漆黒の空間に、青白い満月が、ぷかりと浮かんでいる。
久しぶりに、二人きりで眺める月は、冴え冴えとした光を投げかけていた。 真っ暗な海に、点々と光の波が浮いている。
「久しぶりねえ…こんなに、ゆっくりするのも。」 ティファが呟いた。 「そうだな…ずっと忙しかったからな。…もう、あれから半年も経つのか。」 クラウドが溜息まじりに言った。 闇夜の中で、金色の彼の髪が、ぼうっと浮かんで見える。
あの、最後の戦いの日から、すでに半年が経過しようとしていた。 この星の全てがライフストリームに包まれ、セフィロスの破壊から逃れてから、ミッドガルでも、その他の地域でも、魔晄というエネルギーは、一切使えなくなっていた。そこで、この星一番の都市ミッドガルに居住していた人々は、移転を余儀なくされ、ミッドガルにほど近い場所に、難民村が作られていた。リーブは、残った神羅の組織と経済力を使って、新しい都市、ルーンを、この難民村の側に建設すると決め、その発表が先日行なわれたばかりだった。新しい希望を与えられて、人々は、にわかに活気づいていった。クラウドを始めとする面々は、この星の再興の為に、半年間、まさに不眠不休で働きづめの毎日を送っていた。
「クラウド…」 波の音に混ざって、ティファの声が呼びかける。 「こんな事言うの…気が早いかもしれないけど。」 その後に続くであろう、言葉の羅列を想像して、クラウドは目を伏せた。 「ルーンが出来て…落ち着いたら…ね…」 そんなクラウドの気持ちを、幾分か察しているように、ためらいがちに、ティファは続ける。一つ一つ、慎重に言葉を選びながら。 「私ね…赤ちゃん…産みたいな…」 そこまで言うと、ティファは抱えていた膝に、顔を埋めた。 波の音だけが、繰り返し聞こえてくる。 ティファは、クラウドが、呼吸さえ止めてしまっているのではないかと思った。 もう一緒に暮らし始めて半年になるのだが、彼が、自分達の分身である子供を欲しがっていない事に、ティファは気づいていた。それでも、こうして口に出してしまうのは、時折見せるクラウドの表情のせいなのかもしれない。―まるで彼にしか見えない、深く暗い淵を覗き込んでいるような表情― あの最後の戦いの日、彼は確かにティファ達の元へと帰ってきたはずだった。けれど、まだ彼は囚われている。苦しんでいる。 だから、新しい生命によって、私たちに新しい絆ができれば… 自分が「家族」という安らぎの場を持てば、クラウドは解放されるかもしれない… ティファは、そう思っていた。
(クラウドの子供を、身ごもらせて。私たちを家族にして。) ティファが、そんな想いを、満月に投げかけた時だった。突然、二人の目の前の空間に、光の粒子が集まりだした。 「な…何!?」 咄嗟に二人は立ち上がり、後ずさった。クラウドが、ティファを背中に庇う。 光の粒子は、やがてまぶしい光の繭となり、その中に、ぼんやりと何かが形作られていくのがわかった。その“何か”の輪郭が次第にはっきりしてくると共に、繭は光を失っていった。 「赤ちゃん!?」 ティファが叫んだ。 それは、布に包まれた赤ん坊のようだった。 ティファがクラウドの影から出て、思わず両腕を差し伸べると、光の粒子が全て消え、ティファの腕の中に、輝きを無くしたそれが、ドサっと落ちてきた。ティファは、そのまま砂浜に座り込んでしまった。それは、まるで満月の光を織り込んだような、不思議な色のおくるみに包まれた、赤ん坊だった。
「……」 「……」 二人は、顔を見合わせ、また赤ん坊を見るだけで、何も言葉を発せられなかった。 これまでも色々と、不思議な出来事には遭遇してきたが、何も無い空間から、赤ん坊が現れるなんて! 目の前で起こっている事態を自覚できない様子で、二人が立ち尽くしていると、それまで穏やかに眠っていた赤ん坊の口が、醜く歪み出し… 「ふにゃ…うえっ…うえぇっ」 泣き声が漏れてきた。 「ふえぇぇん!」 その声に、二人は、はっとした。 「泣いてる!泣いてる!!ティファ!」 クラウドは、歴戦の勇者らしからぬ声を上げた。 「え!?えと、道具屋さん、まだ開いてるかな?オムツでしょ…それにミルクが要るよね…ほ…他は?」 ティファも、あまりの突然の出来事に、慌てふためいている。 「とにかく、村に戻ろう!」 「う、うん。」 クラウドは、赤ん坊を抱いているティファを、どうフォローして良いか、わからず ティファはティファで、どれぐらいの力で抱いて良いのか、わからず そして赤ん坊の泣き声に、急かされながら、二人は難民村へと戻った。
