へ入れていく。
「ふぇぇぇぇんっ…」
いきなりぐずりだした赤ん坊にニーダは戸惑う。
「シュウ、早くしてくれっ! 赤ん坊が泣いてるっ!」
しかしシュウはそのくらいでは動じないようで、ミルクを溶かすために哺乳瓶を振り続ける。
「赤ちゃんはね、私達みたいに話せないから泣いて訴えるの。ニーダじゃ抱かれごこちが悪い…って言ってるのかもね」
「なんだよそれ…」
ニーダが憮然とすると、ころころとシュウは笑う。
「だってぎこちないんだもん。もっと自然に優し〜く抱っこできない?」
「優しくって…こう、かな…」
肩の力を抜いてはみるが、赤ん坊は泣き止まない。
「う〜ん、ちょっと違うんだなぁ…」
シュウは片手でスイッと赤ん坊を奪い取り、自分の頬で哺乳瓶の温度を確かめながらソファに腰掛けミルクを与える。
「美味しい…? 沢山飲んでね…?」
一生懸命ミルクを飲む赤ん坊に話しかけるシュウはいつもより柔らかい雰囲気で、ニーダの目には我が子に優しく接する母親のように見えた。
「シュウってすごいよな」
「…ん? 何がすごいの?」
「赤ん坊の世話。慣れてるよな」
「ふふ、子供の頃ね、妹か弟が欲しかったんだ。でもかなわなかったから、近所の小さい子や赤ちゃんのお世話を手伝ってたの。でも、こんなに早く役に立つ日が来るなんて思わなかった」
「へぇ…。やっぱ男はダメだな」
はぁっ…、と溜息をつきながらニーダはソファに座り込む。
「どうして?」
―― そんなの聞かれてもなぁ…
うーん、と伸びをして首の後ろで指を組む。
「おろおろするばかりで全然役に立たない」
「慣れてないだけでしょ? 自分の子供だと思って接してみなさいよ。赤ちゃんって可愛いんだから」
シュウは空になった哺乳瓶をテーブルに置き、今度は赤ん坊を縦抱きにして背中を優しくトントンと叩き始める。
「俺は赤ん坊より先に彼女が欲しい」
「…ったく。将来困るよりいいでしょ。ちゃんと子供の面倒みられるようにしといてよ?」
さらりと言われた一言が何故か心に引っかかる。
「…そ、それってどういう意味なんだ…?」(どきどき)
「チビちゃ〜ん、今度はニーダに抱っこしてもらおっか。はい、同じようにやってみて?」
うまい具合にはぐらかされ、渡された赤ん坊を同じように縦抱きにして背中を恐る恐る叩いてみる。
「うん。なかなかいい感じだね」
「へへっ…そうかぁ…?」
ややあって、赤ん坊の口からその小さな身体に似合わない大きなゲップが漏れた。
「すっげー。こいつ、こんなにちっちゃいのに大人並だな」
「あははっ、そうだね」
もぞもぞと赤ん坊が動くと柔らかな髪の毛が頬に触れ、ミルクの甘い香りがニーダの鼻をくすぐる。
「ミルクくせぇ〜っ」
「クスッ。赤ちゃんなんてみんなそうだよ?」
ニーダがシュウに赤ん坊を手渡すと、彼女は愛しそうにその小さな身体を抱きしめる。いつも先輩SeeDとしてみんなの先頭に立って行動する彼女からは想像もつかない姿。だけどそんな姿を眺めているだけで、ニーダはふんわりと温かな気持ちになるのだった。
お腹が満たされた赤ん坊はうとうとし始め、シュウが背中をゆっくり優しく叩いてやると、すやすやとやすらかな寝息を立て始める。
「…眠っちゃったね」
「うん。…可愛い顔してるよな」
「そうだね。…親はどこへ行っちゃったんだろう。赤ん坊を置き去りにするなんて、どういう神経してるんだろうね…」
まいったな、という表情でシュウはソファに深くもたれかかる。
「…何か事情があったのかもしれないだろ。それより、これからどうする?」
「この子を保護したことは、ガーデンの管理室には届けたから、親が現れるまで面倒みるしかないね」
「そうだな…」
なんとなくしんみりしてしまった二人だが、突如ニーダの腹の虫がぎゅるぎゅると喚きだし、シュウは思いきりふきだした。
「お腹空いてるの?」
「だって俺、食堂行こうと思ってたのにつかまっちゃって…」
「じゃ、まずは腹ごしらえして、それからだね」
すっくとソファから立ち上がったシュウにニーダも続く。
「まだ、メシ食えんのかな?」
「さあ? ダメなら私が頼んであげるよ」
「先輩、頼りにしてますよぉ?」
ニーダがちゃかすように言うと、シュウは苦笑する。
「もぅ。こういう時だけ敬うんだからっ」
廊下に出ようとすると、部屋の通信機の呼び出し音が鳴る。
「ニーダ、出て」
「なんで俺が…」
「いいから早く」
ブツブツと文句を言いながらもニーダはスイッチを入れる。
画面に映し出されたのは情報・通信班の見覚えのある後輩SeeDで、ニーダの姿を見て『こんなところで何してるんですか?』と尋ねてきた。
「あ、もしかして探してた?」
『いいえ。先輩に用は無いんです。シュウ先輩、そこにいますか?』
「どうした?」
ずい、とニーダを押しやりシュウは通信機の向う側と話を始める。
―― 俺ってみんなからどういうふうに思われてんだろ…(いじいじ)
ニーダが爪でソファを引っかきながらいじけていると、二人の会話が途切れ途切れに耳に入ってくる。 通信機の相手の声はもちろんだが、シュウは赤ん坊を抱いているからだろう、声のトーンがかなり低くて聞き取りにくい。
『……ウィルバーン……身柄……要求……』
―― なんだろう。 もしかして、キスティスの任務と関係あるのかな。
話を終えたシュウは、また深い溜息をついた。
「…どうした?」
「ごめん…、急用ができちゃった。 悪いけど食堂には一人で行ってくれる?」
「あぁ、それは全然かまわないけど。 …ウィルバーンの件か?」
「…うん」
「そっか…。あっちはまだ大変なんだな…」
―― どうなるんだろう。全員無事だといいんだけど…。
「キスティスが指揮とってるから大丈夫だと思うんだけどね。じゃ、そういうことだから今夜は頼むね」
「え? ちょっと待て。俺が今夜赤ん坊の面倒をみるのか?」
「うん。頼んだよ」
「無理無理!俺一人じゃ面倒みれないって!」
「あ、やば。急がないと…。食事が済んだら迎えに来て。通信室にいるから」
「ちょ…っ…おい! シュウ!!」
シュウはニーダの言葉を無視し、さっさと部屋から出て行ってしまった。
―― う、嘘だろー? 冗談だよな。 ……。…とりあえずメシ食って…それから考えよう…。
しかし、食事を済ませて通信室を訪れたニーダは結局シュウに言いくるめられ、赤ん坊の面倒を引き受けることになってしまうのだった。
翌日もウィルバーンの情勢に動きはなかったが、直接任務に関わっていないニーダは今、自分のやるべきことを遂行する。いざという時にすぐに動けるように小型飛空艇のメンテナンスを後輩SeeD達と共に行い、赤ん坊が泣くと急いでオムツを取替え(さすがに慣れた)、それでも泣き止まない時は、さてはミルクかとわざわざシュウに預けに行き、戻ってきては大急ぎでたまった書類を片付ける。
終業時間を過ぎ、後輩SeeD達を先に帰した後もブリッジで分厚いマニュアルを片手にガーデン操縦装置のメンテナンスを行う。いつもと同じ作業なのに今日は一人じゃないせいか気分も良く、鼻歌なんか口ずさんでみる。
ふと手を休め、しばし夜空を眺める。今夜は雲も無く、月も星もはっきりと見えた。
「おいチビ。ここからの眺めは最高だぞ? なんてったって特等席だからな…、ってこんな時間まで仕事なんて、ちょっと、いや、かなり…虚しいけどな」
赤ん坊は何も答えなかった。ニーダが首を捻り背中を見ると、さっきまでパタパタと手足を動かしていた赤ん坊はいつのまにか眠ってしまったようで、すやすやとやすらかな寝息を立てていた。
「寝ちゃったのか…」
そしてまたニーダは作業に戻る。鼻歌はさっきと違い、低い音程のスローテンポなものに変わっていた。