―若い英雄夫婦、赤ん坊を拾う― そのニュースは、あっと言う間に難民村はおろか、近隣の村や町にまで広がった。 お陰でわずか一日のうちに、二人の暮らす小屋には、お古のベビーベッドやら、赤ん坊の衣類やらが持ち込まれ、更に何人もの育児のプロ ―つまり子沢山のおばちゃん達― が押し寄せて、赤ん坊の授乳・オムツ替え・入浴などを、たっぷりと指導して行ってくれた。しかし、これ程の騒ぎになっているにも関わらず、赤ん坊の母親という人物は現れなかった。
「なんだか、この鼻、クラウドに似てるよねえ。」 次第に慣れてきた手つきで、赤ん坊を抱きながらティファが言った。 「そうかあ…?」 クラウドは怪訝そうな声で返事をした。というのも、彼がどんなに探しても、赤ん坊と自分が似ている所など見つけられなかったからだ。 「ほらほら、この瞳。ちょっと不思議な青みがあって、クラウドそっくりだよ?」 そう言うティファは、このうえなく幸せそうな微笑を浮かべている。 ティファの嬉しそうな態度に反して、クラウドは気分が落ち込んで行くのを感じていた。
ティファが、自分達の子供を欲しがっている―それは随分前から気がついていた。けれどクラウドは、そんな気持ちには、なれなかった。 勿論、ティファがキライな訳じゃない。ただ自分が、「親」になるなんて、想像できなかったのだ。 自分が、こんな自分が、人の親になんてなれるのか? クラウドは、ずっとそう思っていた。 『自分は、出来損ない』…そんな思いが、彼の意識の奥深くに在った。 神羅によって、いや宝条によって与えられた、魔晄という名の毒は、まだクラウドの魂に、深い根を張っていたのだ。
「お休み…クラウド。灯り消すよ?」 ためらいがちに問い掛けるティファの声に、クラウドは、はっとした。 「ああ…うん、お休み。」 そう言って、クラウドもベッドに潜り込んだ。 赤ん坊も、二人のベッドの横で、スヤスヤと寝息を立てていた。
「えっ…本当に?」 聞き覚えのある声に目覚めたが、そこは真っ暗だった。 真っ暗なのに、まるで、かつてのミッドガルの工場群のような、大きな規則正しい音が聞こえる。 何かが、ザーザーと流れる音。そしてドクドクという拍動。しかも、なにやら自分の身体が、まるで海水浴でもしているかのように、ふわふわと浮遊している感覚がある。 「ええ…今日産婆さんの所に行って来たの。」 規則正しい騒音の中で、今度はハッキリと聞こえた。確かに聞き覚えのあるこの声。しかし、この声の主は… 「産婆さんがね、3ヶ月ぐらいですって。」 そう、もうこの世界にいないはずの、母さんの声! 「そうか、ここに俺たちの子供がいるのか…」 今度は、男の声だ。遥か昔、聞いたような気がする…これは、父さんの声なのか? 「う…」 母の、苦しそうに、うめく声が聞こえる。 「気持ち悪いのか?昨日も今日も、何も食べてないぞ。」 「…ええ、大丈夫。これは赤ちゃんが元気な証拠だって、産婆さん言っていたから…」 「後は俺がやるから、もう寝ていろ。」 「ありがとう、あなた。」 そんなやりとりを聞きながら、自分が一体今どこにいるのか、クラウドは必死に考えようとしたが、段々と意識が遠のいていった。
再び、闇の中で目を覚ました。 あの騒音が、相変わらず聞こえている。という事は、ここはまだ“その場所”なのだ。今度は大きく伸びをしてみた。柔らかい壁に、手足がぶつかった。 「あ!動いた!」 嬉しそうな母の声がした。 「えっ?どこだ?」 今度は父の声だ。 「ほら、ここよ。手を当ててみて。」 その母の声と共に、まるでふとんをかけられた様な、柔らかな圧迫感があった。 えいっ…クラウドは、その感触に向かって、足を思い切り伸ばしてみた。 トン 柔らかい壁を、かなり力を入れて蹴ってみた。 「ほら!!」「これか?!」 二人の、嬉しそうな声がする。それを聞いて、クラウドは、なぜだか自分も嬉しくなってきた。調子にのって、ポコポコ蹴った。 「赤ちゃんてば…本当に元気ねえ。男の子かしら。」 「暴れん坊になったら困るなあ。俺は女の子の方が良いんだが。」 「ふふ、私はどっちでも良いわ。元気に生まれてきてくれれば、それで十分よ。」 これは、自分の事を話しているのだろうか、とクラウドは思った。 という事は、ここは母の胎内だという事だ。しかし、そんな事があるはずが無い。 これは夢に違いない、クラウドはそう確信した。