ブリッジに上がるリフトの低く唸る音が聞こえ、ニーダは顔をあげた。
「あはは! どうしたのっ、それっ」
シュウは、笑われてむくれ顔をしているニーダの背中を指差して、尚も腹を抱えている。涙まで滲ませて…。
「なんだよ、笑うなよ」
「だって、だって…!!」
長身のニーダに背負われた赤ん坊。それはまるで大木に止まった小さなセミのようで、シュウの笑いのツボを刺激する。
「放っとけば何するかわかんないしさ、これだと安心だろ?」
「そ、そりゃあそうだけど…。…く、…くくっ…」
シュウはまた笑いが込み上げてきたのかケラケラと腹を抱えて笑う。しかしその声で眠っていた赤ん坊が目を覚まし、シュウを見つけて手足をバタつかせる。
「あぁっ! せっかく眠ってたのに…」
「ごめん、ごめん。でもこの子、私の顔をちゃぁんと覚えててくれたんだね。嬉しいなぁっ」
シュウは嬉々としてニーダの背中から赤ん坊を奪い取り、その柔らかな頬に頬擦りをする。
「もぅ、食べちゃいたいくらい可愛い〜♪」
そんなシュウを見てニーダの心に不安が過ぎるが、すぐに打ち消す。
―― 大丈夫だよな。シュウならちゃんとわかってるはずだ。
「…どうかした?」
「…いや。今夜も月が綺麗だなと思って…」
「そうだね。ここからの眺めは最高だよね」
――何度ここで、この夜空を眺めたことだろう。辛い時も、不安な時も…。 …俺はシュウに頼ってる部分が多いけど、シュウが俺に頼ってきたことは一度も無いんだよな。俺って、そんなに頼りないのかな…。
「あぶぅぅっ〜っ」
「…元気出せって言ってるのか? お前ってほんっと、可愛いやつだな」
ニーダが優しく頭を撫でると、赤ん坊はきゃっきゃと笑う。
「何言ってんだか。さっさと仕事片付けちゃいなさいよ。チビちゃん、あっちで遊ぼうねっ」
べぇ、と舌を出したシュウにニーダはムカついたが、反論しても勝てないのはわかっているのでそのまま放っておく。
―― …ったく、シュウには可愛げってもんがないよな。
腹を立てているせいか床に放り出されたツールをガシャンガシャンと雑に扱ってしまう。
「ツールも安くないんだから、大切に扱ってよ?」
―― くぅぅぅっ、誰のせいでこんな気分になってるのかわかんないのかよっ!
「あ、そうだ。いつまでその格好でいる気?」
―― え…?
ガラスに映った自分の姿を見て、ニーダは赤面した。
―― 俺、キャリーつけたままじゃん…。なっさけねぇ…(涙)
こそこそと外しにかかるがカドワキ先生から借りたそれはかなりの年代物で、バックル部分も少し錆びついていて一人では外すことができなかった。
「シュウ。バックルが硬くて外れないんだ。悪いけど手伝ってくれるか? 」
「ダメ。今、忙しいから」
冷たく断られてしまったが、ニーダは諦めずに再度交渉する。
「忙しいったって、赤ん坊と遊んでるだけだろ?」
「遊ぶのも大切なコミュニケーションなの! そんなことも知らないの? いやぁねぇ…ねぇ、チビちゃん?」
シュウが赤ん坊に同意を求めると、赤ん坊は「ぶぅーっ」と唇を震わせる。
「ほら。この子もそうだって言ってるでしょ」
「はいはい、俺が悪ぅございました。 どうせ今夜も俺が面倒みるんだろ? だったらさっさと手伝ってくれよ」
「しょうがないなぁ…」
シュウは渋々椅子から立ち上がり、赤ん坊をどこに置こうかとブリッジの中をうろつく。しかしあちこちに赤ん坊にとっては危険なものが配置されているせいか、なかなか置き場所が決まらない。
ニーダは待ちきれなくてバックルをガチガチと鳴らす。
「もう! 少しぐらい待てないの? んもぅ、いいや、ここで」
そこはブリッジの隅にある真新しい棚で、広さもあり上には何も物が乗ってなく、ここならきっと大丈夫、とシュウは赤ん坊をそっと寝かせる。 するといきなり電子音が鳴り始め、ハッとニーダが振り返った瞬間、ガコン、と大きな音がしたかと思うと、赤ん坊は流れ始めた棚ごと、背後に大きく開いた扉の中に吸い込まれていってしまった。
二人は、今はただ流れる棚と、次第に閉じていく扉を呆然と眺めているだけだった。
「…いっちゃった。 ねぇ、これ…」
「光センサーで反応する最新式のオートポスティングシステム。ちなみに一昨日設置しました…って、どうすんだよっ!」
「あぁ、だったら大丈夫。荷物は最後に一箇所に集められるし、赤ちゃんが混じってたら大騒ぎになるはずだから…」
「何のんきなこと言ってんだよ! 荷物じゃないんだぞ? 人間だぞ?」
「心配しなくていいって」
「なんでシュウはいつもそんなに落ち着いていられるんだよっ! 俺、探しに行ってくるっ!」
慌ててリフトに乗りこんだニーダを見て、シュウは腰に手を当て溜息をつく。
「人の話は最後まで聞きなさいよね」
「なんだよ…」
「書類から弾薬の運搬まであれを使うんだよ? 事故が無いように設計されてるの。ちなみに、生き物でも実験済み」
「なんだよ生き物って…」
「ふふ、ナイショ」
「まぁいい。とにかく探しに行ってくるからっ! ちょっと、ここ、頼むなっ!」
ニーダはリフトのスイッチを入れ、下へと降りていった。
「…話はまだ終わってないってば。 …ったく…ニーダのあわてんぼうっ!」
―― …くっそ〜っ。シュウのあのイヤんなるくらい余裕たっぷりの態度はなんなんだ?赤ん坊だぞ? 預かってんだぞ? なんかあったらどうすんだよっ。
エレベーターの扉が開き勢いよく飛び出すと、館内放送を知らせるチャイムが聞こえてきた。
「こちらはブリッジのシュウだ。こんな時間にすまない。赤ん坊を探している。おそらくポスティングシステムセンターにいると思われるが、確かじゃない。見かけた者はすぐに保護して私かニーダに知らせて欲しい。ニーダ、聞こえてるか? 各センターを見て回るのもいいが、すれ違う確率の方が高いと思う。できればキミにはブリッジで待機してて欲しいんだが…」
―― やられた。 そんなのは降りる前に言ってくれよ!
すごすごとエレベータに乗り込みブリッジに上がる。ニーダは絶対に嫌味を言われると思っていたが、シュウは「後は任せたから」と言っただけで、さっさとリフトに乗り込んだ。
やはり、さっきの不安は俺の思い過ごしにすぎなかったのかと、少々侘しい気持ちが湧いてくる。
「…冷たいんだな。あんなに可愛がってたくせに」
吐き捨てるように言うと、シュウは何も言わずにブリッジを降りていった。
すぐに見つかると思っていた赤ん坊は数時間たっても見つかったとの連絡はなく、ニーダはブリッジで眠らないまま一夜を明かした。
始業時間になり、ブリッジは後輩達に任せてガーデンの中を赤ん坊を探して歩く。 5つのポスティングセンターを回り、昨夜起きたことを担当者に説明する。だが、誰一人として赤ん坊の姿を見たものはいなかった。
忽然と消えてしまった赤ん坊が心配で、仕事も手につかない。
そんなニーダを見て後輩達は自分達も赤ん坊の捜索をするので部屋に戻って休んで欲しいと言う。ニーダにその気は全く無かったが、恰幅のいい後輩SeeD二人に担がれ部屋へと連れ帰られ、渋々ベッドに横になる。
「昨日はここに寝かせたんだよな。俺が寝ようとしたらパチッと目ェ開けて。オムツ替えたり、ミルクやったり…大変だったよな。そしたら今度はなかなか寝てくれなくて。一晩中ずっと抱いてたんだよな…。……っ…。ホントにどこいっちまったんだ…よっ…」
いつのまにやら眠ってしまったようで、目が覚めると部屋の中は真っ暗だった。 重い身体を引きずるようにしてブリッジへと向かう。
「お疲れ様…」