目が覚めた。
ベッドの上に飛び起きると、隣でティファが、薄明かりの中で赤ん坊にミルクをあげていた。 「あ…ゴメンね、起こしちゃった?」 ベッドに腰掛けて赤ん坊を抱きながら、ティファが振り向いた。 「いや…違うんだ。ちょっと夢を見て。」 「夢?…めずらしいわね、クラウドが。」 テイファはそう言いながら、空になった哺乳瓶をベッド横のテーブルに置くと、赤ん坊を抱き上げて、教わったように、背中をトントンと叩いた。赤ん坊は、げふっと一度ゲップをすると、満足そうな顔で眠りに入ろうとした。 「ちょっと、抱っこしてて。」 ティファは、そう言って、赤ん坊をクラウドの腕に預けた。ティファは随分と余裕が出てきたようだったが、クラウドは、そうはいかない。おっかなびっくりの体で、恐る恐る赤ん坊を受け取った。 軽いけれど、確かな手ごたえがある。 手も足も、何もかも小さいけれど、ちゃんとした人間だ。なにやら痒そうに、顔に手をやる仕草だって、大人のそれと変わりない。 クラウドは、この“未知の物体”を、しげしげと眺めていた。 (俺も、生まれた時って、こんなに小さかったんだろうか…) 人間の最初が、皆こんな「生き物」だなんて、なんだか別の生物を見ているようだ…と思った。
翌日。 昨日は赤ん坊騒ぎで、二人とも作業を休んでしまったので、この日はクラウドだけが作業に行く事になった。どこに行っても、赤ん坊の事が話題に上ったが、相変わらず赤ん坊の親を名乗る人物は現れなかった。 「まったく、親はどうしているんだろうな?」 夕食を頬張りながら、クラウドは言った。 「親なんて…いるのかな?」 ティファが、つぶやいた。あの時、まさにティファが祈った瞬間に、この子は現れた。 とすれば、子供の親は、自分達なのではないのか? 「私たちで…私が育てちゃ…ダメ?」 ティファは思い切って言ってみた。いくら子供が欲しく無いクラウドでも、身寄りのないこの子を、放り出せとは言わないだろう…と思っての事だった。 「えっ…」 クラウドは絶句した。スプーンを落としそうになった。真っ白な顔色をして、まるで彫像のように身体が強張っている。その狼狽の仕方は、ティファの想像を越えていた。 「だって、親現れないんだよ?!放り出すの?」 腕に抱いた赤ん坊を起こしてしまいそうな声で、ティファが問い詰めた。頬が、悲しみと怒りで上気している。 「し…しかし…」 激しいティファの様子に、クラウドは取り繕うとするが、言葉が出てこない。 「どうして?…こんなに可愛いのに。 私たちが、今必死に街を作ろうとしているのは、こういう、これからこの世界に生まれてくる子供達の為でもあるんじゃないの?」 クラウドの態度は、悲しみを増幅し、次第にティファの声に、泣き声が混ざってくる。 「…でも…俺なんかが、親になるよりも…もっと、優しい人の子供になった方が、この子、幸せなんじゃないのか?」 クラウドは、やっと絞り出すように言った。それは何一つ偽らず、飾らない、彼の本心だった。そしてそのクラウドの言葉が、深く、底の見えない淵となって、二人の間に横たわった。ティファは、赤ん坊を強く抱きしめたまま、ただ泣くばかりだった。
話し合いは、解決できないまま終わり、二人は無言でベッドに入った。 慣れない育児で疲れているのだろう、ティファは、すぐに寝息を立て始めた。 クラウドは、昨日の不思議な夢を思い出し、眠れないでいたが、やがて、夢とも幻ともわからない世界に落ちていった。