月明かりの中にシュウがいた。昨日の今日でなんとなく居心地が悪かったが、ニーダはシュウに赤ん坊のことを尋ねた。だが、返ってきた答えは予想通りのものだった。
「そっか…。もう、戻ってこないのかもしれないな」
「なんでそんなふうに言い切っちゃうのよ!」
いきなり怒り出したシュウにニーダは戸惑う。
「な、なんだよいきなり…。探そうともしなかったくせに」
シュウは座っていた椅子が後ろに倒れそうな勢いで立ち上がる。
「私だって探したかったっ! だけど! …ううん、任務の方を優先した私は軽蔑されても…仕方ない…かもしれない、ね…」
「シュウ…」
シュウは触れようとしたニーダの手を振り切り窓際へと移動する。
―― 俺、バカだ。 SeeDは一度引き受けた任務は死んでも遂行しなくてはならない。そんなことわかってるはずなのに…、あんなに赤ん坊を可愛がっていたシュウを傷つけてしまった。
「もう、二度と抱くこと、できないのかな…」
シュウの後姿はしょんぼりと寂しそうで、ニーダはシュウをなんとか励まそうと模索する。
―― よし。
「あ、あのさ、シュウ…。」
「何よ」
振り向いたシュウは至極不機嫌で、ニーダは一瞬怯むがなんとか言葉を続ける。
「い、いつか、さ。そ、その。いつか、又、抱かせてやるから、さ…」
ニーダのいきなりの告白に、シュウは目を瞬かせた。
―― はいっ? 将来、キミの子供を私に抱かせてくれるってこと? それともあれ?本当に恋の告白だったりするの?
シュウは腕を組み、左手をそっと顎に添えて、頭を巡らせる。
―― …キミが私のこと好きだったなんて、全然知らなかったよ。でも、普通は告白があって、付き合ってからプロポーズでしょ? それなのに全部すっとばしていきなりプロポーズ?
―― まあ、ね。 …ニーダらしいと言えば、らしいけど……
「あ、あの…、シュウ?」
びくびくおどおどとシュウの顔色を伺うニーダ。
そんなニーダに、シュウはチラッとからかいがちな目を向けて。
「私にそんなこと言うなんて、百万年早いわよ」
「あは、そ、そうだよな…」
ニーダはがっくりと肩を落とす。
「…だけど、百万年も生きてられないから、…待っててあげても、いい…かな?」
そう言って微笑んだシュウの表情は、ニーダが今まで見たこともないくらいに輝いていた。
しばしボーッとするニーダ。
「そ、その言葉の意味って…」
「う…ん?」
「シュウの機嫌が直ったってこと…だよな。 うん♪」
一人納得するニーダに呆れ、シュウはこめかみをそっと押さえる。
「これだけ言っても気づかないようじゃ…。 まあ、しょうがないか。ニーダだし…」
「え、何? なんか深い意味があったのか? なぁ、わかるように説明してくれよ?」
―― もう、ほんっとに鈍いんだからっ!
「私は子供ができても仕事をやめるつもりはないからね。しっかり面倒みられるようにしといてよ?」
「え? え? えぇぇぇぇぇぇっっ!!」
ニーダの耳をつんざくような声に、思わずシュウは耳を塞ぐ。
「も〜、ムードぶち壊しっ! どこまで鈍けりゃ気が済むのよっ!」
シュウは「やってらんないわ」と、吐き捨てるとさっさとリフトに乗り込み、ブリッジを降りていった。
その場に残されたニーダは、ただただ呆然とするばかり…。
「…こんなことって…あは、あははははっ…。信じらんないや。いや、信じろって方が無理だ」
ふっ、と赤ん坊のことが頭を過ぎる。
―― 案外アイツ、この月が見せた未来の一コマだったのかもしれないな。
自分達に幸福をもたらした赤ん坊にまたいつか逢えることを願いつつ、ニーダは「おやすみ…」と静かに月に向かって呟いてから、浮き立つような軽い足取りでブリッジを後にしたのだった。
第六話 END
Copyright (c) 2002 朱夏
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