気がつくと、再び闇の世界だった。相変わらず、うるさい程の母の心音が聞こえている。だが不思議と、イヤな感じはしない。いや、反対に、その心臓の音や、この暖かい海のような感触が、クラウドを安心させている。けれど、このゆりかごは、もう随分とクラウドには狭く感じられるようになった。最初は、手足を伸ばしても余裕があったはずなのに、今は折り曲げていないと、すぐ壁にぶつかってしまう。 そんな事を思っていた時だった。 「あっ!!」 母の、悲鳴に近い声を聞いた直後、クラウドは激しい衝撃を感じた。 グルグルと、世界が回る。クラウドを取り囲む“壁”が、ぎゅうっと圧力をかけてくる。なんだか、息苦しいようなカンジがした。 「大丈夫か!!!」 父の声が、動揺している。 「お腹…痛い…」 母の声は、かなり苦しそうだ。クラウドも、かなり息苦しくなってきた。次第に、意識が遠のいていく。
「お願いです!赤ちゃんを!私の赤ちゃんを助けてえっ!!」 母の、泣き叫ぶ声で気がついた。 相変わらず、息苦しさと、周囲の壁の圧迫を感じる。 あの柔らかくクラウドを守っていてくれた壁が、今はまるでコンクリートのようになって、クラウドをこの暖かなゆりかごから、追い出そうとしているかのようだった。 「奥さん、落ち着いて。とにかく今は安静が一番だからね。」 年配の女性らしき声が聞こえた。産婆さんなのだろうか? 「赤ちゃん…私の赤ちゃん…」 母の声は、泣き声と重なって消えた。
クラウドは、必死に戦っていた。 今、ここを出されたら、俺は生きていけない。 そんな予感があった。なのに、壁は相変わらず収縮しては、クラウドを追い出そうとする。 「ごめんね…ごめんね…赤ちゃん。」 母の手だろうか?この柔らかな圧迫感。まるでクラウドを励ますように、優しくさすっているのがわかる。 「お母さん…ダメなお母さんだね…赤ちゃんをこんな目に…」 母の声は、時々嗚咽が混じって痛々しい。 (母さん!) クラウドは呼びかけてみた。 (母さん!泣かないで!俺なんかのために、泣かないで!) 「赤ちゃん…頑張ってね。お母さん、あなたの命が無事なら、それでいいの。 どんなに痛くても、苦しくてもいい…赤ちゃん…神様…お願いです…私の赤ちゃんを!赤ちゃんを助けて!!」 (母さん…俺の事で…俺の為に…そんなに泣かないで!!) クラウドは、真っ暗な壁に向かって、必死で叫んでいた。
目が覚めた。
目覚めた今も、母の声が耳の奥で響いているようで、辛かった。 「クラウド…大丈夫?」 覗き込んでいるティファの瞳に気がついて、クラウドは、我に返った。 「…母さんの…夢を見てたんだ…」 そう答えながら、まだクラウドの目は、どこかぼんやりとしていた。それを心配そうに見ているティファに、クラウドは言い訳のように言った。 「…母さん…俺の事で…泣いているんだ。 俺の事なんか…心配しなくても良いのに…母さん、ずっと…」 まだ残っていた夢の余韻が、やりきれない気持ちとなってクラウドを襲ってきた。このまま言葉を続けたら、涙が落ちてしまいそうだった。 「…おばさん、クラウドの事、とっても愛していたもの、ね。」 ティファが、遠い記憶を手繰りながら、優しい微笑を浮かべた。 「……そう…か、な。」 「そうだよ!」 当たり前でしょう?と言うような顔で、ティファは言った。そして、クラウドに、毛布をかけ直すと 「ほらほら、まだ夜中だよ。しっかり眠らないと、明日の作業できないよ?」 そう言って、笑った。 (母さんにとって…俺は…) 先ほどの夢を反芻しながら、クラウドは再び浅い眠りに落ちて行った。
(また…ここか…) 気がつけば、再び、漆黒のゆりかごの中だった。 しかし、先ほどとは違う。今、クラウドは、ここを出ようとしている所だった。周囲の“壁”は、あの時とは違う堅さで、収縮を繰り返しながら、クラウドの身体を外へと押しやろうとしている。 身体中圧迫されて苦しかった。けれど、もうすぐこの痛みともお別れのようだ。頭の先に、一条の光が見える。出口に違いない。 「ううっ…」 母の、とても苦しそうな声が聞こえる。 (母さんも、苦しいんだろうか…)クラウドは、ふと思った。 「赤ちゃん…苦しい?…頑張ろうね…」 繰り返す痛みに耐えているのだろう、途切れ途切れに、母はそう言った。 「あと…もう少し…もう少しだから…ううっ!」 まるで、自分を励ますとも、クラウドを励ますとも、とれる声が聞こえた後、大きな力がかかって、クラウドは光の中に出た。
眩しかった。 眩しくて、なんだかとても不安で、クラウドは泣いた。 「ふ…ふぎゃあああ!」 「おめでとう!元気な男の子だよ!」 知らない手に抱き上げられて、更に暖かな液体に浸けられて、クラウドはもっと怖くなって泣いた。しかし、その手は、クラウドの身体を優しく拭くと、柔らかな母の胸に降ろしてくれた。 「赤…ちゃん。やっと会えたね。」 (母さんの手だ。)クラウドは思った。 母の手が、優しくクラウドを支えていた。 お腹の中にいた時からずっと、クラウドを撫で、励ましてくれていた母の手。 「赤ちゃん……ありがとう、お母さんの子供に生まれてきてくれて… どうか、あなたの人生が、幸せなものでありますように。」 (母さん!) クラウドは、その母の言葉が嬉しかった。母の顔が見たくて、眩しさを堪えて目を開けた。 すると! 母の顔は、エアリスの顔だった。 かつて、何度見たいと願い、叶えられなかったであろう、聖母のようなエアリスの微笑が、そこにあった。 (クラウド…) エアリスの声が、静かに頭に響いてきた。 (クラウド…、これはライフストリームに溶け込んだ、あなたのお母様の記憶。 どうしても、あなたに見せてあげたかったの。 あなたのご両親が、どんなにあなたを愛していたのかを、あなたに知ってほしかったから。) (エアリス…) 無意識のうちに、まるで母を求める子供のように、クラウドはエアリスに向かって手を伸ばしていた。 (クラウド、皆、お母さんのお腹から、こうして生まれてくるの。 お母さんの、祈りや願いと共にね… この世界に、生まれない方が良かった命なんて、どこにも無いのよ。)
―目が、覚めた―
クラウドは泣いていた。頬を伝っている涙に気づくと、慌てて手で拭った。 少し欠けた月が、粗末な薄いカーテン越しに、柔らかな光を投げかけていた。 ティファは、静かな寝息を立てている。 クラウドは起き上がると、隣のベッドを覗いてみた。赤ん坊は、ぐっすりと眠っている。 (お前も…お前のお母さんの願いと一緒に、生まれてきたのか…?) そう問いかけながらじっと見つめていると、赤ん坊がビクっと手足を伸ばした。 クラウドは、思わず赤ん坊の手に触れようと、手を伸ばした。 と、赤ん坊の小さな…笑いたくなるぐらい小さな細い指が クラウドの人差し指を、ギュっと握った。 それは、その小ささからは、想像もできない力強さだった。 (こんなに小さくても、一生懸命生きているんだよな…) 小さくて、はかなげに見えるけれど、とてつもない逞しさを秘めた新しい命。 クラウドは静かに赤ん坊を抱き上げた。 そうっと、そうっと…夢の中で、母が抱いてくれたように。 赤ん坊の身体は、相変わらず小さく軽かったけれど、クラウドには以前抱いた時よりも遥かに重たく感じられた。この子の母親が一体どんな人なのかは知らないが、きっとこの命を生み出す為に、クラウドの母と同じような思いをしてきたのだろう。 ―赤ん坊とは、この小さな身体の中に、一体どれだけの“想い”を詰め込んで生まれて来るんだろう― クラウドの腕に、今その“想い”が重さとなって伝わっていた。
―この世界に、生まれなかった方が良い命なんて、無い―
クラウドはエアリスの言葉を、頭の中でもう一度繰り返してみた。 どんな事情で、誕生したのだとしても、この命も、祝福されるべくして、自分とティファの前に現れたに違いない。その時、クラウドの心に一つの考えが浮かび、やがてそれは決心に変っていった。 (俺は…良い父親になんて、絶対なれないと思うけど…お前、俺たちの子供になるか?) そう呼びかけながら、クラウドは初めて、赤ん坊を見ている自分の口元がほころんでいる事に気づいた。 そして、赤ん坊の口元が ―クラウドに応えるかのように― ほんのわずかに、笑ったような気がした。
翌日。 クラウドがこの日の作業を終えて、小屋に戻ると、ティファが荷造りをしていた。 貰った衣類や、買ったオムツやミルクを、ぼんやりと眺めながら、のろのろと鞄に詰め込んでいる。 「…ティファ…大丈夫か?」 クラウドは、そっと声をかけてみた。 「…絶対…変な親だったら、許さないんだから。赤ちゃん、返さないんだから。」 クラウドの声が聞こえていないのか、ティファはブツブツ言っている。やはり、余程ショックなのだろう。 無理も無い、とクラウドは思った。 ウータイのユフィから、赤ん坊の母親が見つかったから迎えに行くという旨の手紙が届いたのは、今朝の事だった。母親が見つかったというのはともかく、ウータイという場所が、二人には信じられなかった。ウータイに住むというその母親の元からここまで、赤ん坊が一人でどうやって来たというのだろう…二人にはどうしても手紙の内容が納得できなかった。しかも、ユフィは今晩迎えに来ると言う。そのユフィの態度には、怪しさがプンプンと匂っていた。勿論、ティファは赤ん坊を返す事に反対したが、それでも、本当の母親だったら返さない訳にはいかないというクラウドの言葉に、仕方なく荷造りをしているのだった。
その時 コンコンと、扉を叩くと同時に、ユフィが入って来た。 「こんばんは〜、お久しぶり〜」 それはティファの気持ちを逆なでするような、明るい声だった。 普段のユフィだと言えば、その通りなのだったが。 「やあ、ユフィ。」 クラウドは、返事もしないティファに代わって、ユフィを出迎えた。 「あれ?この子のお母さんは?」 ユフィが一人きりなのに気がついて、クラウドは言った。その言葉に、ティファが振り返った。 「なんで迎えに来ないの!信じられない!そんな親には、この子は返せないわ!!」 ティファの剣幕に圧倒されたユフィだったが、気を取り直すと、赤ん坊に近寄った。 「あ、お母さんね、病気なの。だからここまで来れなくて、あたしが代わりに迎えに来たってワケ。」 ユフィは、赤ん坊を抱こうとしたが、ティファは離さなかった。 「病気?それなら良くなるまで、私が預かるわ!」 「ええっと…あ、あのね、この子がいなくなって、ショックで具合が悪くなっちゃったの… だから、早く連れて帰ってあげないと。」 ユフィの態度は、更にティファの猜疑心を煽った。 「…ユフィ!あなた、ウソついてるでしょ!」 「え!ええっ!?そんなことないよ!」 ユフィは、赤ん坊を抱こうと、無理矢理おくるみを引っ張った。 ティファは抵抗し、赤ん坊は二人の間で宙吊り状態になった。 クラウドは、この恐ろしい情景に、なす術もなく呆然と立ちすくんでいた。 「ティファ!本当の親に返してあげるのが当たり前でしょっ!!」 ユフィが叫んだ言葉に、一瞬、ティファがひるんだ。 その隙に、ユフィはがっちりと、赤ん坊を抱きしめていた。 「じゃ、連れて行くから。今までありがとう〜!」 赤ん坊を抱いたユフィは、一目散に扉へと向かった。 「待って!!」 ティファは、慌てて声をかけた。 「荷物!ミルクとか持って行かないでどうするの!」 ティファは、今まで詰めていた鞄を、ユフィに押し付けた。 赤ん坊を抱いたユフィが、それを持てる訳も無く、鞄はクラウドが預かった。 「ウータイまで、どうやって行くつもりなんだ?」 慌てている様子のユフィに、クラウドは言った。 「うん、海岸にシドの飛空艇が待っているから。」 「飛空艇?よくシドが出してくれたわね。」 と、ティファ。 「うん、そこはまあ…give、&、takeって事で。」 ユフィが、白い歯を覗かせて笑った。 「まさか…」 クラウドとティファは、思わず顔を見合わせた。 「また…マテリアで釣ったんじゃあ…」 いぶかしげな二人を尻目に、ユフィは満面の笑顔で飛空艇に乗り込んで行った。
飛空艇を見送って、二人は小屋に戻った。 「……なんだか…寂しくなっちゃったね。」 空になったベビーベッドを見ながら、泣きそうな声でティファが言った。 「そうだな…ほんの2日間だけだったのにな。」 思えば、不思議な赤ん坊だった。 もしかして、あの赤ん坊が、不思議な夢を見せたのかもしれないと、クラウドは思った。 ティファの横顔を見ると、もう涙が頬を伝っていた。 「泣くなよ。」 クラウドは、そっとティファの肩に手を回し、抱き寄せた。 「ルーンの建設が終ったら…」 クラウドが、唇をティファの耳元に近づけて言った。 「今度は、俺たちの本当の子供を…」
fin
第三話 END
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